とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第69話 役者として唯一できること

 撮影は午後から本番に入った。

 本番前の待機時間、朝香が五木監督の隣に立っていた。

 監督のモニターを、二人で覗き込んでいる。

 

 声をかけようとして、朝香の横顔を見て足が止まった。

 いつもと違う目をしていた。

 何かを読み取ろうとしている目だ。

 

 朝香があんなに切迫した顔をするのを、俺は見たことがない。

 モニターの画面を覗くと、午前中に撮った心芦のシーンが流れていた。

 五行山のセット。

 心芦演じる幼少期の玄奘が、岩の外から悟空を覗き込んでいる場面だ。

 

『ボクが出してあげようか』

 

 スピーカー越しでも、心芦の声には張りがあった。

 根拠のない宣言を、ためらいなく言い切っている。

 画面の中で心芦がニヤリと笑う。

 

 大妖怪の前で、怖がってもいなければ媚びてもいない顔だった。

 朝香はその顔をじっと見ていた。

 再生が終わっても、モニターから目を離さない。

 

「朝香。何をそんなに必死に見てたんだ」

 

 声をかけると、朝香は一拍遅れて振り返った。

 監督が気を利かせてその場を離れていく気配がした。

 

「心芦ちゃん、芸能界をやめるみたいなの」

 

 朝香の声は、いつもより低かった。

 

「今日の撮影が最後になるかもしれないの」

 

 胸の奥で何かが沈んだ。

 あの演技が、今日で終わる。

 

 午前中に見た心芦のシーンが頭の中で再生された。

 あれだけのものを持っている子役が十歳で幕を引く。

 自分も似たような経験をしただけに、複雑な気分だ。

 

「お母さんが反対していて、心芦ちゃん自身も納得はしてないけど折れそうで」

「……そうか」

 

 出てきた言葉は、それだけだった。

 もっと何か言えるはずだと思ったが、言葉が見つからなかった。

 

 あれほどの才能が、理屈に負けて消えていく。

 

 それが理不尽だとわかっていても、他人の家の話に踏み込む言葉を俺は持っていない。

 朝香も同じなのだろう。

 

「あたしには、どうにもできない。家のことだし、心芦ちゃんの人生だし」

 

 朝香は一度モニターに視線を戻した。

 止まった画面の中で、心芦がニヤリとしたまま固まっている。

 

「だから、役作りを変えるのか」

 

 俺が言うと、朝香の目が僅かに動いた。

 

「あの子が演じた幼少期の玄奘を喰らって糧にする。あたしの三蔵法師の中に、心芦ちゃんの玄奘を生かす」

 

 静かな言い方だった。

 

「それがあたしにできる、唯一のことだから」

 

 朝香が今日の撮影に何を持ち込もうとしているのか、その輪郭が見えた気がした。

 主演として、役作りを一から組み直す。本番直前に、しかも他の誰かの演技をベースにして。

 普通はやらない。やれない。

 

「本番までに、間に合うのか」

「間に合わないと思う?」

「微塵も」

 

 朝香はそれから監督の元へ行って頭を下げた。

 

「準備してくる」

 

 踵を返した朝香の背中は、いつも通りだった。

 

「相変わらず眩しいなぁ」

 

 俺も負けてなんかいられないな。

 

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