とにかく曇る天才女優の幼馴染!(旧題:天才子役の幼馴染に勝てなかったので、分相応に生きていこうと思います)   作:サニキ リオ

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第29話 広く浅い関係より、少人数と深く

 それから俺は、鹿角、池手、郁を誘って昼食を取ることにした。

 四人で並んで学食へ向かう。

 昼休みの学内はざわついていて、トレイがぶつかる音や、笑い声が天井に反射していた。

 

 空いている席を見つけ、向かい合う形で腰を下ろす。

 郁は少し遅れて座り、椅子の位置を何度か微調整してから、ようやく落ち着いた。

 

「帆林さん、何食べる?」

 

 鹿角が、列に並びながら振り返る。

 

「えっと……カレーにします」

 

 返事は小さいが、以前よりも言葉が途切れなかった。

 

「じゃあ、あーしもカレー」

 

 鹿角は即決だ。

 

「池手は?」

「私は、うどんにします」

「翼君は?」

「日替わり定食だな」

 

 そう答えると、三人とも一度こちらを見た。

 特に意味はない視線なのに、なぜか居心地が悪い。

 受け取ったトレイを並べると、湯気とスパイスの匂いが一気に立ち上った。

 食堂特有の、昼だけの空気だ。

 

「ねぇ、帆林さん」

 

 カレーを一口食べた鹿角が、スプーンを止めずに話しかける。

 

「バッサーとは、どういう関係なの?」

 

 郁の肩が、わずかに跳ねた。

 

「え、えっと……翼君には、いろいろ教えてもらって」

「いろいろって?」

「コミュニケーションの取り方とか……美容院とか」

「バッサーらしいね」

 

 鹿角は困ったように笑う。

 

 向かいでは、池手がいつの間にかノートを取り出していた。

 話を聞きながら、何かを書き留めている。

 

「翼君、優しいですよね」

「ね。わかるわぁ」

 

 うんうん、と鹿角が大袈裟に頷く。

 

「あーしにも、U-Tubeのアドバイスしてくれるし」

「私も小説のこと、いろいろ教えてもらってるよ」

「私も……」

 

 郁が言葉を重ねかけて、途中で止まる。

 スプーンを持つ指に、力が入っていた。

 三人の視線が自然とこちらに集まる。

 

「別に、大したことはしてない」

「そんなことないよ」

 

 鹿角が間髪入れずに返す。

 

「バッサーがいなかったら、今ごろ登録者増えてなかったもん」

「私も」

 

 池手がうどんをすすりながら頷いた。

 

「小説、きっとバズってなかった」

「私もコミュ障陰キャのままでした」

 

 一瞬、空気が止まったあと、鹿角が吹き出した。

 

「いや、言い方!」

 

 郁は顔を赤くして俯くが、口元が少しだけ緩んでいる。

 

「ありがとう、バッサー」

 

 鹿角が言うと、池手も、郁も、同じように頷いた。

 

「翼君がいなかったら、私たち、今どうなってたか」

 

 三人の表情を見ていると、胸の奥がじんわりと温まる。

 派手な達成感じゃない。ただ、確かにそこにある実感だった。

 

 芸能界で失ったものは大きい。

 けれど、ここで得たものも同じくらい重みがある。

 

 トレイに手を伸ばし、味のわからない定食を口に運ぶ。

 

「礼を言われるようなことじゃない」

「礼を言うようなことだっての」

 

 鹿角が首を振る。

 

「バッサーは、私たちの恩人」

「そうだね」

 

 池手も視線を上げる。

 

「翼君のおかげで、私、変われました」

 

 郁も笑顔を浮かべた。

 

 三人とも違う場所に立っていて、それぞれ違う方向を向いている。

 それでも今は、同じテーブルに集まっている。

 

 広く浅い関係より、少人数と深く関わる方がいい。

 そう思ってきた自分の感覚は、間違っていなかったらしい。

 

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