とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第36話 染みついたアドリブ力

 レポーターが一般人へのインタビューのテンションで近づいてくる。

 

「こんにちは! ちょっと、お話伺ってもいいですか!」

 

 明るい声で距離を詰めてくる。

 このままだと、スキャンダル確定だ。

 女優と男のツーショットは、それだけで物語になる。

 

 咄嗟に身体が動いていた。

 カメラにどう映るかは長年の経験でわかる。

 今ならまだ朝香は画角に入っていない。

 

 朝香を画から切れるように動いてから、レポーターの顔を見る。

 その顔には、見覚えがあった。

 

 華野恒一朗(はなのこういちろう)

 現場中継といえばこの人、というベテランだ。

 日本を代表するアナウンサーの一人でもあり、何度も番組で一緒になったことがある。

 

「あれ、華野アナじゃないですか! お久しぶりです!」

 

 十年来の恩人に会ったようなテンションで、俺は一歩前に出た。

 華野アナの視線が一瞬だけ朝香に向けられるが、すぐに俺へと戻った。

 一拍置いてから、表情が変わる。

 

「……おや? もしかして」

 

 華野アナは、わざとらしく目を見開いた。

 同時に、カメラマンに軽く手で合図を送る。

 カメラの向きが俺の方へ寄った。

 

「翼君かい! 大きくなったねぇ!」

 

 華野アナは、すぐに状況を理解して、オーバーリアクション気味に驚いてみせる。

 

「こほん……失礼しました。ご存じない方もいらっしゃるかとは思いますが、彼はかつて子役として活躍された、伽須翼君です」

 

 華野アナは、視聴者に向けて説明を始める。

 騒がず、淡々と最低限の情報を出す。

 さすが、ベテランアナウンサーだ。

 

「今日は、どうされたんですか? お一人で?」

「いえ、僕が所属していた劇団の集まりがあって。さっき解散したところなんです」

 

 俺は自然に答えると、華野アナは朝香の方を見ずに話を続ける。

 

「劇団クロッカスでしたよね。懐かしいですね」

「はい。久しぶりに昔の仲間と会えて、楽しかったです」

「そういえば、翼君といえば、最近話題になってますよね」

 

 華野アナが話題を振ってきたので、何も知らないような表情を作って答える。

 

「えっ、話題ですか?」

「ええ、〝ぼくんち冒険たい〟。SNSで大流行してるじゃないですか」

「そうなんですか? ……正直、恥ずかしいですね」

「いやいや、いい曲ですよ。私も当時は、よく聞いてました」

 

 華野アナは、さりげなくフォローしてくれる。

 

「ありがとうございます」

「実は今、街中でもよく流れてるんですよ。ほら、あっちからも」

 

 華野アナが指差す方向から、〝ぼくんち冒険たい〟が聞こえてくる。

 

「本当ですね……なんか予想外の流行り方してますね」

「はははっ、それだけ愛されてる証拠ですよ。こうして街中で〝ぼくんち冒険たい〟が流れてるのを聞くと、どんな気持ちになりますか?」

 

 その言葉に、ふと黒歴史という単語が頭を過った。

 

「そのとき、黒歴史が動いた……」

「あっはっは! そんなにかい!?」

 

 華野アナは軽く咳払いをしたあとに、笑顔で話を続ける。

 

「ちなみに、今は芸能活動はされてないんですよね?」

「はい。高校受験をきっかけに学業に専念したので」

「将来のことをちゃんと考えている証拠ですね。立派な判断だと思いますよ」

「ありがとうございます」

「翼君の選んだ道が輝かしいものになるよう、応援しているよ……それでは取材の協力ありがとうございました!」

 

 華野アナは丁寧に頭を下げてから、撮影クルーと共に去っていく。

 カメラが別の方向に向くのを確認して、俺と朝香はその場を離れた。

 

 しばらく歩いてから、朝香が小さく息をついた。

 

「……助かったわ。ありがとう」

「いや、華野アナが気を利かせてくれただけだ」

「翼が咄嗟に声をかけてくれなかったら、たぶんスキャンダルになってたわ」

 

 朝香は申し訳なさそうに俯いた。

 

「カメラの画角を把握できる腕が鈍ってなくて助かった」

「そういう技術で翼に勝てる人、同年代でそうそういないと思うわ」

 

 珍しく朝香は心から楽し気に笑った。

 しかし、すぐに表情を曇らせる。

 

「これで、また注目されちゃうわね」

「今夜にでも、SNSで話題になってるだろうなぁ」

「翼のおかげで、あたしは助かった」

 

 朝香は、真剣な顔で俺を見つめた。

 

「本当に、ありがとう」

「気にするな。カラオケで助けてもらったからこれでチャラだ」

「あなたがそうしたいのなら、そういうことで」

 

 朝香は、寂しそうに笑う。

 その笑顔が、西日に照らされて切なく見えた。

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