とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第71話 実質、百二十点

 小休止を挟んで、セットが切り替わった。

 苔蒸したメイクを落とした後は、三蔵法師との喧嘩シーンだ。

 台本では、悟空が単身で牛魔王のもとへ向かったことが発覚した直後の場面になる。

 

 場所は焼かれた王国の場内。

 三蔵法師が悟空を問い詰め、悟空がそれに反発する。

 俺は如意棒を床に突き立てて、朝香の方へ背を向けた。

 

「本番、いきます」

 

 カチンコが鳴る。

 

「悟空」

 

 朝香の声が、背中に落ちた。

 低く、静かだった。

 怒鳴っているわけじゃない。

 

 それなのに、スタジオ全体の空気が一段だけ締まる感触があった。

 悟空として、その声を受け取る。

 三蔵法師が本気で怒っている。

 それはわかっていた。

 

「聞こえているのですか」

「……聞こえてるっての」

 

 振り返らないまま答えた。

 悟空として、今は朝香の顔を見たくなかった。

 

「何故、一人で牛魔王の元へ向かったのです」

「行かなきゃならなかったからだ」

「それは答えになっていません」

 

 足音と共に錫杖を鳴らす音が近づいてくる。

 悟空として、その足音を背中で感じながら、如意棒を握る手にわずかだけ力を込めた。

 

「牛魔王の兄さんは、悪い妖怪じゃねぇ」

 

 言葉が出た。感情が乗った。

 

「あの人は、弱い者を守るために戦ってきた。その結果があれだ。信じた人間に紅孩児が殺されたんだぞ」

 

 紅孩児。

 原作では、三蔵法師一行の敵キャラとして登場し、最終的には菩薩様に調伏されて仏門に入る。

 このドラマでは故人という扱いになっており、人間に友好的だったのに、妖怪を恐れる王国の人間によって騙し討ちされて殺された設定になっている。

 

「先に手を出したのは人間だ。兄さん達の力を恐れた愚か者共が、友好的だった紅孩児を殺したんだ。ハッ、俺なら国を焼くだけじゃ生ぬるいと思うけどな」

「だからといって、罪なき者を巻き込んでよい理由にはなりません」

「綺麗事抜かしてんじゃねぇよ、クソ坊主!」

 

 怒りの感情のままに振り返った。

 そこには玄奘が、悲しげな表情で錫杖を構えて立っていた。

 

「妖怪は強いから、弱い人間に奪われたってしょうがないってか!? そんなふざけた話があるか!」

「そうではありません。復讐は何も産まないという話をしているのです!」

「だが、復讐を為せば前には進める!」

 

 俺にはわかる。

 牛魔王の兄さんだって最初は人間を嫌っていた。

 だけど、紅孩児が人間と妖怪の架け橋となり、彼の心を溶かした。

 人間不信だった羅刹女の姉さんだって、兄さんを説得するのに回ってくれた。

 そうやって、少しずつ歩み寄っていたのに、人間はそれを全部ブチ壊した。

 

「あの人は妖怪も人間も長きに渡って守り続けてきた! やられたからやり返しただけの兄さんを退治するなんて筋が通らねぇだろうが!」

「暴力は暴力しか産まないのです!」

 

 玄奘は綺麗ごとしか吐かない。

 つくづく反吐が出る甘ちゃんの理論だ。

 

「牛魔王の怒りはわかります。至極当然のものだと思います」

 

 冷静に、諭すように、三蔵法師として玄奘は告げる。

 

「しかし、それは今を生きる人間を苦しめる理由にはならないのです。主語を大きくしてはいけません。彼を苦しめた人間と、焼き出された人間は同じではないのです」

 

 その言葉に俺は何も言い返せなくなる。

 

「それに復讐をする側も不幸になります」

「どういうことだ?」

「あなたの尊敬する牛魔王は強きを挫き、弱きを救う立派な英傑でした。ですが、復讐に囚われれば悪鬼へと堕ち、その生き方を曇らせてしまう」

「生き方を、曇らせる……」

「あなたの言う通り、復讐は前に進むために必要なケジメかもしれません。ですが、一度罪なき者を害した事実は心を蝕むのです」

 

 玄奘の言葉は、偉そうな坊さんの綺麗事じゃなかった。

 心がある、血が通っている。

 だから、俺は昔と同じように救いを求めてしまった。

 

「なら、俺は……どうすればいいんだ」

「共に牛魔王を救いましょう。あなたの尊敬する兄者を共に取り戻すのです」

 

 昔と変わらない真っ直ぐな瞳が俺を捕らえる。

 如意棒を握る手が、ゆっくりと緩んだ。

 

「カット!」

 

 監督の声が落ちた。

 スタジオに静寂が一拍だけ残って、それから拍手が起きた。

 

「最高だ! こういうのが撮りたかったんだ!」

 

 興奮した様子の五木監督の言葉で、一気に現実世界へと引き戻される。

 朝香が錫杖を下ろして、肩の力を抜いた。俺も如意棒を持ち直す。

 

「八十七点ってところね。もっと安定させられないの?」

「悪かったな。役に入りすぎるとコントロールがブレるんだよ」

 

 悪態を付きながらも、俺は満足感に浸っていた。

 だって、朝香の八十七点なんて現場のクオリティで言えば百二十点くらいのものなのだから。

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