提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第49話 「大佐」と呼ばれる理由 (2)

 銀色の業務用バンが駐車場に停まり、車から出てきた提督はヨタついていたが、香取が寄り添い、手をとって歩きだした。玄関前で誰かに見られないよう手を放したが、提督室の窓から大淀と秘書艦の金剛にばっちり目撃されていた。やや暫くたち、提督室の扉がノックされ、香取と柳が入ってきた。

 

「金剛さん、大淀。間違いなく柳提督をお届けしましたよ。」

 

 無表情な二人を怪訝に思いながらも香取は穏やかな笑みを浮かべた。

「柳提督、またお越しくださいね。いつでも歓迎しますわ。」

「ああ、ありがとう。」

 

 それでは失礼します、と、一礼して香取が去る。席に着いた柳を仁王立ちした金剛と大淀が見下ろしていた。

 

「昨晩はお楽しみでしたね。」と大淀。

「説明を要求するデス。」と金剛。

 無表情で平板な声に柳はいささかたじろいだが、二日酔いの頭は回らない。

「ちょっと破目を外し過ぎたな。」

「それで足腰立たなくなったと。」

「いつまでも若くないのに、ついはしゃいでしまった。」

「それはようごさいました。 それでどなたと?」

 

 大淀が乙女の嗜み『秘技 氷の微笑』を発動して体感温度が12℃くらいになっていた。金剛の言葉の語尾もdeathに聞こえるんだが。

 

「最初は、隼鷹と飛鷹と三人で和気藹々とな。」

「ふーん、三人でデスカ。」

「香取が教導中の水雷戦隊連れてきてな、それから始まった。」

「何が始まったのでしょうか。(教導中?何の?)」

「龍田と木曾が(天龍のモノマネで)張り合って、加古も夜だから元気一杯で、早霜が那智呼んで、武蔵呼んで。」だんだんおもしろくなってきた。

「提督は一体何人相手にしていたデスカ。」

「うん、私は山城と(盃を)さしつさされつしていたが」

(いつの間に統括の山城は提督とそんな関係になっていたデース!)

「千歳が絡んできて、いつの間にかスクール水着のイクやハチがいて。(居酒屋に)なんであんな格好してくるかな。」

「(そういう紳士でしたか)他には?」

「翔鶴が(笑い上戸で)嬌声上げてて可愛かったな。ああ、それから盛り上がったぞ、霧島と陸奥(腕相撲で)。」

「(my sister何してたデース)!!」

「すまんが金剛。医務室行って生食水持ってきてくれ。」

「ハイ?」

「たぶん一升呑んだ。純米酒だけだから頭痛はないけど、脱水症状がな。

それと cafe Noirを頼む。」

「テートク、昨日は何をしていたデース↓」

「ヒャッハーズと愉快な仲間で鳳翔借り切って大宴会だが。」

"How silly,my boy." 面子を思い返し、真相の見えた金剛が力なく首を振った。

「命知らずにも程がありマース。」

 足腰も立たなくなるわけネ。顔色を取り戻した金剛が提督室を出ていった。

 

 

「統括から査問会の連絡がきております、提督。」

 と大淀。こちらはまだ目にハイライトが戻りきっていない。

「査問会?」

「正式な出頭命令は日時が決まり次第通達する。

 昨日の会議で何をされたんですか?」

「小粋なジョークを一発。」

「おもしろい冗談ですわね、ジョークで査問会とは」

「暇なんだな。」これくらいの皮肉ではビクともしない。

「大規模侵攻作戦やるって最中に木端大佐の査問会ですと。やだやだ。ジョークのひとつ、真に受ける野暮天は。」

「笑い事じゃありませんよ。どうなさるんですか。」

「どうもこうも。」 柳は上を見上げ、目を剥いた。

「査問会にかかるような奴に誉れ高き先陣を努めさせるか?ここ一番の切り札の戦略予備に回すとでも?」

「それでは」

「囮で消耗させるか、手元に置いて見張っておくか。間違っても赫々たる武功をあげるところには回さんだろう。

 飼い殺しが一番だが、囮にされても尻尾撒いて逃げるのは得意だぞ、我が艦隊は。海軍陸軍歩兵大佐と違って。」

「そこはせめて後進とおっしゃってください、提督。」

 

 

 

 結論からいうと査問会はなかった。頬杖を突き、座らない首の重さに耐えながら書類をに目を通していた柳だったが、時ならぬ音叉の音に顔を上げた。

 

♪ポロロロ ポロロロ ポロロロ ポーン ポロロロ ポロロロ ポロロロ ポーン

「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。

大本営海軍部発表、本日午前11時から重大なる放送を行います。各員は艦隊共通周波数に合わせ、聴取願います。」

 

「なんだあ?」怪訝な顔をして柳。「今度はなんだ。大淀、何か聞いているか。」

「いいえ。後15分ですね。」

「そうだな。」

 

 あれこれ詮索してもしょうがない。首を竦め、無電を館内放送につなげて鎮守府全体に聞こえるようにセットする。

 

♪ポロロロ ポロロロ ポロロロ ポーン ポロロロ ポロロロ ポロロロ ポーン

「大本営海軍部○月○日午前11時発表。これより重大なる放送を行います。各員は起立して聴取願います。」

 

 スタンディングオベーション?那珂ちゃんライブでもやるのか?柳は心の中で茶化しながらも立ち上がった。立場上、やることはやらなくてはならない。

 

「艦娘ニ告グ」

 

 独特の抑揚の声に金剛と大淀が直立不動の姿勢を取った。

 

「今カラデモ遅クナイカラ艦隊ニ歸レ

 抵抗スル者ハ 全部逆賊デアルカラ解體スル

 オ前達ノ妖精ハ 國賊トナルノデ皆泣イテオルゾ」

 

「兵に告ぐ

 勅令が發せられたのである。

 既に天皇陛下の御命令が發せられたのである。

 お前達は、上官の命令を正しいものと信じて、絶對服從をして、誠心誠意活動して來たのである。

 此上お前達が飽くまでも抵抗したならば、それは敕命に反抗することになり、逆賊とならなければならぬ。正しいことをしてゐると信じてゐたのに、それが間違って居ったと知ったならば、徒らに今迄の行がゝりや、義理上からいつまでも反抗的態度をとって、天皇陛下にそむき奉り、逆賊としての汚名を永久に受ける樣なことがあってはならぬ。

 今からでも決して遲くはないから、直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復歸する樣にせよ。そうしたら今迄の罪も許されるのである。

 お前達の父兄は勿論のこと、国民全体もそれを祈ってゐるのである。速かに現在の位置を棄てゝ歸って來い。

 香椎中将」

 

「特別放送を終わります。」

 

 

 金剛と大淀が茫漠の涙を流していた。そして柳に向き直る。「柳提督」

 視線で人が殺せるなら少なくとも重傷だな。柳は、負けずに睨み返した。

「昨日の今日だぞ。自分がやりました、っていいふらすようなもんじゃないか。小学生でももうちょっとマシなことするわ。」

 なおも疑わしそうな二人にこう付け加えた。「そんな仕込みする暇がどこにあった。大淀が一番知っているだろう。」

 

 来るべき大規模侵攻作戦において軍令部の命令に対し、いかに高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するか。一か月以上前から出撃を最小限に抑えて備蓄に努め、残りは図演に明け暮れていたのである。大淀は統制官を務めた。

 

「嵌められたな。」柳はボソリと言った。

「自我を持つ人間以外の存在にどう向き合うか。アトムの頃からわかっちゃいたんだ。

艦娘が現れて、ついに先延ばしできなくなった。

 誰か言う奴を待ってたんだ、じっと。 ふん、まんまとしてやられた。」

 

 

 

「ストン、って腑に落ちたんですよね。陛下を物扱いするような悪党なら、艦娘なんて使い捨てで当然だ、って。」話の途中で入ってきた吹雪が続けた。

「大本営絡みになると何か一言言わないと死んじゃう病ですから、司令官。それでうちの鎮守府は、今度は何、で済んでいたんですけど。」

 

 

 

 艦隊共通周波数を乗っ取った怪放送が流れた直後の影響は微々たるものであった。

後半が何の放送かを知っているのは、マル1計画の初期に建造、就役した艦までに限られる。戦艦と巡洋艦は大半が知っていたが、空母で知るのは鳳翔、龍驤、赤城、加賀の四人。駆逐艦は初春型までは知っているが、白露型以降は知らない。

 無駄に手の込んだ悪ふざけ。一体何だったんだろう、というのが人間全員と艦娘の半数の感想であった。しかし、佐世保の会議の話が伝わってきて艦娘の反応が一変する。

 陛下を物扱いする言語道断の不逞の輩。

 帝国海軍の軍艦の化身がそんなことを聞いて納得してしまえばとる反応は一つしかない。

 

 

 

「天龍ちゃん非常事態!」

 

 姉妹通信に飛び込んできた龍田の悲鳴に天龍は飛び上がった。紀伊水道に入り、味方の安定した制空制海権内に入ってほっとして間もなくのことである。精神的には奇襲と言ってもよかった。

「提督が狂った。点検って艤装取り上げて人質にして残りを脅迫。艦隊連れて逃げて!」 通信は入った時と同じように唐突に切れた。後は耳障りな雑音ばかり。

「龍田、龍田、返事をしろ! くそっ!」

 

 あの龍田が物凄い早口で口をはさむ暇を与えなかったのだ。どうしようもなく切羽詰まっていたのはわかりきっていた。

「旗艦から各艦へ」

 艦隊通信に切り替える。「誰でもいい、姉妹通信が通じる奴はいるか。」

 

 駄目にゃしぃ、んもぅー、変な雑音ばかりだわ、駄目みたいだ、うあぁー、マジ通じねえ。驚きの声がそれぞれ返ってきた。

「どうやら鎮守府が妙なことになってるようだぜ。」

 

 無線越しにも駆逐艦たちの不安が伝わってくる。天龍は海図を眺め、落ち着き払った声で言った。「針路変更。我が艦隊は、大阪警備府に向かう。」

 

 

 

「私たちを保護してください。お願いします。」

 

 

 大阪警備府の自分に事情を話し、口添えを頼んで通信をつないでもらった。無線の前で深々と頭を下げる。1秒が何分にも思えた。

「ええで。」

 ほっとして息を吐く。

「待っとるわ。港湾長に話しとくから入港はそっちに従うてくれ。繋留終わったら連絡しいや。うちの天さん迎えにやるさかい。」

「ありがとうございます。」笑い声が聞こえる。

「何や天さんに畏まられると調子狂うなあ。普通でええねん。 ほな、またな。」

 

 

 交信を終え、マイクを切ると大阪警備府司令官、青田隆道少将は提督室にいた皆の顔を見回した。

「叢雲」(初期艦)

「何よ?」

「客人や。呉の統括の天さんと30駆。睦月、如月、皐月、三日月、望月。

東京急行帰り。入渠に補給に部屋に布団に着替え、その他諸々。」

「オース!」

「天さん」(第一発見者)

「おう」

「フォロー任せた。あんたが最初に受けたしな。色々あったはずや。辛いことも人に話せば楽になる。」

「オース!」

「淀はん。」(任務娘)

「はい提督。」

「統括の腐れ外道だけやないやろ、下手打ったんわ。情報や。情報が欲しい。」

「間宮さんと電ですね。」

「呼んどいてくれ。」引き出しを開けて財布を大淀に渡した。「ついでに茶菓子、適当にみつくろうて。」

「オース!」

「霧島」(秘書艦)

「はい司令。」

「荒事があるで、間違いなく。憲兵隊長と他。面子は任す。」

「オース!」

「取り敢えずこんなとこか。 では、掛かれ!」

「オース!」×4

 

 

 

 大阪鎮守府の天龍に伴われて駆逐艦共々会議室に入る。駆逐艦の前に立ち、提督に向かって敬礼した。

「呉統括鎮守府所属、二等巡洋艦天龍、及び第30駆逐隊です。

この度は突然にもかかわらず、願いを聞いていただきありがとうございました。」

「大阪鎮守府司令官、青田少将です。当然のことをしたまでです。」

 答礼して口調を変えた。

「呉もそうやが日本全国、妙な事態が現在進行中や。お疲れの所すまんが、このまま会議に出てもらうで。こっちも色々聞きたいことあるし、休め、って言われても気になって休んだ気もせんやろ。

 さっきも言ったが、畏まらんと普段どおりで頼む。腹探り合う暇はない。では」

 天龍に呉の艦娘を着席させ、咳払いして宣言した。

「これより作戦会議を行う。」

「陸軍としては海軍の意見に反対である。」と、憲兵隊長。

「じゃがあしい!」

 

 提督の一喝に驚く統括の艦娘たちにウチのお約束なんだよ、と小声で天龍が説明した。海軍軍人が言ってみたい台詞No,1だろ。




 オース
 大正時代の女学生言葉。「おお、素晴らしい」転じて英語のgoodくらいの意味で使われていた。なお青田提督は海軍でも応援団の押忍を使っているんだと思っている。
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