レポーターが一般人へのインタビューのテンションで近づいてくる。
「こんにちは! ちょっと、お話伺ってもいいですか!」
明るい声で距離を詰めてくる。
このままだと、スキャンダル確定だ。
女優と男のツーショットは、それだけで物語になる。
咄嗟に身体が動いていた。
カメラにどう映るかは長年の経験でわかる。
今ならまだ朝香は画角に入っていない。
朝香を画から切れるように動いてから、レポーターの顔を見る。
その顔には、見覚えがあった。
現場中継といえばこの人、というベテランだ。
日本を代表するアナウンサーの一人でもあり、何度も番組で一緒になったことがある。
「あれ、華野アナじゃないですか! お久しぶりです!」
十年来の恩人に会ったようなテンションで、俺は一歩前に出た。
華野アナの視線が一瞬だけ朝香に向けられるが、すぐに俺へと戻った。
一拍置いてから、表情が変わる。
「……おや? もしかして」
華野アナは、わざとらしく目を見開いた。
同時に、カメラマンに軽く手で合図を送る。
カメラの向きが俺の方へ寄った。
「翼君かい! 大きくなったねぇ!」
華野アナは、すぐに状況を理解して、オーバーリアクション気味に驚いてみせる。
「こほん……失礼しました。ご存じない方もいらっしゃるかとは思いますが、彼はかつて子役として活躍された、伽須翼君です」
華野アナは、視聴者に向けて説明を始める。
騒がず、淡々と最低限の情報を出す。
さすが、ベテランアナウンサーだ。
「今日は、どうされたんですか? お一人で?」
「いえ、僕が所属していた劇団の集まりがあって。さっき解散したところなんです」
俺は自然に答えると、華野アナは朝香の方を見ずに話を続ける。
「劇団クロッカスでしたよね。懐かしいですね」
「はい。久しぶりに昔の仲間と会えて、楽しかったです」
「そういえば、翼君といえば、最近話題になってますよね」
華野アナが話題を振ってきたので、何も知らないような表情を作って答える。
「えっ、話題ですか?」
「ええ、〝ぼくんち冒険たい〟。SNSで大流行してるじゃないですか」
「そうなんですか? ……正直、恥ずかしいですね」
「いやいや、いい曲ですよ。私も当時は、よく聞いてました」
華野アナは、さりげなくフォローしてくれる。
「ありがとうございます」
「実は今、街中でもよく流れてるんですよ。ほら、あっちからも」
華野アナが指差す方向から、〝ぼくんち冒険たい〟が聞こえてくる。
「本当ですね……なんか予想外の流行り方してますね」
「はははっ、それだけ愛されてる証拠ですよ。こうして街中で〝ぼくんち冒険たい〟が流れてるのを聞くと、どんな気持ちになりますか?」
その言葉に、ふと黒歴史という単語が頭を過った。
「そのとき、黒歴史が動いた……」
「あっはっは! そんなにかい!?」
華野アナは軽く咳払いをしたあとに、笑顔で話を続ける。
「ちなみに、今は芸能活動はされてないんですよね?」
「はい。高校受験をきっかけに学業に専念したので」
「将来のことをちゃんと考えている証拠ですね。立派な判断だと思いますよ」
「ありがとうございます」
「翼君の選んだ道が輝かしいものになるよう、応援しているよ……それでは取材の協力ありがとうございました!」
華野アナは丁寧に頭を下げてから、撮影クルーと共に去っていく。
カメラが別の方向に向くのを確認して、俺と朝香はその場を離れた。
しばらく歩いてから、朝香が小さく息をついた。
「……助かったわ。ありがとう」
「いや、華野アナが気を利かせてくれただけだ」
「翼が咄嗟に声をかけてくれなかったら、たぶんスキャンダルになってたわ」
朝香は申し訳なさそうに俯いた。
「カメラの画角を把握できる腕が鈍ってなくて助かった」
「そういう技術で翼に勝てる人、同年代でそうそういないと思うわ」
珍しく朝香は心から楽し気に笑った。
しかし、すぐに表情を曇らせる。
「これで、また注目されちゃうわね」
「今夜にでも、SNSで話題になってるだろうなぁ」
「翼のおかげで、あたしは助かった」
朝香は、真剣な顔で俺を見つめた。
「本当に、ありがとう」
「気にするな。カラオケで助けてもらったからこれでチャラだ」
「あなたがそうしたいのなら、そういうことで」
朝香は、寂しそうに笑う。
その笑顔が、西日に照らされて切なく見えた。