天才子役の幼馴染は曇るが、役者の道を諦めたら始まるラブコメ 作:サニキ リオ
プライベート・AIの最終回が放送された翌日の朝。
教室に入った瞬間、空気が違うのに気づいた。
いつもと同じ時間に、いつもと同じ経路で登校した。
それなのに、廊下を歩いているときから視線が集まっている。
ひそひそ声が、俺が通り過ぎるたびに波紋のように広がっていく。
「ねえ、凪野君って……やっぱ昨日のドラマの人だよね?」
「だよね。伽須翼じゃん」
「全然気づかなかった」
席に着くなり、周囲の温度が一段上がった気がした。
遠巻きにこちらを見ているクラスメイト。
チラチラと視線を送っては、スマホの画面に目を落とす。
昨日のドラマの切り抜きでも見ているのだろう。
「凪野くん、昨日のドラマすごかった!」
思い切ったように、クラスメイトの女子が声をかけてきた。
「見てくれたんだ。ありがとう」
「朝香ちゃんと共演してたんだね! 知らなかったよ」
「まあ、最終回の特別出演だけだけどな」
「あの屋上のシーン、鳥肌やばかった。泣いちゃったし」
そのまま感想を語り始めた彼女に相槌を打っていると、別の席からも声が飛んでくる。
「俺も見た。あんなにすごかったのかよお前」
「朝香ちゃんにも張り合えてたよな」
「てか、学校きて大丈夫なの? 忙しいんでしょ」
「みんな、ありがとう。スケジュール調整は、マネさんがうまくやってくれてるから大丈夫」
質問が飛んでくるたびに短く答えていると、次第に人垣ができていた。
子役時代も、こういう注目を浴びたことはある。
これに関しては芸能人である以上避けられない有名税みたいなものだ。
甘んじて受け入れよう。
そう思っていたところで、梨夢がすさまじい勢いで突進してきた。
「バッサー!」
人垣をかき分けて最前列に躍り出た梨夢は、着席している俺の机に両手をつき、興奮した様子で俺を見据えた。
「見たよ、プライベート・AI! 出るなら教えてよー!」
「守秘義務があるからな」
「そっかー……もう、バッサーは芸能人だもんねー」
どこか寂しそうにターコイズブルーの毛先が揺れた。
「まったくさー! 置いていかないでよね!」
大げさに嘆きながらも、梨夢の目は笑っていた。
本当に嬉しそうな顔だった。
「バッサーが輝いてるの、ちゃんと見た。めちゃくちゃカッコよかった」
「……ありがとな」
梨夢は笑って自分の席に戻っていった。
しばらくして、昼休みに図書室へ向かうと、丸代がいつもの席でノートパソコンを開いていた。
俺の姿を見つけると、静かに手を上げる。
「凪野君。昨日のドラマ最高だったよ」
「ありがとな。丸代的にはどうだった?」
丸代は待ってましたとばかりに眼鏡を光らせる。
「やっぱり、今までAIだと思っていた相棒が最後の犯人役ってのが良かったよね。伏線の貼り方もよかったし、最後の最後で凪野君がアンダーソン役として感情を爆発させたことで今までのAIとしてのやり取りに新しい解釈が生まれて見返したくなったのは、本当にすごいと思う」
いかにも小説家目線の意見に嬉しくなってしまう。
丸代の小説も細部は異なっているものの、俺の復帰やプライベート・AIの影響で預言書扱いされているらしいし、これからが楽しみだ。
「あの演技を見て……私の小説の主人公はまだ全然翼君に追いついてないなと思った」
「そんなことないだろ」
「ううん。妥協はしない。現実になんて負けてらんないから!」
「その意気だ。俺も負けないぞ」
丸代の宣戦布告に、俺も胸を張って返した。
放課後、昇降口で郁が待っていた。
俺の姿を見つけると、ぱっと顔が明るくなる。
「翼君。昨日のドラマ、見ました」
それから郁は、恥ずかしそうに続けた。
「なんか、あの屋上のシーン見てたら、あの夕暮れのこと思い出しちゃって」
「母さんに言い返したときのことか。あのときはありがとな」
「いえ、私が勝手にしたことですから。あのとき、翼君の気持ちを薪にして燃やしたって言ったじゃないですか。翼君はあの演技でちゃんとそれをやってて……なんか、私のこと使ってくれたみたいで嬉しかったです」
「おかげでいい演技ができたよ。郁のおかげだ」
郁は首を振った。
「翼君がやり遂げたんです」
夕日が昇降口の床を染めていた。
彼女たちがいるから俺は芝居の道へと戻れた。
そのことを改めて実感した。