とにかく曇る天才女優の幼馴染!(旧題:天才子役の幼馴染に勝てなかったので、分相応に生きていこうと思います) 作:サニキ リオ
あたしの名前は羽田朝香。
木曜日の夕方、マネージャーである叔母、愛夏姉さんの車で移動中に台本をチェックする。
「朝香。最終回の台本、見た?」
運転席の愛夏姉さんが前を見たまま告げる。
「今、開いたとこ」
画面をスクロールすると、最終回のあらすじと配役リストが表示された。
主人公である倉井愛の相棒、アンダーソン役。
これまで文字や電子音声だけの出演だったキャラクターが、ついに最終回で本格的に登場する。
そして、その役に選ばれたのは共演経験もある売れっ子男性アイドルだった。
「
「そ。やりやすい相手でしょ? 共演経験もあるし」
愛夏姉さんは嬉しそうに言った。
声音がどこか弾んでいる。
この人、イケメン好きだからなぁ……旦那もイケメンだし、学生時代から面食いだったとは聞いている。
「すごいじゃん。今をときめくアイドルが相棒役だったなんて。視聴率、絶対上がるだろうね」
「……そうだね」
鍬矢田ルイ。
超大手アイドル事務所に所属する、人気絶頂のアイドル俳優だ。
何度か共演したことがある。
演技力もあるし、人当たりもいい。
ファンからの人気も高い。
あたしは彼のことをあまり好きじゃなかった。
演技力は及第点。
現場での立ち回りも悪くはない。
ただ、女性関係にだらしがなく、チャラチャラしているのが気に食わないのだ。
「最終回の撮影は来月だから。それまでに台本、しっかり読み込んでおいてね」
「言われなくてもやるよ」
短く答えて台本を読み込む。
最終回。鍬矢田さんとの共演シーン。
彼が出ることによる話題性はあるだろう。
「演技力、バク伸びしてたらいいんだけど……」
「いや、鍬矢田君は十分うまいでしょ」
そうやって、自分を納得させる。
芸術であり商品でもある以上、クオリティに納得できないのはままあることなのだ。
今日は午前中に撮影があったから、午後の授業だけ出席する。
教室に入ると、数人のクラスメイトが残っていた。
「あれ、朝香ちゃんだ! 撮影は?」
「さっき終わったところ。さすがに早朝撮影は堪えるわ……四時はないでしょ、四時は」
「うっわ、それほぼ深夜じゃん!」
笑顔で迎えられて、疲れ気味の演技をしながら返す。
人間味がないと思われると、すました奴だと嫌われる可能性がある。
こういう人間アピールは重要だ。
「あれ、つば――凪野君はいないの?」
窓際の席。そこに翼の姿はなかった。
「凪野君? あー、凪野君お昼は食堂じゃない?」
クラスメイトの一人が教えてくれた。
「そう……なんだ」
「てか、凪野君と仲いい感じ?」
「一応同じ小学校だったから、さ。元気してるかなぁって思ってね。ほら! 凪野君って昔から孤立気味だったし!」
私は教室を出て、食堂に向かった。
「それなら心配はいらないと思うけど……朝香ちゃんって優しいなぁ」
廊下を歩きながら、胸の奥がざわついている。
翼に会いたい。翼と話したい。
けど、何を話せばいいのかわからない。
学食に着くと、楽しそうな笑い声が聞こえた。
覗いてみると、翼が三人の女子と一緒に食事をしている。
鹿角梨夢。派手なギャル。
池手丸代。眼鏡の文学少女。
そして、例の顔面つよつよ女子。
調べたところ、名前は帆林郁。
元は地味な見た目と性格だったようだが、最近垢抜けたらしい。
十中八九、翼の仕業だろう。
あたしでも、あんなとんでも原石見つけたら磨きたくなる。
ビジュアルだけのパラメーターならあたしと張れるレベルなんて、普通にモデルとして即採用レベル。
うちの事務所のモデル部門に来てほしいくらいだ。
四人は楽しそうに笑い合っている。
翼も穏やかな表情で話している。
あたしの知らない翼が、そこにいた。
あたしは、その輪の中にいない。
今の翼は、あんなに素敵な女の子たちに囲まれて笑顔がある。
あたしが何年もかけても築けなかった関係を、彼女たちはたった数ヶ月で築いていた。
胸の奥で、何かが軋む。
どうして、あたしはそこにいないのだろう。
あたしは、翼にとって何なのだろう。
幼馴染? ライバル? それとも、もう、ただの過去?
スマホが振動する。
愛夏姉さんからのメッセージだ。
[明日、プロデューサーと打ち合わせ。最終回の演出について確認があるって]
最終回。鍬矢田ルイとの共演。
アンダーソンとの対峙シーン。
それは、きっと素晴らしいものになる。
あたしが主演である以上、それは約束された必然だ。
視聴率も上がる、SNSでも話題になるだろう。
だけど、想像の中にある最高のクオリティを超えることはない。
あの頃みたいに、台詞を交わして、視線を合わせて、呼吸を合わせて。
もう一度、翼と共演したいけど、それは叶わない。
翼は、もう演技の世界にはいない。
翼は、もうあたしの隣には立たない。
結局、新しい居場所を手に入れた翼の日常に、あたしの入り込む余地はなかった。
「み゛」