天才子役の幼馴染は曇るが、役者の道を諦めたら始まるラブコメ   作:サニキ リオ

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第43話 新しい演技

 撮影場所は廃ビルの屋上。

 街を見下ろしていた俺の元へ朝香演じる主人公の愛がやってきたところだ。

 

 制服姿の朝香。

 ドラマの中では、高校生探偵の倉井愛。

 俺は彼女の相棒のAIアンダーソンの正体であり、真犯人で愛の幼馴染でもある下村翼。

 

「本番、いきます!」

 

 カチンコの音がなった瞬間、俺の中で何かが切り替わる。

 凪野翼が一歩下がり、下村翼が前に出る。

 

 朝香を見つめるその瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。

 ここ最近取り入れ始めたメソッド演技は、昔と違って思ったよりも俺の身体に馴染んでいた。

 

「……ああ、ついにたどり着いちゃったかぁ」

 

 それと同時に、幽体離脱でもしたかのように自分を俯瞰して見る。

 そして、TPSのように肉体を操り、朝香の方へと振り返る。

 

 朝香は全身汗だくだった。

 さっきまで涼しい顔をしていたのに、頭の中で階段を駆け上がる経験をして、それを身体へ反映させたらしい。

 

 俺もできるが、朝香のそれはあまりにも自然だった。

 改めて見ると、末恐ろしいな。

 

「久しぶりだな、愛」

「つ、ばさ……!?」

 

 朝香が目を見開いて息を呑む。

 おそらく、久しぶりに俺を高校で見かけたときの感情も混ぜて使っている。

 役の名前が同じこともあって、このシーンはインパクトが強くなりそうだ。

 

 演出家の意図を汲むに、ここは主人公である愛にとっては真犯人にたどり着いたシーンでありながら、犯人であるアンダーソンにとっては久しぶりに再会した幼馴染とのやり取りというズレを見せたいはずだ。

 

「何年振りだっけか。確か……そう、中二のときに駅前のケーキ屋、あー……そう、ミオソティスだ! あのときは母さんが誕生日で――」

「翼が、アンダーソンなの?」

 

 リアリティを出すために、尺を計算しながら多少のアドリブを挟むと、ちょうどいいタイミングで朝香が俺のセリフを遮ってくれる。

 やっぱ、受けも完璧だよな、お前は。

 

「おいおい、何で俺の中一のときのあだ名知ってんだよ」

 

 何も悪いことをしていないかのように軽い調子で笑う。

 そのたびに朝香の表情が曇っていく。

 

「ずっと、一緒にいたのに」

 

 朝香の声が震えている。

 その目には、涙が浮かんでいた。

 

「ずっと一緒に、事件を解決してきたのに」

「そうだな。俺たち、なかなかいいコンビだったよな」

 

 俺は、穏やかに微笑む。

 その笑顔には、一切の感情が乗っていない。

 

「どうして……どうして、気づけなかったんだろ」

 

 朝香の涙が頬を伝う。

 その涙は、演技なのか本心なのか。

 もう区別がつかないほどに〝本物〟だった。

 

「あなたが……犯人だったなんて」

「犯人って、穏やかじゃないな」

 

 感情的な芝居のカウンター。

 あくまでも自然体で俺は肩をすくめる。

 

「俺は、ただやるべきことをやっただけだ」

「やるべきこと……?」

「悪人に天罰なんて意図しなきゃ下らないからな」

 

 そこで、俺は一瞬だけ表情を崩した。

 ほんの一瞬。微かな感情のほころび。

 予定にない演技だ。

 

 でも、朝香なら絶対に拾う。

 今追ってるカメラもちょうどそこを抜くはずだ。

 

 案の定、朝香の瞳が揺れる。

 今までの情報をつなぎ合わせているような、何かに気づいたような表情。

 

「もしかして……私の、ため?」

 

 朝香の声が、僅かに震える。

 

「私のお兄ちゃんが、ひき逃げされた事件……」

「さあな」

 

 伸びをしながら、明後日の方向へと視線を逸らす。

 

「警察上層部の不祥事なんて、いくらでもあるだろ。今回の事件はただの因果応報だ」

「違う……違うよ、翼」

 

 朝香は、俺に近づいてくる。

 

「あなたは、私のために手を汚しちゃったんでしょ?」

「やめろ」

 

 口から出る声が低くなる。

 

「これ以上、何も言うな」

「でも……!」

「もういいんだよ!」

 

 叫び声が、スタジオに響いた。

 周囲の空気が一瞬で凍りつく。

 

 静寂の中、朝香が息を呑む音が聞こえてきた。

 自分でも驚くほどの感情を爆発させていた。

 

 母親から浴びせられた罵詈雑言。

 父さんから向けられた憎悪。

 芸能界で味わった裏切り。

 

 全てを糧にして、演技へ昇華させる。

 

「お前は……そのまま何も知らなくていいんだよ!」

 

 声が掠れた。ちゃんと聞き取れるように調整している。

 感情的になりつつも、技術を失わない。

 

 それが、俺の新しい演技だ。

 

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