とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第76話 同系統で正反対

 ルナの単独シーンが始まった。

 今回の西遊記では、沙悟浄は三蔵法師一行とは別の行動がやけに多い。

 そもそも本格的な合流が二話からだったり、旅の途中で何かを感じ取って、単独で調査しているシーンが多いのだ。

 

 今は、砂丘の斜面を一人で歩くシーンだ。

 ルナは衣装のまま、斜面の中腹に立った。

 スタッフが位置を確認して、カメラが構えられる。

 

「本番、いきます」

 

 カチンコが鳴って、ルナが動き出した。

 砂を踏む足が、一歩ずつ斜面を上る。

 

「はぁ、はぁ……あたし、水がないと死ぬんですけどー!」

 

 愚痴を零しながら、急ぐでもなく、迷うでもなく、ただ前へ進む。

 風が来て、砂が舞い上がって髪が流れる。

 ルナはそれを払わなかった。

 

「ったく、ちんたら歩かないでよ、三蔵法師ご一行ー……」

 

 目を細めて、遠くを見る。

 その顔が、やたらと絵になった。

 

 髪が流れるタイミングで止まったのは、偶然じゃない。

 風を読み、光の当たり具合も計算している。

 俺と同じように、カメラにどう映るかを完全に把握していたのだ。

 

「っ!」

 

 演技としてうまいわけじゃないのに、目が離せなかった。

 沙悟浄として掘り下げた何かがあるわけじゃない。

 役の感情が内側から動いている気配がない。

 

 そこには沙悟浄はいない。

 いたのは、斎藤ルナという人間だ。

 だというのに、画として成立している。

 

「カット!」

 

 監督の声が飛んで、ルナが表情を戻した。

 スタッフが何人か動き出す。

 

「良かった。さすがだな」

「ありがとうございまーす」

 

 軽い返事で、ルナは振り返ることもなく歩き出す。

 さっきまでの遠い視線は、もうどこにもない。

 俺は砂の上に立ったまま、さっきのシーンを頭の中でもう一度なぞった。

 

 俺のテクニカル・アクティングは、物語の中に収まるためのものだ。

 監督の意図を組んで、脚本の歯車として正確に動く。

 自分を消して、作品に奉仕する。

 

 ルナのは、そうじゃない。

 作品の中に入ろうとせず、斎藤ルナのまま、そこに立っている。

 

 それでも成立するのは、ルナ自身がコンテンツとして完成しているからだ。

 向いている方向が、根本から違う。

 

「ねー、翼君。今のどうだったー?」

 

 ルナがこちらへ来て、まっすぐ俺を見ている。

 

「……目が離せなかった」

 

 ルナは少し考える顔をした。

 

「褒めてるのに、なんか複雑そー」

「そりゃまあな」

 

 俺は砂丘の方へ目を向けた。

 

「お前の演技、沙悟浄として動こうとしてないだろ」

「してないよー。だって、誰も求めてないしー」

 

 俺の指摘を、ルナはあっさり認めた。

 

「私、メソッド演技がやたら持ち上げられる風潮嫌いなんだよねー」

 

 声音が僅かに低くなる。

 そこには、ほんの僅かな本音が含まれている気がした。

 

「使いやすいのが一番でしょー?」

 

 ルナは砂を一度踏んで、足元を確かめるような仕草をした。

 

「それはそうだ。結局は、視聴者の心に爪痕を残すための手段でしかない」

 

 俺は別の方向で爪痕を残してしまったが故に、生き残れなかった。

 

「だけど、俺は役を生きたい」

 

 性別、人種、時代、世界すら超えて別人へと生まれ変わる。

 役者をやっている以上、あの快感は何にも代えがたいものだ。

 

「翼君は自分を消して作品に入る。私は自分ごと画に入る。どっちも見てる人に届けばそれでいいでしょー」

 

 それも正しいと思った。

 そして、もう一つわかったことがある。

 ルナが単独シーンの多い役の座を手に入れた理由だ。

 

 ルナの演技は、他のキャストと絡むと浮く可能性がある。

 朝香の三蔵法師は、役として完全に存在している。

 伊本さんの八戒は、縁の下から全体を支える。

 俺の悟空は、作品の看板として常に前に出る。

 その中にルナの悟浄が入ると、斎藤ルナだけが異質になる。

 

 だから、できるだけ単独で動かし、一緒にいるシーンは画として負けないように、俺たちが経験でカバーする。

 一人でいる沙悟浄は、斎藤ルナのまま画になる。

 マイペースで得体の知れない沙悟浄というキャラクターと、ルナの自己主張の強い演技が、うまく噛み合っていた。

 南風原さんは、その辺りも見越していたのかもしれない。

 

 俺は後に決まったみたいだが、通常はドラマの企画段階でキャストは決まっているものだ。

 脚本の高杉さんも、ルナが沙悟浄を演じる前提で脚本を書いた可能性は高い。

 

「翼君、何考えてるのー?」

「脚本家の腕に感心してたんだ」

「どういう意味?」

「沙悟浄に単独シーンが多いのは、お前に合わせてあるんだと思って」

「あー、そりゃそうだろうねー」

 

 ルナは特に驚いた様子もなく頷いた。

 

「受け入れてるのか」

「だって事実だしー」

 

 ルナはサングラスを戻した。

 

「私が役に入れないのは、私の限界だよー。でも、私にしかできないこともある。そっちを活かす方が、絶対にいいものができるよねー」

 

 言い切り方が、どこか朝香に似ていた。

 自分の現在地を正確に把握して、そこから動く。

 方向は全然違うのに、その迷いのなさは同じだった。

 

「準備できましたー」

 

 スタッフの声が飛んできた。

 

「じゃあ、また」

 

 ルナが砂丘の方へ戻っていく。

 背中が遠ざかる。

 俺は一度だけ深く息を吸った。

 

「俺は俺で、頑張りますかね」

 

 砂の上を歩きながら、如意棒の重さを確かめた。

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