とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第92話 心がすり減りながらも笑っていたあのときの声

 今日の収録は、二本録りだった。

 ドラマではなく、最近多いバラエティー番組のゲスト出演だ。

 俺の収録は一本目だったため、収録が終わってスタッフに挨拶していると、見知った顔を見かけた。

 

「あ、翼君ー」

 

 ルナだった。

 マネージャーを連れて、こちらへ向かってくる。

 いつも通りの、人懐っこい笑みだった。

 

「お疲れ様でーす」

「お疲れ様。そういや、二本目のゲストはルナだったな」

「そうそう。翼君と入れ替わりでーす」

 

 軽い調子で言いながら、ルナはそのまま廊下を歩き続ける。

 すれ違いざまに、俺は無意識に足を止めていた。

 

 何かが、引っかかった。

 声のトーンは変わらない。

 笑顔の角度も、普段と同じだ。

 

 カメラの前でどう映るかを常に計算しているルナが、廊下でも同じ精度で立っている。

 それなのに、何かが足りなかった。

 

 スタジオの扉が閉まる音がして、ルナの姿が見えなくなった。

 俺はしばらく、その扉を見ていた。

 小梨さんが隣に並んだ。

 

「翼君。家まで送るよ」

「すみません、先に帰っててもらえますか」

「用事でもあった?」

「二本目、見学していきたくて」

「珍しいね」

「ルナのバラエティーって、ちゃんと見たことなかったので」

 

 半分は本当だった。

 ルナはドラマや歌番組の印象が強い。

 バラエティーでどう立ち回っているのか、仕事としても純粋に興味があった。

 

「わかった。でも、送らないわけにはいかないから下で待ってるよ」

 

 足音が遠ざかって、廊下に静けさが戻る。

 俺は壁際に寄って、スマホを取り出した。

 

 RINEを開く。

 ルナへのメッセージは、まだ未読のままだった。

 

 二本目の収録が始まった。

 モニターの向こうでは、ルナが雛壇の中央で笑っている。

 

 MCの笑い声。

 ゲストへの質問。

 観覧席の反応。

 ルナの声が聞こえた瞬間、耳が止まった。

 

「えー、そうなんですよー。ライブツアーって体力勝負じゃないですかー」

 

 笑うタイミングが、ほんの少しだけ早い。

 相手の話を最後まで受け取る前に、次のリアクションへ移っている。

 呼吸を切らさないように、あらかじめ決めていた反応を順番に置いていく。

 

 どこかで聞いたことのある声の質だと思ったら、すぐに思い当たった。

 子役の頃、心がすり減りながらも笑っていた自分の声だ。

 笑顔を維持するためのコストが、声の奥に滲む。

 意識して作った笑顔は、どれだけ精度が高くても呼吸のリズムに影響する。

 

 それがわずかに、声の端に出ていた。

 

 何も考えなくても現場を回せるように、笑顔も相槌も全部パターン化していた。

 精度だけは高いから周囲には気づかれない。

 

 そして、演じている本人は、少しずつ削れていく。

 モニターの向こうで、ルナがまた笑った。

 画面いっぱいに広がる笑顔が、妙に遠く見えた。

 

 拍手の音がスタジオも響き、スタッフが動き出す気配がした。

 俺は廊下に出てから、扉の方を見ていた。

 

 しばらくして、扉が開いた。

 最初に出てきたのはスタッフで、次いでMCと他のゲスト。

 

 ルナは少し遅れて出てきた。

 マネージャーと何かを話しながら、スマホを確認している。

 その間も笑顔だけはそのままだった。

 俺が壁際に立っているのに気づいたのは、すれ違う直前だった。

 

「……翼君?」

 

 俺の姿を確認したルナの足が止まった。

 

「なんで、まだいるの」

「用事があった」

「用事って?」

「ルナと話しをするためだよ」

 

 俺の言葉に、ルナは口を噤む。

 ルナのマネージャーは気を利かせてくれたのか、自然と離れていく。

 廊下の照明が、ルナの顔を真横から照らしている。

 

 メイクは完璧なままだった。

 それでも、目の下に疲れが乗っているのが、この距離ではっきりと見えた。

 

「RINEの既読、つかなかったな」

「ごめんねー。見る余裕なくてー」

 

 いつもの声音だったが、声から軽さが消えていた。

 

「大丈夫か?」

「んー、何が?」

 

 ルナは笑顔を貼り付けたまますっとぼける。

 

「ごめん、急いでるからまた現場でねー」

 

 俺がそうだったように、周囲へ心配をかけまいとするときの仮面は強固だった。

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