捏造、追加設定あり。
《オリジナル登場人物》
ヴェル・ゼノン
ノウル(障らぬ血)
目が覚めるような見事な金髪
緑の瞳
開心術の天賦の才を持つ
ダイアナ・ゼノン
ヴェルの母親
ノウル(障らぬ血)
リリー・エバンズの旧い親友
オペラ歌手
シリウス・ブラックが惚れ込んだ絶世の金髪緑眼美女
魔法を使える者は、魔法族。
魔法を使えない者は、マグル。
では、魔法がかからない者は────
〈メインストーリー〉
ホグワーツの夏休みが幕を開けた頃だった。生徒達の里帰りを見送り雑用を片付けると、教員にも休暇が訪れる。セブルス・スネイプは例年通りスピナーズ・エンドの自宅で過ごす予定であった。
日常が一転する出会いがこの男に迫っていた。
日暮れ近く、景色も治安もよろしくないが勝手の馴染んだ実家への帰路。近くで用を済ましたその足で路地を縫うように行き、次の突き当たりを曲がればすぐ家の玄関口というところで、スネイプの足は止まった。
誰であれ、彼の今の身になってみれば止まらざるを得なかっただろう。彼の足元には、古びてボロボロになった人形があった。
実際それは人形ではなく、酷く惨めな身なりをして地に倒れ伏している少女であった。それにようやく気づいたからスネイプは立ち止まったわけで、それまではただ、近所の娘が飽きて捨てて行った玩具だろうとばかり思っていたのだ。本当に、足下に迫るまでは気にも留めていなかった。
目の前に対峙して初めて、その大きさや質量が作り物の人形にしてはあり得ず、生身の人間のそれであるとわかった。が、それでもまだ信じられないくらいに少女の姿は常軌を逸しているのである。ただでさえ小さな身体は痩せこけ、腕や脚、首筋は皮と骨しかないかのように細く、切傷や痣が無数にあり、まったく見るに耐えなかった。
ただ、髪はかろうじて金髪と見えて、それは少女を人形と見間違えた一因でもあった。しかしその髪も傷みが激しく汚れており、ほとんど湿気った乾麺のようだった。
顔は伏せてあるので、見るためには少女を仰向けに起こさなければならなかった。流石のスネイプもそれには恐ろしさを覚えた。
闇の魔術に浸っていたとはいえ、幼い女児の死に顔など見れたものではないだろう。
まして自分は今や教師で、さほど情があるわけでもないにしろ子供と過ごしている時間はそれなりに長い。
後悔するに違いなかった。
しかしスネイプは少女の傍らに跪き肩に手を伸ばした。怖いもの見たさからであったかはわからない。仰向けにするために肩を押し上げたが、それだけで骨が砕けてしまいそうだった。
髪をはらい、顔を覗く。
次の瞬間スネイプは、らしくなくぎょっとした。
少女の開くはずがないと思われた瞼が上がり、現れたその目とかちりと合ってしまったのだ。
少女は生きていた。
そしてその瞳が、忘れもしない、あの深緑の瞳であることに気づいた刹那、スネイプは電撃に貫かれたかのように驚愕した。しかし今度出会った目は、かの[[rb:溌剌 > はつらつ]]として魅力あるそれではなく、悲哀に打ちひしがれ、淀み、鈍く輝きを失ったなんとも惨めな目であった。
さらに少女は口元をわずかに動かしたが、声はない。しかしスネイプにははっきりと、言わんとすることを了解した。
「たすけて」と。
スネイプは少女を抱え上げて玄関扉に手をかけた。
*
夜も更け、雨が降りだした。
ダンブルドアに事情を説明し至急来られるよう連絡を入れて数刻が経つ。まだ来ないのかともう一度時計に目をやったその時、その人はスネイプの部屋に直接姿現しでやって来た。マクゴナガルも一緒だった。
「すまんな、セブルス。遅くなった。話を聞いてミネルバも呼んだのじゃよ。どれ、例の子は」
「こちらに」
ダンブルドアとマクゴナガルはソファに横たわっている少女のもとに寄った。
少女は眠っていた。
あの後、スネイプは少女を家に上げると、水を飲ませ、量に気をつけながら食事をさせ、身体を拭い服を替えるなど色々世話をしてやったので、その見た目はほんの幾分かましになっていた。だがダンブルドアとマクゴナガルは、目の前の少女に測り知れぬ悲惨さを見てとった。
「なんてこと……」
沈黙の後について出たのはミネルバのこの言葉であった。
ダンブルドアはおもむろに杖を取り出し一振りした。杖の先からは光の粒子がパラパラと見えたが、少女には何も起こらない。
「間違いないようじゃの」
ダンブルドアは言い、スネイプを振り返った。
スネイプは頷いた。
「さよう。ヴェル・ゼノンで違いありますまい。本人もヴェルと名乗りました。ただ、苗字の方はわからない、と」
「他には何か聞きましたか?」
マクゴナガルが口調を強めて問うた。
「いいえ、尋ねはしましたが体力的に名前が背一杯のようだったので、まだ何も」
「……そうですか……どうしてこんなことになったのでしょう」
「事の次第は聞かねばならないが、今は待つしかないようじゃな。この子が目覚めるまで」
ダンブルドアは優しくヴェルの額を撫でた。
「とはいえ、ご苦労じゃった、セブルス。
魔法が使えない中で大変だったじゃろう」
「……ええ……」
*
六年前、全てはあれから始まった。
『ノウルの魔女の出生を確認』
魔法省よりダンブルドアにこの知らせが届いたのは、ポッター家の事件のわずか数週間前だった。
トレローニーの予言の件で話は持ちきりだった当時の状況では、よっぽどのニュースでない限り人々、ましてやダンブルドアの眼中になど入りはしない。ところがこの知らせは、その「よっぽどのニュース」に値して相違ないものだった。
ノウルというのは、魔法がかからない者たちのことである。
マグルの「汚れた血」のように、ノウルは「障らぬ血」と呼ばれることもある。
ここでの「魔法がかからない」というのは、巨人族やドラゴンの特徴である魔法耐性、つまり魔法が効きにくいこととは別物で、無条件に一切の魔法が透過するか打ち消される。
その血は古来から大変珍しく、魔法界では基本的に知られていない。また彼らも、魔法を認知できないが故に魔法界のことは一切知らない。しかし魔法省は彼らをその特殊さから密かに監視している。そのため、この一族の女が魔法族の男と結婚し、もうすぐ子供が生まれるというのも把握していた。もちろん身元も特定している。
その子こそが、「ヴェル・ゼノン」であった。
そして、それをわざわざダンブルドアに報告したのには理由がある。今度の魔法省の知らせにある、本来魔法が効かないというだけなはずの血から、魔法を使える者が生まれるということは、つまり、その者は「魔法を使いながらにして、外部からの魔法の影響は受けない」という、魔法界の戦闘において最強とも言える魔法使いとなる。間違いなくこれは魔法界に大きな影響を与えうる、ということでダンブルドアの耳にも入れたのだ。
ヴェルの出生を知った直後のダンブルドアは、ハリーでもネビルでもなく、ヴェルこそがトレローニーの予言にあるヴォルデモートを倒すという救世主なのではと思った。しかし、生まれた時期が微妙に予言とずれている。それに、その時既にポッター家とロングボトム家の危機は目の前に迫ってきており、もはや運命を変えるのは困難であった。
また、仮にヴォルデモートの標的をヴェルに移したとして、何の解決になるだろうか。今まで魔法界とは全くの無縁だった家族が、当人たちからすれば訳も分からぬうちに危険に晒されることになるのだ。魔法で殺されることはないにしても、物理的に死喰い人から暴行を受けて致命傷を負えば、ノウルが仇となり魔法での治癒が効かず、なす術がなくなってしまう。ハリーとネビルを取っても、ヴェルを取っても、変わりはしない。
ついに、ダンブルドアは情報を極秘にしたまま、ポッター家及びロングボトム家と同様に保護する計画を密かに思案し始めた。
丁度その時、スネイプがやって来た。スネイプはリリーだけはどうにか助けてくれとダンブルドアに懇願した。
ダンブルドアはそれに応じ、見返りとしてスネイプに忠誠を誓わせた。そして、スネイプにだけヴェルのことを伝えると、ヴェルの一家の保護を命じた。
その際案の定、ヴォルデモートの標的をポッター家からヴェルに変えようという案がスネイプから出たが、ダンブルドアは断った。
先に述べた理由に加え、更にリスクを伴うことが分かってきたのだ。まず、この緊張状態で新情報を敵方に渡して罠だと怪しまれれば、状況は変わらないどころか更なる混乱を招いて事態は悪化する。また、ヴォルデモートがノウルの価値を真に理解すれば、殺害するよりも寧ろ、連れ去って闇陣営に引き込み、戦力に加えようと考えるだろう。それこそ、最悪のシナリオである。
説得されたスネイプはとうとうダンブルドアの指示に従った。
しかし、事はそう上手くはいかなかった。
程なくしてシリウス(本当はピーター・ペティグリュー)が裏切り、ポッター一家の事件が起きる。スネイプはその時、リリーの死にたまらず駆け付け、持ち場であるヴェルの家を離れてしまった。そして裏切り者によって起こされたその翌日の爆発事件に、外出していたヴェルとその両親が偶然にも巻き込まれてしまったのだ。そのとき、奇跡的にヴェルのみが助かった。
その後ハリーはダンブルドアに、ヴェルはスネイプに託され、闇の勢力が弱まるとそれぞれダンブルドアが指定したマグルの家に預けられることになった。
後日スネイプはリリーを守りきれなかったダンブルドアに憤った。しかし、使命を忘れて事件直後のポッター家を訪れたその隙に、ヴェルの両親が死んだことをダンブルドアから責められ、スネイプは引き下がる他なかった。
そしてスネイプは、ダンブルドアの命令で晴れて二重スパイに仕立て上げられ、ホグワーツの教員となったのだった。
ノウルの魔女の話は、一時期、魔法界の間で都市伝説として広まったことを除けば、ヴェルは誰にも知られることなく事なきを得た。
*
スネイプは眠れるはずもなく、細く寝息を立てるヴェルの傍らでその寝顔を見つめ、夜が明けるのを待っていた。
ヴェルとの再会は、彼女が11歳になりホグワーツに入学してくる時のはずだった。
しかし一体どの歯車が狂ったのだろうか。6年しか経たないうちにヴェルは再び自分たちの元に戻ってきた。それも変わり果てた姿で。
六年前自らの手でマグルの里親へヴェルを送り出したとき、スネイプは、不安を拭いきれずとも、赤子がホグワーツの制服を着れる歳まで無事に成長した姿を確かに思い描いてみたはずだった。しかし、それは幻想だったと思い知った。
再会したヴェルはかつての様子からは信じられないほど悲惨な姿だった。自分の足で立つことはおろか、座ることすら辛そうでぐったりとしていた。さらにノウル故に魔法で栄養や体力を与えることが出来なかったため大変苦労した。ただでさえ人を、まして小さな子を介抱したことなどあるわけがないスネイプである。ダンブルドアたちが来るまでの時間は恐ろしく長く、終始不安が絶えなかった。
どうしてこんな事態になったのか。
そういえばその家がここからさほど遠くないことを思い出したダンブルドアとマクゴナガルは、夜中だが里親の様子を外からでも確認しに行くことにし、スネイプの家を出ていった。ヴェルが里親の家を出てからどれだけ経つかはわからないが、まともな大人なら小さな子が姿を消して正気で過ごしていられるわけがない。何か得られる情報がないか探ってくるだろう。
*
そして夜明けと共にダンブルドアとマクゴナガルは帰ってきた。その表情はどちらもいつになく暗く沈んでおり、何かただならぬことが起きたか発覚したようであった。特に、大抵の真剣な場でさえポワンとしているあのダンブルドアが、年相応の老人のように溜息をつき押し黙っているのだ。さらにマクゴナガルの方も、よく見ると目が若干赤らんでおり、涙を拭った後があった。
スネイプもそれに異常を察知し緊張が走った。
「校長、いかがいたしました」
「……ああ、セブルス、実はな、思った以上に深刻じゃった……」
ダンブルドアとマクゴナガルは一度顔を見合わせ、互いに暗黙の了承をしてからスネイプに事情を語り始めた。
ヴェルが預けられていた家に行き、ダンブルドアは持ちうる開心術の全てをもってして真実を突き止めた。
ヴェルはやはり里親に虐待を受けていた。それも奴隷の様な扱いを。
里親の夫妻は当初子供がおらず、ヴェルが4歳になるまではそれなりの愛情を持って育てていた。しかし、やがて夫妻に実の子が生まれると状況は一変し、ヴェルの育児は放棄された。夫妻はヴェルの服や玩具を奪って我が子に与え、子供部屋からも追い出し、気に食わないことがあると何かにつけて辛く当たる様になった。
さらに同時期、夫妻の両親と兄家族との同居が始まったのだが、この兄家族というのが最悪で、ヴェルの生活は苛烈を極めた。
ヴェルは誰にも優しくされず、助けを乞うこともできずに独り耐え続け必死に生きていた。他の子ならもっと早い段階で精神異常を引き起こしていてもおかしくないほどの状況であっただろう。
しかしそんなヴェルでもとうとう逃げ出さずにはいられない事件が起きる。
その時、堕ちるところまで堕ちていた一家は、何を血迷ったかヴェルを闇市に売りに出すことを思い付いたのである。
それを奇跡的に悟ったヴェルはその年端故に起こりうる事の詳細はわからなかったものの、ただならぬ身の危険を感じ、今までの忍耐と合わせて限界値に達していたため、ついに家を飛び出したのである。独りあてもなく走り続け、ひたすらに遠くを目指して彷徨った。
そうして、力尽き、倒れ込んでしばらくたったところで、スネイプに発見されたのである。
一家はというと、ヴェルを探すことはせず、まるで彼女など元々いなかったかのように平然と過ごしていた。ただ、夜にひそひそと、もし警察沙汰になった時どう言い逃れるかを大人達が話しており、そこでダンブルドアが開心術を使って真相を暴いたのだった。
・・・
淡々と語ったダンブルドアの声色は震えていた。
聞き終え、わけを理解したスネイプも暫くは声が出せなかった。
「......そのようなことが......この時代にそんなことが起こるとは、信じられませんな......」
「ああ、まったくじゃ。しかもよりによってこの子がのう......」
ダンブルドアは心底痛わしそうにまだ寝ているヴェルをじっと見つめた。マクゴナガルももうずっと同じようにしていた。
「......そういうわけじゃからの、この子をまたあの家に戻そうなんてことはできまいよ。そうじゃろう?」
「では......」
「この子は別に移す。ホグワーツにな」
スネイプは思いもよらないダンブルドアの言葉に驚いた。
「ホグワーツですか」
「そうじゃ」
「一時的にということですかな」
「いや、ずっとじゃ」
毎度のことながら、何を考えているのか全く解せないダンブルドアにスネイプは困惑した。
「ホグワーツで引き取るなど──もしそうなったとして、どうするおつもりですか。この子はまだ六つですぞ」
「わかっているとも、セブルス。前例のないことじゃ。しかしな、わけがあるのじゃよ。お聞きなさい」
一息ついてダンブルドアは口を開いた。
「オブスキュラスじゃよ……ヴェルは、このまま放っておけば、オブスキュリアルになりかねん。」
精神的または身体的虐待により魔力を抑圧された環境に育ったこどもを蝕む闇の魔力───オブスキュラス。ヴェルはたしかにこの条件に当てはまるかもしれない。
「今のところその兆候は見られんが、だからといってこれから下手に新しい家庭に預けるのは危険すぎる。魔法族の家でも駄目じゃろうな。ノウルの扱いは未知なのだから」
それはスネイプにも納得の理由だったが、それでも入学年齢まであと五年も残しているヴェルをホグワーツ城でどう育てていくのかという不安は消えない。
「あなたの懸念は承知の上ですよ、セブルス」
それまで黙っていたマクゴナガルが言った。
「もう腹を決めて、私たちでこの子の親代わりを務めることにしましょう」
「......」
ダンブルドアもスネイプの目を見て「そういうことじゃ」と頷いた。
「既に、前の里親の記憶は消してきた。魔法省へも連絡済みじゃ」
*
さほど経たないうちにヴェルは無事目覚めた。
目を開けて、雨上がりの朝日の次に彼女の瞳に映ったのは、真っ白な髭がふさふさの老人の微笑みだった。
「起きたかの。おはよう、ヴェル」
ヴェルは焦点が合ってくるとパチパチと瞬きした。
ダンブルドアは彼女の大きな目にエメラルドの輝きを見留め、なお一層頬を緩めた。
ヴェルは初めて見る老人の顔にただ驚いていたようで、虐待を受けていた子によく見られる様な怯えはないようだった。
まあ実際、ヴェルは驚いたには違いなかった。初対面故というよりかは、その時ヴェルにはスネイプが助けてくれたという記憶しかなかったため、ダンブルドアを見るや一夜にしてスネイプが老人になってしまったのかと錯覚し戸惑ったのだった。
そして掠れ気味の声で言った。
「……きのうのくろい人?」
得意の開心術が使えないダンブルドアは、ヴェルのその心中を知らない。
「ん?ああ、セブルスじゃな、そこにおるよ」
ダンブルドアは向こうで紅茶を嗜んでいたスネイプに目をやり、手招きをした。
それに応えてスネイプはカップを置き、マクゴナガルにも目配せして二人の元に寄った。
ダンブルドアに扶けてもらいながら上体を起こしたヴェルは、現れたスネイプに覚えず微笑んだ。それはスネイプが昨夜のままであるとわかったことへの安堵ゆえだったが、その柔らかな笑みは、スネイプ他ダンブルドアとマクゴナガルの今までの不安を半減させるには十分だった。
同時に、特に後者二人は普段、スネイプと顔を合わせた時の生徒の様子を思い知っているため、ただでさえ幼いヴェルがスネイプに平然とし、さらに愛想良くしたことには相応に驚いた。とはいえ、それはスネイプ当人も同様であった。
実際、昨夜世話をしている時も警戒心を抱かれていないことには気づいていたが、それはそんな余裕もないくらいに衰弱していたからだろうと思っていた。
「おはよう、おじさん」
ヴェルはスネイプを昨夜から細い声でこう呼んでいた。このくらいの年端の子からすると二十代後半以降の男はもう『おじさん』と呼んで何の違和感も感じないのである。スネイプも別に気にはならなかった。
ヴェルはそして視線をマクゴナガルとダンブルドアに移した。
「だあれ?おじさんのお友だち?」
マクゴナガルが腰を落としヴェルと目を合わせて答えた。
「そうですよ。実は、私たちは学校の先生なのです。魔法を学ぶ、ホグワーツという学校です」
「ホグワーツ......」
「ええ。私は副校長のミネルバ・マクゴナガル。そしてこちらが校長のアルバス・ダンブルドア先生です」
「やあやあよろしく、ヴェル。この『おじさん』の方の名前は聞いているかの?」
ダンブルドアはヴェルが「そういえばまだだわ」と首を横に振るのを確認しながら、こちらを睨みつけるスネイプの視線も感じ取った。
「セブルス・スネイプ先生じゃ。今度からは『先生』と呼んでおやり」
そうダンブルドアがニンマリとして言ったのもスネイプは気に食わなかったが、ヴェルと目が合うと、真顔に戻り「よろしく」とだけ言った。
「せんせい、きのうは助けてくれてありがとう」
不意に礼を言われてスネイプは内心たじろいだ。
「ああ。家の玄関先でのたれ死なれても困るからな」
「でも、せんせいたちみんな、あたしのこと知ってたみたいね。どうして?」
そのヴェルの返しは思いがけずスネイプをドキリとさせた。が、すぐにダンブルドアが取り次いだ。
「その事をな、君が朝食を食べている間に話してあげようと思っていたのじゃよ。どうじゃ。魔法の話も聞かせてあげよう」
聞いたヴェルはパッと表情を明るくした。
「ええ!聞きたいわ!あと、お腹もぺこぺこだったのよ」
すると言うが早いか、ヴェルの前にはどこからともなく温かで相応に豪華な食事がー現れた。
「ホグワーツの食卓には劣るがの、さあお食べなさい」
「わあすごい。これ、まほう?」
「そうじゃよ。ホグワーツではな、もっといろいろな魔法が学べる」
「そうなのね。
(いただきまーす。)
でも、それ、まほうを使える人が学ぶんでしょう?あたしはまほうなんて使えやしないもの」
「いやいやそんなことはない。使えるとも。君は魔女じゃよ。わしらの仲間じゃ。だから君が家でおかみさん(里親)に虐められていたことを知って、助けにきた。」
それを聞くとヴェルは、食器から顔を上げてダンブルドアを見つめた。
「ヴェル、君はホグワーツで魔法を学ぶ。魔法使いになるのじゃ。まあ、普通ならば十一歳になってから入学なんじゃが、君はこれからその十一歳になるまでわしらとそこで暮らすんじゃ。特別にな」
ヴェルはもちろん驚いてしまって、スプーンを口に突っ込んだまま瞬きしていた。
「ほっほっほ。驚いておるのう。無理もない。じゃがな、全部本当のことじゃよ。魔法界で君の素敵な未来が待っておる」
「じゃあ、これからは、そのまほうのがっこうがあたしの家になるのね!」
ダンブルドアは微笑んでヴェルに深く頷いた。
それにヴェルも嬉々とする。
「うれしいわ。あたし、もう前の家にはぜったいに戻らないつもりだったから、行くところがなくてこまってたのよ」
その後ヴェルは、朝食を終えマクゴナガルが用意した服に着替え、髪を梳かしてもらいながら魔法界の話に興味津々で聞き入っていた。(はじめダンブルドアが面白がってスネイプに櫛を持たせたが直ぐ様マクゴナガルが流れるようにもぎ取った。)
まだ虐待の痣や隈は残っていたが、当初のヴェル状態からは見違える程元気になっていた。一時はどうなることかと思ったが、子供の回復力はそこまで侮れないものである。一応食事にマグルの栄養剤を入れたので体力も戻ってきたらしく、普通の子供よりも多いくらいに口数が増えた。元々言葉は達者な方だったのだろう。
話を聞くヴェルはその年齢故かとても純粋で、唐突に魔法の話を持ち出したダンブルドアに対しても戸惑いは比較的少なく、もうすっかり信じきってしまったようだった。大抵マグル生まれの子が入学許可を得てその説明を教師から聞かされても、なかなかピンと来ず戸惑うことが多い。まあ、そうなると手間がかかると言えばそうなので、ヴェルがすんなり魔法の話を受け入れたのは都合の良いことだった。
また、ヴェルは頭も悪くないようであった。
例のごとく、幼子相手に調子にのったダンブルドアが話から脱線しそうになると、相づちをしつつそれとなく引き戻しているのも大したものだった。
この校長は偉大な魔法使いの一人として威厳は疑いようがないのだが、それっぽく語っておいて大して中身がないことも多く、ヴェルはそれすらも見抜いているかのようだった。そして聞き下手でないだけでなく、自分の事を話す時の話し方も何か引きつけるものがある。軽やかな口調で、その生い立ちの割に語彙も少なくなく、子供嫌いのスネイプも聞いていて悪い気分にはならなかった。
普通の家庭で、虐げられること無く育ったならば、この歳でもきっと色々な才能を伸ばしていただろう。
ダンブルドアは言うまでもないが、マクゴナガルもヴェルを気に入ったようで、彼女の普段の厳格さは身を潜め終始ニコニコしていた。
「ねえ、もっとまほうやって見せて!」
ダンブルドアとマクゴナガルの話に夢中になっていたヴェルは目を輝かせて言った。
しかし、その言葉にそれまで黙って傍観していたスネイプが割って入った。
「ここでは駄目だ。ホグワーツに着いたら見せてやろう」
マグルに見られるわけでもないので別に構わないといえばそうだが、この上機嫌の上司たちのこと、調子に乗って私室を荒らされんこと山の如しである。初孫に舞い上がる老人ほど厄介極まりないものはない。
しかしヴェルに「え〜」という顔をされスネイプは一瞬勢いを失った。
そこにダンブルドアがヴェルをなだめるように言う。
「たしかにそうじゃな。ここはスネイプ先生の家じゃから何か壊しでもしたら怒られてしまうわ」
わかったかの?との言葉にヴェルはすっと頷いた。
と、その時突然部屋の窓が開き、焦茶色のふくろうが入ってきた。
ヴェルは驚いてビクッとなったが、魔法使い三人は平然としており、ダンブルドアはふくろうの咥えていた手紙に目を通した。
「魔法省から承認が届いた。
(別に承認申請で連絡したわけではないんじゃがな。)」
「正式にヴェルのホグワーツ城での保護と居住が決まったわけじゃが、早速向かうとするかの」
ダンブルドアはヴェルに微笑んで言った。彼女も心底嬉しそうに笑う。
そして一つ訊いた。
「どうやって行くの?」
その言葉にマクゴナガルとスネイプは「あ」となった。
ヴェルに魔法がかからない事を思いだし、ポートキーも煙突も、もしかしたらホグワーツ特急でさえも使えないかもしれないことに思い当たったのだ。ポートキーと煙突飛行ネットワークはもちろん、ホグワーツ特急も9と4分の3番線に行く際、それらは対象に魔法をかけると同時に自らもかかる必要がある。どれも使えないとすると、まさか自分の足で行かなくてはいけないのか?
思わずぞっとした二人であったが、ダンブルドアにはちゃんと当てがあった。
「ホグワーツ特急という鉄道で行けるのじゃよ。まあ、ちと今回は面倒じゃがな。
スネイプ先生が付き添ってくれるから迷子になったりはしないはすじゃ。安心せい」
誰が付き添うって?とスネイプはダンブルドアが自分の名前を口にしたのに耳を疑った。
それとホグワーツ特急のホームにはヴェルは行けないだろうと困惑した。
マクゴナガルもスネイプとダンブルドアを心配そうに交互に見つめた。
「あの、校長──」
「わかっておる」
ダンブルドアはスネイプを振り返り言った。
「いつものあの行き方ではホグワーツ特急のホームには着けんからの、少々遠回りじゃがこの裏道を使わなくてはならん」
ダンブルドアはスネイプにメモ書きを渡した。
それはロンドンのキングス・クロス駅の地図で、9番線と10番線の間の柱を通らずにホームへ行ける道順が示されていた。スネイプも初めて知るルートだ。たしかに魔法なしで辿り着けるようだが、倉庫や屋根裏や配管を通らされたりと……やってられるか!と叫びたくなる程面倒だった。
当然スネイプの眉間の皺はみるみる深くなっていき、そのとびきり睨みをきかせた視線をそのままダンブルドアに移す。
「これを我輩が案内すると?」
「そうじゃ」
ダンブルドアは笑顔で答えた。
「生徒が里帰りしたばかりなんで運行は無かったんじゃがな、魔法省の計らいで特別に一本出してくれるようじゃ。
ほれ、これがチケット」
スネイプは差し出されたチケットを一瞥しただけで、受け取ろうとしない。「正気か?」という目を向けられ、ダンブルドアはやれやれとヴェルの方に手渡した。
「チケットじゃ。失くさないようにな」
ヴェルは受け取り、二人を不安そうに見た。
「大丈夫じゃよヴェル。普段慣れない道を使うんでな、戸惑っているだけじゃ、先生は。列車に着いたら君と先生の貸切じゃよ」
「あら羨ましい」
空気を和ませようと気を利かせてマクゴナガルが言った。
が、全くじゃ、と賛同して笑うダンブルドアとは対照的にに、スネイプの視線が自分に向いたのをミネルバは感じ取った。目が合うや否や、例のメモを印籠(いんろう)のように見せつけられる。マクゴナガルはそれにざっと目を通すと何かを悟ったらしく、そそくさと視線を外した。
「わしは魔法省に一度顔を出せとこれ(手紙)に書いてあるからの、行かねばならん。まったく、向こうがこちらに来ればいいものを……」
「ではダンブルドア先生、私は先にホグワーツに戻って他の教員にヴェルのことを説明しておきます」
「ああ、そうしてくれ。じゃあ、また後でな、ヴェル」
そう言ってヴェルにウインクをすると、ダンブルドアは姿くらましをした。パッと消えてしまった魔法使いにヴェルが驚いてる暇もなく、今度はマクゴナガルの方も、ホグワーツで待っていますねと微笑んで同じように見えなくなった。
そのまま口を半開きにして瞬きをしているヴェルの脇で、スネイプは溜息をついた。
そして、不本意だがこうなったら仕方ないと、ローブと必要な荷物を手に取った。
「行くぞ。チケットをよこせ」
ヴェルは我に返り、すっと立ち上がってチケットを手渡した。
「あたし、れっしゃに乗るの初めてだわ。まず、出かけるのが滅多になかったんだもの」
「そのようだな」
チケットが二人分ある事とその表記を確認すると、スネイプは黙って玄関に向かった。
ヴェルはそれを小走りで追う。
「大変なの?ホグワーツに行くのは」
「距離でいうとここから近くないが、普段は他の手段で向かうから大したことはない。今回が例外なだけだ」
「あたしのせいなのね」
その言葉にスネイプは足を止めてヴェルを振り返った。
「『半分』は君のせいだな」
スネイプは言った。
「もう半分は──」
「まほうのせいね」
ヴェルは冗談交じりに言い、笑ってみせた。
スネイプは、そうかもしれんな、とだけ返すとまた広い歩幅で歩き出す。
その一瞬、ヴェルは先生もふっと笑ったように見えた。
*
ヴェルを連れてホグワーツへ向かう道のりは、スネイプにとって相当な長旅になること間違い無しだった。普段ポートキーか暖炉で行き来している身としては、何もかもマグル式でなどまったくうんざりである。ヴェルにせめて目くらましの呪文がかかれば、箒なりハグリッドのバイクなりでひっと飛びというのも考えられたのだが、どうしようもない。
ロンドンに行くまでも交通機関を乗り継いで行くのが無難だが、もうこの際タクシー一本で行くことにした。単純に楽であるし、何より昨夜寝ていないため仮眠もできるだろうと考えたのだ。
ホグワーツに着いたらダンブルドアに散々に恨み言を言って旅費代もふんだくってやろうと考えていた矢先、その本人がふくろうを寄越してきた。嫌な予感がしつつ手紙を読んでみると、ロンドンの商店でヴェルに必要な物を買ってやれとのことだった。
『・初等教育相当の書籍(マグル界と魔法界のものをそれぞれ5冊程度ずつ)
・普段着の服
・文房具
足りないものは後々揃えることとする。
金はダイアゴン横丁に着くまでは君が立て替えてくれ。グリンゴッツ魔法銀行に着いたらヴェルの預金をおろして使うとよい。鍵は同封しておる。
その他ヴェルの好きなものを買ってやりなさい。
追伸、服はやっぱり君じゃ分からんだろうから揃えなくともよい。
ついでに次のも買ってきてくれ。
髭用石鹸 毛糸 メガネ用曇り止め 』
始めは思いの外まともなことが書かれていたものの、最後の明らかに私用の買い物リストで台無しになっていた。己は既にロンドン(魔法省)にいるのだからその足で行けばいいものを。
(最後2行は見なかったことにしよう......)
とはいえ、ヴェルの教材は早めに買った方がいいだろう。今までの環境から学校に通えていなかったヴェルは今六歳であるから、五歳から始まる初等教育にも一年遅れていることになる。
また、ホグワーツは中等教育の範囲を扱っており、それ以上ならまだしも入学レベルに足りない範囲はほとんど教材がない。
特に、マグルの教材は必須だ。魔法族の子であれ、マグルの基本的な知識は入学前にある程度は身につける必要がある。マグルの社会すらろくに知らないヴェルがそのままホグワーツで暮らすようになるのは困るだろう。(マグル学の科目で補えなくもないが、それとこれとは微妙に相違点がある。)
かといって、スネイプに教材選びの自信があるわけがなかった。専門とする学問分野しか基本教育熱心ではないため当然である。魔法薬学や、ましてや闇の魔術など何年先の話だろう。
スネイプは大きめの道路に出たところでタクシーをつかまえ、ヴェルと乗り込んだ。運転手に自分達に関心が向かないよう魔法をかけるのも忘れない。黒ずくめの男と痣傷だらけの幼女という風体の二人連れは悪い意味で目立っていた。
それはスネイプも自覚があったのである。
ロンドンに向けて走り出した車の中で、スネイプはヴェルに話しかけた。
「君は字は読めるのかね?」
物珍しそうに窓の外の街並みを眺めていたヴェルは、少し遅れてスネイプを振り返り言った。
「よめるわ」
その口調は意外にきっぱりとしていた。
「なんだ教わっていたのか。どのくらい読める」
「何でもよめるわ」
ヴェルは平然と言ってみせると、やはり町並みが通りすぎていく光景が面白いようで、また窓の方へ顔を向けてしまった。
スネイプとしては、もう少し真面目に答えて欲しかったが、何もかもヴェルにとっては初めてのことばかりなのだから無理もないと妥協する。
ただ、話しかけないでほしいというわけではなさそうなのでそのまま続けた。
「どう教わっていたんだ?」
「うーん、教わってはないわ。家のひとはだれもあたしにかまってやくれないし、本とかはよまないひとたちだったから……
でも、となりに住んでたおばあさんは本が大好きでね、いつも窓ぎわのソファで本をよんでるの。それをあたしもよませてもらうのよ」
「読ませて貰うって、借りて読んだのか?」
「まさか。ただ見てただけ。おばあさんとは、あたししゃべったこともないわ」
スネイプはヴェルの言葉の辻褄が合わないことに困惑し始めた。
(読み物が無い環境で誰にも教わらずに字が読めるようになるはずがない......それに、隣人の読書をただ見ていたというのはどういうことだ?)
そして今のどこかぼうっとしているヴェルの様子もまた、スネイプを不安にさせた。
「ただ見ていただけというのは?」
正気ならこちらが納得できる返しをしてくれ、と思いながら尋ねたが、直後のヴェルの返事はある意味で矛盾を解消するには決定的だった。
「見るというか......おばあさんのね、あたまの中を見るのよ。こっそりのぞくの」
「!?」
「そうするとね、おばあさんが見ている本のページも見えるし、文字のよみかたとか、いみとかを思い浮かべている心の声が聞こえるの。それで色々よめるようになったわ」
スネイプは一人でひたすらに当惑していた。『頭の中を覗く──』『心の声が聞こえる──』というヴェルの言葉が脳内で何度も繰り返される。
すらすらと語るヴェルの言葉は相応に信じ難かったが、嘘をついているようにも思えなかった。
(───まさか開心術か?)
「君は人の考えている事が分かるのかね?」
「ええ、わかるわ」
「では──」
「そんなことより!あたし、字がよめるだけじゃなくて、かけるようになりたいわ。かくのはまだやったことないのよ。がっこうに行けばおしえてくれるんでしょう?てがみもかけるようになる?」
「……あ、ああ。書けるようになる。でないと何も学べん」
その後も結局スネイプはヴェルに流され、肝心なところは曖昧なままにロンドンに着いてしまった。汽車の出発時刻は夜であったが、例の、魔法を使わずに行く手段にどれだけ時間を割かれるか分からないので、ダイアゴン横丁での買い物にはあまり時間はかけられない。
スネイプはローブでヴェルを隠しつつ、注目を浴びないように漏れ鍋を抜けて、ダイアゴン横丁へ出た。そして、初めてのことだらけで興奮気味のヴェルの手をひいて銀行、書店、雑貨店などを巡り、必要なものを揃えていった。
基本ヴェルは店のショーケースが気になる素振りを見せても、スタスタとスネイプについて歩いていた。
しかし、もう少しで全ての用事が済むというところで、ヴェルがスネイプのローブを掴んで立ち止まった。
「どうした」
スネイプは振り返ってヴェルを見た。
「このうた、きいたことあるわ」
「歌?」
スネイプはその時ようやく気づいたのだが、確かにどこかから女の歌う声が雑踏に紛れて響いていた。
その音を追ってヴェルは駆け出してしまったので、スネイプは仕方なくそれについて行った。
しばらく歩くと、商店街の少し開けた場所でささやかな路上演奏が行われていた。ダイアゴン横丁でこの手のものは珍しくはないが、魔法無しでの生演奏にしてはそれなりに見事なものだったため、立ち止まって聞き入るものは少なくなかった。
『魔法薬学以外の芸術』にはてんで疎かったスネイプには音楽のことは分かりかねたが、おそらくはマグルの楽曲だろう。いわゆる、オペラに近いのだろうか。歌詞からしてそのような気がする。
ヴェルはというと、もうすっかり演奏に魅了されているようだった。目を輝かせてひたすらに歌声に聞き入り、微動だにしない。
スネイプの心中では、早々にこの場を切り上げてキングス・クロス駅に向かいたかったのだが難しそうだ。仕方なく、今の曲の区切りがつくまではヴェルに付き合うことにした。
スネイプは待ちながら、ふと思い出した。
(そういえば、この子の母親は歌手だったらしいな...…)
確かにヴェルの母、ダイアナはオペラ歌手だった。もしかしたら生前、娘に色々歌って聞かせていたのかもしれない。
そんなことを考えていると、一旦演奏は止み、代わりにそれなりな拍手が聞こえてきた。その機を逃さず、スネイプはヴェルを促した。
「もういいか。汽車に遅れるぞ」
ヴェルは素直に頷き、スネイプに従ってその場を離れた。
*
ダイアゴン横丁をあとにし、キングス・クロス駅に到着–––したのだが、そこからが大変だった。例の、九と四分の三番線の壁を通らずにホグワーツ特急のホームへ行く方法だ。ダンブルドアから教わったそれは想像以上の道のりで、危うく出発時刻に遅れるところだった。
なんとかホームにたどり着くとホグワーツ特急が二人を迎えてくれた。ただ、普段とは違い車両が一両だけだったので若干迫力に欠けていたものの、それはそれで特別感があって悪くなかった。
「わあ、すごい!」
ヴェルは列車を初めて目にし、大はしゃぎで駆け回った。
一方のスネイプは、任務の山場を越えたという安堵と極度の疲労から特に何の感情も湧かず、運転手を捕まえるや否や切符を渡して「できるだけとばしてくれ」と言いつけ、列車に乗り込んだ。
それに気づいたヴェルも慌ててスネイプの後に続いた。
・・・
列車はホグワーツへ向けて出発した。
時刻はすっかり夜であったが、月明かり列車から見える景色を照らし、とても美しかった。
スネイプはヴェルにダイアゴン横丁で買っておいた軽食があることを伝えると、座席に着いて早々に眠ってしまった。
昨夜は夜通しでヴェルの看病をした挙句、最高に面倒な役目を押し付けられ、もうとっくに体力の限界を超えていたのだ。
ここまでくればいい加減仮眠くらいは許されるだろう。流石にあとのことはダンブルドアがやるに決まっている。
ヴェルは構ってくれる相手がいなくなり少しがっかりしたが、独りには強かったので無理に起こすことはしなかった。
スネイプの向かいに座り一息ついてみると、たちまち空腹感が湧いてきた。それもそのはずである。ヴェルは病み上がりの今日、スネイプの気遣いの欠片もない歩調にあわせて慣れない場所を巡ってきたのだ。本来ならばもっと早くに疲れに気づいてもよかったのだが、今日はそんなことよりも、新たな世界との出会いでただただ胸がいっぱいだった。
窓から星空と雄大な自然を眺め、今日の出来事を思い返しながらサンドイッチを頬張る。
ヴェルの人生は今日のたった一日で大きく変わった。
ほんの数日前まではまさに絶望の渦中にあったというのに、助けてくれる人が現れ、今こうして全く新しい世界へと飛び込もうとしている。まるで夢を見ているようだった。
ヴェルはひとり歌ってみた。ダイアゴン横丁で聴いた、あの歌だ。
スネイプについて行くのに夢中だったさなか、あの曲はヴェルの意識に滑り込んで引き留めた。どこか懐かしく、あたたかで、あらゆる苦しみが溶けていくように感じた。全く不思議な体験だった。
そして思い出した。曲を聴いていたときスネイプが考えていたことを。
(この人、お母さんのこと知ってたんだ……)
そう、ヴェルは気づいていたのだ。曲に聞き入っている一方で、スネイプのふとした心の呟きも意識の片隅に拾っていた。あの時は追及せずになんとなく流してしまったが、今になってすごく気になり出した。
(どこまでお母さんのこと知ってるんだろう...…)
だいぶ早い段階から、あの家の夫婦は自分の血の繋がった両親でないことは分かっていた。
ずっと本当の両親のことを知りたかった。自分が何故あそこに預けられていたのかも知りたかった。
でも彼らは誰も何も知らないようだった。
今、目の前にはヴェルの知りたいことを多少なりとも知っているかもしれない人物がいる。この人の記憶をたどれば何か分かるかもしれない。
ヴェルは眠っているスネイプに目をやった。
そして、いつものように「覗いて」みた。
今日の記憶を遡り、あの歌を聴いた場面へ行く。
[そういえば、この子の母親は歌手だったらしいな...…]
それを見つけると、これに連鎖する記憶の深層へさらに潜る。この瞬間は、何か見えない扉を開ける感覚に近く、その扉が開くと、一気に欲しい記憶が浮き上がってくる───はずなのだが───
「えっ、ひらかない……!」
直後ヴェルは我にかえった。
目覚めたスネイプと目がカチリと合い、これでもかと睨み付けられていた。
一瞬にして空気が凍りつき、言いようのない緊張が張り詰める。
列車の走る音ももはや聞こえない。
すると突然スネイプは身を乗り出してヴェルの顎を鷲掴みし、顔の間近で低く言った。
「二度とやるんじゃない。」
スネイプの瞳と声はとてつもない怒りを帯びていた。
「わかったな」
ヴェルは恐怖した。……というよりも呆気に取られてしまったのだが、ただならぬ身の危険を感じ取り、必死で頭を縦に振った。
しばらくの沈黙の後に、スネイプはようやくヴェルを解放した。だがその表情はさらに険しく、いつまでもヴェルを睨みつけたままだった。
今のヴェルの耳には、つい先ほどの静寂とうって変わって、自分の心臓の拍動がけたたましく響いていた。
それは恐怖が故でもあったのだが、それよりももっと別の感情によるものであった───
────ヴェルはスネイプを「覗く」ことができなかったことに、ただひたすら驚いていた。
ヴェルがまさに信じられないという表情をしていると、スネイプは怪訝そうに眉をひそめた。
「何か、言いたそうだな」
ヴェルは一度上目遣いにスネイプを見、ゆっくり息をはいてから言った。
「……まさか、“ひらかない”人がいるなんて……」
聞くとスネイプはなんとも言えない顔をした。
「……だって、せんせいがはじめてよ。あれがひらかないのは。他の人たちはみんなすんなり心を見せてくれるのに……」
スネイプは黙って聞いていたが、ヴェルがゴニョゴニョ喋り始めると、溜め息をついて面倒そうに言った。
「いいかね、お前のそれは魔法だ。人の心や記憶を見ることができる、開心術という魔法だ。そして、我輩が用いたのも開心術を防ぐ閉心術という魔法なのだ」
ヴェルはまた驚いた。
「これが、まほう……?」
ヴェルは目を見開いた。
月明かりが二つの大きな瞳を照らし、その緑色を浮かび上がらせる。
それは不意にして、かつての幼少のリリーと重なってスネイプの目に映った。
「君は魔法が使えるんだ」と彼女に伝えたあの瞬間の、あの彼女の顔。それと重なった。
「だれ?その赤い髪の子───」
また無意識にスネイプの脳裏を見てしまったヴェルが言った。
それにスネイプは我に返り、再び機嫌を悪くする。
「言った側から...それをやめろと言っているんだ。その年端で自在に使えるのは大したものだが、やはりホグワーツで使い方を学んでからだ。不用意に使うと自他ともに傷つけかねん」
するとヴェルは少し顎を引き、渋々というように言った。
「……わかったわ。ごめんなさい」
それから再び窓の外を眺め始めた。
「ただ、せんせい、あたしのお母さんのこと知ってたみたいだったから……」
月光に照らされるヴェルの横顔を見ながら、スネイプはなんとも言えない表情をした。
スネイプは確かにヴェルの母親を知っていた。
ダンブルドアの命令で、ヴェルを守るため、家族の身辺調査を密かに行っていたときのことだった。調べる中で色々掴んだ。
ヴェルの父親は、魔法族の名門純血一族の生まれだが、スクイブだったため破門され、マグル界で起業家として成功したこと。ノウルの血を引く母親は、オペラ歌手だったことなど。
そして、そのヴェルの母親──ダイアナは、リリーの旧い親友であったと知った。
ある時偶然、リリーが書いた、ダイアナ宛ての手紙を見つけたのだ。
それらは大切に保管されていた。
ダイアナは几帳面にも、自分がリリーに宛てて書いた文章も控え、かつ、どれも抜けなく当時の日付が書かれていたために、二人のやり取りが詳細に分かった。よっぽどリリーとの繋がりを大事にしていたのだろう。
手紙は、リリーがスネイプと出会う前に書かれたものが殆どだった。ダイアナはリリーがごく幼い頃の友人で、リリーがスネイプと出会い、ホグワーツに進学したことで疎遠になってしまったとすれば、スネイプとダイアナが過去に面識がないのは説明がつく。(後にダイアナの詳しい素性も分かってくるのだが。)
他愛ない内容の手紙が多い中、スネイプはある事実を発見した。
『ダイアナへ
さいきん、会えてないけど、元気にしてる?
この前わたしにね、とってもふしぎなことがおきたの。あなたのとってもすてきな緑色の目を毎日考えてねていたらね、ある朝、とうとうわたしの目も緑になってたのよ!ほんとよ!まるで、まほうみたいに!───』
確かに、よく見るとダイアナの瞳は、リリーのそれであった。
否、リリーの緑眼はダイアナのものだったのだ。
おそらくは、リリーの何らかの魔法が、子供ゆえに突発的に発動し、ダイアナの瞳を写し取るようにして、リリーの緑眼は成されたのだろう。
それを悟った瞬間、スネイプは驚愕した。あのリリーの、赤毛と並ぶ象徴であった緑眼にそのような秘密があったとは思いもよらなかった。
とはいえ、それによってスネイプのリリーへの愛がどうこうなるわけではない。
ただ、リリーの友人のダイアナと、ダイアナからしっかり緑眼を受け継いだヴェルに対して、赤の他人よりも当たりが優しいのは確かであった。(さらには自分の所為で親を失わせてしまったのだから……。)
・・・
「お前の母親のことは……名前くらいしか知らん。ダイアナとだけ聞いた。
……まあ、あとは歌を歌っていたことくらいだな」
スネイプは全て隠す気にもなれなかったが、あまり詳しく伝えるわけにもいかなかった。いずれ詳しいことを伝えるときは来る。
これで納得してくれるかヴェルの様子を伺う。
「そう……」
しばらくしてそれだけ返ってきたあと、ヴェルは黙ってしまった。
列車内へ吹き込んでくる夜風が二人をひんやりと吹き抜ける。
少しずつ緊張が解け、疲れと眠気を思い出したスネイプはもう一度眠りにつこうと身じろぎし、瞼を閉じようとした、が───
「せんせいも人のこころをよめるの?」
ヴェルは思い出したように言った。そしてスネイプに向き直る。
「その『なんとかじゅつ』ってまほう、使えるの?」
ヴェルは少し体を乗り出してスネイプを真っ直ぐに見た。
「ああ」
「あたしにやってみてよ」
その言葉にスネイプは眉間に皺を寄せた。
ノウルであるヴェルには開心術など効くはずがない。
しかし一度使えると言ってしまった手前、下手に誤魔化しても食い下がられるだろう。
直球に、お前はノウルだと伝えるしかないが、魔法界を何も知らないヴェルにそれがどういうことか理解できるだろうか。
「……お前に、開心術をかけることはできない」
「どうして?」
「お前は魔法がかからない血の生まれだからだ。開心術だけではない。あらゆる魔法が、お前には一切効かない。今こうして魔法を使わずにホグワーツへ向かっているのもそれが理由だ」
ヴェルは全く予想していなかった答えに心底驚き、目を見開いた。
「まほう、かからないの?私に?」
「そうだ」
「まほうって、かかる人とかからない人がいるの?」
「いいや。かからないのはかなり特殊だ。おそらく、今この世界には片手で数えるほどもいない」
「え……」
「その上、お前は魔法がかからないにも関わらず、魔法が使える。これは絶対に過去にも未来にもお前ただ一人だけだ。
ホグワーツでも、他の魔法使いや魔女とは少なからず違う生活を送ることになるだろう」
ヴェルはもはや言葉を失い、固まってしまった。
そして最後にスネイプはこう添えた。
「お前は、魔法界で最も特別な魔女になる……」
列車の窓からは、ホグワーツ城が見えてきた……。
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