とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第66話 現在の天才子役

 午後からは子役の女の子が来た。

 小山内心芦(おさないこころ)

 

 俺と朝香の古巣である劇団クロッカスの現在の看板子役だ。

 

『心芦ちゃん。演技がうまいし、これからが楽しみなのよね。それに昔の翼にちょっと似てるかも』

 

 最近、朝香がやたらとニコニコしながら彼女の話をしていた気がする。

 スタジオに入ってきた心芦は、マネージャーと並んで歩いていた。

 背が小さくて、衣装の丈がまだ少し余っている。

 

 だが、所作が整っていた。

 スタッフに会うたびに立ち止まって、丁寧に頭を下げる。

 

「小山内心芦です。本日はよろしくお願いいたします」

 

 声まで澄んでいた。

 

「心芦ちゃん。人生二周目って呼ばれてるだけあるね」

 

 南風原さんが俺の耳元で言った。

 

「わかる気がします。あそこまで礼儀正しい子役はそうそういないですからね」

「いや、翼君も言われてたからね?」

「……俺はあそこまでじゃないでしょう」

 

 十歳であの立ち振る舞いは、普通じゃない。

 よほど意識して作り込んでいるか、それともそういう性質の子供なのか。

 心芦は俺の方へ向いて、また頭を下げた。

 

「伽須翼先輩ですよね。お会いできて光栄です」

 

 光栄です、という言葉を十歳が使うとはな。

 いや、よく考えたら俺も使ってたわ。

 

「こちらこそ、よろしくね」

 

 俺はしゃがんで目線を合わせて挨拶を返す。

 心芦は一瞬だけ驚いた顔をした。

 大人が自分の目線まで下りてきたのが、想定外だったのかもしれない。

 すぐに表情を整えたが、その切り替えが早すぎた。

 

「何かとご迷惑をおかけするとは思いますが、ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いいたします」

 

 ふむ、表情の作りが甘い。

 子供らしい笑みには、口角の上がり方に左右差が出る。

 心芦の笑顔はあまりにも綺麗すぎた。

 俺と同じように、子供らしい笑顔の練習をしてきたことが伺える。

 

「そう堅くならなくていいよ。リラックスしていこう」

「はい!」

 

 まあ、それを指摘するのも野暮というものだ。

 心芦はマネージャーと一緒に衣装の最終確認へ向かった。

 その背中を見送りながら、南風原さんが続けた。

 

「翼君、心芦ちゃんと絡んだことある?」

「ないですね。劇団所属時期はかぶってましたけど、俺って朝香以外は文野さんか同期の星井鳴(ほしいなる)川越萌絵(かわごえもえ)日比野蓮太(ひびのれんた)くらいしか絡みなかったんで」

 

 ちなみに、同期はもれなく劇団をやめている。

 萌絵は今は声優をしていて、蓮太は特撮方面で頑張っているのは把握しているが、鳴に関しては音沙汰がない。

 

「そういうものなんだね。ちなみに、あの子は今劇団クロッカスの看板子役。オーディションでも引く手あまたでさ」

「それだけ事務所が大事にしてるってことですね」

「そうそう。だから今回出てもらえたのは、脚本と監督への信頼があるからだと思うよ」

 

 南風原さんはそう言ってから、モニターの方へ戻っていった。

 

「いやいや、あなたへの信頼でしょ……」

 

 俺は如意棒を持ち直して、衣装室の方角を眺めた。

 劇団クロッカスの看板子役。

 礼儀正しくて、計算が細かくて、笑顔の練習をしている。

 

 どこか他人事に思えない。

 

 しばらくして、心芦が衣装を整えて戻ってきた。

 幼少期の玄奘を模した衣装だ。

 くすんだ色合いの薄い衣に、小さな数珠が手首に巻かれている。

 寺院で育った孤児という設定がそのまま出ている。

 

「雰囲気出てるじゃん」

 

 俺が言うと、心芦は少し目を丸くした。

 

「ありがとうございます」

 

 心芦の頬が僅かに赤くなり、すぐに表情を元に戻す。

 

「今日のシーンは把握してる?」

「はい。ちゃんと台本読みました!」

 

 心芦を見ると、鞄の中に台本らしき冊子が入っているのが見える。

 それを確認している様子がない。

 持ってきてはいるが、全部頭に入っている。

 俺や朝香と同じタイプだろう。

 

「今日のシーン、どうイメージしてるんだ」

 

 俺が聞くと、心芦は少し首を傾けた。

 

「玄奘として、素直に動こうと思ってます。お経が嫌で逃げてきた子供が、面白いものを見つけた感じで」

 

 答えが、早かった。

 迷った様子がない。

 自分の中でもう答えが出ている顔だった。

 

「その感じ、そのまま出してくれると俺も助かるよ」

「はい」

 

 心芦は短く頷いた。

 余計なことを言わない。

 肯定して、本番に臨む準備をする。

 

 昔の俺と、本当によく似ている。

 五木監督が心芦の前に立った。

 

「心芦ちゃん。今日はよろしく」

「よろしくお願いいたします」

「難しいことは考えなくていい。玄奘として、翼君の悟空と話してくれればいい」

 

 心芦は頷いた。

 その頷き方が、丁寧すぎた。

 大人に言われたことを、大人が喜ぶ形でやろうとしている。

 

 だが、目の奥には別のものがある。

 すでに自分の中でイメージができている顔だ。

 大人の言葉を受け取りながら、自分のやることは最初から決まっている。

 それも、昔の俺と同じだった。

 

「本番、いきます」

 

 カチンコが鳴った。

 場面は五行山の設定だ。

 岩に封じられた悟空と、外からやってきた幼い玄奘が話す場面。

 心芦演じる玄奘は、寺院を抜け出してきた孤児の子供だ。

 

 俺は岩に背をつけた体勢で構えた。

 封じられた悟空として、動けない重さを身体に入れる。

 五百年、この場所にいた身体の感覚を作る。

 

「ふいぃ……ここまで逃げれば追ってこれないだろ」

 

 心芦の声が聞こえた。

 悪戯っ子のクソガキが本当に逃げてきたような感じが出ていた。

 驚いたな……最初のテイクから本物が来た。

 

「もしかして、妖怪?」

「見りゃわかんだろ」

 

 台本通りの短い返しだったが、温度が乗った。

 

「あんた、なんで岩に埋まってるの」

 

 心芦が俺を見た。

 目の前にいる存在に興味があるという顔だった。

 

「ケッ、お釈迦様にお仕置きされて逃げらんなかったんだよ」

「ハッ、ドジだね! ボクならそんなヘマはしないよ」

 

 目の前にいる妖怪が強いことは理解したうえで、封印されているから手出しができないことも理解している。

 賢しいクソガキ。

 それがこのドラマにおける幼少期の三蔵法師だ。

 

「はぁーあ、こんなに苔蒸しちゃってさぁ……一体何年いるわけ?」

「五百年だ」

「五百年」

 

 心芦は繰り返した。

 その声に、子供らしい素朴な驚きがあった。

 

「いつか出してくれたりするの?」

「どれだけ先かはわからねぇが、三蔵法師っつう偉い坊さんが出してくれるんだとよ」

 

 悟空として、その問いに答える。

 信じているわけじゃない。

 それしか救いがないという感情を込める。

 

「へー、来るかもわからない人を待ってるんだ」

 

 台本通りの台詞なのに、笑いが混じっていた。

 純粋に、馬鹿馬鹿しいと思っている笑いだった。

 

「バカみたい」

 

 そのセリフが来た瞬間、スタジオの空気が少し変わった。

 悟空として、その言葉を受け取る。

 

 今、会ったばかりの子供に心のどこかで思っていたことを言い当たられる。

 それは決して気持ちのいいものではない。

 

「っるせぇな……!」

 

 図星を突かれてイラついた返答。

 心芦はそれを受け取って、ニヤリと悪戯っぽく笑う。

 俺の声の温度を、ちゃんと拾っている。

 

「ボクが出してあげようか」

 

 台本通りの台詞だった。

 それも心芦が言うと唐突じゃなかった。

 

「三蔵法師は、徳の高い坊主がもらう称号みたいなもんなんだよ」

 

 逃げてきた子供が、目の前に面白いものを見つけた。

 その勢いのまま言っている感じがよく出ている。

 

「ボクが三蔵法師になってあんたを出してやる。だから、そのときは仲間になってよ」

「仲間、ねぇ……」

 

 悟空として、その言葉を転がす。

 こんな小さい人間が、五百年封じられた大妖怪に仲間になれと言っている。

 普通なら笑い飛ばす話だ。

 

 でも、目の前のこの子は本気だった。

 根拠もなく、証拠もなく、ただ本気だった。

 その本気が、悟空の何かに刺さった。

 

「ハッ、期待しないで待ってるよ」

 

 ぶっきらぼうに告げながらも笑みをこぼす。

 ここの悟空は期待はしていないが、その気持ちが嬉しい。

 そういう感情だったはずだ。

 

「じゃあ、約束!」

「約束だぁ?」

「指切りしよ。手は出てるんだしさ」

 

 それから心芦は、岩の檻から出ている指に自分の小指を絡める。

 

「指切りげんまん、噓ついたら針千本飲―ます、指切った!」

 

 子供の一方的な約束。

 それに対して、悟空は抵抗しないという選択を取った。

 心芦が、ぱっと顔を輝かせた。

 それは作られた笑顔じゃなかった。

 スタジオが静まり返る。

 

「カット!」

 

 監督の声が飛んで、スタジオに拍手が起きた。

 

「良かった。このテイク使おう」

「うんうん、いいですねぇ!」

 

 脚本家の高杉さんが顔を上げて、大きく頷いている。

 

「あの最後の笑顔! 脚本書いてて想像してたやつと全然違ったけど、こっちの方が断然いいですよぉ」

 

 心芦はきょとんとしていたが、僅かに上がった口角を見るに自信はあったのだろう。

 それから俺を見た。

 

「私の演技、よかったですか?」

「最高だったよ。あの瞬間、君は紛れもなく玄奘だった」

「にひひっ……っ!」

 

 心芦が笑みを零すのと同時に、慌てて両手で自分の口を塞ぐ。

 一瞬だけ見えたその表情は、口角が左右非対称で子供らしい笑顔だった。

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