「……すごい」
誰かが呟く。
「今の、マジでやばかった」
「鳥肌立った」
「翼君、半端ねぇ……」
スタッフたちの声が、あちこちから聞こえてくる。
朝香は、じっと俺を見つめたまま動かない。
その目には、涙が浮かんだままだった。
「……翼、今の芝居」
朝香は、ゆっくりと息を吐いた。
「あたし、負けた」
「ま、負けた? 朝香が、か?」
「ええ。完全に」
朝香は涙を拭いながら笑った。
「翼の演技は、あたしの演技を完全に食ってた」
朝香は、真剣な顔で俺を見つめた。
「あたし、本気で演技してたのに、翼に全部持っていかれた」
「朝香……」
「それに翼の演技、見てて……怖かった」
「怖かった?」
「ええ。あんなに感情を爆発させて……あんなに苦しそうで」
朝香の涙が、また溢れてくる。
「翼が、どれだけ辛い思いをしてきたのか。それが、伝わってきた」
朝香は、俺の手を握った。
「ごめんね。気づいてあげられなくて」
「朝香……」
「翼は、もう一人で抱え込まないで」
朝香の声が、優しい。
「あたしが、隣にいるから」
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
俺は、朝香の手を握り返した。
「……ありがとう」
井田さんが、笑顔で近づいてきた。
「翼。お前の演技、見事だった」
「ありがとうございます、井田さん」
「子役の頃から上手かったが、今はもっと深みがある」
井田さんは、満足そうに頷いた。
「苦労した分、役者として成長したんだろうな」
「……そうだといいんですけど」
「謙遜するな。お前は、立派な役者だ」
井田さんは、俺の肩を叩いた。
「これからも、続けろよ」
「はい!」
俺はが力強く頷くと、監督が興奮した様子で駆け寄ってきた。
「翼君! 素晴らしかった! やってくれるとは思ってたけど、まさかあそこまでやるとは!」
「ありがとうございます」
「特に、感情を爆発させるシーン。あれは予定になかったよね?」
「はい。現場の空気を読んで、アドリブで入れました」
「最高だった! 完璧なタイミングだった!」
監督は満面の笑みを浮かべて何度も頷いた。
「カメラも、ちゃんと抜いてくれてたよ。あれは、視聴者の心に刺さる」
「なら、良いんですけどね」
「それに、朝香ちゃんの受けも完璧だった」
「ありがとうございます」
朝香は、少し照れたように笑った。
「でも、今回は翼に持っていかれました」
「いやいや、君の演技があったからこそ、翼君の演技が引き立ったんだ」
監督は俺たちを見比べた。
「二人の化学反応。それが、今回のシーンを最高のものにした」
「化学反応……」
俺と朝香は、顔を見合わせた。
そして、同時に笑った。
「それじゃ、翼君。次のシーンいこうか」
監督の声で、俺は我に返る。
「はい」
それから、撮影は順調に進んだ。
俺は全てのシーンを一発でOKにした。
テクニカル・アクティングとメソッド演技の融合。
それを存分に発揮した。
監督が求める演技を瞬時に理解し、その通りに演じる。
スタッフが期待する表情を作り、カメラに収める。
でも、それだけじゃない。
朝香との芝居は、計算を超えていた。
朝香の演技を受けて、俺の中で何かが動く。
それを、技術でコントロールする。
感情と技術の融合。それが、俺の新しい演技だった。
「カット! 全シーン終了! お疲れ様でした!」
監督の声で、撮影が終わる。
スタジオ全体から、大きな拍手が起こる。
プロデューサーとして現場を見ていた南風原さんが、嬉しそうに近づいてきた。
「翼君、最高だったよ! これは、視聴率取れるぞ!」
「あははっ、ありがとうございます」
「それに、SNSでも絶対話題になる」
南風原さんは、興奮した様子で続けた。
「翼君の復帰作として、これ以上のものはないよ」
「復帰作……」
「そうだよ。翼君は、これで完全に復帰したんだ」
南風原さんは、俺の肩を叩いた。
「これからも、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
塞翁が馬。
こうしてアイドルのスキャンダルで頓挫しかけた最終回は、無事に最高のクオリティでクランクアップを迎えることができたのであった。