アタシの名前は小山内心芦。
劇団クロッカスの看板子役だ。
ドラマ西遊記でアタシが与えられた役は、三蔵法師の幼少期役。
出番としてはちょい役だが、ドラマ史に刻まれる西遊記が最後の出演作なら幕引きとしては上等だろう。
そう、思っていた。
スタジオの端に立って、アタシは翼さんと朝香先輩の演技を見ていた。
見学を許可してもらったのは、南風原さんが気を利かせてくれたからだ。
ありがたい話だと思う。
お母さんのことは、好きだ。
心配してくれているのも、わかっている。
子役の消費が早いのも、成長と共に需要が変わるのも、全部正しい。
理屈として、反論できない。
だから、苦しい。
正しいことを言われているのに、納得できない自分がどこかおかしいんじゃないかと思う夜もある。
それでも朝になると、また頑張りたいと思ってしまう。
カメラの前に立ちたくて、台詞を言いたくて、誰かの芝居を受け取りたくて。
やめられない理由を言葉にしようとすると、いつも途中で止まる。
芝居をするのは楽しいから。
それだけだ。
それだけなのに、その一言がどうして誰にも届かないのだろう。
スタジオの中央で、朝香先輩が動いた。
「牛魔王の怒りはわかります。至極当然のものだと思います」
声が変わった。
さっきまでとは、温度が違う。
つい息を呑んでしまう。
アタシが演じた幼少期の玄奘は、もっと青かった。
根拠もなく、勢いだけで大妖怪に啖呵を切った。
あれはアタシにしか出せないものだったと、今でも思っている。
だけど、目の前にいる三蔵法師は違う。
あの青さを全部抱えたまま、何十年も生きてきた人間の重さがある。
アタシが演じた玄奘が、ここへ辿り着く道筋が、声の一本一本に刻まれていた。
自分の演技を食われたというのに、ただただ眩しかった。
朝香先輩の後ろには、歩んでいないはずのアタシが歩んだ足跡が刻まれていた。
もしアタシがこのまま続けられたら。
何年も、何十年も、積み上げ続けたら。
いつかあそこに立てるだろうか。
考えたこともなかった問いが、胸の中に灯った瞬間だった。
「なら、俺は……どうすればいいんだ」
翼さんが、台詞に詰まった。
詰まっているのに、その沈黙が完璧だった。
計算じゃない。
悟空として、本当に救いを求めている。
強くて、粗暴で、合理的なあの妖怪が、三蔵法師の一言に揺れている。
その揺れを、朝香先輩が静かに受け取る。
「共に牛魔王を救いましょう。あなたの尊敬する兄者を共に取り戻すのです」
二人の視線が交わった瞬間、スタジオの空気が変わった。
それは温度でも湿度でもなく、密度が変わった感じだった。
朝香先輩が翼さんの芝居を引き出して、翼さんがそれを超えて返してくる。
その往復が、止まらない。
お互いがお互いを高めながら、どこか知らない場所へ向かっていく。
アタシはそれを見ていた。
見ながら、何かが胸の奥でぼうっと燃え続けていた。
続けたい。
続けて、いつかああなりたい。
あの二人の隣に、立ちたい。
カットの声がかかって、二人が役から戻ってくる。
翼さんが悪態をついて、朝香先輩が点数をつけて、それでもお互いに口元が緩んでいた。
長い時間をかけて、築いてきたものがそこにある。
アタシにはまだ何もない。
あれが欲しい。
あそこへ行きたい。
気づいたら、拳を握っていた。
さっきの朝香さんの声が、翼さんの沈黙が、二人の視線の交わりが、一気に押し寄せてきて脳を焼いた。
「ぴ」