とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第25話 過去はどこまでも

 俺は郁を駅まで送ろうとしたのだが、最寄り駅が同じらしく、そのまま家まで送っていくことになった。

 

「まさか近くに住んでたとはな」

「学区域は違いますけどね」

 

 通っていた小学校を聞いてみれば、近くにある別の小学校だった。

 

「何かが違えば、郁とは幼馴染になっていたのかもしれないな」

「ふふっ、そうかもしれませんね」

 

 本来のポテンシャルを活かした美少女になった郁の自然な笑顔に、思わずドキッとしてしまう。

 芸能界で顔面つよつよ勢には慣れていたつもりだった。

 それでも、メリーさんがスタイリングした郁の美貌は、俺の想定を軽々と超えてきていた。

 

 ……マジでモデル事務所とかが放っておかないぞ、これ。

 

「翼君って、小学校のときも今みたいな感じだったんですか?」

「今ほど余裕はなかったな。とにかく、がむしゃらに稽古してたわけだし」

「努力家の翼君らしいですね」

 

 郁はそう言いながら、考えるような顔をした。

 

「私は話に聞いてた昔の翼君より、今の翼君のほうが人間らしさがあって良いと思いますよ」

「失礼な奴だな」

「ふふっ、ごめんなさい」

 

 郁の笑顔につられて、俺も笑った。

 住宅街へ向かう道は夕暮れで染まっていた。

 街灯がぽつりぽつりと灯り始め、電線の影が地面に伸びている。

 

「翼君って、発声練習、今でもやってるんですか?」

「毎朝な。ランニングとセットで。習慣になってるから、やらないと落ち着かなくてな」

「すごいですね。私なんて基本三日坊主で……」

「発声練習も姿勢矯正も、郁は続けられるだろ?」

「それは翼君が教えてくれたからです」

 

 郁は少し照れくさそうに前を向いた。

 

「翼君って、あまり自分のことは話さないですよね」

 

 それから、思ったより鋭いことを言ってくる。

 

「話してるだろ。いろいろ」

「うーん、説明するのに必要なことだったら答えてくれますけど、自分からは話さないですよね」

「それが楽だからだ」

 

「楽、ですか」

「自分の話をするより、誰かの話を聞いてる方が得意なんだよ。子役時代に染みついた癖だ。現場では自分を出すより、相手を立てた方がうまくいくことが多かったから」

 

 郁はしばらく黙って、それから小さく呟いた。

 

「……損な性格ですね」

「そうか?」

「翼君がどんな人か、ちゃんと知ってる人って少ないんじゃないですか。翼君が見せてくれないから」

 

 返す言葉が、すぐに出てこなかった。

 

「私は、もっと翼君のことを知りたいと思ってます」

 

 郁はそう言ってから、気づいて慌てて付け加えた。

 

「もちろん、友達として、ですけど!」

「そんなに強調しなくてもわかってるって」

 

 住宅街に入って、路地が細くなった。

 日が落ちかけて、空の端がオレンジから紫へと変わり始めている。

 

 そのとき、前方に人影が見えた。

 四十代半ばくらいの女性。

 薄手のカーディガンに、くたびれたバッグを抱えている。

 街灯の下に立って、こちらを見ていた。

 

 目が合った瞬間、心臓が重く沈んだ。

 歩幅が、無意識に狭まる。

 足の裏から地面の感触が遠のいていく。

 頭の中が、ゆっくりと白くなっていく。

 

「翼」

 

 俺の足が自然に止まる。

 久しぶりに聞く声だった。

 以前よりも、掠れている。

 

 それでも、俺の心の中に深く刻まれた声だった。

 

「……母さん」

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