フォンテーヌ廷の朝は早い。いや、早いのか?よくわからないけど、とにかく今日の空は抜けるように青かった。
まるで、あの日水龍が泣き止んだ後の、澄み切った空みたいに。
俺……旅人は、朝の陽光が差し込むホテル・ボーテの部屋で、ベッドから跳ね起きた。
今日は、特別な日だ。
そう、あの大女優であり、元水神であり、そして俺の大切な友人であるフリーナと、二人きりで出かける日なのだ!
(……デート、と呼んでいいのだろうか?いや、デートだろこれ!)
一人で顔を赤くしていると、隣でふわふわと浮いている最高の仲間(非常食ではない)が、ジト目で俺を見てきた。
「おい旅人ぉ……朝からニヤニヤして気持ち悪いぞ。今日はおいらを置いてくっていうし……絶対美味しいもの独り占めする気だろ!」
「違うってパイモン。今日は、その……フリーナの付き添いみたいなもんだからさ」
「ふーん?まあいいや、その代わり、帰りにはカフェ・リュテスのケーキを全種類買ってこいよな!約束だぞ!」
パイモンはそう言って、再びベッドに潜り込んだ。
俺は急いで身支度を整え、フォンテーヌ廷の街へと飛び出した。
街並みは相変わらず美しかった。
エスカレート式エレベーター、高くそびえるパレ・メルモニア、空を交差する巡水船のレール。
クロックワーク・マシナリーたちが規則正しい足音を立ててパトロールをしている。
フォンテーヌは「正義」と「審判」の国であり、そして「芸術」の国だ。
俺はそんな街の風景を眺めながら、待ち合わせ場所であるナボニー地区の時計塔前へと向かった。
待ち合わせの時間は午前10時。
だが、俺は緊張のあまり9時半には着いてしまっていた。
「ちょっと早すぎたかな……」
心臓がドキドキと音を立てている。まるで、ボーモント工房の裏口に放置された旧式のゼンマイみたいに、ガチャガチャとうるさい。
……と、その時だった。
「ふふん!やはり君は僕より早く来ていたようだね!僕の魅力の前に平伏し、待ち焦がれるその姿勢……大スターに対する礼儀として、百点満点をあげよう!」
背後から、銀の鈴を転がしたような、透き通った声が響いた。
振り返ると、そこには息を呑むほど美しい少女が立っていた。
フリーナだ。
彼女は今日、いつもの燕尾服のような衣装ではなく、少しカジュアルだが仕立ての良さが一目でわかる、淡いブルーのワンピースを着ていた。
ふんわりとしたスカートの裾には、波の泡のような白いレースがあしらわれており、彼女が動くたびに軽やかに揺れる。
頭には小さなリボンのついた帽子。そして、腰のあたりには、新しく彼女の元へやってきた「神の目」が、静かに、しかし誇らしげに水色の光を放っていた。
「……おはよう、フリーナ。すごく、似合ってるよ。その服」
俺が素直にそう言うと、フリーナは一瞬「ふぇ!?」と間抜けな声を出し、顔を真っ赤にした。
「なっ……ななな何を言っているんだい君は!こ、このフリーナ・ドゥ・フォンテーヌが美しいのは当然のことじゃないか!服が僕に似合っているんじゃない、僕が服の魅力を最大限に引き出してあげているのさ!はーっはっはっは!」
高笑いをごまかすように響かせる彼女だが、その手は落ち着きなく帽子のツバをいじっており、視線は俺と合うのを避けるように泳いでいた。
(ああ……可愛いな……)
俺は心の中でこっそりそう思った。
500年もの間、たった一人で「神」を演じ続けてきた彼女。
その重圧から解放された今のフリーナは、時折見せる素の反応が、年相応の女の子そのもので、俺はそれがとても嬉しかった。
「さあ、旅人!今日は僕のエスコート役を君に任せよう!まずはどこへ行く?大スターの僕を退屈させないような、素晴らしいプランを期待しているよ!」
フリーナがビシッと指を差してくる。
俺は笑って頷いた。
「わかった。じゃあ、まずはカフェ・リュテスで軽くお茶でもしようか」
「おおっ!わかっているじゃないか!さすがは僕のパートナー(※演劇的な意味で)だ!」
二人は並んで、フォンテーヌ廷の石畳を歩き始めた。
肩と肩が、時折触れ合う。
その度に、フリーナが少しだけ体をビクッとさせるのがわかった。
彼女の横顔を盗み見ると、口元は嬉しそうに緩んでいるのに、手はギュッとスカートの端を握りしめていた。
(緊張してるのは、俺だけじゃないんだな……)
そう思うと、少しだけ胸の奥が温かくなった。
カフェ・リュテスは、朝から優雅な客たちで賑わっていた。
店主のアルエさんが俺たちに気づき、見晴らしの良いテラス席へと案内してくれた。
テーブルの上には、真っ白なクロスが掛けられ、小さなスイートフラワーが花瓶に生けられている。
「さて、と……」
メニューを開いたフリーナの目が、途端にキラキラと輝き始めた。
「うーん、どれにしようかな……!定番の『フォンテーヌの甘い雨』ことマカロンのセットも捨てがたいし、新商品の『ポワソンの星空プディン』も気になる……!あっ、でもこの『クロックワーク・ショコラ』も……!」
ブツブツと独り言を言いながら悩むその姿は、もうすっかり「ただの甘いもの好きの女の子」だった。
「両方頼んで、半分ずつシェアする?」
俺がそう提案すると、フリーナはハッとして顔を上げ、パァッと花が咲いたような笑顔を見せた。
「名案だ!!君、たまにはいいことを言うじゃないか!よし、アルエ!マカロンセットとプディン、それに最高級のティーを二つ頼むよ!」
注文を終え、お茶が運ばれてくるまでの間、俺たちは他愛のない話をした。
最近の劇団のこと、新しく思いついた脚本のアイディア、そして、神の目を使った水元素のコントロールの練習について。
「……あのね、旅人。僕、最近サロン・ソリティアのメンバーたちと一緒に、少し遠くまで散歩に行ったりするんだ」
フリーナが、ふと真面目な顔になって、テーブルの上のスイートフラワーを見つめながら言った。
「昔は……『水神』として、街を歩く時も、常に完璧でなければならなかった。誰かの視線に応え、民の期待を背負い、絶対にボロを出してはいけない……そんな日々だったからね。でも今は……」
彼女はそっと自分の胸元に手を当てた。そこには、彼女自身の意志と誇りの象徴である、水元素の神の目がある。
「今は、ただのフリーナとして、風の匂いを感じたり、道端に咲く花の色に気づいたりできる。それが……すごく不思議で、でも、すごく嬉しいんだ」
フリーナの声は震えていた。
その瞳の奥には、500年という想像を絶する孤独の時間が作り出した深い海のような影と、それを乗り越えて掴み取った朝陽のような光が混在していた。
俺は、テーブルの上にある彼女の小さな手に、そっと自分の手を重ねた。
「……っ!?」
フリーナの肩が跳ねる。
俺は彼女の目を見つめて、言った。
「フリーナは、もう一人じゃない。俺もいるし、フォンテーヌの皆もいる。これからも、色んな景色を一緒に見に行こう」
「た、旅人……」
フリーナの瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。
だが、彼女はすぐにプイッと顔を背け、ツンとした態度を取った。
「ふ、ふんっ!何を甘ったるいことを言っているんだい!僕を誰だと思っている!このフォンテーヌが誇るスーパースター、フリーナだよ!君のような一般人が、僕といつでも一緒に景色を見られるなんて、光栄に思うことだね!」
そう言ってふんぞり返る彼女だが、俺の手と重なっている彼女の指先は、決して逃げようとはせず、むしろ微かに俺の指を握り返してきていた。
(本当に、素直じゃないんだから……)
そんな彼女の不器用さが、たまらなく愛おしかった。
「お待たせいたしました、マカロンとプディンです」
絶妙なタイミングでアルエさんがケーキを運んできてくれたおかげで、フリーナの顔の赤さは何とかごまかされた。
「わあぁ……!」
ケーキを見た瞬間、フリーナの目は再び星のように輝いた。
フォークを手に取り、小さな口でマカロンをパクリと頬張る。
「んん〜〜っ!美味しいっ!この表面のサクッとした食感と、中のクリームの絶妙な甘さ……まさに芸術だよ!」
幸せそうに頬を緩める彼女を見ているだけで、俺も胸がいっぱいになって、ケーキの味がよくわからないくらいだった。
(パイモンには内緒だな、こんな顔見たら絶対からかわれる……)
カフェを出た後、俺たちは巡水船に乗ることにした。
「クレメンタイン線」に乗り込み、エピクレシス歌劇場の方面へ向かう。
船の先頭には、可愛らしいメリュジーヌのガイドであるアイフェが乗っていた。
「あっ、名誉上級調査員の旅人さん!それに、フリーナ様!」
アイフェがパタパタと手を振ってくれる。
「やあ、アイフェ。今日も案内ご苦労様。フォンテーヌの美しい水路は、君たちの働きがあってこそ保たれているんだよ」
フリーナが優雅に微笑み返すと、アイフェは嬉しそうに尻尾を振った。
巡水船が動き出す。
水路の両脇には、青々とした木々や、遠くに見える山々、そして何より、どこまでも広がるフォンテーヌの美しい海が見えた。
風が吹き抜け、フリーナの銀と青の混じった髪がサラサラとなびく。
「綺麗だね……」
フリーナがポツリとこぼした。
「ああ、綺麗だ」
俺は、景色ではなく、風に髪を揺らすフリーナの横顔を見つめながらそう答えた。
フリーナは俺の視線に気づき、「な、なんだい?」と少しドギマギした様子を見せた。
「いや、フリーナが楽しそうで良かったなって」
「……ふふっ。当然さ。僕が楽しむことで、この世界もまた色鮮やかになるのだからね!」
彼女の強がりな台詞も、波の音に溶けて心地よく響いた。
巡水船を降りた俺たちは、エピクレシス歌劇場には向かわず、あえてフォンテーヌ廷の裏路地へと足を踏み入れた。
「えっ?旅人、こっちはスチームバード新聞社の裏手じゃないか。こんな何もない路地に何か用でもあるのかい?」
不思議そうに首を傾げるフリーナ。
「いや、いつも華やかな表通りばかりだから、たまにはこういう『普通のフォンテーヌ』の景色もいいかと思って」
「むむ……まあ、君がそういうなら付き合ってあげなくもないけど……あっ!」
突然、フリーナが声を上げた。
路地裏の木箱の上に、一匹のふっくらとした猫……シャマッコールが丸まっていたのだ。
「ね、猫だ!可愛い……!」
フリーナは抜き足差し足で猫に近づき、そーっと手を伸ばした。
シャマッコールは一瞬警戒したが、フリーナの優しい手つきに安心したのか、「にゃーん」と鳴いて彼女の手に頭を擦り付けた。
「ふふふっ、くすぐったいよ」
しゃがみこんで猫と戯れるフリーナ。
その姿は、どんな舞台の上で演じる彼女よりも、自然で、輝いて見えた。
俺はその様子を少し離れたところから見守っていた。
(……彼女は、ずっとこんな風に生きたかったのかもしれないな)
普通に街を歩き、友達とカフェで笑い合い、道端の猫を撫でる。
そんな当たり前の日常すら、彼女にとっては500年間手が届かなかった奇跡なのだ。
と、その時だった。
ポツリ、と俺の鼻の頭に冷たいものが落ちてきた。
「ん?」
見上げると、さっきまで青空だった空に、いつの間にか灰色の雲が立ち込めていた。
フォンテーヌの天候は変わりやすい。
ポツリ、ポツリと落ちてきた雨粒は、あっという間にザーザーという本降りの雨へと変わっていった。
「わわっ!雨だ!?」
フリーナが猫を撫でる手を止め、慌てて立ち上がる。
猫は素早く木箱の奥へと逃げ込んでしまった。
「フリーナ、こっちだ!」
俺は彼女の手を取り、近くにあった建物の小さな庇(ひさし)の下へと駆け込んだ。
「はあ、はあ……びっくりしたね。急に降ってくるなんて」
フリーナはワンピースの裾についた水滴を払いながら、息をついた。
狭い庇の下。
俺とフリーナの距離は、先ほどよりもずっと近かった。
お互いの肩が触れ合い、彼女のシャンプーの――スイートフラワーとミントを混ぜたような――爽やかで甘い香りがフワッと漂ってくる。
フリーナもそれに気づいたのか、ハッとして俺を見上げ、そして急に下を向いてモジモジし始めた。
「……水龍が、泣いているのかな」
沈黙を誤魔化すように、フリーナがポツリと呟いた。
フォンテーヌの言い伝え。雨は水龍の涙。最高審判官であるヌヴィレットの感情の揺れが、天候に影響する。
「ヌヴィレットさんが泣くようなこと、何かあったかな?」
俺が聞くと、フリーナは少し寂しそうに微笑んだ。
「さあね……彼も、彼なりに色々抱えているんだろうさ。……でも、雨って不思議だね。昔は、雨が降ると『僕の涙の代わりだ』なんて強がっていたこともあったけど……」
フリーナの瞳が、雨のカーテン越しに遠くの空を見つめている。
「本当は……僕自身が、ずっと泣きたかっただけなのかもしれない」
その声は、消え入るように小さかった。
『僕』――それは、彼女が演じていた水神「フォカロルス」の器としてのフリーナではなく、一人の人間としてのフリーナの本音だった。
「……500年、ずっと一人で……誰も僕の本当の心を知らない。話すことも許されない。毎日、毎晩……狂いそうなほどの孤独と恐怖の中で……」
フリーナの肩が、微かに震え始めた。
「でも、絶対に泣くわけにはいかなかった。だって僕は神だから。皆の希望で、憧れで、完璧でなければならなかったから……!」
その言葉の端々に、過去の彼女がどれほどの血の滲むような思いで舞台に立ち続けてきたかが滲み出ていた。
雨音だけが響く裏路地。
俺は、何も言わずにフリーナを抱き寄せた。
「……っ!?」
フリーナの体がビクッと硬直し、息を呑む音が聞こえた。
「た、旅人……っ!?」
「もう、我慢しなくていいんだよ」
俺は彼女の背中にそっと手を回し、優しく撫でた。
「フリーナはもう、一人で世界を背負う必要はない。泣きたい時は泣いていいし、弱いところを見せてもいい。俺の前では、完璧な神様じゃなくて、ただの『フリーナ』でいてくれ」
俺の胸の中で、フリーナの体が震えを増していった。
彼女の手が、俺の服の胸元をギュッと掴む。
「……ばか。ばかばか、ばかっ……!」
彼女の目から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ち、俺の服を濡らした。
「僕が、どれだけ……どれだけ怖かったか……っ!もう、朝なんて来なければいいって、何度も思った……!でも、皆が……僕を信じてくれて……!」
「うん」
「僕……頑張ったよ……っ。僕、ちゃんとお仕事……やり遂げたよね……?」
その問いかけは、あまりにも切なく、あまりにも純粋で。
俺は涙をこらえることができなかった。
「ああ。フリーナは、誰よりも強くて、誰よりも立派だった。お前はフォンテーヌを、世界を救った最大の英雄だ」
俺の言葉を聞いて、フリーナは子供のように声を上げて泣き始めた。
雨の音が、彼女の泣き声を優しく隠してくれた。
俺はただ黙って、彼女が泣き止むまで、ずっとその小さな背中を撫で続けていた。
彼女の涙は、決して悲しみの涙だけではなかった。
それは、長きにわたる呪縛からの解放と、ようやく見つけた「安心できる場所」への安堵の涙だったのだと思う。
しばらくして、雨が小降りになり、やがて雲の隙間から夕陽が差し込み始めた。
「……ご、ごめん。君の服、濡らしちゃったね……」
フリーナは顔を真っ赤にして俺から離れると、ハンカチでゴシゴシと目を擦った。
「気にしないで。それに、フォンテーヌの雨はすぐに乾くから」
俺が冗談めかして言うと、フリーナは「ふふっ」と小さく笑った。
泣き晴らしたその顔は、ほんのりと赤く染まっていて、でも憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。
「……ありがとう、旅人」
フリーナが、俺の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「君に……僕の弱さを受け止めてもらえて、なんだか胸のつっかえが取れた気分だよ」
「いつでも受け止めるさ。俺たちは友達……いや、それ以上の、相棒みたいなもんだろ?」
「あ、相棒!?……ふふっ、そうか。そうだね。君は僕の、たった一人の特別な観客であり、相棒だ!」
二人は路地裏を抜け、パレ・メルモニアの裏手にある高台へと向かった。
そこからは、夕陽に照らされたフォンテーヌ廷の街並みと、黄金色に輝く海が一望できた。
水面に反射する光が、キラキラと宝石のように瞬いている。
「綺麗……」
フリーナは柵から身を乗り出し、目を輝かせた。
夕陽の光が彼女の横顔を照らし、銀色の髪が黄金色に染まる。
その姿は、絵画のように美しく、神々しいほどだった。
だが、今の彼女は神ではない。一人の、ただの女の子だ。
「……ねえ、旅人」
フリーナが、景色から俺の方へと視線を移した。
その瞳は、夕陽の光よりも優しく、熱を帯びていた。
「今日のデート……すごく楽しかった。最初は、君をどうやってエスコートして驚かせてやろうかばかり考えてたけど……結局、僕が一番楽しませてもらったみたいだね」
「俺も楽しかったよ。フリーナの色んな顔が見られたし」
「も、もう!君はそうやってすぐ人をからかうんだから!」
プクッと頬を膨らませるフリーナ。
だが、その表情はすぐに和らぎ、彼女はそっと右手を差し出してきた。
「旅人……これからも、僕のそばにいてくれるかい?」
少し不安げに揺れる瞳。
それは、過去の孤独に怯える神ではなく、未来を共に歩む誰かを求める人間の目だった。
俺は迷うことなく、その小さな手を取り、しっかりと握りしめた。
「当然だろ。フリーナの舞台の最前列は、俺の指定席だからな」
俺の言葉に、フリーナは今日一番の、満開のスイートフラワーのような笑顔を咲かせた。
「……っ!ふふふっ、あははははっ!言うじゃないか!いいだろう、このフリーナ・ドゥ・フォンテーヌが、これからも君の人生に最高のエンターテインメントを提供してあげよう!」
夕暮れのフォンテーヌ廷に、彼女の明るい笑い声が響き渡る。
握った手から伝わる彼女の体温は温かく、そして力強かった。
夜が近づき、街に街灯が灯り始める。
俺たちは並んで、ルキナの泉の方へと歩き出した。
噴水の水が、夜の照明に照らされて幻想的に輝いている。
今日のデートの終わりが近づいていることに、少しだけ寂しさを感じながらも、俺の心は信じられないくらい満たされていた。
「あっ、そうだ。帰りにカフェ・リュテスでケーキ買わないと、パイモンに怒られるんだった」
俺が思い出したように言うと、フリーナはクスクスと笑った。
「ふふっ、じゃあ僕がとびきり美味しいやつを見繕ってあげるよ!さあ、行こう、旅人!」
フリーナが俺の手を引っ張って駆け出す。
彼女の背中で、水元素の神の目が、まるで彼女の喜びを歌うように、チカチカと青く優しい光を放っていた。
フォンテーヌの歴史は、悲劇から喜劇へと幕を開けた。
そして彼女の新しい人生の物語も、まだ始まったばかりだ。
俺はその物語を、誰よりも近い場所で見守り続けよう。
そう心に誓いながら、俺は彼女に引かれるまま、夜のフォンテーヌ廷へと足を踏み入れたのだった。
(終)
……と、これで終わると思っただろうか?
いや、俺の、いや旅人である俺の心の中のオタクの叫びはまだ終わらない!!
フリーナが可愛すぎた。とにかく可愛すぎたのだ!
あの涙!あの笑顔!そしてツンデレ!
ホテルに戻ってから、俺はケーキを頬張るパイモンを横目に、ベッドに倒れ込んで悶絶した。
「あぁぁぁぁっ!フリーナぁぁぁっ!尊い……尊すぎる……!」
「おい旅人、さっきからうるさいぞ。ケーキ喉に詰まらせるだろ!」
「パイモンにはわからないさ!あの500年の重みを乗り越えた彼女の、ふとした瞬間に見せる年相応の脆さと、それを隠そうとする強がりがどれほど心にクルかということが!!」
「……なんだかよくわかんないけど、お前が気持ち悪いことだけはわかるぞ」
ジト目で見てくるパイモンを無視して、俺は今日のフリーナの姿を脳裏に焼き付けていた。
カフェでマカロンを食べて目をキラキラさせていたフリーナ。
猫を撫でていた時の、無防備な背中。
雨の中で、俺の胸に縋って泣きじゃくった時の、震える肩と体温。
夕陽に照らされた、眩しいほどの笑顔。
どれもこれも、写真機で撮って残しておきたいくらいの絶景だった。
いや、シャルロットに頼んで『スチームバード新聞』の号外を出してもらうべきか!?
見出しは『元水神フリーナ様、本日も圧倒的ヒロイン力を発揮!!』みたいな感じで!
……いやいや、落ち着け俺。
そんなことしたら、明日フリーナにサロン・ソリティアのメンバー全員で水鉄砲の集中砲火を浴びせられるに違いない。
「シュヴァルマラン婦人、クラバルレッタさん、ジェントルマン・ウッシャー!やっちゃっておしまい!」なんて言いながら。
それはそれでご褒美かもしれないが……いや、ダメだダメだ。
俺は深呼吸をして、窓の外を見た。
フォンテーヌの夜空には、満天の星が輝いている。
「……おやすみ、フリーナ」
俺は窓辺で静かに呟いた。
彼女が今夜は、怖い夢など見ず、温かいベッドで安らかに眠れていることを祈りながら。
明日もまた、彼女の笑顔が見られますように。
俺たちの旅はまだ続く。でも、フォンテーヌという国は、そしてフリーナという存在は、俺の心の中で、決して消えない特別な光となって輝き続けるだろう。
……と、カッコよく締めたところで、本当に寝ようと思う。
明日はデイリー任務で、またあのスライム風船を壊さなきゃいけないし、メリュジーヌのお手伝いも残ってるし。
でも、不思議と苦じゃない。
この空の下に、彼女が笑って生きていると思うだけで、どんな苦労も乗り越えられる気がするからだ。
そう、世界は美しい。フリーナがいる限り。
今度こそ、本当に終わり。