鳥取砂丘での撮影は、残すところ第一話のラストシーンのみだった。
夕暮れに差し掛かる光が、砂丘の斜面を染めている。
影が長く伸びて、風が止むたびに砂の細かい音だけが残る。
三蔵法師一行が一話の事件を解決し、旅を再開した場面から始まる。
「本番、いきます」
カチンコが鳴った。
遠くから、何者かの気配が近づいてくる。
察知した瞬間、足が砂を蹴っていた。
玄奘と八戒の前に躍り出て、如意棒を構える。
意識が研ぎ澄まされる。気配の質を測る。
妖怪だ。強さはまだわからない。
砂丘の縁から、長身の女が姿を現した。
明るい髪が夕風に揺れている。
片手にキュウリを持ったまま、こちらを見ている。
緊張も警戒も敵意も、その綺麗な顔のどこにもない。
「……てめぇ、何者だ」
如意棒を構え、声を落として告げる。
女はキュウリを一口齧った。
咀嚼してから、ゆるくこちらへ向く。
「あんたら、三蔵法師一行っしょ?」
声も、視線も、重心の置き方も全部が軽い。
そのせいで逆に強さが計りづらかった。
警戒を煽る重さがない相手は、どこに刃があるかわからない。
「んー……弟子入り希望、的な?」
女は、また一口キュウリを齧る。
「信用できねぇな」
如意棒を握り直して、目だけで相手を測る。
強さも目的も、笑っているその顔の奥も、まだ見えない。
「悟空。大丈夫です」
玄奘の声が、背後から来た。
一拍置いてから、半歩だけ横へ動いた。
前へ出られる間だけ開けて、玄奘が進めるようにする。
玄奘が錫杖を鳴らし、砂を踏んで前へ出た。
裾が揺れて女の前で止まり、視線が真っ直ぐ交わった。
「遠くからついてきていたのは、わかっていました」
玄奘が口を開いた瞬間、場の空気が一段落ちた。
怒鳴るでも詰め寄るでもない、静けさの中に圧がある声だった。
「へぇ……」
女の表情が、初めて動いた。
驚いたというより、面白がる顔だった。
キュウリを持つ手が下がって、わずかに姿勢が正される。
「弟子を志願するという話なら、断る理由はありません」
淡々と玄奘が続ける。
「ただし、旅の決まりは守ってもらいます」
「いいよーん」
さっきより声が落ちた。
軽さの中に、薄く別の何かが混じった。
「それでは、あなたの名前を聞かせてください」
女がキュウリを脇に持ち替え、一度だけ視線が流れた。
目が合った一拍の間、何かを量るような間があった。
それから女は正面へ戻して、玄奘を真っ直ぐに見る。
声のトーンが、変わった。
さっきまでの軽さが一枚剥がれて、その下に別の層が出てきた。
「あたしの名前は悟浄――捲簾大将、沙悟浄よ」
砂丘の光が、その顔に当たっていた。風がやんで、何も動かない静止の間が生まれた。
「カット!」
監督の声が飛ぶ。
周囲のスタッフから、ばらばらに息が漏れた。