あっという間に季節は過ぎ、夏休みになった。学期が終わると、教師たちもようやく羽を伸ばせる──のは、来年度に向けての雑務を片付けてからだった。前年の報告書を書いたり、来年度の授業計画を立てたり。一番手間なのは、マグル生まれの新入生に入学の案内に出向くことだった。教師で分担して各家庭を訪問するのだが、正直、向き不向きもあるし、当たりはずれもある。毎年のことなので、もういい加減慣れたいが、スネイプには気が重い行事だった。
ヴェルはと言うと、夏休みは退屈でしょうがない。以前は生徒たちが帰省するこの時期が気の休まる期間であったが、ホグワーツ生の活気に親しみ、フレッドとジョージと友達になってからの夏休みは、面白みが半減するのだった。
その代わりかはわからないが、ヴェルは学期中にできないこと、つまり、ホグワーツの城を遠慮なく闊歩して回り、先生たちや住人たちと堂々と交流するのがこの時期の醍醐味だった。
とはいえ、ぼーっとしてもいられない。遊ぶ片手間に予習をした。せっかく早くに学用品を手に入れたので、本を開いて、杖を手に馴染ませた。(教師の目がないところで杖は携帯するなと言われていたので、フレッドとジョージに貰ったケースと一緒に普段は部屋に置いておいた。)
それに、この夏は、ヴェルは考えなくてはならないことがあった。
組み分けである。
入学の歓迎会では、新入生は組み分け帽子を被り、全校生徒の前で入る寮が発表される。しかし、帽子は魔法で生徒の性質を見抜くのであり、ヴェルにはそれが効かないのだ。
だから、ダンブルドアはヴェルに、自分で寮を選んでおき、歓迎会では他の生徒と同じように振舞うよう伝えた。
ヴェルはどの寮に入るか決めるのにとても難儀した。
フレッドとジョージはヴェルをグリフィンドールに誘ってきたが、他の寮の先生やゴーストもそれぞれの寮をヴェルに勧めてくるのであった。
なかなか答えを出さないヴェルを見かねて、ダンブルドアは組み分け帽子と相談するよう提案してくれた。
ヴェルは帽子と色々な話をした。まずは自分を知ってもらおうと話し始めたのだが、いつの間にか雑談の要素が増えてきて、あっという間にお喋り友達になった。
「穏やかで、かつ明るく社交的。誰に対しても分け隔てなく接する性格は、ハッフルパフ。
勉強も純粋に好きで、要領も良いところは、レイブンクローで申し分ない。
善行を好むし、勇気も備わっているから、グリフィンドールも良いだろう……」
帽子はヴェルのことを分かってくれた上で、親身に、どの寮がいいか一緒に考えてくれた。
「うーん。スリザリンはどうなの?」
「スリザリンも、良い……」
ヴェルが聞くと、帽子は突然、歯切れが悪くなった。何かを言おうとして、迷っているような様子だった。
「どうしたの?言ってみてよ」
帽子はヴェルに言われ、慎重に口を開いた。
「……君にゼノン家の血が入っているのであるならば、やはりスリザリンだろうと思うのだよ」
言わざるべきか迷っていたが、と帽子は言った。
「え……」
ヴェルは、意外なことを言われて、戸惑った。
「どうして、パパの家が? ゼノン家はずっとスリザリンだったの?」
ヴェルは、ゼノン家がどんな一族か、それまで考えたことがなかった。父親は魔法学校には通っていなかったからだ。しかし今思えば、純血の魔法族だったのなら確かに、祖父などはスリザリンだったのかもしれない。同じ純血でも、ヴェルにとってはウィーズリー家の印象が強かったため、うっかりしていた。
「いいや……まあ、そうとも言えるな」
ヴェルの反応を見て、帽子はゼノン家についてのことを語った。
「ゼノン家はな、厳格な純血主義の一族だった。血の穢れを忌み嫌い、スクイブも容赦なく切り捨て、スリザリンを狂信していた……。
ここ数世紀、わたしは名前を聞いていなかったのだ。血が濃くなりすぎて、根絶していたと思っておったがな……。君の名前を聞くまでは」
それはヴェルに大きな気づきを与えた。だんだんと、納得できる点がいくつか浮かび上がってきた。
純血一族であったこと。父が破門されたこと。他に親族がいないこと。これらは純血主義だったからなのだ。徹底した、純血主義……。
(もしかして──)
嫌な予感がした。
先生たちはは知っていたのだろうか……いや、知っていたの違いない。そして、ヴェルが今考えていることの答えも、知っているに違いない。
その後、ヴェルはダンブルドアに聞くことにした。
校長は天文台にいた。階段を上がったところから、ヴェルは景色を眺めるダンブルドアの背中に声をかけた。
「ダンブルドア先生……」
ヴェルの声を聞いて、ダンブルドアは振り返った。
「おおヴェル、よく来たのう。こんなところまで。
寮は決まったかね?」
微笑んで迎えてくれるダンブルドアに近づき、目を合わせないまま、ヴェルは首を横に振った。
「どうしたんじゃ?言ってみなさい」
ヴェルはなかなか口を開けなかった。
しばらくためらった後、とうとう言った。
「組み分け帽子から聞いたんだけど……」
「なんじゃ?」
「ダンブルドア先生は、私のパパの家がスリザリンだったのは知っていたの?」
ダンブルドアはヴェルの問いに、うーむと唸った。
「いいや。まあ、知ってはいるがな。少し違う。
君のお父上がいた家に、スリザリンの出はいないよ」
「……ゼノン家はスリザリンを崇拝してたって帽子は言ったわ」
「帽子の言う通り、非常に近いものはある。あれが言うのなら、大昔にスリザリンに傾倒していたのは本当なのじゃろうが」
釈然としないヴェルに、ダンブルドアは、まあゆっくり聞きなさいとなだめるような仕草をした。
「ゼノン家は、そもそもホグワーツに馴染みがないのじゃ。
わしらも、君の存在を知ってから調べてみて、ようやく多少のことが分かっただけなのじゃ」
ダンブルドアはそれから詳しいことを教えてくれた。
ゼノン家は英国の由緒正しい魔法族だったが、家の方針上、子女の多くはダームストラング専門学校に入学していた。そのため、ホグワーツでのゼノン家の名は昔から有名ではない。そして、ヴェルの父の時代にはすでに存続の危機にあり、今となっては家自体が古代の遺物であった。
「ダームストラング専門学校って、ホグワーツの他の魔法学校よね」
「そうじゃ」
「そこって……」
ヴェルは前にホグワーツ以外の魔法学校についても少し話に聞いたことがあった。そのとき、ダームストラングの特色を聞いたはずだった。
ダンブルドアはヴェルの言いたいことを察した。
「ああ。きみの考えている通りじゃ」
そして、ヴェルの目を見て逸らさずに言った。
「ゼノン家は闇の魔術に長けていた」
ヴェルはやはり、と思いながらも、がっくりと気分が沈んでいくのを否めなかった。信じていたもの、無知なまま幸せに生きていた世界が、音を立てて崩れていくように思った。
ダンブルドアはヴェルに歩み寄ってその肩に触れた。
「あの杖も、そうなの……?」
ヴェルは、聞いた。
帽子と話したときから、『杖だ』と思った。オリバンダーがゼノン家の品だと断言した、明らかに怪しいあの杖。絶対に善からぬ秘密が隠されている、ヴェルにだけ触れられる杖。
「ディメンターが何かは知っているね?」
ヴェルは頷いた。
「アズカバンの、闇の生物」
「左様。それが芯材に使われているとなれば、闇の魔法との関りは、否めないじゃろう」
ダンブルドアに言われ、ヴェルは黙り込んだ。
色々な考えが頭の中を渦巻いていた。どれも嫌な考えだった。
「がっかりしたかね」
頷いた。
自分が、闇の魔術と因縁があるということは、まるで実感がなかった。だが、ダームストラングと、杖という言い逃れのできない事実に、もはや向き合うほかはない。どう受け止めたらいいのか、ヴェルには分からなかった。
そして、最大の懸念が浮かんできた。
「あの、ハリーの……『例のあの人』の仲間は──」
「君の家とヴォルデモートとは関係ない。本当じゃ」
安心しなさい、とダンブルドアはすぐに否定してくれた。
先ほどの通り、英国魔法界でのゼノン家の存在は無いに等しく、デスイーターとも何ら関りはなかった。これは事実だった。
ヴェルは、それだけはどうか、と思っていた不安が消えたことには、束の間ホッとした。
だが、すべての暗い気持ちが晴れるわけではない。
ダンブルドアとヴェルは、天文台の張り出しから、湖や遠くの山野の景色を眺めた。
「きみは、自分のことをどう思うのじゃ」
ダンブルドアは尋ねた。
「闇の魔術に向いていると思うかね」
ヴェルは考えて、首を横に振った。
「わたしは、あんな杖、使いたくない。できることなら」
「そう言うと思っとったよ」
「でも、杖は私を選んだ──」
ダンブルドアはヴェルに向き直り、言った。
「囚われるでない、ヴェル。血に囚われることはない。きみの人生はきみのものなのじゃ。他の誰のものでもない」
そして老人の大きな手が、ヴェルの頭を撫でた。
「きみはとてもいい子じゃ。闇の魔術など、かけ離れておる。誰もきみを疑いはすまい」
ヴェルもダンブルドアを見上げた。
「他の先生たち……寮監の先生たちには、伝えてある。じゃが、きみにその素質があるなどとは、誰も夢にも思っていないよ」
ダンブルドアは、スネイプと、各寮の寮監であるマクゴナガル、フリットウィック、スプラウトにのみ、ゼノン家のことをヴェルの寮決めに際して伝えていた。
スネイプ以外、マクゴナガルたちは始め動揺していたが、それは、ヴェルの性格を鑑みても信じられないというジレンマからだった。そして、「あくまで古(いにしえ)の因縁じゃ。ヴォルデモートとも、ヴェル本人とも関連づけることはない」というダンブルドアの言葉に、苦い気持ちを飲み込んで、承知してくれていた。
信用できる講師たちだ。彼らは決して他言することはない。
「今までも、これからも、きみは真っ直ぐ育っていける。ありのままでいなさい。きっと正しい道が見えてくる……」
ダンブルドアの瞳を、夕日が照らして輝かしていた。
それを見つめるうち、ヴェルは、先ほどまでの冷たい気持ちが溶けていくのを感じた。
「ありがとう。ダンブルドア先生」
ヴェルは、微笑んだ。
ダンブルドアも、一度頷いてメガネの中の目を細めた。
「でも、寮を決めるのは、もう少し時間がかかりそう。
待っていてくれる?」
「ああ、待つとも」
*
夕日をしばらく眺めたあと、空が暗み始める前に、ダンブルドアとヴェルは天文台から階下に降りていった。
「そうじゃ、もうすぐきみの誕生日じゃな」
ダンブルドアは階段を降りながら言った。
「今年は先生たちを集めてパーティーにしようかと思うのじゃが、どうじゃ?」
「ほんと!?」
「ああ。楽しみじゃな」
ダンブルドアの提案に、ヴェルは笑顔になった。今までも、教師たちはヴェルの誕生日を祝ってきてくれたのだが、それぞれ忙しく、パーティーに至るには今までなかなか上手くいかなかった。
きっと、入学前最後の夏の素敵な思い出になるだろう。ヴェルは気分が高鳴った。
「クィレル先生は覚えているかね?」
ダンブルドアはふと聞いた。
「うん。覚えてるわ。1年前のことだもの。旅に出たんでしょう?」
クィレルはヴェルがホグワーツに来たときから教師をやっていて、マグル学を教えていた。ヴェルにも、時々は勉強を教えてもらっていた。ノウルのヴェルに興味を持っていたようではあるが、控えめな性格で、他の先生たちに比べるとあまり交流はない方だったが。
「今度、ホグワーツに戻ってくるそうじゃ。来年度からの『防衛術』の授業をお願いしようと思っておる」
「そうなのね」
久々に旅の話とかも聞いてみたいな、とこの時ヴェルは思っていた。
*
7月末。先生たちの仕事も落ち着きはじめた頃、ヴェルの誕生日が訪れた。
その日は、ダンブルドアがホグワーツにいる教師たちをなるべく集めて、広間でパーティーを開いてくれた。
屋敷しもべ妖精が普段よりちょっと良い料理を準備してくれて、飾りつけされた大きなケーキもある。
ゴーストたちも揃って、バースデーソングを歌い、ダンブルドアが魔法で花火のように花びらの雨を降らせた。
食事の途中、隙をついて、ピーブスがヴェルの顔面にケーキを投げようとした。が、フリットウィックが気づいて咄嗟に空中で取り上げ、続いてマクゴナガルが変身術をかけて花かんむりに変え、ヴェルの頭にふわりと乗せたという事件もあった。
先生たちの機転で事なきを得たが、ゴーストたちはブチギレ。血みどろ男爵が代わりのケーキを持ってくるようにピーブスを厨房へ追い立てた。
そして、なんだかんだ楽しい時間が過ぎていき、最後にプレゼントを受け取った。
ダンブルドアからは真実薬一瓶、マクゴナガルからは書見台、フリットウィックからは魔法声楽の教材、スプラウトからは薬草の精油、ハグリッドからはセーラの手入れ道具、スネイプからはガラスペンをもらった。※詳細はおまけ参照
どれもヴェルの喜ぶものばかり。特に、ダンブルドアとフリットウィックのプレゼントには大興奮だった。(ダンブルドアは明らかにヴェルの人気投票の得票稼ぎ目当てに思えたが。)
その日は、ヴェルの今までの人生でこの上なく幸せな日に思った。ヴェルはホグワーツで、本物の家族の中にいた……。
*
誕生日から数日後。7月31日。
「ハグリッドー!どこー、いないのー」
朝食後、ヴェルはハグリッドと遊ぼうと森番の小屋に来ていた。しかし、そこにはファングしかいない。城に戻りながらぶらぶらと探していると、フィルチに会った。
「あ、フィルチさん、ハグリッド見なかった?小屋に居ないの」
フィルチはぶっきらぼうに答えた。
「やつは昨日の夜中から出かけてるよ」
「そうなの?どこに行ったの?」
ヴェルの2個目の質問には、フィルチは答えなかった。ただ笑って、背中を曲げて立ち去って行った。いつものことだ。
その後ヴェルはマクゴナガルに会った。ハグリッドのことを聞くと、彼女はちゃんと答えてくれた。
「ハグリッドは新入生の入学案内に出かけたんです」
「え、ハグリッドも案内しに行くの?マグルの家の子びっくりしない?」
「ええ、するでしょうとも。でもダンブルドア先生たってのご指名だったんです。私も色々思うところは言いましたがね。
もっとも、今日尋ねる新入生はマグルの生まれではないですが……」
マクゴナガルの話を聞き、ヴェルは少し考え、ピンときた。
「もしかして、ハリー・ポッター?」
マクゴナガルの四角いメガネがキラリと輝いた。
そして彼女は頷いた。
「そうです。少々面倒事が……大したことではないですが、あったそうなので、ハグリッドが案内に向かったんです。
学用品の購入もダイアゴン横町で付き添うと思いますから、そうですね……きっと夕方まで帰ってこないでしょう」
ヴェルはふーん、と言って、今日の遊び相手をマートルに変更した。
夜になって、ハグリッドはホグワーツに帰ってきたらしいが、ヴェルはすっかり眠っていしまっていた。
結局会ったのは翌朝で、ハリー・ポッターの話を聞こうとうずうずしていたヴェルは、今日はスネイプが出かける日だということに気づかなかった。
「ハグリッド、昨日ハリー・ポッターに会いに行ったんでしょ?」
「おおヴェル。知っちょったか」
ハグリッドは小屋の前で薪割りをしていた手を止めた。
「話いろいろ聞かせて?」
「あ、おう、いいぞ……(グリンゴッツは黙っておかねば……」
「え?」
「あ、いや、なんでもないさ。ハリーのことな、話してやろう。上がれや」
それから小屋でハリーの話を聞いた。マグルの家や街がどうだったとか、ダイアゴン横町で買い物をしたこととか。ハリーが瘦せっぽっちの可哀そうな子だということをハグリッドは話した。
「ハリーの従兄のおしりに、魔法で豚の尻尾を生やしちまったことは黙っておいてくれよな……」
「う、うん、わかった……」
*
一方、ヴェルがハグリッドの話を聞いている頃、スネイプはマルフォイ邸を訪問していた。
スネイプの学生時代からの先輩であり、ホグワーツの理事会員でもあるルシウス・マルフォイ。その一人息子のドラコが来月ホグワーツに入学し、(ほぼ絶対)スリザリンに入るとあって、スネイプは寮監として、その入学祝いと、挨拶伺いのために訪れたのであった。
「セブルス、よく来たな」
「ご無沙汰しております」
ルシウスはスネイプを迎え入れた。
「ちょうどティータイムにするところだった。ナルシッサとドラコもいる」
広大なマルフォイ邸の廊下を行き、ルシウスは中庭に面したサンルームにスネイプを通した。
そこには奥方のナルシッサと息子のドラコがもう座っていた。
屋敷しもべ妖精のドビーがティーセットを用意し終えたのだろう。空のトレーを抱えて脇に控えていたが、ルシウスがスネイプを連れてきたのを見て、慌てて椅子をもう一つ持ってきた。
スネイプはナルシッサとドラコに挨拶した。
「ご機嫌よう、セブルス。久しぶりね」
ナルシッサもスネイプに微笑んで、ドラコも「こんにちは、スネイプ先生」と返した。
「……元気そうで何よりだ、ドラコ。来月からホグワーツだな。スリザリンで大いに励むとよい」
スネイプが椅子に腰を下ろすと、ルシウスがティーポットを手に取ったドビーを顎で制し、自らカップを回した。そしてナルシッサの去れという視線を汲んで、ドビーはお辞儀をして立ち去った。
「昨日、ダイアゴン横丁でドラコの学用品を買いに行ったところなんだ。杖も新調したし、マダム・マルキンの店で制服の仕立ても済ませた」
ルシウスは誇らしげに息子の顔を見たが、ドラコの方は少し不満げにカップの縁をなぞった。
「父上、昨日の仕立て屋での話ですが……。僕の隣で採寸していたやつ、やはり気に入りません。あんなのもホグワーツに入学して来るなんて」
「ああ、あの話か」
ルシウスが鼻で笑うと、ドラコはスネイプの方に向き直り、饒舌に語り始めた。
「仕立て屋で会ったやつがホグワーツの森番と一緒だったんです、先生。そいつ、魔法界のこともろくに知らない上、親もいない、と。
挙句の果てに、あの野蛮な森番のことを『最高だと思う』なんて言ったんです。
どうかしてると思いませんか、父上」
「ああ、まったくだ。あんなものに世話になっている時点で、お里が知れるというものだ。ダンブルドアもあれをいつまでホグワーツに置いておくつもりなのか」
ドラコとルシウスの話を聞きながら、スネイプは考えた。
(ハグリッドと一緒だった……? ああ、そういえばあれはハリー・ポッターの入学案内に行っていたんだったな、昨日。ではドラコが会ったのはポッター本人か……)
スネイプは一度紅茶に口をつけ、言った。
「ダンブルドアのお気に入りは妙なものばかりですからな。
……その少年が何者であれ、ハグリッドの世話になっている時点で、ホグワーツでの前途はお察しでしょう」
「まったくだ。ドラコ、あまり関わるんじゃないぞ。付き合うべき友を見定める目を、お前は生まれ持っているはずだ」
ルシウスは息子を見つめ、ドラコもそれに微笑んで、こくりと頷いた。
そして頃合いを見て、ナルシッサが優雅に立ち上がった。
「さあ、ドラコ。ニンバスとファイアボルトシリーズのカタログが届いているわ。お部屋で一緒に見ましょう?
セブルス、ゆっくりしていってちょうだいね」
席を立って、スネイプに一度お辞儀をすると、ドラコも母に続いて部屋を去った。
サンルームにはルシウスとスネイプのみ。辺りには、ティーセットが触れ合うかすかな音だけが残った。
ルシウスは空間に邪魔よけ魔法をかけると、背もたれに深く身を預け、含みありげな眼差しをスネイプに向けた。
「さて、セブルス。……例の『ノウル』の娘も、いよいよ入学だろう」
「……左様で」
「どの寮に入るか、もう決まっているのかね」
「いいえ、まだ。ダンブルドアは本人に選ばせるつもりのようです」
スネイプは短く答えた。
ルシウスは、ヴェルのことを知っていた。
魔法省の中でも、ヴェルの存在を知っているのは大臣か、大臣とダンブルドアが指名した一部の高官のみだった。(ホグワーツにヴェルを匿うことにした当時、ルシウスに明かすことをダンブルドアは渋っていたが、ホグワーツの理事なので話さざるを得なかった。)
だが、いくらルシウスでも、機密保持の誓約を結んでいるので、妻や息子のドラコにはヴェルのことは口にしていなかった。
・・・
余談だが、何年か前の夏に、ホグワーツの視察と銘打って、ルシウスはヴェルを見にやって来たことがある。
スネイプが(渋々)手引きし、ルシウスはヴェルを陰から見ることになった。
その時ヴェルは、猫になったマクゴナガルと城を散歩していた。
『あれがゼノンか。本当にノウルなんだろうな』
ルシウスはステッキから自分の杖を抜いた。
それを見て、スネイプは声をかけたが、制しはしなかった。
『試されますか』
『この目でそれを見るために来たのだ。お前が見せてくれてもよいが』
『ここからでは気づかれますぞ』
その時、突然、二人の背後から声がした。
『ヴェルを見世物にするでない、お二方』
振り返ると、ダンブルドアだった。
『校長……』
ダンブルドアはルシウスを冷たい目で見たが、怒ってはいなかった。むしろ目を細めて、話に乗ってきた。
『まあ、せっかくじゃからな。わしがご覧に入れよう、マルフォイ卿』
ダンブルドアはそのままヴェルとマクゴナガルに近づいていき、何やら話をした後、ヴェルに変身術の魔法をかけた。どうやら、マクゴナガルとお揃いの猫になれたらいいのに、などとヴェルが言ったのを試したらしい。
当然、ヴェルにはなにも起こらなかった。
ダンブルドアの杖から放たれた光の粒がヴェルの身体をすり抜けたかと思うと、背後のマリーゴールドの鉢植えが猫になった。
ルシウスはそれを見ると感嘆の声を漏らた……。
・・・
「──半純血ということだったが、まあこの際だ。お前に懐いているのなら、スリザリンに入れてしまえばいい」
「……そうなるでしょうな」
スネイプが言うと、ルシウスは「ふん、そうか」と鼻を鳴らし、面白そうに口角を上げた。
「しかしな、セブルス。ダンブルドアの命令とはいえ、お前のような男が女児の親代わりを勤め上げることになるとは。
……当時は、ドラコがハッフルパフに組み分けされるような茶番だと思ったがな」
学生の頃からスネイプのことを知っているルシウスは、当時からのスネイプの様子を思い出して、くすぐったく思っているのだろう。
「真面目なところは、変わらんらしい」
スネイプは何も答えなかった。わずかに目を伏せ、冷めた紅茶を見つめた。
「親代わり」とダンブルドアやルシウス、周りの知人も口を揃えて言うが、スネイプは正直、そんなことをしている自覚はなかった。
ヴェルは近くで寝泊まりさせているとはいえ、大抵は自分で行動し、スネイプに面倒をかけることはほとんどなかったように思う。ホグワーツの勝手に慣れないうちは別だったが。
やるべきことを与えれば、自分で考えてこなし、忙しいスネイプに甘えることもなく、駄々をこねることもなく、実に聞き訳が良かった。
邪魔にならなかったから、そばに置いていた。ただそれだけとも言える。
思い返せば、自分がヴェルにしてやった親らしいことは、果たして何があっただろうか。
ダンブルドアやマクゴナガルの方が、よっぽど保護者に興じていなかったか……。
そんなことがスネイプの脳裏に浮かんだ。
とはいえ、今自分を見つめているルシウスの目は、不本意だった。
(何とでも言うがいい)
自分の後ろめたさを棚に上げて、スネイプを冷やかすルシウスも、スネイプ同様、闇の帝王が復活する時が来たら必死で言い訳を考えることになる身だ。
どちらも、それは承知の上だった。
愛する妻子と優雅に暮らし、魔法省でも大きな顔を保っているルシウス。ホグワーツで教鞭を執りながら、ダンブルドアの庇護のもとにあるスネイプ。
お互いの身の振り方に嫌味を言う筋合いはない。
だがこの二人の若干の違いは、ルシウスの方が、スネイプよりも現状をやや楽観視しているという点だった。
スネイプはその点に気付いていたが、前述の通り、こちらがとりわけ口にすることではない。
この今の平穏が期限切れになるその時に、我々は思い知るのだ……。
黙っているスネイプに、ルシウスはまたふっと笑った。
「……まあ、あれだ。あの娘ならスリザリンでも角が立つことはあるまい。ただのマグルとのハーフではないのだからな。
ドラコとも、もし親交があれば、よろしくたのむ」
*
また数日後。ホグワーツにて。
「あれ、もしかして」
ヴェルは城を歩いていると、廊下の先に見かけない人影を見つけて近づいた。
「あ、やっぱり、クィレル先生だ」
クィレルもヴェルに気付いてこちらを向いた。
見慣れないターバンをしてイメチェンしていたが、以前もよく丸っぽい帽子を被っていたので面影があり、本人であることはすぐに分かった。
「お、おや、こ、これは、ヴェル……」
クィレルはヴェルを見ると、やけにびくびくしだした。
「先生、1年ぶり!ホグワーツに帰ってたのね」
「お、お久しぶり、です」
「ダンブルドア先生から聞いてたわ。今度『防衛術』の先生になるんでしょう?」
「そ、そうです。おみ、お耳が早いことで」
クィレルは言いどもりながら、目をキョロキョロさせていた。いかにも早くこの場を立ち去りたいという様子だ。
ヴェルはその様子を見つめ、眉をひそめた。
同時に、何か背中をザワザワする感覚が這いあがってくるような気がして、気づかれないように身をすくめた。
急な胸騒ぎがして、ヴェルは思わず開心術を使ってしまいそうになった。──が、ハッとしてクィレルから目を逸らした。
制御できるようになってからは、教師含め、他者に開心術は使ってはいけないと、ダンブルドアから口を酸っぱく言われていた。不快な思いをさせるから、と。
ヴェルは一度緩んだ気を引き締めて、何でもなかったようにまたクィレルに聞いた。
「……その、ターバン、どうしたの?旅の話も色々聞かせてほし──」
「ヴ、ヴェル、すまない。きょ、今日は、戻ってきたばかり、なので、やることがたくさん、あって……。
ま、また今度、は、話しましょう。で、では、私はこれで、し、失礼……」
ヴェルの言葉が終わる前に、クィレルは早口でそう言って、そそくさと立ち去ってしまった。
ポカンとして立ち尽くし、ヴェルはその場でクィレルの遠くなる背中を見つめた……。
その後マクゴナガルに、クィレルのことを聞いてみた。
「ミネルバ、帰ってきたクィレル先生に会ったんだけど……先生、凄くおどおどしてて……。
前もあんな感じだったかな?」
マクゴナガルは、少し考えて、思うところを言った。
学生の頃は(いじめもあって)よく吃音気味になっていたこと、恐らくは旅で何かあっただろうということを言って、あまり気にせずそっとしておくようにヴェルに伝えた。
*
さらに数日後。
「ヴェルや、ちと話がある。今いいかの?」
ダンブルドアがヴェルの部屋にやってきた。
その時ヴェルは、組み分け帽子の、歓迎会で歌う歌の作詞を手伝っていた。
「どうしたの?」
「入学後のことじゃ」
ダンブルドアは窓辺の椅子に腰かけ、ヴェルに向き合った。そして単刀直入に言った。
「前から少し考えていたんじゃが、入学したら、スネイプ先生は君の保護者の責任から外れるからの」
ダンブルドアの言葉を聞いて、ヴェルは息をのんだ。
その様子に、老人はまあまあ、と手を仰いだ。
「とは言ってもな、生活は前と変わらんよ。もっとも、君は入学したら、寮で暮らすことになるから、少しの変化はあるが……。
休みの期間は今までと同じじゃ」
「……今度は、誰になるの?」
ヴェルは、親権がスネイプから誰に移るのかを聞いた。
ダンブルドアはにっこりと笑って、自分の顔を指さし、「わしじゃ」と言った。
それを聞いてヴェルは、ほっと肩の力を抜いた。
「なーんだ、そういうことね」
ヴェルは一瞬、もうホグワーツにはいられなくなったのかと思って身を固くした。帰る家がホグワーツでなくなり、次の夏休みには、別のどこかの家に移らなければならない、と言われるのかと。
だがダンブルドアの言った通り、生活は今までとほとんど変わらず、ヴェルはホグワーツで暮らせるらしい。ただ一応、今までスネイプがしていたことの一部が、今後はダンブルドアの仕事になるので、そのことを伝えに来たようだった。
「わかったわ。先生たちも忙しくなるしね」
「ありがとう、ヴェル」
ダンブルドアは微笑んだ。
・・・
『クィレルが怪しい……。見張ってくれるか、セブルス』
先日、ダンブルドアはスネイプを校長室に呼び出していた。そこで彼は帰ってきたクィレルが怪しいと踏み、今後スネイプに見張るよう依頼をした。
クィレルは、1年前までホグワーツにいた。5年前からホグワーツで暮らし始めたヴェルのことは当然知っている。彼女をダンブルドアの指示のもとスネイプが預かってきたことも、スネイプが教師をやっていることも知られている。
クィレルがもし、ヴォルデモートと何か繋がりができているのだとすれば、それらの情報が洩れている可能性がある。だが、現段階では、行動を起こそうにも確証がなく、注意深く向こうの出方を伺う必要があると、ダンブルドアは考えた。
スネイプもこれには納得した。が、懸念はあった。
『これからハリー・ポッターも……ヴェルも入学してくるというときに、吾輩にさらなる任務をお与えになりますか』
『……そうじゃな。おぬしの負担も、大きかろう。
では、入学したら、ヴェルのことはわしに任せるがよい。おぬしは本来の──ハリーの護りと、クィレルを頼めるか』
スネイプに苦言を呈され、ダンブルドアは彼の負担を分散させるため、このように提案した。
しばらく考えた後、スネイプはそれを承諾した……。
・・・
「それとな、入学したら、守ってもらわなければならない約束事があるのじゃ」
ダンブルドアはヴェルにつづけて言った。
ノウルの生まれの事は努めて秘密。
ホグワーツで暮らしていたことも秘密。
先生たちと知り合いなことも秘密。
開心術は制御し、使わないこと。(友人関係に影響する上、試験中にやればカンニング行為になるため)
それらのことを守るようにダンブルドアは伝えた。
ヴェルはどれも予想していたことなので、疑問なく約束をした。
「あとひとつ、言っておこうかの。
きみにとっては、ホグワーツが家で、わしらが家族なわけじゃが、他の生徒にとってホグワーツで学ぶ生活とは、家族から離れて過ごす、自立した生活なわけじゃ。まあ、きみはそれも既に心得ているかもしれないが。
そんなわけでな、きみも入学して生活が始まれば、わしらとの関係も、ただの『先生』と『生徒』になるのじゃ。それはわかるかな?」
ヴェルはダンブルドアの言わんとすることを理解した。
入学したら、他の生徒と同様、それはヴェルの巣立ちでもあるのだ。
ホグワーツで暮らしてきたことを隠す以上、先生たちとも馴れ馴れしくできないことは解っていたが、ダンブルドアの言葉を聞いて、改めてそれを思い知った。
ヴェルはダンブルドアに頷いて、微笑んだ。
「大丈夫。わかってるわ」
いい子じゃ、とダンブルドアもにっこり笑った。
ヴェルの頭をなでて、そして付け加えた。
「困ったら、いつでも頼りなさい。わしもセブルスも、みんな、きみを見守っているよ……」
*
そしてとうとう、8月31日。
「寮はどうするんだね。もう明日だぞ」
朝、おはようと言うが速いか、スネイプはヴェルに寮をとっとと決めろと切り込んできた。
その日、ヴェルはうーんとひたすら悩み続け、新学期の準備の整った城を回遊しては、考えに耽った。
──そして夜。
「おい、ヴェル!」
寮について何も言わぬまま、寝る支度を始めたヴェルに、スネイプは痺れを切らして怒鳴った。
ヴェルは一度びくっと肩を跳ねさせた。
だが、振り返った時には、笑顔だった。
そして、言った。
「スリザリンにするわ」
霧が拭われたように、晴れ晴れとして返事をしたヴェル。
スネイプは眉間に皴を刻んだまま立ち尽くした。
「じゃ、おやすみなさい。先生も、今日は早く寝てね」
……ヴェルが立ち去ると、スネイプはため息をつきながら、思わず笑いがこぼれた。
入学前 短編④ 入学準備 完
おまけ
ヴェルの誕生日プレゼント
・ダンブルドアからは真実薬一瓶:1年に一度、スプーン1杯分しか出ない特注の瓶。中身も瓶も自作。「セブルスには内緒で作った。なに、真実薬くらいわしでも作れるわ。ちょちょいのちょいじゃわ」
・マクゴナガルからは書見台:当然魔法仕掛け。自動でページをめくってくれ、しおりも自動でしてくれる。持ち運びもOK。
・フリットウィックからは魔法声楽の教材:「新・魔法声楽実践術」と「魔法界歌唱楽曲全集」。どちらも魔法で収録映像と音声が再生できる。前者は、超マイナー分野の高難度・古代魔法の教材で、初版本しかなく、手に入れるのに相当苦労した。
・スプラウトからは薬草の精油:純粋なものは貴重で高価。大人な品だが、使い方は多種多様。
・ハグリッドからはセーラ(ふくろう)の手入れ道具:ブラシや爪やすり、革の腕あてなど。もちろんエサも。
・スネイプからはガラスペン:淡い空色の、水が波打つような模様が造形されている。当然魔法仕掛け。インク補充、摩耗によるペン先交換不要。ガラスペン自体は日本のマグルのガラス職人が発祥なのだが、スネイプはどうも西洋魔法界にしかない逸品だと思っていたらしい。