とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第82話 脳破壊される側視点 パート11

 あたしの名前は羽田朝香。

 三蔵法師役を務めることになった天才女優だ。

 

 今回のシーンは滝での撮影だ。

 村娘の胡仙の案内で、人が攫われる川を調べて滝まで追いかけ断念するシーン。

 

 胡仙役の反谷さんはいい芝居をする人だ。

 大河ドラマで共演したときは、完全にあたしが食ってしまったからいい感情は持たれていない。

 さっきのやり取りでそれはわかった。

 

 だから、正直このシーンは期待しているところもあった。

 あのときのお返しとばかりに、村娘という役で主演を食い殺しにくる。

 どんな演技を見せてくるのか、ワクワクしていた。

 

「本番、いきます」

 

 カチンコが鳴った。

 その瞬間、一瞬で事前に作っていた三蔵法師があたしの中を満たしていく。

 川沿いを歩きながら、三蔵法師として水の気配を測っていた。

 風はなく、川面は穏やかだ。

 

 だが、私の隣で悟空が何かを察知した気配がした。

 視線が川底に向いている。

 

「おかしいな……」

 

 悟空の呟きと同時だった。

 

「いやぁぁぁ――」

 

 胡仙の悲鳴が水に消える。

 川面が元に戻った瞬間、悟空はすでに走り出していた。

 私も錫杖を握り直して後を追う。

 

 足場を選んでいない。

 川沿いの岩を、迷いなく踏んでいく。

 

 さすがは悟空。

 我々の中で最も身軽な彼らしい速さだ。

 水音が大きくなる。

 轟音の向こうに、白い飛沫が見えた。

 滝だった。

 

「くっ、これでは……!」

 

 錫杖を握り直して滝を見下ろす。

 底が見えない。

 一体どれだけ深いのだろうか。

 

「深追いはできませんな。いったん、村に戻って体制を立て直しましょう」

 

 八戒が冷静に告げた。

 正しい判断だ。

 水妖の住処がわからないまま飛び込めば、消耗するだけになる。

 

 悟空はまだ滝を見ていた。

 泡の動きを追っている目だった。

 その目が、どこか遠くなっていた。

 

 まずい。

 その瞬間、一気に役から意識が引き戻される。

 

 ここ最近、ずっと危惧していたことがあった。

 メソッド演技とテクニカル・アクティングの融合。

 プライベート・AIでコツを掴んでから翼は融合どころかメソッド演技の魅力に憑りつかれていた。

 役作りの精度が高かっただけに、翼の芝居はどんどん本物に迫っていく。

 

 だけど、役に入り込み過ぎて芝居から帰れなくなってきた役者をごまんと見てきた。

 

 芝居に狂った役者の末路。

 翼をそこに連れていくわけにはいかない。

 

 急いで呼び戻さないと……!

 あたしが声をかけようとした瞬間だった。

 

「俺が行く!」

 

 躊躇なく翼が踏み込んだ。

 

「ちょっ」

 

 声が出た。台詞ではなく、本心から出た声だった。

 

「何やってるんだい!?」

 

 伊本さんも焦った様子で叫ぶ。

 素に戻ったあたしたちと違って、翼は命の危機を前にブレーキが効いた様子はない。

 そのまま翼の身体が、岩の端から前へ投げ出される。

 

「筋斗雲!」

 

 翼が呼びかけるも筋斗雲が現れることはない。

 

 当然だ。

 現実には妖術もなければ、翼は妖怪でもない。

 ただの人間が妖怪を演じているだけなのだ。

 

 一種の自己暗示。

 それが強力すぎれば、役者は芝居から戻ってこられない。

 

 そして、現実から消えてしまうのだ。

 

 翼はそのまま、白い飛沫の中へ消えた。

 

「……み゛」

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