「・・・着いたぜサトっちゃん。 」
「 ここか。 」
「 見て驚くなよ? 」
「 茂のことだ。今さらなにがあっても驚かんさ。 」
その扉の前に立つと、異様な気配がした。
悪霊にでくわしたときや、獄庫に出入りする時とは、違う、本当に異質としか形容できないもの。
まぁ十二番隊なんだし、オレでも想像がつかないなにかがこの先にあるのだろう。
こんなところでも、ワクワクを禁じ得ないとは、オレもまだまだらしい。
自動ドアだったらしく、なにもしていないのにひとりでに開き、中が見えた。
暗闇の中に、無数の槽。緑色に光る中身は液に浸されている。中に入り、槽の中をよく見てみると、動物の骨格と脳みそが見える。
「 いかにもな様相だな。 」
「 涅隊長やオレちゃんとこも似た感じだよ。でもシゲっちのは輪にかけて凄い。こんなん序の口さぁ。 」
歩いていくほどに、そのバリエーションは豊かなものになっていく。
ライオン、鹿、ヘビ、トラ、恐竜、・・・どれもグロテスクな印象を受ける。
これ、ポケモンの映画で見たぞ。
「 ミュウツーの逆襲か? 」
「 ま、概ねそんな感じだね。っていうよりもどっちかといえばジュラシックパークかな? 」
「 ジュラシックパーク?映画のか? 」
「 そうそう。今のシゲっちの研究ってのは、これだ。
神獣の解析、特にこういった培養と機械化に伴う電子制御の導入による運用の安定化。本人が言うには式神が忌避感を抱かれるのは、恐ろしく不安定であるからであり、確かな安全性さえ保証されれば、式神のユーザー人口が増えるし、なにより死神の死傷リスクを抑えられるかも、だって。 」
「 目の付け所はいいが正直、それで済む問題でもなさそうだけどなぁ。 」
「 だよねぇ、死神自体が誉れ狂いのバカな種族だし。 」
「 多くの隊長格は、これらを認めてはくれないだろう。
悪くない案ではあるが、悲しいことに大半の思想と合ってない。
オレは賛成するが。 」
「 オレは誰かの称賛を当てにしていない。
作り手は、己の意志魂を鋼に写し取るものだ。 」
「 例えそれが護廷にそぐわぬと見做されても。 」
「 !? 」
「 何者かの称賛を気にするあまり己の意思を蔑ろにする愚物に、成り下がるつもりは全うなし。 」
奥のさらに深く黒い暗闇の中からそいつは現れた。
技術開発局の局員ならば誰もが着ているお揃いの白衣を漫画の主人公の学ランのように改造し、襟の部分にチェーンを通して、袖に手を通さずに着用している。
その下は死覇装であり、何処かその服装は死覇装の上に隊長羽織を着ている隊長格のように見える。
黒い髪は丁寧に整えられており、耳や目元にイヤリングやカフなどの装飾が為されている。ぱっと見は凡そ生物の脳と骨を槽に浮かべて、身体を機械にしていると映画の悪役とかにいそうなことをしている人物に見えない。
目つきは鋭く、短刀のよう。まるで己を認めぬ者を、少なからず蔑如しているように。
その中に、オレが含まれていないと思いたい。
「 久しいな、悟。 」
「 お前も元気そうだな、茂。 」
霊術院にいた頃から大分ファッションは変わっているが、この分をみるに中身は大差ないらしい。
「 立ち話もなんだ。酒の席でも儲けてやろう。 」
右手で指パッチンをすると、部屋全体の照明が点灯し、暗闇が晴れて部屋の全貌が明らかになる。
奥がだだっ広くなっていて、茂お手製らしきメカが幾つか置かれている。
「 カツラ、酒の用意だ。オレには葡萄酒を。悟、お前は? 」
「 珍しい酒ならなんでも。 」
「 そうか。では、あれをだしてやれ。
・・・是丹亀。その籠の中の銃器は奥の方に置いておけ。 」
『 キュウウ。 』
「 あれね?了解〜♪ 」
「 うめぇなあ、この酒。これコーヒーか? 」
「 そう。コーヒーにアルコールを混ぜたのだと。オレもそれを気に入っていてな。お前の兄にもどうかと誘ったが逃げられてしまった。顔になにかついてたのだろうかね? 」
「 そう。そういうのは足りてたんだろ、あの人も冬獅郎も。 」
「 あまりオレの前であの男の名を出すな。吐き気がしてきそうだ。 」
「 なんだよ。嫌いなの? 」
「 概ねカツラが阿散井に抱いてるのと似たようなのを感じている。あいつはオレを理解しようとしない。
口々に批判ばかりする。周りは日番谷の味方をする。霊術院の頃からそうだった。
オレは他人の評価などどうだっていいが、鬱陶しいと同時に羨ましいことだ。すべてに恵まれたものとは、ああなのか。 」
「 お前まだ松本副隊長を懇意にしてんの? 」
「 ほざけ。斯様な醜女の何が良い? 」
「 いうてサトっちゃん、シゲっちは変わらず現世のエロ本とか集めてんだぜ?煩悩塗れ、エロじゃんよ。 」
「 カツラ、お前は現世の小学生か。それに煩悩というな。美の探求といえ。参考にしてんだよ。オレからすればこの世の大半の女はブスだ。
松本乱菊だろうが、雛森桃だろうが、井上織姫だろうが。」
「 お、今の冬獅郎に言っとくぞ。あいつ桃がうちにいた期間中毎晩不在着信寄越してたからな。 」
「 まじかよ?冬獅郎も面倒臭いタイプか? 」
「 ある意味兄貴より面倒くさいかもしれん。 」
「 美の基準を決めるのは人だ。だから美しいものというのは、その基準に沿ってかくあるように作られるんだ。
尸魂界も現世も、生もの、特に女は無駄がありすぎる。身体も、精神も、なにもかもが。
作り直したいくらいさ。醜くてならない。 」
「 それでお前相変わらず、メカに凝ってんのな。 」
「 お前も変わらず、蒐集に励んでいるようだな。ご苦労なことだ。 」
「 京での騒動からより二十年。大分力がついたが、未だにあの人に勝てる気がしない。
モノにした禍星の法も、無属性瞬鬨も、破道の九十番台も、通じる気が全くしないんだ。
そう、卍解ですらも未だにだ。
まだまだオレも修行不足だ。本当のことなら、誰かに教導するなんて早すぎる。 」
「 それはお前が己自身を過小評価しているに過ぎん。
オレから見れば、今のお前はかの神を十分に凌駕しうると思うが。 」
「 あの時、ヤツとはなんとか引き分けた。だが、それでもギリギリの戦いだった。あの焦燥感を未だに覚えている。炎凰に大剣鬼、その他その時に持ちうる最上位クラスの式神を総動員してあれだ。
ヘタをこけばオレは死んでいた。生き残れたのは、ひとえに彼の慈悲、或いは気まぐれだ。
だからこそ、力がいる。もっと上を、目指さねば。
次は勝つ為に。 」
「 それで、件の"恐竜屋敷"とやらの調査にも意気込んでいるわけだ。自分をより上に押し上げるものが、そこにあるかもしれないと。 」
「 なんでそれ知ってんの? 」
「 涅隊長からこっそり拝借した菌を、小型メカを使ってお前が八番隊舎に着いたタイミングで植え付けた。これで、大方のことを知れた。 」
「 そうか・・・ 」
「 それでだ悟。お前を呼び立てたのは、単にお前と酒を呑みたくなったのともう一つ、お前に渡しておきたい物があったからだ・・・カツラ、あれを。 」
「 ほーい♪ 」
カツラは小脇に抱え込めるくらいより少しデカいサイズのダンボールを持ってきて、オレの目の前で開けた。
中に入っていたのは、十数個の緑色の歯茎を剥き出しにしたフグのような顔の球体だった。
これが話に聞くヒヨスボールであろう。
キモかわいいの部類のデザインだ。
「 これをお前に渡したかった。 」
「 オレに必要なのか? 」
「 当たり前だ。そのヒヨスボールはな、ただ霊魂を捕らえるだけのものじゃない。真価はその人物との契約のプロセスをすっ飛ばして式神として運用するものだ。
だから力のない死神がその式神を使おうとしても、云うことを効かない。お前くらいならば、問題はないだろう。 」
「 バッチがなきゃ、指示を聞いてくれないというわけか。 」
「 そうだ。それと、獄庫第二階層は外と断絶された世界だ。そこで息づいている生態系は、余所者の言い分など聞いてはくれない。
そこでこのヒヨスボールの出番というわけだ。そして・・・ 」
「 そして? 」
「 件の死神は、かなり危うい研究をしていたことで知られている人物だ。細心の注意を払い、最強の式神を揃えることを薦める。このボールはそれに役立ってくれるだろう。 」
「 なんで、そこまでしてくれるんだよ?一銭の利益だってないだろう? 」
「 利益ならある。オレもその男の研究について知りたいし、それになにより・・・ 」
「 なにより? 」
「 オレたち、友だちだろ? 」
思わずそう聞いて、口元が笑ってしまう。変わらないな、コイツらも。