とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第67話 看板子役の素顔

 撮影の合間に、スタッフが差し入れを持ってきた。

 有名店のシュークリームだった。

 

「どうぞー、よかったら召し上がってください」

 

 スタッフが箱を開けると、白いシュークリームが並んでいた。

 

「心芦ちゃんも食べてね」

 

 スタッフに声をかけられて、心芦は丁寧に頭を下げた。

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 心芦はシュークリームを両手で受け取って一口食べた。

 その表情が僅かに歪むが、それも一瞬のこと。

 すぐに子供らしい笑顔に表情が整えられる。

 

「おいしいですか?」

 

 スタッフが嬉しそうに聞いた。

 

「はい! とってもおいしいです!」

 

 心芦は笑顔で答えた。

 目が細くなって、頬が緩んでいる。

 

 うまいと思った。

 もちろん、今食べているシュークリームのことではない。

 子供らしく甘いもので喜ぶ様子がうまいと思ったのだ。

 

「ん゛、んー……んふー!」

 

 おそらく、甘いものが苦手なのだろう。

 あれはまずいものを食べたとき、ほとんと噛まずに口に放り込む技術も使ってる。

 子供らしく見せるために、頑張って食べている。

 

「……さすがに放っておけないか」

 

 スタジオの端に設置されたドリンクコーナーへ向かって、紙コップを二つ取った。

 コーヒーのポットから、ブラックのまま二杯注ぐ。

 心芦のところへ戻ると、心芦はまだシュークリームの二口目を食べようとしていた。

 

「心芦ちゃん。よかったら飲むかい?」

 

 紙コップを差し出すと、心芦は一口飲んでからコーヒーがブラックだと気づいて、勢いよく顔を上げた。

 

「……どうして」

 

 さっきより低い声が零れ落ち、丁寧な表情が崩れていく。

 

「おっと、うっかり間違って砂糖を入れ忘れちまった」

「えっ」

「ごめんな。それブラックコーヒーだけど、大丈夫かな?」

 

 そう言って謝罪すると、心芦はブラックコーヒーをまた一口飲んだ。

 

「いえ、思ったよりシュークリームの甘さと合うので悪くないです」

 

 シュークリームとブラックコーヒーを交互に口に運ぶ。

 その顔が、さっきより嬉しそうだった。

 

「翼先輩は甘い物好きなんですか?」

「うーん、シュークリームは好きかもな」

 

 味と触感の言語化が楽だし。

 

「朝香と一緒に食べたって思い出があるのも大きいのかもな」

「朝、香……!」

 

 一瞬、心芦から凄まじい殺気が溢れた気がした。

 

「そういえば、翼先輩はあの羽田先輩に迫った子役でしたもんね。劇団クロッカスでも話題になっています」

「えっ、いやいや、そんな大したものじゃないぞ」

 

 だって、俺は途中で心が折れて逃げてしまった。

 朝香に迫ったなんて口が裂けても言えない。

 

「そう思っているのは、翼先輩くらいですよ」

 

 愁いを帯びた表情で、心芦は呟く。

 

「私、劇団クロッカスの看板子役なんて言われてますけど、実際は看板なんて背負えていないんです」

「そんなことはないだろ」

「あるんです。私は何をやっても羽田朝香と比べられる。あの人はとっくに劇団やめて子役ですらないのに、永遠とあの人が作った幻影と戦わされるんです」

 

 それは包み隠さない心芦の本心だった。

 子役でやっと出てきた才能ある人材。

 朝香がいなくなった劇団クロッカスとしても、何としてでも祭り上げたい存在だったのだろう。

 だから、次代の天才子役の看板を無理矢理に背負わせたのだ。

 

「それも、もうすぐ終わりですけどね」

「それって、どういう?」

 

 心芦が何かを言いかけた、そのときだった。

 

「お疲れ様です。前の現場が遅くなってしまってすみません」

 

 扉の向こうから朝香の声がした。

 心芦の目が、一瞬だけ鋭くなる。

 

 それから、ぱっと表情が切り替わった。

 さっきまでの愁いを帯びた顔は、どこにもない。

 

「翼先輩!」

 

 心芦は俺の腕にぎゅっとしがみついた。

 顔を上げて、まっすぐに俺を見る。

 

「私、大きくなったら翼先輩と結婚したいです!」

 

 子供らしい、澄んだ声だった。

 スタジオにいたスタッフから笑い声が上がる。

 ふむ、どうやら朝香が来ることで緊張するスタッフを和ませるためにやったようだ。

 

「そいつは光栄だな」

「み゛」

 

 俺が笑って返すと、扉の向こうから絶命寸前のセミのような声が聞こえてきた。

 

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