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「孤月、スコーピオンはまだ分かるとして、なんでイーグレット入ってんの?」
「安価だから仕方ないだろ。スレ主の定めなんだよ察しろ」
「ちょっと何言ってるか分かんねぇ」
ボーダー本部の個人ブース部屋内部で、さてさてと最上は準備を整えていた。部屋内部の通信で出水から野暮なツッコミが飛んできたが、こればっかりは安価だからの一言で収まるので非常に便利である。
これだけ見れば、最上はA級のナンバーワンである太刀川隊の射手、出水公平に対して余裕を持っている異質な隊員として見えるのだろうが、しかし実際の所はと言うと、流石の最上もこれには緊張で冷や汗を垂らさずにはいられなかった。
なんせ隊員兼友人が賭かっているのだ。もし自分が負ければ、陽キャ系トリオンモンスターが消える事になる。というか隊を作ろうって言った本人が別部隊に行くとかいう、本当に訳の分からない状態が出来上がってしまう。それだけは、何としても避けたい事態である。
「フルセットして間もないからな。5本でやろうぜ」
「温情ありがてー。じゃ瞬殺させていただきますわ」
「調子乗ってんなよー? 伊達にA級ナンバーワン部隊の射手やってないぜ」
「喧嘩上等! 絶対にあゆゆは抜かせないぜ! それはそれとしてアイツ絶対に後でぶん殴る!」
そもそもの原因は他ならぬ彼女である。ご自慢のトリオンとSEを駆使して順調に個人戦でポイントを集めていた所を注目されたのは、まだ良い。そこに文句を言える様な権限は最上には無いのだし。
だが、そこで出水に勧誘されてから、
『もう組む隊決めてるんだけど、その隊長になる人を倒したら良いよ!』
とか宣いやがったのだ。最上からすれば、巫山戯るんじゃねぇぞテメェこの野郎という感情が大爆発である。
(さーて……戦法はもう決まってんだ。速攻でケリ着ける。攻撃どころの話じゃない、そもそもの構えから取らせちゃダメなんだ―――始まった瞬間に全部終わらせる)
(嵐山さんに頼んで、記録は閲覧させてもらったしなぁ……最速でジャスト0秒か。絶対に速攻仕掛けてくるだろうな。おれに何もさせたくないだろうし、さてどう打って出るか……取り敢えずシールドか
目の色を変えて、戦場に臨む。
マップは市街地A。個人戦はチーム戦のそれとは異なり、出現場所は基本的に固定されている。大した距離は離れておらず、互いに視認出来る位置が殆どだ。
最上は思う―――この条件なら、誰が相手であろうと勝てるんじゃね? と。
《個人戦、一本目》
こ、の発音が聞こえた瞬間から、時間を刻む。
転送開始。―――0.1秒。
対象認識。―――0.3秒。
「―――」
構えるより、疾走。
最上が取った戦法は、至ってシンプル。もはや脳筋と呼ばれても文句の言いようがない、単純明快をここに極めた様な速攻。
射手というポジションは、ハッキリ言ってしまえばボーダー内部でもそう人気なポジションではない。
武器を手に取って、距離を詰めれば大抵の活躍が出来る攻撃手、ある程度の距離を取ればサポートも活躍も出来る銃手や狙撃手と違い、射手は戦う為にやる事が多い。
射手トリガーはトリオンを形にして撃ち出すもので構成されている為、攻撃する為には、『トリオンを出す→相手を狙う→撃ち出す』という三工程が必要になる。
攻撃するまでにラグが発生する上、トリオンが多く、尚且つそれなりの頭脳と技術が無ければ真正面からの戦闘は成立しない。
全体を俯瞰する視点、ここという所で撃つ我慢強さなど、様々な要素を必要とするのが射手だ。
……と、長々と説明したものの、重要なのはそのポジションが難しいかどうか、という事ではない。
必要なのは―――攻撃に至るまでの工程が三つもある、という事である。
「―――まじ?」
首を掻き切るまでに、1秒もの時間も掛けられない。相手はA級1位、太刀川隊の出水公平。二つの射手トリガーを組み合わせて、性能を強化する『合成弾』を2秒で合成する生粋の弾バカだ。
時間を掛ければ一瞬で殺られる。こっちは安価で決めた所為でシールドトリガーが無い以上、持久戦に持ち込んだ時点で敗北など確定。
なら、と最上は思い至ったのだ。そもそもコイツに何もさせなければいい―――と。
シールドを展開するよりも早く首を斬るか、胸を貫く。最悪の場合、腕を切り落とせば射手のトリガーも使い難く出来る。
とにかく相手にあらゆる動作を取らせない事。文字通りの瞬殺を選択した結果が、これである。
戦闘開始と同時に疾走し、首目掛けて腕を振るう。ただそれだけの動作でも、それが相手が脳でそれを防ぐ判断をするより早く動けば、何の問題もない。
そんな脳筋戦法で、早速1点が追加された。
「彼奴も中々えげつない事をするな」
「文句言われるかもしれない戦い方ってこれかぁ」
その試合を観戦していた賎政と歩深は、感心とドン引きが混ざった様な顔で零す。
自らの得意分野である速攻を遺憾無く発揮させ、そもそもの『行動』をさせる事なく相手を仕留める―――バトルの公平さというものを全て捨て去った、ただひたすらに『殺す』という一点にのみ全てを注いだ戦法だ。
「最悪の初見殺しだな。最上の動きを読み切れるかどうか以前に、そもそもの反応が出来なければ意味がない」
「事前にトリガーを展開出来てたら対応出来るけど、このルールだとキツイね。太刀川さんとイコさんだったら行けるかな?」
「居合ならいけるかもな。候補があるとすればカゲだな。最上も感情を殺すまでは出来ないだろうし、先に感情が刺されば何とかなるんじゃないか?」
純粋な戦闘経験とセンスが桁違いな太刀川、幼い頃から居合をやり続けた生駒、感情受診体質というSEを持っている影浦であれば、この速攻にも対応出来るだろう。
要は事前に何かを展開できるか、或いは行動出来るかが鍵なのだ。それが出来るなら、速攻を完全に防ぐとまではいかないまでも、対処は可能である。
故に、
「おー、けっこう速いな」
「あれが迅が言っていた新人か」
太刀川慶、風間蒼也は、その速さに感心こそすれ、驚愕も恐怖もしてはいなかった。
「あ、太刀川さんだ。風間さんもいる」
「よぉ、あゆ。あと…くすりまる」
「
「人の名前くらい覚えろ、太刀川。すまんな、薬丸、鮎河。コイツは頭が悪いんだ」
「しってまーす!」
「酷くね?」
「事実だろう。それで、今どれくらいだ?」
「5本先取で、今の会話の時点でわっくんが3点取りました」
「…流石に速いな」
画面に表示された点数は、この通りである。
【出水・0:××× 】
【最上・3:〇〇〇 】
接近して刃を出せばいつでも殺せる最上と、トリガーを展開して狙わなければいけない出水とでは、その相性があまりにも悪過ぎた。
勿論、これがチーム戦であればこうはいかないだろう。太刀川が攻め、出水がそれをサポートするという図が戦場に展開されてしまえば、最上の速攻も正しく機能しない。
既に弾が展開されていれば、そこからは出水が場を取り仕切る。だが―――こと現在においては、その限りではない。
(マジかぁ……うわマジで? 流石にこうもボロ負けすると凹むっつーか…つかマジで速すぎねぇか?)
話で聞いてこそいたが、実際に目にすると脱帽せざるを得ない。
視認できない。認識できない。反応できない。戦闘でこれ以上の強みなどあろうものか。個人戦という条件付きでこそあるものの、最上収也という人間はもはや怪物以上の何者でもない。
身体機能の基礎スペックが常軌を逸しているという、生まれながらの身体的障害。SEのそれとは全く異なる、天与の病。
それを決して羨む訳ではないが、しかしこれは、流石にチートが過ぎる。下手すれば黒トリガー相手にもやり合えるだろう。
が―――しかし。
「出水なら何か仕掛けるだろ。アイツがやられっぱなしで終わる訳がない」
太刀川は言う。
「でもそろそろ慣れてきたぜ。ゴリ押しはそっちだけの得意分野じゃねぇぞ」
出水は決心する。
3回の敗北を経験する中で、得たものは確かにあった。
撃ち出す事は出来ない。狙いも出来ない。だが、弾トリガーを展開するまでは出来た。そこまでは、何とかして辿り着いた。
元より出水は感覚派の天才である。その豊富なトリオンも然ることながら、出水自身の天性のセンスによって、太刀川隊の射手として活躍してきたのだ。
タイミングは感覚頼り。少しでもズレてしまえば何も出来ずに終わる。
《個人戦、4本目》
「
「っ!?」
爆撃が視界を覆い、その全身が砕けて消えた。
【出水・1:×××〇 】
【最上・3:〇〇〇× 】
「ほら見ろ」
「…最上の動きに反応できたのか」
「いや、ほぼ感覚だろうな。後は過程の省略だ。『構える→狙う→撃つ』から『狙う→撃つ』を省いて最小限の時間を確保した」
「はい、風間さん! さっきの爆発ってなんですか!」
「
開始した直後、出水は狙いを定める事はおろか、
弾トリガーは基本的に四角形を象り、それを撃ち出す。だが、稀にその形を変える者も現れる。
現在はまだB級3位の二宮隊、B級4位の加古隊のそれぞれの隊長がまさしくそれだ。二宮は三角錐、加古は溶けかけた球体。
出水が真似たのは、加古の形だった。敢えて不定形な状態にしたままに、暴発させる。そうすれば、
片方で
《個人戦、5本目》
「遂に対応してきやがったかぁ……まーじぃ? 速攻潰されたら無理ゲーじゃん」
「いやいや、まだ余裕あるだろ、お前。つか速すぎんだよ」
「速さと技量だけが取り柄なもんでさ。ふぅー……じゃ別の速攻行くぜ」
「まだあんのかよ!」
再び疾走。光景は、繰り返される。
間合いは僅か一歩で殺された。だが、それでは足りない。既に翡翠の閃光は、火花を散らして
出水はシールドを展開済み。対して、最上にはシールドが無い。このまま時が進めば、また同じ殺され方で終わる。
故に―――
「グラスホッパー」
弾かれる様に、跳躍が起こった。
間合いの僅か一歩外。爆発に巻き込まれる寸前の位置で最上は寸分の狂いも無い身体制御でブレーキを掛け、一気に失速した肉体を再び初速から最高速へと蹴り上げた。
後方、そして出水の頭上に出現させたグラスホッパーは、爆発に巻き込まれる直前で最上を頭上へと殴り飛ばし、鋭い角度を取ったバネを蹴飛ばせば、最高速へ新たな加速が叩き付けられる。
砂煙の中で出水が真上を見上げるが、もう遅い。感覚頼りの自爆技であるが故に、出水もこれには火力の
手を翳し、閃光を解き放つ直前には既に。
「5点目」
その首は、身体から別たれていた。