とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第70話 悟空の解放シーン

 次の撮影シーンは五行山で悟空が三蔵法師に解放されるシーンだ。

 回想シーンに入る前に、五木監督から短い確認があった。

 

「翼。ここは悟空の回想だ。封印を解かれた瞬間の感情を軸に置いてくれ。五百年待って、ようやく出てこられた。約束を守ってくれた三蔵法師に感謝する気持ちを込めてくれ」

「わかりました」

「朝香は昔出会った孫悟空のことを忘れている。別人のような高貴な僧侶でありがなら、僅かに面影を残すイメージで」

「はい」

 

 朝香は短く頷いた。

 岩のセットに背をつけ、心芦と撮ったときの封じられた体勢を作る。

 両腕がわずかに岩に押さえられているイメージで、重さを身体に入れる。

 

 朝香が向かいに立った。

 三蔵法師の衣装のまま、錫杖を持っている。

 目が合った瞬間、朝香の目に宿っているものが変わっているのがわかった。

 

 さっきモニターの前に立っていた朝香の顔が、頭の隅でよぎった。

 間に合わせる、と言っていた。

 間に合わせたのだと、その目を見てわかった。

 

「本番、いきます」

 

 カチンコが鳴った。

 封じられた悟空の目の前に、天竺を目指す途中の三蔵法師が訪れる。

 この場に、一番弟子の設定である猪八戒がいないのは五行山に施された封印によって中に入れないという設定のためである。

 足音に反応した俺は、目の前にいる朝香へと笑い混じりに声をかける。

 

「遅かったじゃねぇか」

 

 あのときは期待していないと言ったが、約束通り現れた三蔵法師に嬉しさが込み上げてくる。

 

「で、出してくれんだよな?」

「孫悟空、ですか」

 

 朝香が口を開いた。

 声が、さっきより柔らかかった。

 三蔵法師として、岩に封じられた妖怪の前に初めて立った人間の声だった。

 

「お釈迦様より、解放の許しを得ました」

 

 岩に背をつけたまま、朝香を見た。

 五百年、この場所にいた。

 お釈迦様から聞かされていた。

 

 いずれ三蔵法師という坊主が来てお前を出してくる、と。

 そして、それは約束を守った幼少期の玄奘だった。

 

「……ハッ、立派な坊さんじゃねぇの」

 

 悪態の中に喜びを混ぜて返した。

 朝香が一歩、近づいた。

 

「石から生まれた石猿、孫悟空よ。お前はこの牢獄から出て何を望むのですか」

「何も。ここから出してくれりゃ俺ァ、あんたに付き従う。そういうもんだろ?」

 

 おどけたように笑って見せる。

 小汚い小僧だった頃とは違う。

 だけども、その真っすぐさは何も変わっていない。

 

「わかりました……では」

 

 朝香が目を閉じ、片手を上げてお経を唱え始める。

 それと同時に、力を入れて俺を拘束している岩のセットを段階的に壊していく。

 この個所は編集で揺れと零れ落ちる瓦礫が追加される予定だ。

 だけど、この場にいる全員には本当に三蔵法師の法力によって拘束が解けたように見せてやる。

 そういう表現は俺の十八番だ。

 

「んあぁ……アッキャー!」

 

 立ち上がった瞬間、玄奘と目線の高さが逆転する。

 

「相変わらずちんちくりんだな」

「むぅ……」

 

 つい零れ出た言葉に、玄奘は昔と変わらない子供っぽい表情を浮かべる。

 好奇心旺盛なクソガキが大きくなったもんだ。

 ま、ここは一応敬意を払っておかないとな。

 

「おっと、失礼……天竺ってのはどっちだ。三蔵法師様?」

「ここより遥か西です。共に参りましょう。紹介したい仲間もいます」

 

 そう告げると、玄奘は笑みを浮かべる。

 その笑みが昔であった玄奘のものと重なった。

 

「カット!」

「……ハッ」

 

 カットがかかった瞬間、意識が急速に浮上した。

 参ったな……朝香の芝居に引っ張られて途中から意識が悟空になっていた。

 メソッドとテクニカル・アクティングの塩梅がブレて不安定な芝居になっていないか心配だ。

 

「あの、監督。どうでしたか?」

「なんだ、不安でもあるのか」

「いえ、客観的に見るとどうだったのかなぁと」

「今日一番だったよ」

 

 その言葉に、肩の力が静かに抜けた。

 監督がそう言うなら、今日一番なのだ。

 

 朝香の三蔵法師の前に立ったとき、悟空としての感情が形を持って動いていた。それだけは確かだ。

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