星井鳴。
劇団クロッカスに入った同期の中では群を抜いて演技がうまかった。
俺にとっては最初の壁で、共に朝香を追いかけるライバルだった子役の名前だ。
「見た目が違い過ぎてまるでわからなかった」
「それは何より。ボクにとっては最高の誉め言葉だね」
昔のような口調でルナは続ける。
「君に負けて役者のままじゃダメだと思った」
「だから、アイドルになったのか」
「ルートとアプローチを変えれば道は開けると思ってね。ボク、実際人気アイドルグループのNo.1になったし」
胸を張って言い切るのは、昔のままだ。
「懐かしいな。お前、昔から分析が早かっただろ」
「翼君もね。二人でああでもないこうでもないって言い合いながら稽古してたよね」
「あれは楽しかった。同じアプローチで動く奴が他にいなかったからな」
「ホントにね。朝香は感情から全部入るし、他の同期は真似するだけで止まってるしで、翼君だけが話し相手になったよね」
ルナは膝に頬杖をついて、少し遠い目をした。
「ちょっと、二人だけで盛り上がらないでくれる?」
「拗ねてるのー? 朝ちゃんは可愛いなぁもー」
口調をいつものように戻し、ルナはふざけて朝香に抱き着いた。
しかし、朝香はそれを受け止めた上で、優しい声音で告げる。
「ルナ。可愛いのはあなたよ」
「へ?」
俺から見えるルナの顔から笑顔が消えた。
予想だにしていない言葉に、表情筋のコントロールがすっ飛んでいったようだ。
「役者が自分を蔑まないで。あなたは自分の美しさに気づかなかったから仕事が取れなかっただけ」
その言葉は、俺の心にも刺さってきた。
「自分の美しさを知ったとき役者は輝くの。だから、自分を卑下する役者に仕事は来ない」
朝香の言葉は重い。
自分の美しさを誰よりも知っているからこそ、朝香は仕事を失わずに天才女優として同世代のトップに君臨し続けたのだ。
「三白眼もソバカスもとっても素敵よ。あたしは好き。だから、顔もわからないような人間の言葉に心を痛めないで」
「朝、ちゃん」
「あなたは最高に可愛くて素敵な自慢の幼馴染よ」
「みゃ」
その言葉を聞いた瞬間、変なうめき声を零してルナの顔がみるみる内に赤くなっていく。
可愛いだなんて聞き飽きている人気アイドルが、だ。
どうやら、一番言って欲しい人からの言葉は効くらしい。
星井鳴として活躍していたときから、ルナは朝香のことが大好きだった。
それこそ、俺と朝香の好きなところを言い合って張り合えるくらいには好きだったのだ。
そういう意味でも、ルナとはライバルだったと言えるだろう。
朝香は共感性に乏しくて人の気持ちに疎いところがあるから、ルナの気持ちには気づかなかったのだろう。
「可愛いだけじゃないぞ」
このまま二人の空間になるのも癪だったため、俺も言葉をかける。
「ただのハリボテでやれるほどアイドルは甘くない。それはルナが一番わかっているはずだ」
「それは、そうだけど」
「つまり、お前はメイクや立ち振る舞いも含めて〝完璧な可愛い〟を作れた。これが役作りじゃなくて、なんだってんだ」
ルナが仕事をもらえなかったのは、演技力があるから主役を食ってしまうが、主役に据えるには見た目に華がなかったからだ。
演技力の加減もできなかったみたいだし、その辺は嚙み合いが悪かっただけの話である。
「何度でも言う。お前に演技力はある。他の誰がなんと言おうがな」
「翼、君……」
「剥き出しのお前を見せつけてやれ。役を食い散らかしてお前にしろ。それが、斎藤ルナの演技だろ」
俺とは真逆の演技。
最大の自己表現によって役を喰らう身勝手な演技でありながら、画として成立させる。
それこそが、斎藤ルナの真骨頂だ。
「あの、翼? 格好つけたところ、申し訳ないんだけど……」
そこで朝香はルナから離れ、気まずそうに口を挟んだ。
「あなた、自分の暴走メソッド演技はどうなってるの」
「あ」