天才子役の幼馴染は曇るが、役者の道を諦めたら始まるラブコメ   作:サニキ リオ

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第48話 一つの親子の終わり

 放課後、よく知る番号から着信があった。

 出るかどうか一秒だけ迷って、指が動いた。

 

「もしもし」

『翼。私よ』

 

 聞き覚えのある声が、耳の奥に滑り込んでくる。

 なのに、一瞬、誰かわからなかった。

 わからなかった自分に驚いた。

 

「……母さん?」

『久しぶりね。元気にしてた?』

 

 どこか弾んでいる声だった。

 何かを期待しているときの声。

 聞き慣れていた、あの声だ。

 

「まあ、それなりに」

『ネット、見たわよ。プライベート・AI。すごいじゃない! 翼、やっぱり私の見込んだ通り才能あるわね! 何よ、やればできるじゃない!』

 

 称賛の言葉が、ひどく軽く聞こえた。

 俺を育てたのは自分だと、母さんは本気で信じているのだろう。

 稽古場まで毎日送り迎えをして、時にマネジメント面で口を出して、仕事を取ってきた。

 

 それは事実だ。

 

 事実だが、俺が現場で血を吐くような思いで積み上げてきたものを〝私の見込んだ通り才能〟と言われるのは絶対に違う。

 ずっとそれが言えなかった。

 

『また俳優のお仕事するんでしょう? お母さんね、今ちょっと生活が苦しくてね。ほら、翼の稼ぎがなくなったときも私がサポートしてたし、お互い様じゃない?』

 

 金の無心をされたことに、驚きはなかった。

 あの優しかった母親はもういないのだ。

 

「彼氏さんは?」

『……別れたの』

「使い込んだ金が底をついたからか」

 

 俺の指摘に、短い沈黙があった。

 

『そんな言い方しなくていいじゃない。翼だって、お母さんに育ててもらったんだから』

「俺が稼いだ金でな」

 

 口を突いて出た声は、思ったよりも平坦だった。

 怒鳴りたい気持ちもなかった。

 

 昔の俺なら、この沈黙に耐えられなかった。

 謝ってしまうか、黙り込むかのどちらかだった。

 

『翼、あなた何を……』

「俺、収入の増減は全部把握してるよ。弁護士に頼んで、帳簿も確認した」

 

 電話の向こうで、息を呑む気配がした。

 

「あんたが俺の口座から抜いた金額、法的に請求すれば、全額回収できる金額だ」

『そ、そんな大げさな……家族の生活費として使ってただけじゃない』

「家族の生活費に、不倫相手との旅行費やホスト代が含まれるなんて驚きだ。証拠は、全部残ってるぞ」

 

 沈黙が落ちた。

 子役時代、俺は母さんの機嫌を読むのが得意だった。

 撮影現場でスタッフの空気を読むのと同じように、母さんがどのタイミングで怒鳴り出すか、どの言葉を言えば機嫌が直るかを自然と学んでいた。

 今その技術を使えば、母さんが今どんな顔をしているかわかる。

 

 焦っているが、まだ諦めていない。

 次の言葉を探している状態だ。

 

『翼……私だってね、必死だったのよ。あなたの将来のために、どれだけ動いてきたか――』

「そういう話なら、弁護士を通してくれ。俺の代理人に、直接説明してもらえると助かる」

 

 

『な、なんで弁護士なんか……家族なのに』

「家族だから、こっちも弁護士を立てる。感情で話すと、お互いろくなことにならないから」

 

 俺はスマホを耳に当てたまま、窓の外を見た。

 夕暮れの空が、じわりと赤くなっていく。

 

「ただ、今回は請求しない。なんだかんだあんたは俺の母親だ。それだけの理由で、今回は見逃す」

『じゃあ、やっぱり助けてくれ――』

「その代わり、もう連絡してこないでくれ。もし俺に接触しようとして来たら、今度こそ弁護士を通して全額請求する。その場合、金は耳を揃えて返してもらうから」

 

 電話の向こうが、完全に黙った。

 

「借金の返済して、分相応に生きるんだな」

『待って、待って待ってよ翼!』

 

 声のトーンが変わった。

 さっきまでの余裕が剥がれて、むき出しの焦りだけが残っている。

 

『お母さんを捨てるの? あなた、自分のお母さんを捨てるの? 産んで育てた子供に捨てられたら、お母さんどうすればいいの!』

「捨てるとかじゃない。連絡しないでくれと言ってる」

『同じことじゃない! 翼がいなくなったらお母さん終わりなの、わかる? もう誰もいないの! お父さんにも捨てられて、翼まで!』

 

 言葉が畳み掛けてくる。

 昔なら、この声に折れていた。

 罪悪感と情が絡まって、断れなくなっていた。

 

 今は違う。

 声の奥にあるものが、透けて見える。

 この人がヒートアップすればするほど、俺の心は冷めていく。

 

『翼、お願い。お母さんのこと見捨てないで。あなただけが頼りなの。本当なの。お願い、お願いだから――』

「一個だけ、感謝してることがある」

 

 俺は声を遮った。

 電話の向こうが、ぴたりと止まる。

 

『……え』

「比較的美形に産んでくれてありがとな。優秀な顔面遺伝子くれて助かったわ」

 

 それだけ告げると通話を切って、着信拒否の設定を入れた。

 スマホを鞄にしまって、窓の外を見た。

 

 夕暮れの赤が、端から紫に変わっていく。

 何かが終わった感覚が、じんわりと胸の奥に広がっていった。




ちょっとしたお知らせです。
そろそろこの章も終わりますが、次章から翼の芸能界のお話に入っていきます。

それに伴い、次章に入ったタイミングでタイトルを変更させてもらおうと思っています。

現タイトル:天才子役の幼馴染は曇るが、役者の道を諦めたら始まるラブコメ

変更後のタイトル:とにかく曇る天才女優の幼馴染!
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