月曜の放課後、図書室に向かった。
目的は決まっていた。
棚を一通り見回してみる。
文庫、新書、参考書。
ジャンルを跨いで並んでいる。
その中から神話・伝承の棚を見つけて、足が止まった。
【西遊記(上)】
引き抜いて、中扉をめくる。訳注がついたやつだ。
とりあえず上中下の三冊をまとめて抱えて、窓際の席に腰を下ろして読み始める。
「……三蔵法師、まだ出てこないのか。意外と悟空の話長いな」
独り言が漏れたところで、向かいから声がした。
「凪野君、西遊記読んでるの?」
顔を上げると、丸代が手元を覗き込んでいた。
「なんだかんだで原作読んだことないと思ってさ」
「まあ、こういうのって漫画とかじゃないとなかなか読む機会ないよね」
「ドラマ版は何度か観たけど、思ったより違うもんだな」
「ドラマはある程度その時代の大衆向けに直しているだろうからね」
言われてみれば、その通りだ。
ドラマシリーズによっては、悟空が一番弟子じゃなかったりするし、中盤以降で登場する悪役も原作だと序盤でやられてたりとかする。
混世魔王とか特にそうだ。
「丸代は西遊記に詳しいのか?」
「詳しいかどうかはわからないけど……好きで何度も読んだから一通りの流れはわかるよ」
丸代は遠慮がちに手を伸ばして、上巻を指差した。
「知りたいことがあれば、わかる範囲で答えられるよ」
原作を何度か読んだことのある人間がいるのはありがたい。
あとで全部読むにしても事前知識はもっと欲しいところだ。
「孫悟空がどういうキャラなのか、改めて把握したい。ドラマのイメージじゃなくて、原典として」
「悟空かぁ……」
丸代は目を細めた。
言葉を選ぶというより、どこから話すか整理している顔だ。
「粗暴だけど義理人情に厚いってキャラ、だと思う」
これまでのドラマでもそのイメージはあった。
バカで乱暴者の問題児だが、誰よりも芯があるキャラクター。
それが孫悟空のパブリックイメージに思える。
「本来は誰かに仕えるとか、誰かに従うとか、そういうことが根本的に苦手なんだとは思うんだよね」
「それがお釈迦様の掌の上で捕まって、五行山に封じられると」
「そう。で、三蔵法師に出会って弟子になる」
「なるんじゃなくて、させられるんじゃないか。緊箍児をつけられて」
俺がこめかみを指で叩くと、丸代がわずかに笑った。
「まあ、原作の孫悟空は合理的な性格だし、完全に強制ってわけでもないんだよね」
「天竺に行けば仏の位がもらえて、今までの罪も許されるって打算もあるわけか」
丸代の言葉に、もう一度本に目を落とす。
ページの向こうにあるやり取りが、少しだけ違って見えた。
「にしても、原作の悟空は粗暴どころじゃないだろ。人を殺すことにためらいがなさすぎる」
「本人には悪気はないけど、倫理観が妖怪なんだよね」
「なんか三蔵法師のほうが無茶言ってるように思えてきたな」
丸代はうなずいて、文庫をめくる。
「旅の目的自体は三蔵法師のものだからね。悟空は封印を解いてもらった対価に旅に同行するんだ」
「主体は三蔵法師で、旅の途中でスカウトって感じか」
「うん。だから価値観のズレからの衝突も多いし、ああいう形になるんだと思う」
言われてみると、最初は主従というより衝突前提の関係に近い。
従っているようで、我を通して怒られるみたいな感じか。
「そういえば、三蔵法師ってなんで女優さんが演じるの」
「キャスティングの都合だな。西遊記をドラマでやろうとしたらメインキャストが全員男になる。それだと女優の枠がなくなるし、視聴率にも影響でるだろうからな。あと三蔵法師はアクションシーンがなくて済むし、囚われの姫ポジションが多いからじゃないか?」
「あー、なるほど!」
丸代がポンと納得したように手を打つ。
俺もパッと思いついて言ってみたが、自分で言ってみてすごくしっくりきてしまった。
あとでネットで調べてみるか。
「ありがとな、丸代。いろいろ参考になった」
「原作はこのまま借りてく?」
「頼む」
「オッケー」
そのまま丸代は、図書室のPCで貸し出しの手続きをしてくれた。
さて、今夜はドップリと西遊記の世界に浸かるとするか。