生中継からしばらく経った。
あれからインターネット上では、俺の話題で持ち切りだった。
「そのとき黒歴史が動いた」
渋谷の生中継で俺が放った一言が、予想外の形で拡散していた。
最初は、ただの面白発言としてシェアされていた。
それがいつの間にか、汎用性のあるネットミームとして独り歩きを始めていた。
過去の痛い投稿を掘り起こされたときなど、内容が黒歴史に関する投稿がされると、必ずと言っていいほど〝そのとき黒歴史が動いた〟の画像がリプ欄に貼られた。
中には、アニメキャラで手書きのパロディまで行われている始末だ。
俺は、完全にネットのおもちゃと化していた。
生中継に映った時点で、こうなることは予想していた。
ただ、予想以上に拡散速度が速かった。
昨今のSNSの力を改めて実感する。
「バッサー、見た見た!? またバズってるよ!」
登校早々、梨夢が興奮した様子で駆け寄ってきた。
「ああ、見た。見たくなかったけど、見た」
「あーしの動画も、また再生数伸びてるの! フォロワー三万人超えちゃった!」
梨夢のスマホには、例の〝ぼくんち冒険たい〟を踊っている動画が表示されている。
再生数は、五十万回を超えていた。
「俺の黒歴史が、養分になったみたいで良かったよ」
「えへへ、ありがと! バッサーのおかげだよ、ホントに」
梨夢は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ると、文句を言う気も失せる。
「それよりバッサー、大丈夫? 結構ネットで話題になってるけど」
「慣れてる。子役時代も散々ネタにされたからな」
「ネットで話題っていえばさ、あれ見た? 鍬矢田ルイが逮捕されたってニュース」
梨夢が声を潜めて続ける。
「不同意わいせつだって。被害者に対して複数回やったって報道されてて……」
「ああ、朝のニュースで見た」
実際、今朝のニュースは衝撃的だった。
『人気アイドルグループ〝Glorious〟の鍬矢田ルイメンバーが不同意わいせつの容疑で書類送検されました』
アナウンサーの淡々とした声が、事件の重大性をかえって際立たせていた。
「あれヤバいよね。レギュラーだったバラエティー番組とか、ドラマにも出てたのに、全部お蔵入りになるのかな」
「正直、現場のスタッフたちには同情するよ」
たぶん、徹夜で編集させられたりするんだろうなぁ……南無。
「凪野君」
後ろから声をかけられて振り返ると、丸代が心配そうな顔で立っていた。
「小説の感想欄、がさ」
丸代がスマホの画面を見せてくる。
感想欄には、俺に関するコメントが並んでいた。
[主人公のモデル、ガチで翼君じゃん]
[これもう実話ベースだろ]
[作者、実はカス君だったりしない?]
「身バレしてるみたいで……ごめん、凪野君」
丸代は申し訳なさそうに俯いた。
「気にするな。どうせもうネットのおもちゃだからな。誰かの夢の踏み台になれるなら本望だ」
「ならいいんだけど……」
「鍬矢田ルイの事件と比べたら、俺のは全然マシだ」
丸代が小さく呟く。
「あのニュース見て、なんか怖くなっちゃって。芸能界って、そういうこともあるんだなって」
「まあ、闇は深いよ。俺が知ってる範囲でも、表に出てないだけでいろいろあるからな」
俺の言葉に、丸代は少しだけ安心したように頷いた。
「あの、翼君」
今度は郁が、遠慮がちに声をかけてきた。
「ネットで名前が出てるの、見ました。大丈夫ですか」
「大丈夫だ。慣れてるから」
「……ぼくんち冒険たいのこと、いろいろ書かれてますよね」
郁の声が、少しだけ低くなった。
「翼君にとって、あの曲がどういうものか知ってるので……なんか、心配で」
「気にしてくれてるのか」
「当たり前じゃないですか」
郁はまっすぐ俺を見ていた。
遠慮がちな声とは裏腹に、視線だけが真剣だった。
「翼君が平気なふりをしてるのは、わかってるつもりです。でも、本当につらかったら言ってください」
三人とも、俺のことを心配してくれている。
それが、妙に嬉しかった。
芸能界にいた頃は、こんな風に心配してくれる人間なんていなかった。
利用価値があるから近づいてくる。
それが当たり前だった。
でも、今は違う。
梨夢も、丸代も、郁も、本当に俺のことを心配してくれている。
「ありがとな。三人とも」
俺がそう言うと、三人は嬉しそうに笑った。