カレンの言葉に、サラは笑顔で答えた。
「元気元気。ついこの間も不正していた基地長の闇を暴いたところだよ」
「それは相手には恨まれてそうねぇ〜……あら?」
オレが固まっている中、カレンは親しげにサラと話していたが、こちらに気付く。
「どうも〜。サラのお友達かしらん? よろしくねん、顔の個性的なお兄さん」
「誰の顔が犯罪者だって?」
「あらぁ、そんなこと言ってないわよぉ。自認しているのね……可哀想に」
うっせぇよ!
別に顔の悪さは自覚してるっつの!
「ごめんなさいね。それじゃあ、改めて挨拶を。あたしはカレン・オルフェウス。フリーの新聞ライターよ」
ちゃめっ気たっぷりに、長いまつ毛を揺らしながらウィンクする。微笑を浮かべるその様は女性にしか見えない。だが、見た目通りの性別ではない。
そう、こいつは
オレがわざと悪人顔を自虐するようにしたのは、動揺を悟られないようにする為だ。こいつは観察眼に長けているからな。
「言っとくけど、カレンはかなり優秀だよ。全く、それだけの能力があるならウチの部署に来て欲しいよ」
「ま〜たその話かしら? いやよん、アタシは何者にも縛られない自由な猫なのよん」
「猫って言うほど、可愛げのある図体してないっすよ」
「あら、そんなことはないわよ。にゃ〜ん♪」
「うわ、無駄に似てるのがキモくて鳥肌立つっす」
艶のある声で猫の声真似をするが、サラは心底気持ち悪そうに自らの身体を摩る。正直オレも同じだ。それを見たカレンが肩をすくめた。
「それで? オメェらはどういう関係だ?」
「そうねぇ、情報を届けることを競い合うライバルって所かしら?」
「そう! ほんとうにカレンはさ、どこからネタを掴んだのかあたしでも知らない内容を記事にしたりするんだよ。この後も、やっと裏取りできた特ダネだったのに、先に記事として書いちゃってさぁ! 印刷も済んであとは発表だけだったのに、話題ぜーんぶそっちに持ってかれちゃったんだよ!」
「あんらぁ、特ダネってのはスピードが命よん。如何に新鮮なうちに提供するか、それが記者の役目よん? 裏取りに時間をかけすぎたわねぇ」
「ぐぬぬ……一理あるから言い返せない……!」
悔しがるサラの顔を見て、多少溜飲が落ちる。さて、そろそろきちんと情報を整理しねぇとな。
カレン・オルフェウス。
カエレスティス帝国の全土を駆け巡るフリーライター。《貴婦人の戯れ》という名の個人新聞を発行しており、彼によって書かれた記事は、流石にカエレスティス帝国の最大手新聞社〝ニュースペンタグラム〟には及ばないものの、個人が書くものとしては根強い人気を誇っている。
だが、それは表の顔だ。
裏の顔は《エニアグラム》に属している。
カレンは《エニアグラム》として顔が割れておらず、尚且つ所持する
正に《エニアグラム》においても目と耳と言っても良い存在である。バルザックとは違った意味でなくてはならない存在だ。
そんなカレンだが、サラとは都度記事の内容を巡ってしのぎを削っていた。
所謂ライバル関係だが、両者の仲自体は悪い感じじゃねぇ。むしろ、和気藹々としていて良い方だ。
まぁオメェら、『リベリオン/帝国の夜明け』じゃ最終的に殺し殺される仲なんだがな。
それも当然、サラはカエレスティス帝国皇族であるセレスティアラ直下の部下。そして、カレンは《エニアグラム》に属する暗殺者なのだ。
物語中盤にて正体に勘づいたサラがカレンを呼び出し、問い詰め正体を確信するや否や、無力化する為に《写絵真像/シャッターチャンス》の奥の手である【
しかし、一手上回ったカレンの策により不発。その後、サラはカレンによってトドメを刺された。
『どれだけ親しげに会話している絵であろうと、額縁の外じゃ本当は凶器を突きつけあっていることもある。貴方は、それに気付けなかった。残念だわ、あたしは貴方との友情をもう少し続けていたかったわ』
戦い自体はあっさりとした決着だったが、普段は飄々と他者を揶揄うカレンが哀愁の漂う表情で、その台詞を口にしていたのが印象に残っている。
実際、サラにトドメを刺したのは予想以上に彼女が真相に近づき過ぎたからだ。
まぁ、そのカレンも最終的に部下を殺されたセレスティアラによる策略でカレンの痕跡を辿り《エニアグラム》の本拠地を暴かれてしまい、強襲を受けることになってしまうんだがな。
そして《エニアグラム》は
人殺しした奴の因果応報が多すぎねぇか、この作品は。
《エニアグラム》も最終的に残ったのは確か4人だったぞ。しかも五体満足となれば更に半分に減る。
おかしいな。
「そうそう、カレン。貴方、今何か面白い特ダネを掴んでない?」
「んー? そうねぇ、いくつか面白そうな話題の種はあるけどもどれも一面を飾るようなのはないわねぇ」
「うそだね。貴方が全くこれっぽっちも何も情報がないとかありえないっす。ほら、掴んでる情報出しなよー」
「だとしても、それを貴女に話す必要があるのかしらん? 交渉なら、対価は必要よ」
「最近、都の方で起こってる謎の失踪事件。それの情報で手を打たない?」
「良いわね。乗ったわ」
思案している内に、何か二人の間で合意がなされていた。
カレンは、何処から取り出したのか2枚の紙を取り出すとオレとサラの方へ投げて来る。っと、やべっ。
「あらん、避けなくて良いじゃない。哀しくなっちゃうわ」
「小心者なもんでね。それでこれは?」
「今この天都の市民の中で話題になっている話のネタよ。奇抜なファッション流行や、貴族たちの根も葉もない噂話まで、よりどりみどりよん」
いや、別にこれ要らなくね?
そう思ったのが表情に出たのか、カレンが口を開く。
「そんな顔しちゃだめよん。噂話、与太話とばかにするけども、これらには必ずその元となった何かがあるのよん。今回の話で着目すべきは、市民たちがそれらを口にする元になった光景があったということよ」
「つまり、不自然な動きがあったってことか?」
「流石ねぇ。頭の回転の速い人は、嫌いじゃないわん。気に入ったわ。どう? 今夜親睦を深める為に夕食を共にしない?」
「するはずねぇだろうが」
バルザックといい、ヴァンサンといい、何故オレに言い寄ってくる奴は男ばっかなんだ?
美人のお姉さんよこせや!
あ、でもメリスとセレスティアラはやめてくれ。あの二人、それぞれ別ベクトルで怖いんだよ。
「ちょっとちょっと、彼を誘惑するのはやめて欲しいっす」
「あらん? もしかして嫉妬? いやん、ついにあなたにも花が咲いたのね!」
「いや、あたしじゃなくてあの人が……とにかく、その件はなし!」
やたらと焦ったサラが割って入る。正直オレを思っての行動ではないだろうけども、助かったぜ。
さて、それじゃきちんと話を聞くとするか。仕事だしな。……なんで帝国の諜報員みたいなことしてるんだろうな、オレ。
サラはカレンから渡された紙を見て、頷く。
「ふむふむ。色々と内容はあるけども要約すると、怪しげな動きをする人を見た、その人たちは巧妙に武器らしき物を運んでいたってことだね」
「それくらい天陽祭じゃよくあることじゃねぇのか?」
「多少はね。実際小さな騒ぎを起こそうとして、毎回警察に捕まっている人もいるし。第三皇子のヌービルム様は、かなり神経質でそういった不審な動きをする人を片っ端から確保している。でもね、ここに載っている人たちが捕まったっていう報告はあたしは知らないかな」
「んまー、まるでその報告を受けられる立場の人みたいねぇん」
実際第二皇女の側近だからな。
サラは曖昧に笑って真面目な顔をする。
「話を戻すけど、カレンの噂話と目撃情報。そこにあたしの調査網を合わせると、その人物たちが向かう先として怪しいのは、此処だね」
ガサリと、サラがポケットから取り出したのは帝都の簡易な地図だった。地図を取り出し、指先でその位置を叩く。
覗き込むと、そこに載っているのは一般人が立ち入りできない場所であった。
「此処、一応貴族しか入れない区画だろ。こんな所に本当に何か企んでいる奴がいるのか?」
「ちっちっち、だからこそっすよ。一度中にさえ入れればあとは監視の目が緩くなる。何せ、お貴族様しか近付けない区画っすから、不審者が近づくなんてもってのほか! だから警備が厳重っす。素性の知れない輩は入れないから安全面では段違いっす」
「けども、その区域で怪しい人物たちはみんな姿を消すと。んぅ、臭うわねぇ。ぷんぷんだわぁ」
なるほど。厳重なのは入口だけ。中に潜り込んでしまえば、逆に人目につきにくいわけか。
しかも、怪しげな連中が出入りしているというのに、周辺の貴族から騒ぎになった様子もないと。
「元々貴族は、自衛のために個人で兵を抱えることは少なくねぇし。自衛とかその線はねぇのか?」
「確かにその線もあるよ。でも時期も運び方もバラバラ、だけど確実に一箇所に集まりつつあるっす。推定される量は……これくらいっすね」
「あんらぁ〜、きな臭いわねぇ。これ、明らかに護衛目的の量を超えてるわよぉ」
サラの試算は、軍が行動を起こすのに十分な量の武器であった。仮にその武器の目的が、護衛用だとしても確かに過剰だ。
「今、貴族たちが集まる中でもこの豪邸に居座っているのは確か、ミュルグレー伯爵だったかな。例の辺境伯の腰巾着だね」
「あん? 腰巾着?」
「そうっす。ガヌロン辺境伯。カエレスティス帝国の西方に位置する大貴族っすよ」
「……ガヌロン辺境伯?」
待て、なんか聞き覚えがあるぞ。
ガヌロン、ガヌロン、ガヌロン辺境伯。記憶を手繰り寄せるも中々出てこない。
代わりに頭に浮かんだのは《サイデリアル》のこと。だが《サイデリアル》にも関係は……いや、待て?
「なぁ、今って何年だった?」
「あらん? 星詠歴998年よん」
嫌な予感に一縷の望みをかけて尋ねるも、カレンの返答は想定していた通り。
メリスがいるんだ、『リベリオン/戦禍の夜明け』の開始時期である星詠歴999年でないのはわかっていたが、それでもその答えは俺にとって都合の悪い事実を突きつけるものだった。
「……なんつー時期に来ちまったんだオレはよぉ!?」
「わっ、何急に頭抱えて。後悔してるけど今更でしょ」
違うんだよ、そうじゃねぇんだ。
『リベリオン/戦禍の夜明け』において過去の出来事が語られるだけなのは、多々あった。
ディグルの『紅血の先槍事変』然り、帝国が全ての
そして俺が嘆いているのは、先のガヌロン辺境伯が『辺境伯の反乱』として、『リベリオン/戦禍の夜明け』でも語られていたからだ。
無論、大貴族のガヌロン辺境伯の反乱は、『リベリオン/戦禍の夜明け』においては過去にこんな出来事があったと触れられるに過ぎなかった。
実際、既に終わった出来事なのだ。そう、
だが、自分がその渦中に放り込まれたとなれば話が変わってくる。
「ガヌロン辺境伯の人となりは? そもそも、この反乱どこまで被害をもたらしたんだ? 想定される戦力は? うおぉぉぉぉ、そんな細かい所まで覚えてねぇよッ!」
誰にも聞こえぬように呟きながら頭を抱える。
だが、確実に覚えているのは一つ。
この貴族が首都に叛逆を仕掛け、反乱があと一歩で成功しかけたということ。
当時は《サイデリアル》の強大さを語る為の逸話に過ぎなかったが、それでも天都目前まで迫ったのは事実。
なら、当然この天都でも騒ぎになった可能性は高いし、あと一歩で成されそうになったということは、それ相応の被害をもたらしたということ。
つまり、この《天陽祭》。
大騒ぎになること確定である。
「あんらぁ、険しい顔しちゃってぇ。こどもが見たら泣いちゃうわぁ」
「よくあることっすよ。……いや、本当どこに殿下はときめいたんすかね……?」
二人は、可哀想な目でオレを見ていたのであった。