とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第94話 仲間一人救えないで、何が斉天大聖だ

 ルナのことは心配だ。

 しかし、俺には人の心配をしている余裕はなかった。

 

「翼。大丈夫?」

「俺より、ルナのほうを気にしてやったらどうだ」

「そうはいかないわ。あなた、かなり消耗しているでしょ」

 

 情けないことに図星だった。

 朝香に制御を頼んでいる俺の芝居は、悟空を解放して無理矢理封じてもらっている状態だ。

 

 常に孫悟空という役に食われ続ける。

 それによる精神的な消耗はバカにできなかった。

 

「ちょっと行ってくるわ」

「待て。お前、ルナに何言う気だ」

 

 朝香は現場の人間へのリスペクトは忘れない。

 それ故に、演技ができずに現場に迷惑をかける人間には厳しい。

 

「あの子が炎上してるのは、あの子を取り巻く環境の問題よ。撮影には関係ない」

「そうだけど……!」

「あたしたちはプロよ。罵詈雑言を浴びせられようと、石を投げられようと、演じ切る。それが役者よ」

 

 それは、芝居の世界でしか生きられない朝香らしい言葉だった。

 だけど、それは羽田朝香としての言葉だ。

 

 顔を見ればわかる。

 そこにあったのは、幼馴染を心配している田中朝香としての苦悩が僅かに滲んでいた。

 

「俺が行くよ。座長は俺だ」

 

 覚悟を決めよう。

 この作品の看板を背負っているのは俺なのだ。

 

『仲間一人救えないで、何が斉天大聖だ。てめぇは三蔵法師の弟子、孫悟空様だぞ』

 

 頭の中で声が響く。

 役に浸かりすぎたせいで、滝から落ちたときのように浸食が進んでいる。

 

 だからこそ、俺の言葉は響くはずだ。

 俺は椅子に座って俯いているルナへと言葉を投げかける。

 

「エコドルのNo.2。今田朱代だったか?」

「っ!」

 

 俺の意図を察したルナの顔から笑顔が剥がれ落ちる。

 こういうときは、ハッタリに限る。

 

「こんなんで崩れるような仮面なら被るな」

 

 あえて突き放すように告げる。

 

「完璧に突き通せないなら、人を頼れ」

 

 かつての俺がそうだったように、ルナは人に頼れないタイプの人間だ。

 だから、意固地になる前に伝えるべきことがある。

 

「俺たちは三蔵法師一行の仲間だろ?」

 

 伝えたいことは、それだけだった。

 何せ、今の言葉はこの先展開に待つ、孫悟空のセリフなのだから。

 

 ルナは、しばらく俺を見ていた。

 いつもカメラがどこにあるかを把握して、どう映るかを計算し続けているルナが、今は何も考えていない顔をしていた。

 それだけで、十分だった。

 

「……翼君って」

 

 ルナが口を開いた。

 その声はいつもより低かった。

 

「ズルいよね」

 

 ルナは台本を膝の上に置いて、視線を上げた。

 

「沙悟浄はスパイで、三蔵法師一行を裏切ってた。見せたくない表情を知られて、仲間って言われれも、どんな顔すればいいの」

「そんな顔だ」

 

 俺は持っていた鏡をルナに向ける。

 

「ははっ……メイクしてんのに、ブッサイクな顔」

「いっそ、その顔でさっきのセリフ言ってみたらどうだ?」

「ハッ、笑えない冗談!」

 

 吐き捨てるように告げると、ルナは勢いよく立ち上がる。

 そこには、冷酷でありつつも妖艶な空気を纏う斎藤ルナがいた。

 

 残った撮影がリテイクなしで通ったのは、言うまでもないことだろう。

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