とにかく曇る天才女優の幼馴染!(旧題:天才子役の幼馴染に勝てなかったので、分相応に生きていこうと思います) 作:サニキ リオ
翌日の放課後。
教室に残っていた俺の机に、鹿角が勢いよく突進してきた。
「バッサー! ちょっといい!?」
「どうした」
「あのね、お願いがあるんだけど」
鹿角は少し恥ずかしそうに、スマホの画面を俺に見せた。そこには、鹿角のU-tubeアカウントが表示されている。フォロワー数は二十人ほど。投稿内容は、アニソンの踊ってみた動画がメインのようだ。
「あーし、U-tubeやってるんだけど、全然伸びなくて……」
鹿角は少し悔しそうに唇を噛んだ。
「それでね、新しいことやってみようと思って。オタクあるあるとか」
「オタクあるある?」
「うん。一般人とオタクで特定の単語に反応する感じのやつとか。ほら、一人二役でリアクションの違いを見せる感じの!」
なるほど、U-tubeでよく見る小芝居系ショート動画というやつだ。
「それで、さ。バッサー、元俳優だったじゃん。演技とか、そういうの詳しいと思って……教えてくれない?」
「俺が?」
「うん、お願い!」
鹿角の真剣な目を見て、俺は少し考えた。演者としての経験。カメラの前で何を意識するか。どう見せるか。それを教えることくらいなら、できるかもしれない。
「……わかった。できる範囲で」
「マジ!? やったー!」
鹿角は嬉しそうに飛び跳ねる。
そして週末、鹿角の家に呼ばれた。
玄関をくぐった瞬間、空気が違う。
甘い芳香剤の匂いと、どこか埃っぽい紙の匂いが混ざっている。
部屋に足を踏み入れると、視界が一気に埋まった。
壁一面に貼られたアニメのポスター。
色あせたものもあれば、角がまだ反り返っていない新しいものもある。
本棚には漫画が二列、前後に並び、その隙間を縫うように小さなフィギュアが置かれていた。
まさに、好きなものを好きなだけ詰め込んだ部屋だった。
「すごい部屋だな」
正直な感想が、そのまま口をついて出た。
「でしょ? あーしの聖域!」
鹿角は胸を張る。
その仕草がやけに板についていて、ここが彼女の居場所なのだと一目でわかる。
「で、何から教えてくれるの?」
床に座り込み、期待に満ちた視線を向けてくる。
「その前に確認だ。今までどんな動画を上げてた?」
「えっとね、アニソンの踊ってみたとか」
スマホの画面がこちらに差し出される。
指でスワイプするたび、音楽に合わせて踊る鹿角が映し出された。
悪くはないが、特別に目を引く何かがあるかと言われると、首を傾げる。
「ダンスは得意か?」
「うーん、そこまでじゃないかも。だから伸びないのかなって」
上手い人が山ほどいる中で目立つのは、簡単なことじゃない。
「それで、小芝居系に切り替えようと思ったんだ」
「いい判断だと思う。踊りより、お前の表現力を活かせる。鹿角は表情豊かで顔面つよつよだし、リアクションもでかい。それを活かせばいい」
「えへへ……顔面つよつよって、そうかな?」
鹿角は頬をかきながら笑う。
「映画館でめっちゃ原作愛語ってただろ。あの熱量と感情の起伏を動画にすればいい」
俺の言葉に、鹿角の目が輝いた。
「ただし、大袈裟にやりすぎるなよ。あくまで自然に、でも感情を大きく見せる」
「自然に、でも大きく、どういうこと?」
鹿角はノートを取り出して、ペンを構えた。メモを取る気満々だ。
「試しにやってみろ。お題は、そうだな、推しが死んだ時の反応」
鹿角はスマホを構え、カメラを自分に向けた。
「えっと、きゃー! 嘘でしょ!? 死んじゃった!」
大げさな叫び声が部屋に響く。
「それはやりすぎだ」
「ダメ? U-tubeショートってこういう感じじゃない?」
鹿角は困ったように首を傾げた。
「今のは、ただのリアクション芸だ。感情が本物じゃないと、見てる人には伝わらない」
「ただのリアクション芸、感情が本物」
鹿角は真剣にメモを取り始めた。ペンが小刻みに動いている。
「演技には、大きく分けて二つのアプローチがある」
俺は少し考えてから、説明を始めた。
「一つは、俺が子役時代にやってた技法。〝テクニカル・アクティング〟と呼ばれるものだ」
「テクニカル・アクティング?」
鹿角はノートに書き留める。文字が少し歪んでいるのは、俺の顔を見ながら書いているからだろう。
「感情を作るんじゃなくて、感情を表現する技術を使う。例えば、泣くシーンなら、目に力を入れて、呼吸を整えて、タイミングよく涙を流す」
「それって、嘘泣きってこと?」
「簡単に言うとな。感情を作らずに、結果だけを再現するんだ」
これを身に着けたおかげで、俺は脳内で母親を何度も死なせずに済んだ。
子役って、大体脳内で母親死なせて泣くからな。
「結果だけ」
鹿角は不思議そうに首を傾げながらも、メモを取り続けている。
「もう一つは、〝メソッド演技〟だ」