それから俺は、鹿角、池手、郁を誘って昼食を取ることにした。
四人で並んで学食へ向かう。
昼休みの学内はざわついていて、トレイがぶつかる音や、笑い声が天井に反射していた。
空いている席を見つけ、向かい合う形で腰を下ろす。
郁は少し遅れて座り、椅子の位置を何度か微調整してから、ようやく落ち着いた。
「帆林さん、何食べる?」
鹿角が、列に並びながら振り返る。
「えっと……カレーにします」
返事は小さいが、以前よりも言葉が途切れなかった。
「じゃあ、あーしもカレー」
鹿角は即決だ。
「池手は?」
「私は、うどんにします」
「翼君は?」
「日替わり定食だな」
そう答えると、三人とも一度こちらを見た。
特に意味はない視線なのに、なぜか居心地が悪い。
受け取ったトレイを並べると、湯気とスパイスの匂いが一気に立ち上った。
食堂特有の、昼だけの空気だ。
「ねぇ、帆林さん」
カレーを一口食べた鹿角が、スプーンを止めずに話しかける。
「バッサーとは、どういう関係なの?」
郁の肩が、わずかに跳ねた。
「え、えっと……翼君には、いろいろ教えてもらって」
「いろいろって?」
「コミュニケーションの取り方とか……美容院とか」
「バッサーらしいね」
鹿角は困ったように笑う。
向かいでは、池手がいつの間にかノートを取り出していた。
話を聞きながら、何かを書き留めている。
「翼君、優しいですよね」
「ね。わかるわぁ」
うんうん、と鹿角が大袈裟に頷く。
「あーしにも、U-Tubeのアドバイスしてくれるし」
「私も小説のこと、いろいろ教えてもらってるよ」
「私も……」
郁が言葉を重ねかけて、途中で止まる。
スプーンを持つ指に、力が入っていた。
三人の視線が自然とこちらに集まる。
「別に、大したことはしてない」
「そんなことないよ」
鹿角が間髪入れずに返す。
「バッサーがいなかったら、今ごろ登録者増えてなかったもん」
「私も」
池手がうどんをすすりながら頷いた。
「小説、きっとバズってなかった」
「私もコミュ障陰キャのままでした」
一瞬、空気が止まったあと、鹿角が吹き出した。
「いや、言い方!」
郁は顔を赤くして俯くが、口元が少しだけ緩んでいる。
「ありがとう、バッサー」
鹿角が言うと、池手も、郁も、同じように頷いた。
「翼君がいなかったら、私たち、今どうなってたか」
三人の表情を見ていると、胸の奥がじんわりと温まる。
派手な達成感じゃない。ただ、確かにそこにある実感だった。
芸能界で失ったものは大きい。
けれど、ここで得たものも同じくらい重みがある。
トレイに手を伸ばし、味のわからない定食を口に運ぶ。
「礼を言われるようなことじゃない」
「礼を言うようなことだっての」
鹿角が首を振る。
「バッサーは、私たちの恩人」
「そうだね」
池手も視線を上げる。
「翼君のおかげで、私、変われました」
郁も笑顔を浮かべた。
三人とも違う場所に立っていて、それぞれ違う方向を向いている。
それでも今は、同じテーブルに集まっている。
広く浅い関係より、少人数と深く関わる方がいい。
そう思ってきた自分の感覚は、間違っていなかったらしい。