トアル村はハイラル王国の南端近くに位置する農村である。
王都である城下町からも遠く、カボチャの生産以外に取り立てて産業もない。だがこの村は、勇者リンクを輩出したことで有名となった。魔王ガノンドロフを倒すという偉業を成し遂げたこの英雄はこの村で育ったのである。
さて、この村の中央を流れる川のほとりにある、剣士モイの家に場面は移る。
(このモイは、勇者リンク若かりし頃の剣の師匠である。)
モイの妻ウーリは家の中で家事にいそしんでいた。鍋を掻き混ぜ、床を掃き清め、布を繕うなどしていた。だが、彼女はどこか心ここにあらずだった。数分たつごとに作業の手を止め、溜め息をつき、祈るような目つきで宙を見上げていた。
彼女が気を取り直して再び家事に取り掛かったとき、家の扉が開いた。
「あなた......どうだったの?!」
ウーリは手に持っていた布を放り出すと、帰ってきた夫に跳びつくように近づいた。
「ルリハの奴は生きている。間違いねぇ」
モイは腰の剣を取り外し、壁のフックに掛けながら言った。
「そ..そうなのね。よ...よかった...よかった...」
ウーリは胸に手を当て、安堵のあまり崩れ落ちんばかりになりながら呟いた。
「もう..生きた心地がしなかったわ。二週間前、あの子が鬼の群れにたった一人で突っ込んでいったって聞いたのが最後だったから...」
モイは食卓の椅子に座ると、コップに入っていた水を飲み、また口を開いた。
「西平原でどえらい戦さがあったらしいんだ。行商人から聞いたところじゃそこでルリハも戦ったって話だ」
「ルリハが戦争に...!」
ウーリはたちまち心配顔になった。
「....あの子...大怪我とかしなかったかしら」
「その点は大丈夫みたいだ。女王陛下から勲章までもらったっていうからな。大活躍だったみたいだぜ」
モイはウィンクした。だがウーリは居ても立っても居られない様子で夫に迫った。
「ねえあなた、お願い。今すぐ村に帰ってくるようにって、あの子に手紙を書いて!もう二度と危ないことをしないようにって...」
「お...おい待てよ。アッシュへの弟子入りの話はどうなるんだ?」
「もうそんなことはどうでもいいじゃない。あの子は生きてたんだから、村に呼び戻してこれからは家族水入らずで...」
二人が言い合っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
モイは立ち上がると扉を開けた。
すると、見慣れない少女が立っている。
年の頃は十代半ばだろうか。小柄で、緑のチュニックを着ている。金色の髪を両側にお下げにし、緑色の大きな瞳でこちらを見ていた。
「あら、お嬢ちゃん...どこから来たの?」
ウーリが目を細めて近寄ると、少女は手に持った紙を差し出した。
「うち、リンクルっていうの。ルリハお姉ちゃんがこれを渡せって....」
それを聞いたウーリとモイは驚いて顔を見合わせた。
* * * * * * * * * * * * *
ウーリとモイの二人はリンクルを座らせると、手紙を手に取って読み始めた。
ウーリは最初、手で口を押さえ、涙をこらえていたが、やがて微笑むとリンクルに目をやった。
「わかったわ。リンクル....今日からあなたはうちの子よ」
リンクルは驚いて目の前の二人を見比べた。
「ほ...ほんとに?」
「あの子ったらこう書いてるの。....ほら」
ウーリは手紙を見せた。リンクルは彼女の指さした部分を声に出して読み上げた。
「『リンクルはあたしの本当の妹になりました。あたしを頼って、あたしもこの子を頼りにして、二人で戦ったんです。だから、お願いします。どうか、あたしが城下町にいる間、この子をあたしだと思って迎え入れてやってください』.....」
「ね?」
リンクルの目に涙が浮かんだ。彼女は指でそれを拭くと、頷いた。
「ありがと。よろしくね...おばさん」
「こら!おばさん呼びしないの!」
ウーリが軽くにらみつける。
「じゃあ...お母さま?」
「それもヘンねぇ...」
二人が首をひねっていると、モイが右手を差し出した。
「お前さんがリンクルなんだな。会いたかったぜ」
彼はリンクルの手を握ると、続けた。
「鉄の女アッシュ、稲妻のルリハ。そして疾風のリンクル。この三人が大活躍したって聞いたぜ。お前さんの養父になれるなんて、俺も鼻が高いよ」
やがてまた扉が開き、背の高い青年が入ってきた。ルリハの兄、コリンだった。
「おおコリン。リンクルを紹介するぜ。今日からお前の新しい妹だ。仲良くしてやれよ」
モイが声を掛ける。青年は驚いて目を丸くした。するとリンクルが立ち上がってぴょこんと近づいた。
「あ、意外とイケメン!よろしくね兄ちゃん!」
「え?...あ....ああ。よろしくな、リンクル」
目を白黒させながらもコリンは答えた。四人が食卓を囲むと、そこから絶え間ない笑い声が響いた。
* * * * * * * * * *
さて、剣士見習いの少女、ルリハの冒険譚は一旦ここで終わりとしたい。
彼女は他にも驚くべき冒険を数多く成し遂げたのだが、それを全て書き記そうとするなら到底頁が足りないだろう。何にせよ、ルリハはアッシュの元で修練を積み、若くして達人と評される剣士となったのである。
勇者リンクは、自らの愛刀マスターソードを『時の神殿』に返還する旅を行った後、女王の前で述べた言葉どおり、トアル村に帰って農夫として暮らしたという。
モイ家の養女となったリンクルは、兄コリンと剣の練習をしたり、時には共に鬼と戦ったこともあったという。彼女はまた、長じてからさらなる冒険に旅立ったとも言われる。彼女はおそらく、トアル村に帰還した勇者リンクから過去の冒険談を事細かに聞いたことであろう。それを通じてリンクルはハイラルの平和を守るために戦うという熱意を改めて心に植え付けられたであろうと筆者は想像する。
女医ルダは、西平原の合戦のあとしばらくして城下町の診療所を引き払いカカリコ村に帰った。彼女の持つ奇跡の癒しの力が露見して以来、懸念していた通りに国中から依頼者が押し掛けるようになってしまったためだ。彼女は父レナード祭司の残した礼拝所に住み、そこでひっそりと無償の医術を行っていたとも言われる。だがある言い伝えによれば、彼女はやがてオルディン地方とラネール地方の境目にあるシーカー族の隠れ里に移り住んだとも言われる。
ドンゴは鉱山に戻ることを選んだ。族長ダルボスはその後も長い間健在であったが、ドンゴを副族長として指名し、ことあるごとに意見を求めるようになったという。
ゼルダ女王の治世はその後も長く続き、平和と繁栄が再び取り戻された。とはいえ、人心の中に巣食う問題が尽きないのは人の世の常である。そのような中にあって女王はより善い統治を行うため腐心したことであろう。魔王が去っても、人の心に浮かぶ悪は消えることはない。剣もて魔物を打ち払うという剣士の務めの厳しさをも超える、人の心の悪と剣を持たずして戦うという戦いの困難さを、女王はひとり噛み締めていたのではないか、と筆者は想像する。
だが、それでもハイラル王国は悪の波に没することなく今日に至るまで存続している。その事実こそが、これらの人物たちが戦った戦いが無駄ではなかったことを証明していると筆者は考える。
読者諸兄におかれても、日々さまざまな問題や試練と格闘しておられることであろう。だが、その時は思い出していただきたい。それら日々の戦いを諦めずに戦うことこそがこの世界を保つことに繋がっている、ということを。
最後に、読者諸兄に神のご加護をお祈りし、筆を置くこととする。