「まずは、発声練習からだ」
「発声練習、ですか」
「ああ。帆林、スマホ持ってるか?」
「さ、さすがに、持ってます」
「よし、デフォでボイスレコーダーのアプリ入ってるだろ」
「あ、はい」
帆林はスマホを取り出して、ボイスレコーダーを起動した。
「じゃあ、自己紹介をしてみてくれ。録音するから」
「自己紹介ですか?」
「ああ。簡単なものでいい」
帆林は少し緊張した様子で、録音ボタンを押した。
「え、えっと。私の名前は帆林郁です。慶明高校に通う一年生です」
録音を止めて、再生する。
帆林の声が流れた。小さくて、震えている。
「どう? 自分の声を聞いて、どう思う?」
帆林は少し困ったように俯いた。
「なんかボソボソ早口で喋ってますね」
「そうだな。まず、自分の声に慣れることから始めよう」
俺は続けた。
「発声練習をするとき、大事なのは、腹式呼吸だ。お腹から声を出すイメージで」
「お腹から?」
「ああ。胸で呼吸すると、声が浅くなる。お腹で呼吸すると、声が深くなる」
俺は自分のお腹に手を当てた。
「こうやって、お腹に手を当てて、息を吸うときにお腹が膨らむのを感じる」
「はい」
帆林も自分のお腹に手を当てた。
「息を吸って――」
帆林がゆっくりと息を吸う。お腹が少し膨らむ。
「いいぞ。そのまま息を吐いて」
帆林がゆっくりと息を吐く。
「今度は、息を吐きながら声を出してみて」
「声を、出す?」
「そうだ。『あー』って言ってみろ。腹から声を出すイメージで」
帆林は深呼吸をして、声を出した。
「あー」
さっきよりも、少し声が大きくなった。
「お、いいじゃないか」
「本当ですか?」
「ちゃんと腹から声が出てる。これを続ければ、もっと良くなる」
俺の言葉に、帆林は何度も頷いた。
「じゃあ、もう一度自己紹介してみてくれ。今度はお腹から声を出すイメージで、ゆっくりとな」
深呼吸をしてから帆林は録音ボタンを押す。
「私の名前は、帆林郁です。慶明高校に通う、一年生です」
録音を止めて再生する。
さっきよりも、明らかに声が大きくなっていた。
「すごい。さっきより、全然違います」
帆林は驚いたように目を見開いた。
「だろ? これが腹式呼吸の力だ」
「すごいです、凪野君」
帆林は嬉しそうに笑った。
「次は、姿勢の矯正だ」
「姿勢ですか?」
「ああ。帆林、普段どんな姿勢で座ってる?」
「えっと、こんな感じです」
いつもの姿勢になると、背中が丸まっていて肩が内側に入っている。
顔も下を向いていた。
「その姿勢だと、自信がないように見える」
「そうなんですか?」
「ああ。姿勢は、印象を大きく左右する」
俺は立ち上がって、帆林の横に立った。
「背筋を伸ばして、肩を後ろに引く」
帆林は背筋を伸ばした。
「あごを少し引いて、視線は前」
帆林はあごを引いて、視線を前に向けた。
「胸を張って、お腹に力を入れる」
帆林は胸を張った。やはり姿勢が良くなると、スタイルの良さが際立つ。
「いいぞ。それだけで、印象が全然違う」
「本当ですか?」
「ああ。自信があるように見える」
帆林は少し照れたように笑った。
「この姿勢、結構疲れますね」
「最初は疲れるかもしれないけど、慣れれば自然にできるようになる」
「そうなんですか」
「ああ。俺も子役の頃、姿勢には気をつけてた。カメラに映るとき、姿勢が悪いと印象が悪くなるからな」
帆林は真剣な顔で頷いた。
「じゃあ、この姿勢を意識して、毎日過ごしてみて」
「はい。頑張ります」
「最後は、表情筋のトレーニングだ」
「表情筋?」
「ああ。顔の筋肉を鍛えることで、表情が豊かになる」
俺は自分の顔を指差した。
「まず、口角を上げる練習」
「口角ですか」
「ああ。割り箸を用意してくれ」
「割り箸?」
帆林は不思議そうな顔をしたが、箸を手に取る。
「それを横にして、歯で咥えてみて」
「こうですか?」
箸を横にして、歯で咥えた。
自然と、口角が上がる。
「そうそう。その状態を三十秒キープ」
「はい」
帆林は割り箸を咥えたまま、じっとしている。
「これをやると、口角を上げる筋肉が鍛えられる」
「なるほど」
帆林は真剣な顔で頷いた。
「次は、目を大きく開ける練習。目を大きく開いて、五秒キープ。それから、ぎゅっと閉じて、五秒キープ」
帆林は目を大きく開いた。
「いいぞ。そのまま五秒」
五秒経ったところで、帆林は目をぎゅっと閉じた。
「これを何度も繰り返すと、目の周りの筋肉が鍛えられる」
「へぇ」
帆林は感心したように呟いた。
「最後は、頬を膨らませる練習」
「頬ですか」
「ああ。頬を思いっきり膨らませて、五秒キープ。それから、頬をへこませて、五秒キープ」
帆林は目いっぱい頬を膨らませた。
ハムスターみたいで可愛いな、おい。
「いいぞ。そのまま五秒」
五秒経ったところで、帆林は頬をへこませた。
「これをやると、顔全体の筋肉が鍛えられる」
「なるほど」
帆林は真剣にメモを取っている。
「これらのトレーニングを、毎日やってみて」
「はい。毎日やります」
「最初は、鏡を見ながらやるといい」
「わかりました」
帆林は嬉しそうに笑った。
「凪野君、すごいです。こんなこと、誰も教えてくれなかった」
「そりゃ学校じゃ習わんだろ。表情筋を鍛えることで、いろんな表情を作れるようになる。基礎中の基礎だけどな」
「へぇ、やっぱり子役ってすごいんですね」
帆林は感心したように呟いた。
「凪野君は、子役の頃、こういうトレーニングをしてたんですか?」
「ああ。毎日やってた。俺くらいになるといつでも泣けるぞ、ほら」
試しに涙腺をコントロールして涙を流してみせる。
「えぇ!? 怖い怖い、怖いです!」
「ふふん。これで当時は仕事取ってたからな。段々減ってったけど」
「泣きながら言わないでください……ガチっぽく見えるので」
涙を拭って、話を戻す。
「とにかく、こういう技術があれば帆林も変われる」
「……本当ですか?」
「もちろん。表情には自信が現れる。帆林に必要なのは、まず自信を持つことだ」
「そんなの、どうやって」
「外見から変えていく。ヘアサロン行くぞ」
「えっ、でも、ヘアサロンなんて陽キャ以外お断りの呪文を唱える場所じゃ……」
「どんな偏見だよ。俺の信頼できる人を紹介するから任せとけって」
帆林は少し不安そうな顔をしている。
「……本当に、大丈夫なんですか?」
「元芸能人の俺が保証する」
「そ、それなら、まあ……」
抵抗はあるが、自分から頼んだ手前断れない。
そんな様子で帆林は頷くのだった。