毎日毎日、洗濯板やらタライやらを投げつけられて、老人に叩きのめされて、その弟とかいう奴に殺されかけて、まずい食事を食べて。
だんだんと
ふと、洗濯物をかけようと空を見上げて思い出した。
──真円に近い、月。
「あっ。酔い止めもらいに出たんだった……!!」
大猿化さえなんとかなれば、こんな奴らに勝つことなど赤子の手をひねるより容易いだろう。
こんなところでのんびり雑用をさせられてる場合ではない。
◇◇◇
そうと決まれば、問題はどうやってここを出るかだ。
隙を見て抜け出そうとすれば、気もなく音もなくぶちのめされる。
そして「たるんどる!!」とボコボコにされるのだ……日々鍛えてる身体のどこが弛んでるのかわからないが、口を出す隙もない。
おそらく、気の動きで勘付かれている。
前にパオズ山でじいさんが度々現れたのと同じ、いや下手したらそれ以上の範囲。
だからといって気を抑えてみても、すぐ脱走しようとしてるのがバレて飛んでくるのだあのジジイは。
「せめて、わたしと同じ気のやつがいればなあ」
……それだ!!
数時間後。
気をギリギリまで抑え、生まれて初めてこんなに無防備に走っている。
……ふふ、今頃あの老人、カンカンに怒り狂っているだろうな。
身代わりとして、寝床にエネルギー弾を寝かせておいたから。
平常状態の自分と同じくらいのエネルギー弾を出すと同時に、自分の気を抑える。
めちゃくちゃ難しかった。5回くらい誤爆して『寝ぼけて何しとるんじゃ!!』とぶっ飛ばされた。
しかしついに成功した、出し抜いてやったのだ!!
「ふふふ、薬さえあればこっちのもの……」
気が多数ある方向へ一直線に駆け抜ける。
目指すは西の都!!
◇◇◇
崖を下り山を登り川を渡り……まさか飛べないのがこんなに不便とは。
道中色々面倒になって、もういいだろうと結局飛んでしまった。
まあ、たどり着いたのは北の都だったけど。
カプセル云々と書かれた店に飛び込んで告げられた時には驚いた。都多すぎる。
だが、そこはブルマ、さすがわたしが供に選んだだけはある。
既にわたしのことを通達していたらしく、カプセル屋のジェット機で西の都へ行くことになった。
そう、
「ぶる、ぶるま」
「相変わらず人が多いところダメなのね……やっぱり郊外の方がいいんじゃない」
「そんなのどうでもいい、それより、聞いてないんだけど……?!」
「なにを?」
わなわなと震えながら、ブルマの手元にある、乗ってきたジェット機が収まったそれを指差す。
「カプセルだよ!!なにこれ、ブルマ薬屋じゃないの?!」
「え?」
「なんであんな小さいカプセルからジェット機が出てくるんだ?!そんな技術持ってるなんて言わなかったじゃん!!」
「まって。ちょっと待って……。あんたまさか、ずっと薬のカプセルだと思ってたの?」
「思ってたよ!!!」
唖然と口を開けるブルマ。
信じられないって?こっちの言葉である。
「通りで……なんで天下のカプセルコーポレーションにそんなもの頼むのかと不思議に思ってたのよ」
「気づいてたなら言えーーッ!!!あと確かに先に頼むべきものはあったけど、酔い止めはそんなもの程度じゃない、画期的なものだから」
「そう?それにしてもまさか、カプセルを知らないなんて……まだそんな普及できてないところがあるとは思いもしなかったわ」
「少なくともじいさんは使ってるのみたことない」
「へぇ、じゃあ東の方はまだ販路がありそうね。それで、酔い止めじゃなければ何を頼みたかったの?」
「それは……これの、修理」
スカウターが、ついに──
「いいわよ。……ん?あれ?ちょっとこれ、まって。
あ、駄目かも」
「──え、直らないの?!!」
「直るわよ!!ただ、今はすぐにはできないって話」
「なんだ、今すぐじゃないだけか。で、なんで?」
変わらず、画面を繋ぎかえたスカウターはチカチカと明滅している。
ブルマの技術が及ばなかった……わけではないらしい。
「部品が足りないとか言語が違うってのは大きいけど、なにより、強力なプロテクターがつけられてるみたいなの。おかげで今ノートパソコン一台お釈迦にしかけたわよ」
「プロテクター?それなら、大した材質じゃなさそうだし壊しとく?」
「違う違う!!中身の、プログラムの話!壊したらタダじゃおかないからね!」
「なんでわたしのなのにブルマが怒るんだ……?」
「もうっ、こんな面白そうなものあるなら早く言いなさいよ!授業とかなければもっと早くいじれるのにー!」
「だからそれわたしの、」
……というわけである。
プロテクターとか授業とかよくわからないが、少しばかり時間がかかるらしい。
言語の件もあるから、度々西の都に来て新しい酔い止め作りと引き換えに翻訳機を作る手伝いをすることになった。
「……って、酔い止め?別に新しいのじゃなくていいんだけど」
「多分だけど前のやつ、あんたの体質に合ってない。なんか飲んだ時妙にテンション高かったじゃない。調べたらそういう副作用が出たら飲まない方がいいらしいの」
「え?あれ、薬のせいなの?」
「普通は眠くなるくらいよ!!あれはメイズには合ってなかったから、色々症状が出てたの」
そんな、慣れればなんとかなると思ってたのに……!
薬のせいってことは、これから飲むたびああなるのか?
「安心して。そうならないように、新しく作るから」
「新しいのは、変にならない……ってこと?ほんとに?!」
「可能性は高いわね。てことで前やれなかったけど、今度こそ色々データとるわよ」
「ゲッ……データ、とるの」
「なによ。嫌なの?」
「や、なんか変なヤツを思い出して」
「変な人?」
ブルマの言葉に、パオズ山を出てからのことを思い出す。
……本当に、出てすぐに遭遇したので驚いたものだ。
思えば、ブルマと会った時もちょっと気晴らし程度のつもりがブルマとかウサギ野郎とか、変なヤツに出くわしたっけ。
この星は変な人間だらけだ。
「ここにくるまで、なんかいきなりジジイにニセモノだの弟子になれだの言われて雑用させられたり、髪とかデータをよこせって追っかけられたりしたんだよ」
「え……ちょっとメイズ、それ危ないやつじゃないの?気をつけなさいよ。美味しいものあげるとか言われても、ヒョイヒョイついてったりしちゃダメなんだから!」
「美味しいものくれるならいいじゃん。全然くれなかった」
「それがダメだっていうの!!まったく……そんなそそっかしいメイズにはこれね」
手渡されたのは、バンド型の……なにこれ?
なんか画面がついている。
「腕につけるタイプの通信機、何かあったらそれであたしに相談しなさいよ。あと、目的地を設定すればそこまでの距離と方向も出るようにしてあるから、メイズでも迷わずウチまで来れるってわけ」
「つうしんき」
「あたしが直接出向くのも考えたけど、前に誘拐未遂もあったし、行っても機材がないんじゃどうしようもないからね〜」
ブルマが笑って言う。
通信機能にマップ。つまり、ほぼ戦闘力が読めないスカウターということだ。
「なんでもっと早くこれを……!!あぁーもう、薬屋だと思い込んでたから……」
「どこからどうみても天才メカニックのブルマ様なのに節穴ね!」
「いや、どこからどうみても弱そうなガキだったよブルマは」
「なんですって?!迷子のくせに」
「はぁ?!違うし!!」
◇◇◇
言い争いながらも、なんとかデータを測定し終えたら、もう都に用はない。
スカウターの簡単な機能部分を説明したわたしは、久しぶりにパオズ山の土を踏んでいた。
どことなく静かな家の戸を潜る。
「ただいまー」
「おお、おかえ……メイズ?!無事だったか!西の都に行くといったきり、また随分遠出したようじゃのう。おかえり」
出迎えたじいさんの顔に、安堵と、僅かな戸惑いが浮かぶ。
「あー……なんか、ツルセンリュー?のジジイに襲われたかと思えば弟子だとか言われて帰れなかった」
「なッ、つ、鶴仙流?!」
じいさんの声が、珍しく大きく裏返った。
「なぜじゃ、なにゆえそんな遠方の御仁が……」
「よくわからないけど、なんか空飛んでるニセモノとか、カメセンニン?の孫弟子を倒せとか言ってたな」
「孫弟子?そりゃ、もしかしなくともお主らじゃ……いや、そうか……」
何かを言いかけて、なんとも言い難い表情でじいさんが言葉を飲み込む。
なんだ、その顔。
「なに?なんか知ってるの?」
「いいや、なんでもない。別にわしはお主らを弟子として拾ったわけではないしのう」
じいさんはそう言って、わざとらしく咳払いをすると、竈の方へ歩いていってしまった。
……絶対なんかある。
追及しようかとも思ったが、都に行った疲れが出たのか、途端に瞼が重くなる。まあいいや、と久しぶりの布団に倒れ込んだ。
──早朝。
水がひんやりしていて心地いい。
板に服を擦り付け、ほっと息をつく。
突然急所を狙われたりしない、美味しそうなご飯の匂いが香り、穏やかすぎる空気……パオズ山だ。
ふと気配を感じて視線を向けると、悟空が寝ぼけ眼を擦りながら、不思議そうな顔で立っていた。
「ねぇちゃん、なにやってんだ?」
「ねぇちゃんじゃな……ん?」
手を止める。手元には、泡立つ服と洗濯板、そして水の入ったタライ。
……まて、わたしは、何を。
「なんと、洗濯してくれとるのか!?ありがとう……どうしたんじゃ、メイズ?」
悟空の後からやってきたじいさんが、意外そうな顔でこちらを見ている。
「ち、違う!!」
「何が?」
慌てて洗濯板を放り投げる。だが、すでに泡に濡れた服は誤魔化せない。
毎日、早朝にこの作業をやらされていた。初めは無理やり、次第に文句を垂れながらも、結局はやり続けていたわけで……つまり。
「全部あのツルっぱげのせいだーーーっ!!!」
深緑に包まれはじめた山から数羽の鳥が飛び立つ。
──今夜は鳥の丸焼きにしよう。
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