とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第56話 原作の孫悟空

 月曜の放課後、図書室に向かった。

 目的は決まっていた。

 棚を一通り見回してみる。

 

 文庫、新書、参考書。

 ジャンルを跨いで並んでいる。

 その中から神話・伝承の棚を見つけて、足が止まった。

 

【西遊記(上)】

 

 引き抜いて、中扉をめくる。訳注がついたやつだ。

 とりあえず上中下の三冊をまとめて抱えて、窓際の席に腰を下ろして読み始める。

 

「……三蔵法師、まだ出てこないのか。意外と悟空の話長いな」

 

 独り言が漏れたところで、向かいから声がした。

 

「凪野君、西遊記読んでるの?」

 

 顔を上げると、丸代が手元を覗き込んでいた。

 

「なんだかんだで原作読んだことないと思ってさ」

「まあ、こういうのって漫画とかじゃないとなかなか読む機会ないよね」

「ドラマ版は何度か観たけど、思ったより違うもんだな」

「ドラマはある程度その時代の大衆向けに直しているだろうからね」

 

 言われてみれば、その通りだ。

 ドラマシリーズによっては、悟空が一番弟子じゃなかったりするし、中盤以降で登場する悪役も原作だと序盤でやられてたりとかする。

 混世魔王とか特にそうだ。

 

「丸代は西遊記に詳しいのか?」

「詳しいかどうかはわからないけど……好きで何度も読んだから一通りの流れはわかるよ」

 

 丸代は遠慮がちに手を伸ばして、上巻を指差した。

 

「知りたいことがあれば、わかる範囲で答えられるよ」

 

 原作を何度か読んだことのある人間がいるのはありがたい。

 あとで全部読むにしても事前知識はもっと欲しいところだ。

 

「孫悟空がどういうキャラなのか、改めて把握したい。ドラマのイメージじゃなくて、原典として」

「悟空かぁ……」

 

 丸代は目を細めた。

 言葉を選ぶというより、どこから話すか整理している顔だ。

 

「粗暴だけど義理人情に厚いってキャラ、だと思う」

 

 これまでのドラマでもそのイメージはあった。

 バカで乱暴者の問題児だが、誰よりも芯があるキャラクター。

 それが孫悟空のパブリックイメージに思える。

 

「本来は誰かに仕えるとか、誰かに従うとか、そういうことが根本的に苦手なんだとは思うんだよね」

「それがお釈迦様の掌の上で捕まって、五行山に封じられると」

「そう。で、三蔵法師に出会って弟子になる」

「なるんじゃなくて、させられるんじゃないか。緊箍児をつけられて」

 

 俺がこめかみを指で叩くと、丸代がわずかに笑った。

 

「まあ、原作の孫悟空は合理的な性格だし、完全に強制ってわけでもないんだよね」

「天竺に行けば仏の位がもらえて、今までの罪も許されるって打算もあるわけか」

 

 丸代の言葉に、もう一度本に目を落とす。

 ページの向こうにあるやり取りが、少しだけ違って見えた。

 

「にしても、原作の悟空は粗暴どころじゃないだろ。人を殺すことにためらいがなさすぎる」

「本人には悪気はないけど、倫理観が妖怪なんだよね」

「なんか三蔵法師のほうが無茶言ってるように思えてきたな」

 

 丸代はうなずいて、文庫をめくる。

 

「旅の目的自体は三蔵法師のものだからね。悟空は封印を解いてもらった対価に旅に同行するんだ」

「主体は三蔵法師で、旅の途中でスカウトって感じか」

「うん。だから価値観のズレからの衝突も多いし、ああいう形になるんだと思う」

 

 言われてみると、最初は主従というより衝突前提の関係に近い。

 従っているようで、我を通して怒られるみたいな感じか。

 

「そういえば、三蔵法師ってなんで女優さんが演じるの」

「キャスティングの都合だな。西遊記をドラマでやろうとしたらメインキャストが全員男になる。それだと女優の枠がなくなるし、視聴率にも影響でるだろうからな。あと三蔵法師はアクションシーンがなくて済むし、囚われの姫ポジションが多いからじゃないか?」

「あー、なるほど!」

 

 丸代がポンと納得したように手を打つ。

 俺もパッと思いついて言ってみたが、自分で言ってみてすごくしっくりきてしまった。

 あとでネットで調べてみるか。

 

「ありがとな、丸代。いろいろ参考になった」

「原作はこのまま借りてく?」

「頼む」

「オッケー」

 

 そのまま丸代は、図書室のPCで貸し出しの手続きをしてくれた。

 さて、今夜はドップリと西遊記の世界に浸かるとするか。

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