とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第81話 筋斗雲はこない

 その日のロケ地は、山奥の滝だった。

 車で一時間ほど走って舗装路を外れ、さらに山道を歩いた先にある。

 スタッフが機材を担いで移動する間、木の根が張り出した道を一列になって進んだ。

 到着した滝は、思ったより規模があった。

 落差は十メートルほど。

 岩肌を伝って白い水が流れ落ちて、下の滝つぼへ消えていく。水音が絶えず響いていて、離れた場所でも声が掻き消されそうになる。

 

「いい絵が撮れそうだ」

 

 五木監督が腕を組んで滝を見上げた。

 

「こういう場所が使えるのは、ロケの強みですよね」

「翼君の悟空が映える場所だ。期待してるよ」

「はい!」

 

 今日のシーンはドラマ第五話に当たる。

 そして、今回のゲスト出演は反谷優芽衣(そりやゆめい)

 現在CM女王と呼ばれる女優だ。

 

 清潔感のある顔立ちと、どんな役にも滑らかに馴染む演技で、ここ数年で一気に顔を広めた。

 朝香も子役の頃には、大河ドラマで共演していたはずだ。

 今回演じるのは、胡仙(フーシェン)という村娘だった。

 

「本日は、よろしくお願いします」

 

 反谷さんは丁寧に頭を下げた。

 現場で何度も見てきた、共演者やスタッフにも丁寧なタイプの人だ。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 俺も頭を下げる。

 

「伽須翼さんとご一緒できるの、楽しみにしてたんです。プライベート・AI、本当に素晴らしくて」

「ありがとうございます」

「あと、朝香さんとはドラマでご一緒したことがありましたよね。また共演できて嬉しいです」

「ええ。ご無沙汰しております」

 

 朝香がニッコリと営業スマイルで答える。

 

「いつもながら朝香さんは変わらないですね。現場に入った瞬間から、もう三蔵法師ですもん」

「あはは……それで食べてきたので」

「うふふっ、さすがですね」

 

 なんだろう。

 笑顔なのに、火花が飛び散っているように見えるんだけど。

 伊本さんが空気を読んで口を開いた。

 

「そういえば、優芽ちゃんとは、一昨年の年末特番でご一緒しましたよね」

「伊本さん! 覚えていてくださったんですか」

「そりゃ優芽ちゃんのこと忘れてたら、バラエティーのMCなんてとっくに降ろされてるよ!」

 

 伊本さんの一声で、空気が柔らかくなる。

 相変わらず、この人がいるだけで場がほどける。

 それを横目に、俺はこっそり朝香に耳打ちした。

 

「反谷さんとは、仲悪いのか?」

「そんなことないわ」

 

 朝香は笑顔のまま、小声で返してくる。

 

「現在のCM出演数、あたしが二位でしょ」

「ああ、一位が反谷さんか」

「今は未成年で出られないCMが多いから、そうなってるだけよ。成人したら抜かれると思っているんじゃないかしら」

「共演したときは仲悪くなかったのか?」

「あのときはあたしが少女時代の役で主演食っちゃったから、それも原因の一つかもね」

 

 業界の人間関係というのは、表に出ない文脈が思ったより多い。

 

「じゃあ、シーンの説明をするよ」

 

 五木監督が手を叩いて、全員の視線を集めた。

 それから、シーンの説明を受けた。

 

 今回の話は、村人から川の怪異の噂を聞いた三蔵法師一行が、胡仙の案内で現場を訪れるところから始まる。

 沙悟浄はいつものように別行動だ。

 旅の途中で何かを感じ取り、単独で動くというこのドラマでのお決まりパターンである。

 

 残りの三人と胡仙が川沿いを歩きながら、水妖の原因を考察する。

 三人の視線が逸れた一瞬の隙に、胡仙が川へ引きずり込まれる。

 そのまま流れを追って滝にたどり着き、悟空が滝つぼに飛び込んで今回のボスの住処を特定するという流れだ。

 飛び込むシーンは後から別撮りで合成する予定とのこと。

 

「翼君。飛び込むシーンはCGで処理するから、台詞を言ったあとそのまま止まっといて」

 

 スタッフが段取りを確認する。

 

「了解です」

 

 三蔵法師と八戒が動揺している中、躊躇わずに悟空が飛び込んで胡仙を追う。

 よし、流れは覚えた。

 あとは悟空に切り替えれば、いい芝居になるだろう。

 

 準備が整って、撮影が始まった。

 川沿いのシーンをいくつか撮り終えて、滝まで移動する。

 反谷さんは滝のそばで所定の位置に立ち、スタッフと細かい動きを確認していた。

 

 滝つぼに落ちるシーンは安全に配慮した上で撮影する段取りになっている。

 滝の高さは十五メートルほど。

 高さも問題だが、濡れている足場もあまりよろしくない。

 足を滑られせて落下事故なんて洒落にならない。

 気を付けないとな。

 

「本番、いきます」

 

 カチンコが鳴った。

 川沿いを歩きながら、悟空は周囲の水の気配を測っていた。

 風もなく、川は穏やかに見える。

 だが、表面の静けさと、底を流れるものの向きが噛み合っていない。

 

「おかしいな……」

 

 呟いた瞬間だった。

 胡仙の手が、川面から伸びた何かに掴まれた。

 

「いやぁぁぁ――」

 

 悲鳴が途中で水に飲まれる。

 川が割れるように胡仙を引き込んで、次の瞬間には水面が元に戻っていた。

 

「胡仙さん!」

 

 玄奘が叫ぶ。

 俺はすでに走っていた。

 川の流れを目で追うと、引き込まれた方向から水の動きが変わっている。

 足場を選ぶ余裕もなく、川沿いの岩を踏んで走る。

 

 水音が大きくなる。

 轟音が耳に届いた瞬間、視界が開けた。

 

 滝だ。落差のある岩肌を、白い水が一気に流れ落ちていく。

 滝つぼの表面が激しく泡立って、底は見えない。

 

「くっ、これでは……!」

 

 追いついた玄奘が、錫杖を握り直して滝を見下ろした。

 

「深追いはできませんな。いったん、村に戻って態勢を立て直しましょう」

 

 八戒さんが冷静に告げる。

 合理的な判断だ。

 水妖の住処がわからないまま飛び込んでも、消耗するだけになる可能性がある。

 

 俺はそれを聞きながら、滝つぼを見ていた。

 泡の中に、何かがある。

 水の底から、流れが渦を巻いている。

 あそこだ。

 

「俺が行く!」

 

 踏み込んだ。

 岩の端に足をかけて、身体を前へ投げ出す。

 玄奘や八戒さんには飛ぶ手段がない

 だけど、俺には筋斗雲がある。

 

「ちょっ」

「何やってるんだい!?」

 

 絶対に逃がすかよ!

 

「筋斗雲!」

 

 俺の呼びかけに答えて筋斗雲が――こなかった。

 そのまま俺は冷たい水の中へと放り込まれるのであった。

 

「……み゛」

 

 意識を手放す直線、絶命寸前のセミのような声が聞こえた気がした。

 

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