天才子役の幼馴染は曇るが、役者の道を諦めたら始まるラブコメ 作:サニキ リオ
撮影が終わってから一週間後。
ドラマ〝プライベート・AI〟の最終回が放送された日、俺は家のリビングで父さんと並んでテレビを見ていた。
同じソファに二人で座るのが、いつぶりか思い出せない。
「……まさかゴールデンでやってる人気ドラマに出るとはな」
父さんの声は低く、どこか独り言みたいだった。
「まあ、いろいろあってさ」
「そうか」
それ以上は続かなかった。
画面の中では朝香が階段を駆け上がり、カメラが引いて俺が現れる。
自分の顔が映し出された瞬間、不思議な感覚に襲われた。
遠い人間を見るような、それでいて確かに自分だと分かるような、妙な距離感だ。
「やっぱり、翼は演技うまいな」
父さんが、画面を見たまま呟いた。
思っていなかった言葉だった。
視線を向けると、父さんの横顔は静かで、感情が滲んでいるようにも見えた。
「昔から思ってた。才能があるって」
「父さん……」
「でも、俺が……俺たちが、お前を壊した」
父さんの喉が小さく動く。
「母さんは金に狂って、俺はお前に八つ当たりして」
「もういいよ」
「よくない」
父さんがこちらを向いた。
目の縁が、僅かに赤い。
「ごめんな、翼。ごめんなぁ……!」
何も言えなかった。
責めたいとも思わなかった。
「父さんがいたから、俺は今ここにいる」
俺は父さんの肩に手を置く。
「辛いこともあったけど、俺を見捨てなかっただろ。それだけで十分だよ」
父さんは何も言わなかった。
小さく頷いただけだった。
そのまま、二人で最後までドラマを見た。
エンドロールが流れ始め、テロップが画面を流れていく。
スタッフの名前が続いた後、キャスト欄に差し掛かったとき、父さんの視線がわずかに止まった。
【特別出演:伽須翼】
「……伽須翼、か」
父さんの声は低く、問いかけるようだった。
「いいのか、この名前で」
「嫌なことも苦しいことも、全部演技の糧になった。だから、全部抱えたまま行くよ」
父さんは少しだけ笑った。
目尻に細い皺が寄る。
「頑張れよ、翼」
「ああ、頑張る」
エンドロールが終わってテレビを消すと、リビングに静かな時間が残った。
窓の外から、かすかに車の音が届く。
「父さん」
静寂を破ったのは、俺の方だった。
「一個、頼みたいことがあるんだけど」
父さんが、ゆっくりとこちらを向いた。
「二十歳になったら、一緒に酒が飲みたい」
俺の言葉に、父さんの表情が変わった。
「あのとき以来、ずっと禁酒してたろ」
答えは返ってこなかった。
父さんは視線を膝の上に落として、指先を軽く組んだ。
酔った勢いで怒鳴られた記憶は、俺の中にある。
父さんがその後から酒をやめたことも、知っていた。
そして、今もそのことで苦しんでいることも知っている。
父さんの肩が揺れている。
声が出るまでに、少し時間がかかった。
嗚咽を堪えているのか、呼吸が乱れているのが伝わってきた。
「……俺に、そんな資格はない」
「資格とかじゃない」
俺は前を向いたまま言った。
「父さんと飲みたいんだ。だから、俺のわがままなんだ」
隣から、湿った息を飲む音がした。
それから父さんは、声を押し殺すように俯いた。
肩が何度も上下する。
リビングの時計が、一つ針を進めた。
しばらく経って、父さんが顔を上げた。
目元が赤くなっていた。
「……必ず、飲もう」
その言葉で、俺の心に巣食っていた父さんへのモヤモヤは綺麗に晴れるのであった。