とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第90話 悪意に晒される

 授業中、ずっと俺は考えていた。

 どうすれば、孫悟空を制御できるのか。

 あれだけ作り込んだ役だ。せっかくなら活かしたい。

 

 問題は、台本を逸脱してしまうことだ。

 それによって引き起こされる事故が怖い。

 

 うーん、日常的に悟空を少しずつ馴染ませていくとか?

 

 よし、やってみよう。

 シチュエーションは、ある日突然日本に転生してしまった孫悟空。

 

「はい、それじゃあこの問題は……凪野君」

「アッキャー! ……あ」

 

 凍り付く教室。

 その場にいた全員が唖然と俺を見てくる。

 

「悟空。皆様の迷惑になります。おとなしくしなさい」

 

 即座に朝香が立ち上がって三蔵法師の台詞でフォローしてくれる。

 

「……はい、すみませんでした」

「えー、役作りもほどほどにね?」

 

 気まずそうに先生が咳払いをして、授業を再開した。

 背中に、クラスメイト全員の視線が刺さっている。

 その後の授業は、なんとか悟空を外に出さずに終えた。

 

 あと二回ほど声が出そうになった場面があったが、なんとか堪える羽目になった。

 放課後を告げるチャイムが鳴ると同時に、梨夢が椅子を引く音が教室に響いた。

 

「バッサー! さっきのアッキャー、めっちゃ悟空だったね!」

「サンキューな。ただ、めっちゃ悟空だから問題なんだよな……」

「えー、いいじゃん! っぽい、ってことは役に入りきってるんだからさ!」

「そう単純な話じゃなくてだな……」

 

 朝香は俺たちのやり取りを横目に見ながら、特に何も言わずに荷物をまとめていた。

 フォローしてくれたことへの礼を言おうとしたが、朝香が先に立ち上がって教室を出ていく。

 朝香は廊下へ出る前にこちらへ一度だけ視線を向けた。

 

「ちゃんとしなさいよ」

「わかってる」

「よろしい」

 

 それだけ言って、朝香は教室を出た。

 廊下を歩く足音が遠ざかって扉が閉まる。

 残された教室に、微妙な間が落ちた。

 

「……なんか、すごいね」

 

 丸代がぽつりと言った。

 

「朝香ちゃん、翼に対してだけ態度が違くない? 他のクラスメイトにはもっとこう、距離感あるじゃん」

「そうか? 学校の友達にはもっとフレンドリーだったと思うぞ」

「アレはむしろ親し気に振舞って線を引いてるやつじゃん」

 

 梨夢が肩を竦めると、金髪の奥からターコイズが覗いた。

 

「そういえばさ」

 

 梨夢がスマホを取り出しながら言った。

 声のトーンが僅かに落ちる。

 

「バッサー、エコドル知ってる?」

「ECHO DOLPHINの略だろ。さすがに、共演者の所属グループくらいは知ってる」

「今ちょっと荒れてんだよね」

 

 梨夢がスマホの画面をこちらへ向ける。

 SNSのタイムラインだった。

 ECHO DOLPHINの文字がトレンドに上がっていて、ざっと流れる投稿の中に見覚えのある名前が混じっている。

 

「ルナぴのすっぴんが晒されてるんだよね」

 

 胸の奥に、嫌な感触が落ちた。

 

「どういうことだ」

「ルナぴアンチの裏垢があってさ。そいつがルナぴのすっぴん写真を上げてて、それがもう拡散されまくってて……」

 

 梨夢は言いながら、どこか苦い顔をしていた。

 スマホの画面をスクロールすると、コメント欄が見えた。

 

[ぶっさ、ファンクラブ抜けるわ]

[所詮メイク落としたらアイドルなんてこんなもん]

[メイクしたところで大して可愛くはなかったろ]

[運営のお気に入りでごり押しされてたもんな]

[実力ないブスが出しゃばるなよ]

[これは枕やってなきゃ仕事取れないわ]

[こんなのに金注ぎ込むキモオタwwwww]

 

 言葉を並べるだけで胃が重くなるような文字列が連なっていた。

 

「これ……」

「うん。結構ひどいよね」

 

 丸代がスマホを取り出して、別の画面を開いていた。

 

「その裏垢、少し前から投稿があるみたい。過去のも遡れる」

「見てたのか、丸代」

「さっきから」

 

 丸代はスクロールしながら、静かに続ける。

 

「投稿の内容、斎藤ルナに関係することばかりで、他のメンバーへの言及はほとんどない。しかもスケジュールの細かい話とか、楽屋の話とか、外からじゃ知り得ないことが混じってる」

「身内か」

「たぶんね。グループ内部の人間で、なおかつ斎藤ルナを中心にして物事を見ている人間だと思う。センターの座を引きずり下ろしたいか、そうしなければいけない理由がある人間」

 

 丸代は顔を上げないまま、淡々と整理していく。

 ペンを持っていないのに、頭の中でノートに書き込んでいるような声だった。

 

「No.2の今田朱代とか、じゃないですかね」

 

 ふと、思いついたように郁が言った。

 

「顔がいい子が多いグループって、一番顔がいい子が性格終わってること多いと思いますし」

 

 俺が見てきた限り、一番顔のいいお前がそれを言うのか……。

 

「郁ちゃん、それ偏見すぎるよ」

「いいえ! 根拠があります!」

 

 郁は真顔で言い切った。

 

「顔がいいと褒められて育って、自分より上位の存在が現れたとき、人間として終わった行動を取るんですよ。顔しか長所がないから、それで負ければ何も誇れるものがない。だから、自分が努力するのではなく、引きずり下ろす。そう、顔がいいだけの女は性格が悪いんです」

「お前は顔がいい女に親でも殺されたのか」

「似たようなものです」

 

 殺意むき出しの郁に対して、梨夢は苦笑しながらスマホを机に置いた。

 

「あーし、こういうのなんとなくわかるんだよね。女子の人間関係って、外からじゃ見えないとこでぐちゃぐちゃになってることあるから」

 

 いつもの明るい調子が鳴りを潜めていた。

 

「グループの中でNo.1とNo.2が揉めるのって、だいたい表には出ないんだよね。でも裏では全部決まってて、気づいたときには詰んでるみたいな」

「経験あるのか」

「ちょっとね」

 

 梨夢はそれ以上は言わなかった。

 スマホの画面に視線を戻すと、また新しい投稿が流れてきていた。晒された写真に対するコメントが増え続けている。

 俺は椅子から立ち上がった。

 

「悪い。ちょっとだけ先に出る」

「うん、いいよ」

「また明日ね、バッサー」

 

 三人に背を向けて、廊下へ出た。

 人の流れが薄くなった廊下の端で、スマホを取り出す。

 

 RINEを開いて、ルナのトークを探す。

 鳥取の撮影でのやり取りが、最後のまま残っていた。

 少し考えてから、打ち込む。

 

[翼:今、ネットで騒ぎになってるの見た。大丈夫か]

 

 送信したが、既読がつかない。

 画面を見たまま待ってみても何も変わらなかった。

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