かつて仲間だったみんなのことを忘れて吸血鬼ちゃんに浮気(?)するけど大丈夫だよね?アッ大丈夫じゃない?そうですか…
月明かりが夜空を照らす中。
私という、あまりにも双方を隔てる壁としては頼りないモノを挟んで、二人が恐ろしい表情をしながら、互いを睨みつけている。
一人は、私が今まで仕えていた『お嬢様』。その美しくも凛々しい金色の髪を靡かせながら、誰もが引き込まれてしまうような、しかし冷徹極まりない漆黒の目をして、こちらを見つめている。
もう一人の『友だち』は、お嬢様とは対照的に、その目に怒りと炎を目に滲ませ、歯軋りが口から漏れ出るほどの憎悪の心をむき出しにしながら、絶対に離さないといわんばかりに私の腕を掴んでいた。私の非力な力では、身じろぎの一つもできないほどの力で。
「ねぇ、シヴィ、シヴィ、ボクのシヴィ。キミがいるべき場所はそんなみすぼらしいところじゃないよ…?さぁ、早くこっちに来て?」
「…お前のような汚らわしい畜生風情に、シヴィは渡せない。シヴィ、そんな奴の言うことなんか聞く必要ない。私と帰ろう?」
一人が私に向けて何か言葉を発せば、それに呼応するようにもう一人が対抗する言葉を口に出す。
周囲の空気は肌を刺すほど冷え込んでいて、空中では錯覚ではなく、現実として酔ってしまいそうなほどの香りを漂わせる深紅の血と今にも爆ぜそうになっている稲妻が、私を囲うように宙を浮いていた。
「…あぁもう、人のものに手を出すのは重罪って教わらなかったのかな?そっか、人間ごときじゃ、分からないよね。教えてあげようか?」
「人ですらない怪物に、そんなことを言われる謂れはない。シヴィを穢しておいて、よくそんなことが言える…!」
そんな一触即発とした空気に、思わず委縮してしまいそうになる。
…本当に、本当の本当にどうしてこうなってしまったのだろうか。おそらく、話は数か月くらい前に遡ると思う。
「ひっ、冷た…!」
目が覚めた時、私は冷たい石の上で体を横たわらせていた。
額の上では氷水のような水がポタポタと垂れてきていて、顔が少し湿っていることからも、きっとこの水が垂れてきたせいで目を覚ましたのだと思った。
ひとまず起きなきゃいけないと、寝ぼけ切った目をこすりながら、まだいまいち起ききっていない意識を覚醒させ、周囲を観察していた。
…が、ここで一つ問題が発生した。
「…ここ、どこ…?」
どこを見ても廃墟、廃墟、廃墟、霧の奥まで廃墟の山。
何回も瞼をパチパチと瞬きさせても、その景色が変わることはなかった。普通に暮らしていてはありえない光景を見て、思わず夢か何かかと思って、頬をつねってみる。
「いたっ…」
どうか夢であってほしいという期待を込めた行為が、痛みによって残念ながら無情にもそれが現実であると認識させた。
そして、そのことを現実として認識したからだろうか。自分が置かれている状況に、とある異変が起きていることにも気づいた。
「…あれっ。私って…誰だっけ?」
思い出せない。自分に関する名前、年齢、記憶…そういった自己に関する情報が、一切思い出せないのだ。思い出そうとしても、まるで最初からそこになかったかのように、空っぽとなって消えてしまっている。
「というか、何この服…!?な、なんで私、こんなハレンチな服を…!」
そして異常に気づけばまた次の異常が出てくるかのように、どんどん自分が置かれている状況の異常性に気づいていく。
まずそれで気づいたおかしな点は、自らが着ているその衣装だった。
『普通の女性』であれば絶対あり得ない、それこそ漫画やアニメの世界でしか見たことのないようなピンクを基調とした、フリフリの付いたゴスロリの服。しかも何故か分からないが破けていて、ただでさえ露出度が高い衣装なのに大事なところまで見えそうになっている。
右手のすぐそばには、これまたそういう非現実の世界でしか見ないような、折れたステッキ…こう、『マジカル・ステッキ!』みたいな名前がついていそうな、可愛いデザインの杖が落ちていた。
「私って、起きる前は魔法少女だったのかな…?」
あまりにも非現実的な光景を見て、思わずそう口にせざるを得なくなってしまう。
だってしょうがないだろう。こんなあからさまにそれっぽい衣装を見て、誰がそう思わないのだろうが、いや、きっと思う、絶対思う。
そんなくだらない考えをしているうちに、ふと、何か音がしてきていることに気が付いた。
コツコツ、コツコツと規則的な音を立てながら、扉の向こうから何かがやってくる。足音にしては、随分小気味いいリズムを刻んでいるその音に、一瞬は安心を覚えた。
しかし、こんな戦場みたいなことになっている建物に、私以外の何かがいるという異常に気付いた途端、先ほどまで魔法少女になったのかな~なんて浮かれていたことを考えていた私の頭が、一気に警鐘を鳴らす。
だが、どうすることもできない。出ていったところで、余計悪化させるかもしれないという不安が、私の心を揺らす。私はせめてものお守りとして、得物にしてはあまりに頼りないステッキを胸の前で握りしめて、声を小さく潜めるしかなかった。
『こっちのほうに~行ったよね~…ど~こだ~…?』
『こっちかな?それともこっちかな?』
「ひっ…」
この扉の奥には廊下か何かが続いていたのだろうか、一つ一つ、扉が開いていく金属音がする。小さく聞こえてくる声は随分と子供のような声だが、脳は一生警告の灯を点灯させっぱなしだった。
ステッキを握る手に力が入る。怯えているのだろうか、何故だか涙が目からこぼれてきて、本能に従うままに物陰に身体を丸めることしかできなかった。
『ん~…ここにはいないみたいだね~?』
扉の前で、先ほどの声が思巡をしている声が聞こえてくる。そうだ、そのまま行ってくれと、心からいるかも分からない神に祈っていた。そうすれば、助かるような気がしたから。
そうしてしばらくしてからだろうか。つい先ほどまでかき鳴らされていた足音も扉を開ける音も一切しなくなっていた。心臓の鼓動も鳴りを潜め、嵐が過ぎ去ったのだろうかと安心して、溜息をついた。
「はぁ…よかった…」
『あ、見~つけた!やっぱりここにいたんだね?』
その絶望の鐘を鳴らす声を聴いた瞬間、落ち着きを取り戻していた心臓が、再び危機を感じて全力で稼働を始めた。目の前の扉の向こうから、先ほどまで完全に消えたはずのあの声が聞こえてくる。私にとっては、死が直接近づいてくるのではないかと思わせるほどの、あの声が。
「に、逃げなきゃ…」
『逃がすと思うのかな?』
直後、ものすごい勢いで扉が蹴破られた。蹴られた扉は、圧倒的な質量を携えて私の後ろの窓を壊していった。そして、私は『それ』にただただ怯え、膝をつくことしかできなかった。怖さのあまり、自分の意識を明確に保つことさえ叶わなかった。ただただ、本能のままに怯えることしか。
「ぁ…あぁ…」
『あはは…ボクのシヴィ…ようやく捕まえた。そんなに怯えないでよ。ボクをこんなに夢中にさせたのはキミの方だろう?だから、どうしてもキミが欲しくなっちゃっただけなんだって』
「いや…こないで…いや…いやぁ……!」
『あ~あ…そんなに泣いちゃって…そんなシヴィも可愛いよ?キミは優しいからね、こんなに心の中では怯えてでも仲間のために残ってあげたんだ…でも自ら殿を務めてこうなっちゃっただなんて…キミの仲間たちが見たら、きっと苦しむだろうねぇ?』
「うぅ…ぅぅ……」
『……あれ?もしかして…ボクの声が聞こえてないのかな?そんなに怖がられるようなものじゃないんだけどなぁ…まぁ、いいや』
『ひとまず眠っててね。起きたら…ボク好みのキミになっているはずだからさ…』
続くか未定だけど評価・感想くれると嬉しいな~って…!