夕方前の渋谷は、昼とは違う熱を帯びている。
人の流れが太くなり、雑音が層を成して押し寄せてくる。
信号待ちの間、肩が何度も触れそうになる距離で並んで歩いた。
「まさか、翼とデートすることになるなんてね」
朝香が前を見たまま感慨深そうに告げる。
「子役時代、さんざん誘ってもしてくれなかったのは、どこのどいつだろうな」
「あたしと一緒にいたかったら、俳優として有名になって共演することね」
朝香は昔と同じことを言った。
「結局、共演したのも数回だったしなぁ」
「そうね。もっと演りたかったわ」
目を伏せた朝香は、寂しそうに呟いた。
しばらく歩いてから、朝香が立ち止まった。
「お腹空いた。シュークリーム食べない?」
朝香が立ち止まった先には、シュークリーム専門店の看板が見える。
「懐かしいな。よく現場の差し入れで高いの食ってたわ」
「お菓子系の差し入れって、シュークリームや大福だったものね」
「俺たちがいたから配慮して甘い物用意してくれてたんだろうな」
朝香は少し懐かしそうに笑った。
店に入ると、ショーケースにはシュークリームが並んでいる。
「あたし、チョコチップ入りにする」
「俺は、ホイップオンリーで」
注文を済ませて、店の外のベンチに座る。
「んー、濃厚な甘さが口の中で蕩けるなぁ……これ、いい牛乳使ってるっぽいわ」
「ハッ! いつまで、そんな三文芝居する気? 味覚障害がそんなことしても痛々しいだけよ」
その指摘に喉がひゅっと鳴る。
朝香には、知られたくなかったというのに。
「知って、たのか」
「当たり前じゃない。このあたしに演技で気づかれないとでも思った? 何年一緒にいたと思っているのよ」
朝香は髪をファサっと払って、自信満々に胸を張る。
「ははっ、そりゃそうだ……やっぱり、演技で朝香に勝てるわけなかったか」
自嘲気味に笑うと、朝香の表情が一瞬固まった。
「あっ、その、違くて。いや、違くないけど……!」
慌てて言い直す朝香の様子が妙に新鮮で、つい笑ってしまった。
「なんの役作りだよ、それ」
「うっさいわね」
朝香は頬を膨らませてシュークリームを頬張る。
役作りとはいえ、その仕草はそこ辺のアイドルよりも可愛かった。
しばらく、二人で黙ってシュークリームを食べる。
街の喧騒が心地よく流れていく。
「……なんか、やけに混んでないか?」
俺が呟くと、朝香は少し首を傾げた。
「ああ、今日イベントあるって言ってたわ」
「イベント?」
「渋谷カルチャーフェスだったか。若者向けのやつ」
俺の言葉に重なるように、背後から張りのある声が届いた。
「こちら渋谷駅前です。ご覧の通り、多くの若者でかなり賑わっています」
聞こえてきたレポーターの声に、朝香がはっと顔を上げた。
「……これ、生中継?」
俺も振り向く。
数メートル先に、カメラを担いだスタッフとレポーターが立っていた。
朝香の顔が一瞬で青ざめる。
変装しているとはいえ、カメラに抜かれたら映像として残ってしまう。
「朝香……っ」
もう遅い。カメラが、こちらを向く。