とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

41 / 54
第41話 ナイトプロ

 トントン拍子に話は進み、俺は朝香と同じ芸能事務所へ所属することになった。

 事務所の名前はナイトプロ。

 神保町から少し歩いた場所にある、こじんまりとしたビルの三階に構えている。

 

 初めて足を踏み入れたのは、朝香との話から三日後のことだった。

 エレベーターを降りると、事務の女性が立ち上がって頭を下げる。

 

「お待ちしておりました、伽須翼さん」

「よろしくお願いします」

 

 案内されて通された応接室は、広くはないが落ち着いた内装だった。

 革張りのソファ、控えめな間接照明、壁に飾られた小さな写真が数枚。

 派手さはないが、人を選んで迎える場所の空気がある。

 腰を下ろしてからしばらくして、ドアが開いた。

 

「待たせてしまったね。ごめんごめん」

 

 軽い口調とともに入ってきたのは、若々しいイケメン男性だった。

 物腰が柔らかく、圧がない。

 田中騎志(たなかないと)

 ナイトプロの代表取締役社長であり、朝香の叔父にあたる人物だ。

 

「ナイトプロ代表の田中騎志です。よろしくね」

 

 向かいのソファに腰を下ろした社長は、俺をまっすぐに見た。

 それは値踏みでも威圧でもない視線だった。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「そんな固くならなくて大丈夫だよ。君のことはよく知っているからね」

 

 社長はニッコリと笑って続ける。

 

「演技からは、どのくらい離れてたの?」

「二年ほどです」

「そっか。大変だったね」

 

 責めるでもなく、慰めるでもなく。

 ただ、事実として受け取る声だった。

 

 子役時代、現場で会う大人の大半は俺を通して何かを見ていた。

 金、話題性。

 この人の視線には、そういうものが混じっていない。

 

「でも、稽古はずっと続けていたんだろう?」

 

 少し考えてから、正直に答えることにした。

 

「……はい。長年のルーチンワークだったので、やめられなくて」

「根っからの役者だね」

 

 社長は笑顔のまま頷いた。

 

「それじゃ、契約の話に移ろうか。損はさせないよ」

 

 それから社長は、契約の内容、マネジメントの方針、当面のスケジュールの組み方を簡潔に説明した。

 話を聞きながら、以前の事務所との違いを感じていた。

 

 あの頃は、俺の意向より母親の意向が通ることが多かった。

 仕事の選び方も、金の計算が先に来た。

 

 この人は違う。

 これは多くの大人を見てきた元子役の勘だ。

 

「一つだけ聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「なぜ俺を受け入れようと思ったんですか。事務所にとっては、リスクも大きいと思うんですが」

 

 社長は少しだけ目を細めた。

 

「君の演技がまた見たい。それだけのものを君は持っているのさ」

 

 返す言葉を探して、見つからなかった。

 褒め言葉には慣れているはずだった。

 現場で愛嬌を振りまくために、何度も何度も似た言葉を受け流してきた。

 それなのに、この一言はどこか違う場所に落ちた。

 

「それにうちの事務所も僕個人のコネと朝香のネームバリューで成り立ってる。柱がもう一本ほしいという下心もあるのさ」

「ぶっちゃけてくれるのはありがたいんですけど、俺で成り立ちますかね?」

「人を見る目がなければ、芸能事務所の社長なんてやれないよ」

「それはそうですね」

 

 つい笑いが零れ落ちる。

 業界の大人と話して、こんなに自然に笑えたのは久しぶりかもしれない。

 

「朝香からも頼まれたんだ。あの素直じゃなくて、演技以外頭にない、父親そっくりの共感性に乏しいあの子が、誰かのために人へ頭を下げるのは、よっぽどのことだよ」

「いや、あの、姪っ子のことボロクソに言ってますけど……」

「おっと、つい本音が。同じような人間に苦労させられてきたからね」

 

 冗談めかして笑う社長につられて俺も笑ってしまった。

 

「これからよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 頭を下げると、社長は立ち上がって手を差し出した。

 

「全力でサポートするよ」

 

 握手を交わしたとき、ドアが遠慮なく開いた。

 

「終わった?」

 

 廊下から顔を出したのは朝香だった。

 社長に向かって軽く頭を下げてから、当然のように自分の居場所として俺の隣に座る。

 

「朝香。ノックしてから入りなさい」

「それは失礼しました」

 

 鼻を鳴らして答える朝香に社長が苦笑する。

 

「まあ、何はともあれ、これからよろしく。二人とも仲良くね」

 

 社長が席を立ったところで、朝香が俺に顔を向けた。

 

「これで同じ事務所ね」

「また同じだな」

「ええ、今度こそ……!」

 

 俺の言葉に、朝香はメラメラと闘志を燃やしていた。

 

―――――――――――――――

 

いつも本作を読んでいただきありがとうございます。

新作の宣伝になります。

 

奴隷悪魔、主の貴族に成り代わり、成り上がる~復讐のために人間と共存する領地経営~

https://kakuyomu.jp/works/2912051598427104333

 

底辺配信者、推しの前でケツ丸出しになってバズる

https://kakuyomu.jp/works/2912051597305246070

 

もしよかったら、見ていってください。

何卒よろしくお願いいたします。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。