トントン拍子に話は進み、俺は朝香と同じ芸能事務所へ所属することになった。
事務所の名前はナイトプロ。
神保町から少し歩いた場所にある、こじんまりとしたビルの三階に構えている。
初めて足を踏み入れたのは、朝香との話から三日後のことだった。
エレベーターを降りると、事務の女性が立ち上がって頭を下げる。
「お待ちしておりました、伽須翼さん」
「よろしくお願いします」
案内されて通された応接室は、広くはないが落ち着いた内装だった。
革張りのソファ、控えめな間接照明、壁に飾られた小さな写真が数枚。
派手さはないが、人を選んで迎える場所の空気がある。
腰を下ろしてからしばらくして、ドアが開いた。
「待たせてしまったね。ごめんごめん」
軽い口調とともに入ってきたのは、若々しいイケメン男性だった。
物腰が柔らかく、圧がない。
ナイトプロの代表取締役社長であり、朝香の叔父にあたる人物だ。
「ナイトプロ代表の田中騎志です。よろしくね」
向かいのソファに腰を下ろした社長は、俺をまっすぐに見た。
それは値踏みでも威圧でもない視線だった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「そんな固くならなくて大丈夫だよ。君のことはよく知っているからね」
社長はニッコリと笑って続ける。
「演技からは、どのくらい離れてたの?」
「二年ほどです」
「そっか。大変だったね」
責めるでもなく、慰めるでもなく。
ただ、事実として受け取る声だった。
子役時代、現場で会う大人の大半は俺を通して何かを見ていた。
金、話題性。
この人の視線には、そういうものが混じっていない。
「でも、稽古はずっと続けていたんだろう?」
少し考えてから、正直に答えることにした。
「……はい。長年のルーチンワークだったので、やめられなくて」
「根っからの役者だね」
社長は笑顔のまま頷いた。
「それじゃ、契約の話に移ろうか。損はさせないよ」
それから社長は、契約の内容、マネジメントの方針、当面のスケジュールの組み方を簡潔に説明した。
話を聞きながら、以前の事務所との違いを感じていた。
あの頃は、俺の意向より母親の意向が通ることが多かった。
仕事の選び方も、金の計算が先に来た。
この人は違う。
これは多くの大人を見てきた元子役の勘だ。
「一つだけ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「なぜ俺を受け入れようと思ったんですか。事務所にとっては、リスクも大きいと思うんですが」
社長は少しだけ目を細めた。
「君の演技がまた見たい。それだけのものを君は持っているのさ」
返す言葉を探して、見つからなかった。
褒め言葉には慣れているはずだった。
現場で愛嬌を振りまくために、何度も何度も似た言葉を受け流してきた。
それなのに、この一言はどこか違う場所に落ちた。
「それにうちの事務所も僕個人のコネと朝香のネームバリューで成り立ってる。柱がもう一本ほしいという下心もあるのさ」
「ぶっちゃけてくれるのはありがたいんですけど、俺で成り立ちますかね?」
「人を見る目がなければ、芸能事務所の社長なんてやれないよ」
「それはそうですね」
つい笑いが零れ落ちる。
業界の大人と話して、こんなに自然に笑えたのは久しぶりかもしれない。
「朝香からも頼まれたんだ。あの素直じゃなくて、演技以外頭にない、父親そっくりの共感性に乏しいあの子が、誰かのために人へ頭を下げるのは、よっぽどのことだよ」
「いや、あの、姪っ子のことボロクソに言ってますけど……」
「おっと、つい本音が。同じような人間に苦労させられてきたからね」
冗談めかして笑う社長につられて俺も笑ってしまった。
「これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げると、社長は立ち上がって手を差し出した。
「全力でサポートするよ」
握手を交わしたとき、ドアが遠慮なく開いた。
「終わった?」
廊下から顔を出したのは朝香だった。
社長に向かって軽く頭を下げてから、当然のように自分の居場所として俺の隣に座る。
「朝香。ノックしてから入りなさい」
「それは失礼しました」
鼻を鳴らして答える朝香に社長が苦笑する。
「まあ、何はともあれ、これからよろしく。二人とも仲良くね」
社長が席を立ったところで、朝香が俺に顔を向けた。
「これで同じ事務所ね」
「また同じだな」
「ええ、今度こそ……!」
俺の言葉に、朝香はメラメラと闘志を燃やしていた。
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