天才子役の幼馴染は曇るが、役者の道を諦めたら始まるラブコメ 作:サニキ リオ
「今のお前が笑っていられるなら、それで良かったんだよ!」
握りしめた拳が震え、血が滲む。
「お前の兄貴を殺した奴が、のうのうと成功者面してのさばってる! どんなに事件を解決しても、お前はずっとあの事件に囚われたままだ……!」
「翼……」
「これ以上、お前が泣く顔を見たくなかった。お前が苦しむ姿を見たくなかった!」
俺の涙が、頬を伝う。
それは、演技なのか本心なのか。
もう、自分でもわからない。
「だから、社会的に殺してやったんだよ。いいだろ、命はとっちゃいない。薄汚れた上流階級の人間が勝手に破滅しただけだ」
「そんな……」
朝香の声が、震えている。
「そんなこと、望んでない……!」
「わかってる」
俺は、力なく笑った。
「それ以外に、俺は何もできなかったんだ」
「翼……」
「AIのアンダーソンのままなら丸く収まってたのに、なんで気づいちゃうかねぇ」
再び落ち着いたトーンに戻した声が、静かに響く。
そこには気づかれてしまったうしろめたさや悲しみ。
気づいてもらえたことの嬉しさが綯交ぜになった感情が込もっていた。
周囲が静まり返る。
スタッフも、カメラマンも、全員が息を呑んでいる。
朝香は涙を流しながら俺を見つめている。
その目には、悲しみと、後悔と、愛情が混ざっていた。
「あのさ、翼」
朝香の声が、静かに響く。
「大切な人が、自分を傷つけたら悲しいよ」
朝香の瞳から流れる涙の量が増し、そこで一気に感情が爆発する。
「苦しいんだよ! どうしてそれがわからないの!?」
朝香の叫びがスタジオに響いた。
その声には、魂が込められていた。
はっとした表情で、朝香の顔を見る。
涙で濡れた顔。苦しみに歪んだ表情。
守りたかったはずの人が、こんな顔をしている。
「そっか……守りたい人にそんな顔させちゃ――」
俺は、力なく笑った。
「相棒、失格だよな」
その瞬間、階段を駆け上がって屋上へやってきた井田さんが俺の肩を掴んだ。
「下村翼。威力業務妨害の容疑で逮捕する」
井田さん演じる刑事の声は優しかった。
俺は手錠をかけられ、井田さんに連行される。
歩きながら、井田さんが小さく呟いた。
「お前は、まだやり直せる」
その言葉は、台本にあるものだ。
だが、井田さんの声には、彼自身の本心が込められていた。
「お前の人生は、まだ終わっちゃいない」
俺は何も言えず、涙を流して連行されていくだけだった。
「カット!」
監督の声が響いたが、誰も動かない。
スタジオ全体が、まだ余韻に包まれていたのだ。
数秒の沈黙の後、誰かが小さく拍手を始めた。
それがスタジオ全体に広がっていく。
やがて、小さな拍手は大きなものへと変わっていった。