とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第75話 田中朝香は見てもらえない

 砂丘での撮影は、天候に依存する部分が大きかった。

 風が強い日はカメラが砂を被る。

 光の角度が変わると、同じ場所でも絵が全く変わる。

 スタッフが空を見上げながら判断を重ねて、撮れる順番を入れ替えながら進めていった。

 

 砂漠のエピソードは、三蔵法師一行の旅を象徴する場面だ。

 第一話のはじまりでは、三蔵法師、孫悟空、猪八戒の三名が歩いているシーンから始まる。

 それから一話の引きで新たに仲間へと加わった沙悟浄を加え、エンディングで全員揃って砂漠を歩くシーンがある。

 

「暑い……死ぬー……」

 

 一通りシーンを撮り終えた後、ルナはペットボトルを傾けながら砂丘の方を眺めた。

 その視線の先に、朝香がいた。

 

 朝香は現在猪八戒役の伊本さんと二人でのシーンを撮影している。

 風が砂を巻いて、裾がわずかに揺れた。

 朝香はそれを気にする様子もなく、視線を落としたまま動かない。

 砂の上に立っているのに、絵として成立している。

 三蔵法師として、そこにいる。

 

 もちろん、朝香一人の成果というわけでもない。

 猪八戒役の伊本さんが、きちんと朝香を立てるように立ち回っているというのも大きい。

 芸人という違う視点を持ち、長い間芸能界で生き残ってきた人の演技は縁の下の力持ちとして機能していた。

 

「……やっぱ朝ちゃんってすごいよねー」

 

 ルナが声を落として言った。

 

「さすがに、同い歳であそこまでできる奴はいないからな」

「ふーん……翼君って、朝ちゃんの演技見るとき表情変わるよね」

「そうか?」

「気づいてないんだ」

 

 ルナはペットボトルのキャップを閉めた。

 

「キラッキラの少年みたいな顔してる」

「マジか……」

「でもさー、君が見てるのは羽田朝香なんだよねー。幼馴染とかいう癖にまるで馴染んでなくなーい?」

 

 突然、放たれた言葉に胸を切り付けられた感覚になる。

 

「馴染んでなんかいない、か」

 

 俺は少し考えてから、砂丘の方へ目を向けた。

 朝香は相変わらず三蔵法師のまま、そこに存在している。

 

 変幻自在の天才女優。

 そんな彼女の素の姿を、俺は一度でも知ろうとしたことはない。

 

「そうかもしれないな」

「でしょー」

 

 ルナは感情の宿らない瞳で言葉を紡ぐ。

 

「私なんて、朝ちゃんと同じ空気吸ってるだけで緊張するもーん」

「俺も最初はそうだった」

「最初は、ねー」

 

 何がおかしいのか、ルナは笑う。

 

「今は違うのー?」

「違う、というより……」

 

 言葉を探す。

 朝香と一緒にいるとき、緊張するかと言われると、そうでもない。

 気が抜けるかというと、それも違う。

 何かがずっと研ぎ澄まされている感覚が続く。

 

「あいつが隣にいると、高揚感があるな」

 

 俺の言葉を、ルナは黙って聞いていた。

 

「俺はもう折れない。あいつがいればどこまでも頑張れる。そんな気持ちだ」

「ふーん……それで翼君にとって、朝ちゃんって何なのー?」

 

 返事が、すぐに出なかった。

 一方的に俺が好きでいる。

 それだけじゃない様々な感情がそこにはあった。

 

「言語化するのは難しいな」

「正直だねー」

 

 ルナはまたペットボトルに口をつけた。

 

「結局、田中朝香は見てもらえないんだねー」

 

 その言葉が、砂丘の風に紛れずに届いた。

 俺は答えなかった。

 答えられなかった、というより、考えたことがなかった。

 

「それは……」

「ま、それは私が知ってるからいいけどねー」

 

 ルナは立ち上がった。

 砂を軽く払って、サングラスをかけ直す。

 

「さ、私の出番だねー」

 

 スタッフの声が飛んできた。準備が整ったらしい。

 ルナが砂丘の方へ歩き出す。

 

 意識を切り替えて、ルナの演技を目に焼き付けることに集中する。

 風が吹いて、砂が舞い上がる。

 

 お手並み拝見と行こうじゃないか。

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