今日の撮影は全て終了した。
残りのシーンもリテイクなしで五木監督は大満足の様子だった。
そして、何よりも俺自身のメソッド演技がドンドン研ぎ澄まされていった手応えがあった。
途中、役に入り込み過ぎて何度かコントロールが狂ってしまったが、その都度朝香がフォローしてくれたので事なきを得ることができた。
これに関しては今後の課題である。
「……翼先輩。すごかったです」
衣装から私服へ着替え終わると、心芦が声をかけてきた。
どうやら、ずっと見学していたらしい。
「どう? これがあなたよ」
すると、着替え終わった朝香が得意げな顔をして立っていた。
「あなたの芝居から喰らった玄奘の未来。それがさっきの芝居よ」
「ハッ、本当に嫌になる」
朝香の言葉に、心芦は顔を歪めて吐き捨てるように告げた。
「演技をやめるって言った人間の脳を焼いて楽しい?」
そこには、仮面をかぶることをやめた素の表情があった。
「楽しくはないわ」
朝香は涼しい顔で答えた。
「あなたが求めた本物の先を糧にさせてもらっただけよ」
「本物、ね」
心芦は鼻で笑った。
「じゃあ聞くけど、どうやったらあそこまでできるの」
煽りじゃなかった。
真剣な目だった。
朝香はしばらく心芦を見てから、ため息をついた。
「簡単な話よ。あたしは芝居でしか生きられないから。そうやって生きた結果が付いてきただけよ」
「奇遇だね、アタシも芝居でしか生きられない!」
即答だった。
朝香が少し目を見開く。
それから、口元がわずかに緩んだ。
「そう、それは奇遇ね」
「そうなの!」
心芦は腕を組んで、顎を上げた。
「だから余計に腹立たしいんだよ。やめろって言われてる人間の脳を焼いてくれるんだもん」
「それはごめんなさいね」
「謝る気ゼロの顔してる」
「そう見えるならそうなんじゃない」
二人の間に、険のある沈黙が一拍落ちた。
それから、心芦が先に視線を外した。
「……写真、撮りたい」
声が急に子供らしくなった。
「三人で記念に……最後の記念じゃない。再出発の証がほしいから」
「いいわよ。翼もいいわよね?」
「断る理由があったら教えてほしいくらいだ」
朝香と俺が答えると、心芦の顔がぱっと変わった。
さっきまでの尖った空気が、どこかへ消えた。
心芦がスマホを取り出して、近くにいたスタッフの女性へ声をかける。
それから三人の位置を決め始める。
心芦が真ん中、左に朝香、右に俺という配置だ。
「じゃあ、撮るよー!」
スタッフの女性が画面に指を伸ばした瞬間、心芦の手が俺と朝香の襟を掴んだ。
「ちょっ」
声が出る前に、引き寄せられた。
気がつくと、右頬に柔らかい感触があった。
視界の端には、朝香の綺麗な顔が間近にある。
何が起こったか気づくのと同時に、シャッター音が鳴った。
「み゛」
そして、朝香の喉から、絶命寸前のセミのような声が絞り出された。
「脳破壊のお返しだよ!」
心芦は画面を確認しながら、いたずらっ子の顔で高らかに宣言した。
口角が左右非対称に上がった、子供らしい笑顔だった。
ちなみに、スタッフの女性も悶え苦しんでいた。
「……まったく、なんだかんだ言っても子供ね」
頬をもにょもにょと揉みながら、朝香が恨みがましく呟いた。
……そんなに俺と頬がくっつくのは嫌だったのだろうか。