ホグワーツに帰ると、ダンブルドアが出迎えた。
「おかえりヴェル、セブルス。
デートはどうじゃった?」
開口一番いつもの校長(絶好調)だった。
「あ、うん。楽しかったわ。ダンブルドア先生」
一瞬、例の杖の件が頭をよぎったが、ヴェルはそれを振り払うように答えた。
スネイプもすかさず言った。
「校長。ヴェルがお聞きしたいことがあるとか」
「そうか、なにかね、ヴェル」
ダンブルドアに尋ねられ、ヴェルはハリー・ポッターのことだと思い出した。
ここではだめだ。スネイプはおそらく立ち会いたくないのだろうとヴェルは思った。
「部屋に荷物を置いたら、校長室に行ってもいい?」
「いいとも。今からおいでなさい」
ダンブルドアが言うなり、いつの間にか現れた屋敷しもべ妖精が、ヴェルの学用品の入ったカバンやセーラを引き取った。
そして「先に戻っている」とスネイプが地下の部屋に向かって歩き出し、それに屋敷しもべもテクテクついて行ってしまった。
その背中を横目に、ヴェルはダンブルドアとともに校長室へ向かった。
*
「さて、話とはなんじゃ?ヴェル。わしはどんな恋の相談でも大歓迎じゃ」
(もういいってそれ)
ダンブルドアはヴェル相手だと開心術が効かないため、だいぶ会話が投げやりになるようだった。ヴェルは最近それに気づいた。
先手を打たれ、ハリーの話題を出すのがやりにくく感じたが、気にしたら負けだ。さっそく本題に入った。
「そんなんじゃないわ。
『ハリー・ポッター』のことを聞きたいの」
ヴェルは、スネイプに聞いた時と同じわけを説明して、ダンブルドアにお願いした。
スネイプが機嫌を損ねて結局取り合ってくれなかったことを言うと、ダンブルドアは目を細めて頷いた。
「そうじゃな。スネイプ先生はな、その話には向いておらんからの。
よいじゃろう。わしから話してあげよう。かけなさい」
ダンブルドアはヴェルをお気に入りのソファに座らせた。自分も対のソファに座り、魔法でレモンティーを淹れる。
そして昔話のように、ハリーの話をした。
「20年ほど前じゃな、魔法界で、暗黒の日々が続いた時期があったんじゃ。ある魔法使いが闇の魔術に傾倒し、闇の帝王と呼ばれる存在となって、仲間を集め、魔法界を恐怖に陥れていた。
そやつの名前は「ヴォルデモート」という。しかし、多くの魔法使いは恐怖のあまりやつの名を口に出すことさえ恐れるようになったのじゃ。そこでやつを示す言葉として『例のあの人』や『名前を言ってはいけないあの人』などと言うようになった。今もみなそう言っておる。
やつの手によって当時恐ろしいことが色々起こっての。多くの者が不幸の中にいた。
もちろん立ち向かう者もいた。だがみな殺されたのじゃ…。
そんな中、唯一やつに狙われて生き残った男の子がいた。その子を守ろうとした両親はやつに殺されてしまったがな……。その生き残った男の子が『ハリー・ポッター』なのじゃ」
ダンブルドアは淡々と語った。「世間でのこと」を。
ヴェルは黙って耳を傾けた。
なんとなく察していたことと、ダンブルドアが語ったことは、大方合っていた。いくつか聞いてみたいことが浮かんでいたが、何から聞こうか、少し考えた。
「その、ヴォルデモート──あ、『その人』は、そのあとどうなったの?」
「それがな、消えたんじゃ。ハリーを襲ったその夜にな。赤子の額に傷だけをつけて、消滅したのじゃ。ハリーがやつを殺して死んだと言っている者もおるがな、やつはまだどこかにいるが、力を失ったと考える者が多い。
とはいえ、あの晩ハリーがやつを追い込んだと考えるのが自然じゃ。だからその子は今や魔法界で知らない者は居ないほど有名になっておる」
「その子が次の新学期からホグワーツに来るのね」
「そうじゃ。君と同じ、11歳で今度入学してくる。その時に会うじゃろうな」
自分と同級生になる少年。ハリーはどんな子なのだろうか。ヴェルは考えた。
そしてあることに思い至って、口を開きかけた。しかし、ダンブルドアに言ってみるのを少しためらった。
結局ダンブルドアが言ってみなさいと尋ねてきたため、口に出した。
「……ハリーも、『私と同じ』だったりする、の?
魔法をかけられたのに死ななかった、ってことでしょう?」
「いいや、ハリーは普通の魔法使いと魔女の子供じゃ」
「じゃあどうして?」
「そうじゃな、ハリーは『死の呪い』をやつにかけられたのに、死ななかった。ノウルの君なら『死の呪い』も当然効かんじゃろう。
だが普通に生まれたあの子が死ななかったのは、一体なぜじゃろうな?」
ヴェルを見つめるダンブルドアの目はキラキラと輝いていた。
ヴェルはしばらくの間考えを巡らした。だが、とうとう、はっきりとした答えには辿り着けなかった。ただ思いついたことを言ってみた。
「……それが『奇跡』ってこと?」
ダンブルドアは目を細めて、そしてゆっくりと頷いた。
「そうじゃな。『奇跡』じゃ。
君もそうだが……」
ダンブルドアは一度言葉を区切って、それからまた続けた。
「実はな、君がホグワーツにいて秘密なのは、世間を騒がせないためだけではない。ノウルである君の存在が、今も残っているかもしれない奴の仲間──闇の勢力になるべく知られないようにするためでもあるのじゃ」
ヴェルはハッとした。
「ヴォル……『例のあの人』がいなくなっても、その仲間はまだいるかもしれないのね」
もしその仲間に、ノウルである自分の存在が彼らに知られれば、何が起こるか分からない。危険なことになるかもしれない。
その理由があったから、ヴェルは魔法界に知られないように、ノウルの血を隠してきたのだ。
(私、今までずっと守られてきたのね。このホグワーツで)
それに思い至って、ヴェルは胸が熱くなるのを感じた。
ハリーの話から、まさか自分の立場の背景に辿り着くとは、予想しなかった。
そして、ハリーも、彼らに存在が知られなければ、狙われて不幸に遭うこともなかったのかもしれないと、少しだけ思った。
「ハリーは、両親が死んでしまって、そのあとどうしたの?」
ハリーも守られているのだろうか。ヴェルはふと聞いた。
「親戚の家に預けられて、平和に暮らしておるよ」
「そう……」
鏡写しのような立場のハリーとヴェル。だが、その境遇に重なる部分も多いことに、ヴェルは不思議な気持ちになった。
色々なことを考えながら、ヴェルは残りのレモンティーを飲んだ。
その後ヴェルはそれ以上は質問をしなかったので、ダンブルドアは追加のお茶とお菓子を魔法で現わして、そのまま女子会(?)に持ち込んだ。
「ほれ、レモンキャン──」
「もうレモンはいい」
ダンブルドアとそれから、今日のダイアゴン横町でのこと(杖のことも)を話したり、フレッドとジョージのことを話したりして、時間が過ぎていった。
*
満足して、もうそろそろ部屋に戻らなきゃと校長室を出て行ったヴェルを、ダンブルドアは見送った。
そして別れ際に言った。
「部屋に戻ったら、ハグリッドのところに行ってやりなさい。君のふくろうを見たがっていると思うからの」
世話の仕方も教わるとよい、と付け加えた。
頷いたヴェルは、手を振って校長室をあとにした。
ダンブルドアは奥に戻ると、止まり木に佇む不死鳥のフォークスに目をやった。
そのまま宙に向けて、言った。
「君が話してやっても、わしは別に構わなかったのだよ」
フォークスは首を傾げた。
「いいえ。校長にしか語れますまい」
だが、答えたのはスネイプだった。言いながら、ドレープカーテンの奥から姿を現した。
二人の会話を、スネイプは陰で聞いていたのである。始めから。
「おぬしが良いならよい……」
ダンブルドアは、スネイプの予想通り、ヴェルが自分とポッター家の事件との関係に勘付くことがないよう、また、ダンブルドア自身とスネイプもそれに関わっていることに触れないよう、彼女に語って聞かせた。
だから、ヴォルデモートがなぜハリーを狙ったのかも、ポッター家の事件がハロウィーンであることも、リリーの愛の護りについても口にしなかった。それでいて、世の中に出回っている情報には矛盾なく伝えられている。相変わらず抜け目のない秘密主義者だ。
ただ、デスイーター、もとい、ヴォルデモートからヴェルを守っていることは気づかせた。きっとそれで正しかったのだろう。この先、ヴェル自身が無防備なままではいられないのだから。
そういえば、ヴェルは、スネイプがデスイーターだったことも知らないのだ。
腕に刻まれた闇の印も、スネイプは一度として見せたことはない。
よくこれまでうまく隠してきものだ。
しかし、これから先もし、闇の帝王が復活するとなったら、もう隠し通せないだろう。
その時には、腹をくくらなければならないのだ。
だが今は考えたくはなかった。
スネイプは、ヴェルに話をしてくれたことに、ダンブルドアへ(おざなりにでも)礼を言った。
「君も、今日はご苦労じゃったな、セブルス」
ダンブルドアは振り返り、スネイプを見た。
「ヴェルの言っていた、杖について、聞かせてくれるかの。その話をしに来たのじゃろう?」
「はい」
スネイプはローブの奥から、杖の入っている箱を取り出した。
それをダンブルドアに差し出すと、オリバンダーの店でヴェルがそれを手にした詳細を話しはじめた。
話を聞きながら、ダンブルドアは箱を空け、中の杖を魔法で浮かばせた。そのまま空中でじっくり観察した後、慎重に手で触れてみた。
指先で端から端までなぞると、もう手にすることはなく、箱にそっと戻した。
「やはり、ただの杖ではないのう。心材に、ディメンターの爪とは……」
「校長もこのような品はご存じありませんでしたか」
ダンブルドアは頷いた。
「オリバンダーの言う通り、ゼノン家の品であると考えるのが自然じゃな」
「ゼノン家には、まだ、我々の知らない秘密があると、吾輩は思うのですが」
「あるじゃろうな」
ダンブルドアは箱の中の杖に目を落としたまま、深く考え込んでいるようだった。
スネイプはその様子を見つめた。
「我々が掴んでいる情報だけでも、あれにはまだ伝えないのですか」
「入学までには話すことになるじゃろう」
「組み分けのことですね」
ゆっくりと杖から目を離し、ダンブルドアはスネイプと向き直った。
「セブルス……」
「迷うことはありますまい」
「いいや、迷うとも」
ダンブルドアは言った。
「……この世はな、『正答』がそのまま『正解』になるとは限らないのじゃよ」
スネイプはその言葉に、目を伏せた。
そしてダンブルドアは箱に蓋をすると、近づいてスネイプに手渡した。
「ありがとう、セブルス。もう戻りなさい。
あの子が待っておるよ」
入学準備3へつづく