とにかく曇る天才女優の幼馴染!(旧題:天才子役の幼馴染に勝てなかったので、分相応に生きていこうと思います)   作:サニキ リオ

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第6話 とっととカク太郎

 その時、背後から声がかけられた。

 

「……バッサー?」

 

 振り向くと、パーカーを着た女性が立っていた。ボサボサの髪、濃いクマが刻まれた生気のない表情。見覚えのある顔だ。

 

「……先生」

「おひさー」

 

 とっととカク太郎先生。本名は知らない。

 子役時代、俺がドラマで朝香と共演したことがあるのは、彼女が原作を書いた漫画の実写ドラマだった。

 撮影現場に何度か顔を出していて、そのときに話したことがある。

 当時から無口でクールな人だったことは記憶に残っていた。

 

「映画、どうだった」

「とても良かったです。原作の良さを損なわず、映画として成立させていた良作だと思います」

 

 とっととカク太郎先生の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

「なら、いい」

 

 鹿角が不思議そうに俺と先生を見ている。

 

「知り合い?」

 

 先生は鹿角を一瞥した。

 

「はい、同級生です」

「……そう」

 

 そう言って、先生は鹿角に軽く頷いた。

 鹿角は少し戸惑いながらも愛想よく笑う。

 

「はじめまして。凪野くんと同じクラスの鹿角梨夢です!」

「うん、はじめまして」

 

 短い返事。気まずい沈黙が流れる。

 鹿角は何かを感じ取ったのか、先生の顔をじっと見つめた。

 そして、ハッとした表情になる。

 

「あの、もしかして……とっととカク太郎先生ですか?」

 

 先生の目がわずかに見開かれた。

 

「なんでわかったの」

「いや、なんとなく……雰囲気が」

 

 鹿角はSNSで先生の写真を見たことがあるのかもしれない。

 学生時代の顔写真が流出したこともあったらしいし。

 

「……正解」

 

 肯定の言葉に、鹿角は興奮を抑えきれないように身を乗り出した。

 

「うわぁ! マジですか!? あーし、先生の大ファンなんです! シューヅマだけじゃなくて、前の作品も全部読んでます!」

「ありがとう、嬉しい」

 

 鹿角は興奮しながら、俺と先生を交互に見た。

 

「ちょ、ちょっと凪野くん! なんでとっととカク太郎先生と知り合いなの!?」

「昔、ちょっとな」

 

 興奮する鹿角をよそに先生は俺を見た。

 

「バッサー。役者、やめたんだって? 才能、あったのにもったいない。少なくとも、自分の作品の実写化は伽須翼がいたから成功したと思ってる」

「……もったいないお言葉です」

 

 傍から俺たちのやり取りを見ていた鹿角が息を呑む。

 

「伽須翼って、あの〝ぼくんち冒険たい〟の!?」

「……そうだよ」

 

 ぼくんち冒険たい。

 俺が子役時代に出演したドラマの主題歌で、一大ブームになった歌だ。

 子供から大人まで誰もが知っている歌。

 その歌を歌っていたのが俺だ。

 

「マジで!? あの歌、超有名じゃん! カラオケでも歌ったことあるよ!」

「昔の話だ」

 

 そして、黒歴史でもある。

 俺のイメージはぼくんち冒険たいで固定されてしまった。

 あれ以降、舞い込んでくる仕事も歌関係ばかりだったし、印税収入で大金持ちになったことで両親もおかしくなってしまったのだ。

 

「昔の話って……すごいじゃん! なんで黙ってたの!?」

「もう芸能界は引退したからな」

 

 鹿角はしばらく呆然としていたが、やがて笑った。

 

「なんか納得。だから凪野くん、あんなに詳しかったんだ」

 

 先生は相変わらず無表情のまま言った。

 

「バッサー。戻りたくなったら、いつでも実写化できる原作用意して待ってる」

「……ありがとうございます」

 

 先生は軽く頷いて、去っていった。

 その背中を見送りながら、鹿角が呟く。

 

「凪野くんのこと心配してくれてるんだね」

「子役のときに面識ある人はだいたいそうだよ」

 

 鹿角と並んで駅に向かう道を歩きながら、俺は小さく息をついた。

 

「ねぇ、凪野くん。あーしも〝バッサー〟って呼んでいい?」

「は?」

「だって、とっととカク太郎先生が〝バッサー〟って呼んでたじゃん。なんか親しみやすくていいなって」

「……好きにしろ」

「やった! じゃあこれからバッサーね!」

 

 鹿角は嬉しそうに笑った。

 あだ名で呼ばれるなんて、いつぶりだろうか。

 少しくすぐったいような、気恥ずかしいような。

 悪い気はしなかった。

 

「また映画行こうよ。次はバッサーがオススメの映画、教えてよ」

 

 鹿角の言葉に、俺は少し驚いた。

 また誘ってくれるのか。

 元子役だとバレても、こんな風に普通に友達として接してくれるのか。

 

「……ああ、いいぞ」

「やった! じゃあ次も楽しみにしてる!」

 

 鹿角は嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見て、俺も自然と笑顔になっていた。

 芸能界には嫌な思い出ばかりのはずなのに、それが無駄じゃなかったと思えた。

 映画の見方も、演技の見方も、全部あの頃の経験があったからこそだ。

 

 違う視点での感想を誰かと共有できる。

 それが、こんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。

 

「じゃ、また明日ね!」

 

 改札で鹿角と別れ、俺は一人電車に乗り込んだ。

 窓に映る自分の顔は、少しだけ晴れやかに見えた。

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