とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第84話 暴走メソッド演技

 無事救出された俺はそのままテントで休むことになった。

 幸い、綺麗に飛び込めたおかげで怪我はなかったが、さすがに撮影は中断となってしまった。

 

「やらかした……」

 

 せっかく、ここまで撮影スケジュールも巻けていたというのに、俺のせいで現場を止めてしまった罪悪感に苛まれる。

 

「翼君。身体のほうは大丈夫?」

「小梨さん。ご心配をおかけしてすみませんでした。怪我はないです」

 

 テントに入ってきたのは、俺のマネージャーである小梨祐さんだった。

 

「無事ならいいんだ。いちおう、社長には一報入れておいたから」

「何から何まですみません」

 

 それから体力の回復を待って、五木監督のところへいって頭を下げる。

 

「本当に申し訳ありませんでした。撮影が破綻しかねない行動でした」

 

 俺の謝罪に、五木監督が首を振った。

 

「いや、あまりのことにカットをかけるタイミングを失った。それはこちらのミスだ」

「でも飛び込んだのは俺の判断で」

「判断というより、あれは……」

 

 五木監督は言葉を選んでから告げる。

 

「役として、あそこで飛び込む以外の選択肢がなかったんだろう。台本にない筋斗雲を呼んだのも、悟空なら飛び込まずに筋斗雲を使って追いかけるだろうという判断からなんじゃないか」

「……はい」

 

 あの瞬間、俺の中に俺はいなかった。

 朝香にも注意されていたこと。

 俺は役に食われてしまっていたのだ。

 

「怪我はないか」

「ないです」

「それなら、まず良かった」

 

 監督は腕を組んで、大きく頷いた。

 そして、心配そうな顔からどこかギラついた顔へと変わっていく。

 

「それはそうと、あの飛び込みシーンは、使えるかもしれない」

「え?」

「あのとき、下からのカメラもまだ回っていた。角度も悪くない。後で確認するが、合成前提だったシーンを差し替えられる可能性がある」

 

 どうやらカットがかからなかったことで、カメラは回り続けていたらしい。

 朝香や伊本さんの反応も、役のままでありながら生の感情を映していたことも大きく、編集すれば迫真の演技シーンになるとのことだった。

 

「もちろん、これからはああいうのはなしだけどな」

「はい、今後ないように重々注意します」

 

 自分のテントに戻ると、ざっくりと腰を下ろした。

 身体の疲れよりも、頭の中がうるさかった。

 

 あの瞬間、俺の中に俺はいなかった。

 悟空として動いていた。

 呼吸も、判断も、全部悟空のもの。

 確かに本物の演技だった。

 

 でも、それは俺がコントロールした演技じゃない。

 

 形から入って感情を後から乗せる。

 それができれば、役に食われずに悟空を演じられるはずだ。

 頭ではわかっている。

 

 さっきの自分を見ていると、本当にそれができるのかという疑問が消えない。

 答えを知っていることと、体現できることは別の話だ。

 

「翼君、大丈夫かい」

 

 悩んでいると、テントに心配そうな顔をした伊本さんがやってきた。

 

「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「いや、無事ならいいんだよ」

 

 伊本さんは口元に手を当てた。

 

「あの飛び込み、迫真だったねぇ」

 

 笑い混じりの声だったが、目が真剣だった。

 

「あの一声、あの助走、あの軌道。本物だったよ。あそこまでできるのは正直うらやましいくらいだ」

「でも、俺は台本を無視して……」

「流れとしては自然だったよ。まあ、身体は大事にしないとだけどね」

 

 伊本さんは俺の肩を一度叩いて離れた。

 

「ゆっくり休みなよ。君たちのおかげでスケジュールには余裕があるんだから」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

「うん、よろしい」

 

 笑顔を浮かべると、伊本さんは去っていった。

 テントの中に一人残って、天井を見上げる。

 

 伊本さんの言葉は嬉しかったけど、それが自信にはならなかった。

 

 あの飛び込みは無意識の本物だったかもしれない。

 だからこそ、次は俺の手でそれをやらなければいけない。

 

 制御した上で、本物を出す。

 それができて初めて、孫悟空を演じたと言えるのだ。

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