ボクには好きな人がいる。
テレビですごいお芝居をする天才子役の羽田朝香。
彼女みたいになりたくて、追いかけるように劇団に入った。
別に女優になりたかったわけじゃない。
朝香が通っているから、ボクも行きたかっただけ。
少しでも、彼女に近づきたかった。
お父さんにお願いして味方になってもらってお母さんを説得した。
「おう、思う存分やってこい!」
「はぁ……しょうがないわね。あなたはこの人に似て、一度決めたことは曲げないものね」
大好きな両親に送り出されてボクはオーディションに受かり、劇団クロッカスに所属した。
昔から朝香の真似だけは得意だった。
それがオーディションのときは、うまくはまったのだ。
「よーし、すぐに追いつくぞー!」
ボクは必死に頑張った。
オーディションを受かったことも自信に繋がっていた。
だけど、稽古を重ねるうちに、わかってきたことがある。
ボクには、演技の才能がない。
台詞を覚えることはできる。動きを真似することもできる。
でも、何かが足りなかった。
先生に言われた通りにやっているのに、朝香との差が埋まらない。
それどころか、あっという間に引き離されていく。
朝香の演技は、見ていると息が止まりそうになる。
台詞を言っているのに、台詞に聞こえない。
その人がそこにいる感じがする。
ボクにはそれができなかった。
近くにいるのに、遠くなっていく感覚だった。
「はぁ……はぁ……まだ……」
必死に稽古して、ボクは同期の中では群を抜いて演技ができるようになっていた。
それだけが、辛うじて自分を見失わないでいられた理由だった。
だけど、いつまでたっても仕事がもらえない。
当然だ。
同じ世代に羽田朝香がいる。
その意味がわからないほど、ボクはバカじゃなかった。
それにボクの同年代は、黄金世代と呼ばれる子役がひしめき合っている。
稽古を頑張っているのは大前提。
そこから光るものがあるかは、まったく別の話だ。
最初こそ、同期より群を抜いてうまかったはずのボクは、いつしか売れない子役の一人になっていた。
同期の子たちの中には、仕事をもらって活躍している子も出てきた。
中でも、狂気的な執着心で演技をしている子がいた。
彼の稽古する様子を、ボクはなんとなく目で追っていた。
何週間か経った頃、その子の台詞が変わった。
先生が一度だけ頷いた。
その子は気づいていない様子で、また次の台詞を言っていた。
稽古が終わって、ボクが荷物を片付けていると、朝香がその子の方を見ていた。
じっと見ていた。
いつも他の子役なんて視界にすら入らない朝香が、誰かをそうやって見ているのを、ボクは初めて見た気がした。
その恋する表情を見た瞬間、ボクの中で何かが壊れた。