バラエティー番組の収録スタジオは、ドラマの現場とはまた別の空気が漂っていた。
明るい照明。
大きなセット。
観覧席から絶えず聞こえてくる笑い声。
プライベート・AIの放送後、俺と朝香へのオファーはセット扱いで届くようになっていた。
世間が二人の組み合わせを求めているらしく、プロデューサーや局側もその流れに乗っていたのだ。
収録が終わり、スタジオの廊下を並んで歩いていると、隣の朝香がどこかふわふわしていた。
足取りが軽い。
表情が緩んでいる。
芸能界で鍛え抜かれたポーカーフェイスが、今日に限ってほとんど機能していない。
「なんか、嬉しそうだな」
俺が言うと、朝香は少しだけ目を逸らした。
「そう見える?」
「隠せてないぞ」
「……翼と一緒にいられるのが嬉しいの。文句ある?」
堂々と言い切って、また前を向く。
背中を追い続けた朝香に、そう言ってもらえるなんて光栄だ。
ネットでは今、俺と朝香のカップリングで盛り上がっているらしい。
過去の共演シーンの切り抜きが大量に出回っていると、マネージャーさんに教えてもらった。
普通なら事務所が過剰反応するような話だが、朝香は聞いたときは「そう」とだけ言ってそのまま去っていった。
「あのさ、朝香」
廊下の角を曲がったところで、俺は立ち止まった。
「迷惑かけてないか」
「何がよ?」
「ネットの反応とか、セット出演のこととか。朝香のイメージに影響出たりしてないか」
朝香が足を止めて、こちらを振り返る。その目が、わずかに細くなった。
「心配するなら、もっと別のことを心配しなさい」
「別のこと?」
「学校の子たちとの付き合い方。あの三人のことよ」
梨夢、丸代、郁の顔が頭をよぎる。
「鍬矢田ルイのこともあったでしょ。何がスキャンダルになるか、今の時代は本当にわからない。特に翼は注目されている時期だから、女子との関係は慎重にしておいた方がいい。もしも街中で写真でも撮られてみなさい。面白おかしく拡散されて、カプ厨からは総叩き。この炎上しやすいSNS時代に慎重になるに越したことはないわ」
やけに早口だったのが気になったが、言っていることは正しい。
芸能界で長年やってきた人間の、経験から来る言葉は重みが違う。
鍬矢田ルイの件は、俺も他人事じゃない。
「さすが朝香だな。そういうところまで気が回るのか」
俺が素直に言うと、朝香は一瞬だけ目を泳がせた。
「……当然のことを言っているだけよ」
そう言って、また歩き始める。
俺はその背中を見ながら素直に喜びを噛み締める。
朝香がちゃんと俺のことを考えてくれている。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
廊下の奥に、窓から夕方の光が差し込んでいた。
「それで、さ」
俺は、少し考えてから口を開いた。
「約束のことなんだけど」
「約束?」
「昔の約束だ。演技で勝ったら付き合ってもらうって言ってただろ。ほら、今回朝香は負けたって言ってたからちゃんと話しておこうと思ってさ」
朝香の歩調が、わずかに遅くなった。
「改めて言うけど……あれ、取り消しにしてほしい」
数秒、間があった。
「はえ?」
朝香の口から信じ難いほどに間抜けな声が零れ落ちた。
「俺があの約束をしたのは、朝香に告白するための手段として演技を使ってたからだ。それ自体が間違いだったと思ってる。演技をそういう目的に使ったことを、朝香に謝りたい」
演技で勝ったら付き合え、なんて本当にふざけた話だった。
そんなことをしたって、朝香の気持ちが俺に向くわけじゃない。
朝香の意思を無視したふざけた約束だ。
俺は朝香が好きだ。
それなら朝香に振り向いてもらえるような人間になるべきだった。
だから、まずは約束をなかった上にして俳優として成長する。
「俺はちゃんと演技と向き合いたい。朝香と肩を並べられるくらいになりたいんだ」
今度こそ、朝香と対等になる。
惚れた腫れたの話はそれからだ。
朝香が油の切れたロボットのような動きでこちらを向く。
何かを言いかけて、止まる。
また言いかけて、止まる。
「つまり、翼は――」
朝香は、ゆっくりと口を開いた。
「演技で私に勝っておいて、付き合う気はないってこと?」
「そういうことになるな。本当に迷惑かけた」
俺が頭を下げると、自分の気持ちをきちんと言葉にする。
「
俺から想いを告げるつもりはない。
この気持ちをしまったうえで、俺は演技に全力をぶつける。
そして、朝香に惚れてもらえるような男になってみせる。
「み゛」
俺の決意表明に対し、何故か絶命寸前のセミのような声が、彼女の喉から絞り出された。