とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第77話 捲簾大将、沙悟浄

 鳥取砂丘での撮影は、残すところ第一話のラストシーンのみだった。

 夕暮れに差し掛かる光が、砂丘の斜面を染めている。

 影が長く伸びて、風が止むたびに砂の細かい音だけが残る。

 三蔵法師一行が一話の事件を解決し、旅を再開した場面から始まる。

 

「本番、いきます」

 カチンコが鳴った。

 遠くから、何者かの気配が近づいてくる。

 察知した瞬間、足が砂を蹴っていた。

 

 玄奘と八戒の前に躍り出て、如意棒を構える。

 意識が研ぎ澄まされる。気配の質を測る。

 妖怪だ。強さはまだわからない。

 

 砂丘の縁から、長身の女が姿を現した。

 明るい髪が夕風に揺れている。

 片手にキュウリを持ったまま、こちらを見ている。

 緊張も警戒も敵意も、その綺麗な顔のどこにもない。

 

「……てめぇ、何者だ」

 

 如意棒を構え、声を落として告げる。

 女はキュウリを一口齧った。

 咀嚼してから、ゆるくこちらへ向く。

 

「あんたら、三蔵法師一行っしょ?」

 

 声も、視線も、重心の置き方も全部が軽い。

 そのせいで逆に強さが計りづらかった。

 警戒を煽る重さがない相手は、どこに刃があるかわからない。

 

「んー……弟子入り希望、的な?」

 

 女は、また一口キュウリを齧る。

 

「信用できねぇな」

 

 如意棒を握り直して、目だけで相手を測る。

 強さも目的も、笑っているその顔の奥も、まだ見えない。

 

「悟空。大丈夫です」

 

 玄奘の声が、背後から来た。

 一拍置いてから、半歩だけ横へ動いた。

 前へ出られる間だけ開けて、玄奘が進めるようにする。

 玄奘が錫杖を鳴らし、砂を踏んで前へ出た。

 裾が揺れて女の前で止まり、視線が真っ直ぐ交わった。

 

「遠くからついてきていたのは、わかっていました」

 

 玄奘が口を開いた瞬間、場の空気が一段落ちた。

 怒鳴るでも詰め寄るでもない、静けさの中に圧がある声だった。

 

「へぇ……」

 

 女の表情が、初めて動いた。

 驚いたというより、面白がる顔だった。

 キュウリを持つ手が下がって、わずかに姿勢が正される。

 

「弟子を志願するという話なら、断る理由はありません」

 

 淡々と玄奘が続ける。

 

「ただし、旅の決まりは守ってもらいます」

「いいよーん」

 

 さっきより声が落ちた。

 軽さの中に、薄く別の何かが混じった。

 

「それでは、あなたの名前を聞かせてください」

 

 女がキュウリを脇に持ち替え、一度だけ視線が流れた。

 目が合った一拍の間、何かを量るような間があった。

 

 それから女は正面へ戻して、玄奘を真っ直ぐに見る。

 声のトーンが、変わった。

 さっきまでの軽さが一枚剥がれて、その下に別の層が出てきた。

 

「あたしの名前は悟浄――捲簾大将、沙悟浄よ」

 

 砂丘の光が、その顔に当たっていた。風がやんで、何も動かない静止の間が生まれた。

 

「カット!」

 

 監督の声が飛ぶ。

 周囲のスタッフから、ばらばらに息が漏れた。

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