セブルス・スネイプの養女に魔法はかからない   作:秋峰霧女

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シリーズ第2話


実家でゆっくりするはずだった夏休みを、問答無用で返上させられるスネイプ教授……


第2話 季節外れの仲間入り

〜〜ホグワーツ到着後

        校長室にて〜〜

 

「魔法省から、ホグワーツでヴェルを育てるにしても、実質の保護者を一人決めてこいと言われての。

 面倒じゃから、その場でわしの独断と偏見でサインしてきた」

 

 ヴェルを一旦マクゴナガルに預け、ダンブルドアとスネイプは今後について話をしていた。

 

「ではご自身であれ(ヴェル)の養育をなさると。それは賢明ですな。校長は授業をお持ちでないですから新学期が明けてもあの娘との時間が取れましょう」

 

「あ、考えてみれば確かにそうじゃの。なるほどその手もあったか......」

 

 ダンブルドアの反応にスネイプは眉をひそめた。

 スネイプの言った通り、校長ならばヴェルと過ごす時間を確保しやすい上、ダンブルドアはヴェルのことは気に入っているに違いなかったので、てっきり自分から保護者役を買って出るものだと思ったのだが、どうやら違うらしい。

 

「といいますと他の教員なのですかな?」

 

「わしは君の名を書いたのじゃ。セブルス・スネイプとな」

 

「は?」

 

 まさかの自分の名前が挙がり、スネイプは耳を疑った。

 

「わしが君をヴェルの育ての親に選んだ。大丈夫じゃ。君に親としての全ての責任を負わせるつもりはもちろんない。わしもミネルバもちゃんとあの娘の面倒を見るようにする。当然他の先生たちもじゃ。

 ただ、城の中でもあの娘にとって、ここと決まった帰る場所があった方がよかろう。

 寮の部屋のように個室をポンと与えても構わないところじゃが、まだあの娘の年では寂しがるはずじゃ。

 そういうわけでな、君のところで寝起きさせておやりなさい」

 

 ダンブルドアが口にする言葉を聞きながら、スネイプは目眩を覚えた。

 

「......何故、我輩に?」

 

「ヴェルは君に懐いているからの」

 

「それを言うならむしろ、校長や、ハグリッドの方に懐くと思うのですが」

 

「まあ、そうじゃな、もっと正確に言おう......今までで最も君に懐いている子どもがヴェルだとわしが思うたからなのじゃ。要するに、君の為じゃ」

 

 ますますこのジジイは訳のわからぬことを言う……。

 

「我輩の為?では我輩があれを気に入らぬと言ったら?」

 

 もうやけくそだった。

 

「セブルス、わしとあの娘の前であまり適当な嘘はつかないことじゃな。君はあの娘を少なからず気に入っておる。間違いない。何せ、君が愛するリリーが愛した友の娘(遠いわ!)じゃからな。

 まあ、それを抜きにしてもあの娘は、傍においていて良かったと思えるような子であろうよ、きっとな」

 

 まだ言いたいことは山ほどあるが、もはやこの頑固ジジイにこれ以上何を言ったところで無駄だろう。

 大方、スネイプに面倒事を押し付けて内心楽しんでいるんだろうが。

 

 スネイプはダンブルドアを睨み付け言った。

 

「......最終決定ですかな」

 

「そうじゃ。頼んだぞ、セブルス」

 

 こうして見事に丸め込まれたスネイプであった。

 

 

 

 一方、ホグワーツの他の教員にもマクゴナガルによってヴェルの件は共有されていたが、ダンブルドアがスネイプを保護者にしたことを知った時は誰もが大いに驚いた。

 いくらヴェルがノウルだからといって、あのスネイプに預けるなんてことは正気の沙汰ではないように思われたのだ。

 

 そしてそのうちの数人が校長室に集まった。

 

「校長、大丈夫なんでしょうか」

 

「何がかね、ミネルバ」

 

「あの子をセブルスに預けたことですよ」

 

「大丈夫だとも」

 

「......でもアルバス......」

 

 ダンブルドアはしばらく黙って考え込んでいたが、とうとう決心したように口を開いた。

 

「……本当の理由を、一度だけ言っておこうかの。

……あの子は、天賦の、開心術の才を持っておる。どう扱うか、様子を見ようと思うてな……」

 

 

 *

 

 

 

「これからはせんせいとくらすのね、あたし」

 

 ホグワーツの迷路のような廊下を足早に歩くスネイプに、ヴェルは小走りでくっついていった。

 

 ヴェルの保護者に抜擢された件について、未だにスネイプの不服は尽きなかったが、あの校長の命令には逆らえない以上、腹を決めて従うしかない。

 

「そうだ。前の暮らしよりはマシなようにしてやるから、言う事を聞いて大人しくしていなさい」

 

「わかってるわ。よろしくね、せんせい」

 

 

 

 スネイプはホグワーツ付きの住居にヴェルを通した。

 

「ここだ。入るがいい」

 

 促されて足を踏み入れたヴェルは部屋を見回した。スリザリン寮に近いその部屋は、石造りでやはり暗い印象だが、割と清潔感があった。

 

「机と棚にある瓶には絶対に触るな。本棚もな」

 

「わかったわ」

 

 スネイプが杖を振って荷物の片付けなどをしている間、ヴェルはやはり初めて見る物ばかり並んでいる机や棚に興味津々だったが、言われた通り手は触れずにただ眺めてまわった。

 

 そしてふと言った。

 

「せんせいは家族いないのね」

 

 その言葉にスネイプは片づけの手を止めた。

 なんと返してくるのか身構えながらそれとなく返事をする。

 

「……ああ」

 

 ヴェルはすぐに返した。

「なら、よかったわ。

 ほんとに、せんせいの他に家族がいたらどうしようかと思ったわ。

 前の家は、おかみさんとその旦那さんと子供が5人もいてね、しかもそのいとこの家族もいっしょにくらしはじめたのよ。もう散々な目にあったんだから……。

 こんどは、あたしとせんせいだけでよかったわ」

 

「......そうか」

 スネイプはヴェルから視線を外したまま言った。

 

 ヴェルの、家族はいないのかという問いに、悪意がないのはどこか分かっていた。が、スネイプは不本意ながらも、胸を撫で下ろした気分になった。

 

 そしてそんな気を振り払うように言った。

 

「そういえば、校長がお前の部屋を用意したらしい」

 

「え!あたしの部屋!?」

 

 ヴェルはすぐに食いつき、満面の笑みでスネイプを振り返る。

 そのまま案内してやろうと立ち上がったスネイプについて行った。

 

 ダンブルドアが用意した部屋というのは、スネイプの住居から行き来できる部屋だが、実際にその部屋が位置するのはホグワーツ城の上階で、一番景色の良い場所だ。やはりスリザリン寮の地下では六つの子供に過ごさせるには気の毒だし、何よりヴェルには明るい部屋がふさわしく思われたのだ。

 

 スネイプの寝室の扉の隣にその部屋の入口はあった。(後にスネイプは自分の寝室が半分になっていることに気づくのだが。)

 

 

 扉を開けるとそこは別世界だった。

 ヴェルの部屋は広くはないものの窓が大きく開放感があり、使い勝手が良さそうだった。ベッドやクローゼットなどの家具は既に備え付けてあって、スネイプがあれこれと考える必要はなさそうだ。

 

 ヴェルはもう完全に舞い上がってしまって、部屋の中を駆け回った。

 

「うれしいわ!こんな大きなベッドはじめて!もう屋根裏なんかでねなくていいのね!」

 

 ダンブルドアが直々にヴェルの部屋をあつらえたと聞いた時、正直スネイプはあの校長の趣味を考えると心配で仕方なかったが、案外まともに仕上がっていたので安心した。おそらくはミネルバが修正を加えたのだろう。

 

「あとで校長とマクゴナガル先生に礼を言うと良い」

 

「ええ、もちろんよ!」

 

 部屋を隅々まで見て回ったヴェルは、最後に窓に駆け寄り外の景色を確かめた。そこからはホグワーツ城の敷地が一望できた。食堂や中庭、グリフィンドール寮の塔などが見渡せる。

 

「このおしろ、ほんとに大きいわよね。たくさんお部屋がありそうだし、メイロみたいって思っちゃったわ」

 

 ヴェルはスネイプを振り返った。

 

「せんせい、あたし、もっと見てまわってもいい?」

 

「構わないが、一人ではだめだ。明日、ハグリッドを紹介してやるから案内を頼みなさい。我輩はそこまで暇ではないのでな」

 

 ハグリッドなら今年の夏休みはホグワーツでのんびりすると言っていたし、子守りに向いている。

 実際スネイプも、ダンブルドアに呼びつけられているので時間がないのは事実だった。

 

 そしてヴェルはこの時まだ他の教員と会っていなかったため、スネイプは城の案内のついでに挨拶回りも丁度良いだろうと考えた。

 

「ハグリッド……」

 

「森番だ。

 あそこの小屋に住んでいる」

 

 スネイプも窓辺に寄り、禁じられた森の方を指差した。

 丁度ハグリッドは小屋の前で何か作業をしているところだった。

 

「あのひとがハグリッド?ずいぶんと小さな家に住んでるのね……」

 

「……」

 

 

〜〜翌朝〜〜

 

 

 ヴェルは毛むくじゃらの大男を見上げて立ち尽くしていた──

 

──スネイプが、ヴェルをハグリッドに会わせようと城の外に向かっていた道中、広間の前を通った際、ダンブルドアに声をかけられた。そこには、ちょうどハグリッドも居合わせていた。

 

 ハグリッドを見るや否や、ヴェルは無意識に隣のスネイプの袖を掴んで固まった。

 ホグワーツの新入生でも、ハグリッドを初対面で間近で見れば大抵は同じ反応(スネイプの袖を掴むのは決してないだろうが)をするので、まだ六歳のヴェルが驚くのも無理はない。

 

「おおヴェル、丁度良い所に来おった。ハグリッドがお前さんに会いたいと……」

 

 ダンブルドアは言いながら視線をヴェルの手元、その掴んでいるスネイプの袖、スネイプの顔と移しながら心なしかニヤニヤし始めた。

 それに気づいたスネイプは、真顔のままそれとなくヴェルを振り解くとともに、口を開いた。

 

「我輩もハグリッドにこれ(ヴェル)のホグワーツの案内を頼もうと思っていたところでしてな」

 

「ほう、そうじゃったか。ならルビウス、ヴェルの学校案内を頼めるかの。夏の間ホグワーツにいらっしゃる先生方に挨拶周りもかねてな」

 

「え、ええ、もちろんですとも」

 

 ハグリッドはやや緊張した様子で答えた。

 

「ではわしとセブルスは、ちと話があるからの。ヴェル、また後でな」

 

 そう言い、ダンブルドアはスネイプと共に広間をあとにした。

 

 

 二人になると、ハグリッドはヴェルに向き直り、言った。

 

「お前さんがヴェルか。先生方から事情は聞いちょる。

 おれはルビウス・ハグリッドだ。よろしくな」

 

 ヴェルはまだハグリッドの巨体に戸惑いつつも「よろしく」と返した。

 

「あ、あなたがハグリッド……じゃあ、あれは、からだが大きいだけだったのね。じつはね、きのう、とおくからあなたを見たのよ。そのときはすっごく小さな家にすんでるんだとばかりおもっちゃって。でも、ちがったのね」

 

 ヴェルの言葉に、ハグリッドはそういうことかとさらに微笑んだ。

 

「まあ、魔法界でも、おれくらいのデカさの奴はそうそういねえがな。ここ(ホグワーツ)には他にもいろんな……あー、変わった面白い先生方がたくさんいる。

 だが、そん中のどの先生も、お前さんには敵わんさ。魔法がかからない魔女なんざ初めてだからな。あのハリーに勝るとも劣らない……」

 

「ハリーって?」

 

 うっかり名を出してしまったところをヴェルに尋ねられ、ハグリッドは慌てて口を閉じた。ヴェルにあの事件について教えるのはまだ早すぎる。

 

「いや、な、なんでもないさ。さあ、城を案内してやろう。ついてこいや」

 

 

・・・

 

 

一方、ダンブルドアとスネイプは……

 

「あの様子を見るに、おぬしとヴェルの相性は問題ないようじゃな。どうじゃ、もう(おぬしのことを)『パパ』と呼ぶようになったかの?」

 

「……(お前を『バカ』と呼んでやろうかこのジジイ……)」

 

 

 

 *

 

 

 

 城を歩いて回りながら、ハグリッドは学校についてヴェルに色々教えてくれた。ホグワーツは七年制の全寮制で、十一歳で入学、十七歳で卒業。また、寮は四つあり、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンのそれぞれに特色があることなどを説明してくれた。

 

「ちなみにだが、おれはグリフィンドールだった。組み分けは入学の時に組み分け帽子がやるんだが、お前えさんはどうだろうなあ」

 

「スネイプせんせいはどこだったの?」

 

「そりゃあ、スリザリンに決まっとる」

 

「ふーん……。

 きゃあああ!!」

 

 そのとき突然ゴーストが二人の前に現れ、ヴェルは驚きのあまり、叫びながらハグリッドに飛びついた。

 どうやらヴェルは、ノウルではあってもマグルではないので、ゴーストは見えるらしい。

 

 現れたのはお馴染み「ほとんど首無しニック」であった。

 

「これはこれは、驚かしてしまいすみません。ホグワーツに季節外れの新入りがやって来たと聞きましてな。小さなお嬢さんでしたか、ホグワーツへようこそ」

 

 そしてニコラス卿はヴェルに自己紹介し、ヴェルも返した。すると壁やら床やらから次々とゴーストが現れ、物珍しそうにヴェルを取り囲み、我先にと畳み掛けるように挨拶していった。

 みんな、生徒のいない夏休みに退屈していた上、珍しい小さな女の子とわかって舞い上がってしまったようだ。

 

(仕舞いには、血みどろ男爵の紹介の途中で、ポルターガイストのピーブスがヴェルにいたづらをしようと割り込むと、案の定血みどろ男爵に叱り飛ばされるわ、他のゴーストも騒ぎ出すわで、もう、はちゃめちゃになった。)

 

 どうにかゴーストの騒ぎをやり過ごすと、次は動く階段、肖像画、変な扉、と立て続けに襲われ、ヴェルは散々な目にあった。

 

 その後寮や食堂を回りながら先生方を尋ねた。

 

 フリットウィック先生は、ヴェルを目にするなり踏み台がわりにしていた山積みの本から転げ落ちてしまった。

 「お恥ずかしい」と身なりを直しながらヴェルの前に立つと、丁度ヴェルと目線が合い、お互いなんだか嬉しくなった。

 

 そして、呪文学の先生なだけあって、本当にヴェルに魔法が効かないか、確かめたくてウズウズしていたらしく、何か簡単な魔法を試して良いかとヴェルに尋ねた。

 ヴェルが頷くと、フリットウィックはまずハグリッドに浮遊呪文をかけて一度浮かばせてみせた。それを見てヴェルは少しドキドキしながら先生が自分に呪文を唱えるのを待った。

 

 しかし、フリットウィックがいざヴェルに唱えても、案の定何も起きない。ヴェルは、薄々分かっていたとはいえやはりしょんぼりした。

 だがそれとは対照に、フリットウィックの方は意外にも大興奮だった。

 

 次にヴェルの着ている服に別の呪文を唱えると、色が変わって綺麗になり、ちゃんと魔法はかかった。今度はヴェルの髪に呪文を唱えてみた。すると、ヴェルの金髪はほんのり光って、若干長くなった。

 これにフリットウィックとハグリッドは、「お〜」と感心し、ヴェルもやっと自分に魔法で変化が起きたことに上機嫌になった。

 ただ、フリットウィックは、もっともっと髪が伸びるように魔法をかけたらしく、どうやらヴェルの髪だけは「かからないわけではない」ということらしい。

 

 

 スプラウト先生は、フリットウィックのように本から転げ落ちるなどはなかったが、ただ泥まみれだった。

 薬草学は、魔法薬だけでなく自然の薬草も多く扱うので、ヴェルも興味が持てそうだった。

 

 だがスプラウトがマンドレイクを引っこ抜いて見せるとヴェルはドン引きしてしまった。お土産にくれた真っ青な葉っぱ入りのクッキーは見た目の割に美味しかった。(実は所々に残るヴェルのあざ傷を治すものだったが効果はなかった。)

 

 昼頃に、広間の下の厨房に行くと、屋敷しもべ妖精たちが働いていた(生徒たちがいないため普段よりは暇そう)。

 ヴェルがやって来たと知るや否や、しもべ妖精たちはサンドイッチやお菓子をヴェルにたくさん手渡した。

 

 ヴェルは初めびっくりしたが、両手からこぼれ落ちそうになる食べ物を支えながら、昼食がわりにつまんで、しもべ妖精の働く様子をしばらく眺めた。そして彼らが他の先生たちと違い、杖無しで魔法を使っていることに気づいた。どうしてなのかハグリッドにそっと訊いてみたが、ハグリッドもよく分かってないようだった。

 

 校医のマダム・ポンフリーはスプラウトのように泥まみれなわけもなく、普通だった。魔法治療だけでなくマグルの医療法にも詳しいため、ヴェルに何かあっても多少ならどうにか手に追えるだろう。

 しかし、基本魔法治療無しとなると大変手間なので、ヴェルには日々健康管理に気をつけるように念を押された。

 

 フィルチにも会ったが、まだヴェルは生徒ではないため、校則違反とまではいかないが、面倒ごとを起こさないようにと注意された。

 

 他にも嘆きのマートルやケンタウロスのフィレンツェ、トレローニーなどと顔を合わせた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ヴェルがホグワーツ城を散策している間、ダンブルドアとマクゴナガル、そしてスネイプは会議を開いていた。まず話し合うべきことは、ヴェルの入学前の教育についてだった。

 

 夏休みが明け、新学期が始まれば、それぞれ授業や何やらで忙しくなってしまう。

 ヴェルの面倒を見るのが疎かになるのは目に見えていた。それまでに魔法界のことやホグワーツ入学までの基礎教養を教えてやる必要があった。

 

 まずは字の読み書きからだろう。

 ヴェルの今までの境遇を考えると、基礎の基礎から熱心にやった方がいい。ただ、なんとなくではあるがヴェルは、頭はそこそこ良さそうなので、さほど大変ではないだろう。「読み」は簡単な本から読ませていくのと、「書き」はその読んだ本を一部分書き取りをさせつつ、日記を書かせることにした。

 

「セブルスと交換日記でいいじゃろ」

 

 ダンブルドアがまたしてもスネイプに吹っかけるが、もうこの頃にはスネイプはほぼ動じなくなってきた。そして、この類のものを真っ向から断ると、さらに自分の不利益になる傾向があると掴んだので、あえて押さずに引いてみる。

 

「悪くないですな」

 

 何か含みありげに言い、紅茶を嗜むスネイプを見ながら、ダンブルドアは少々考え直した。昔、トム・リドルが学生時代に日記をつけていたことを思い出したのだ。

 

「……やっぱりやめるかの」

「ええ、そうしましょう」

 

 マクゴナガルもダンブルドアに賛成した。

 

 次に教えるべきは、算数や地理などのマグルがホグワーツ入学前に教わって、身につけておかねばならない教養だ。

 こちらは曜日を決めたりして、授業形式で教えた方がいいだろう。

 まあ、教員ならば誰でも教えられる内容なので担当は誰でも良いが、スネイプ、マクゴナガル、フリットウィック主導で教えることになった。

 あとはマグルの世界と魔法界についても知っておかねばならないが、これは追々ということで良さそうだ。

 

「ホグワーツで過ごすうちに、ヴェルも少なからず魔法を使うことに興味を持つと思うのですが、やはり入学までは出来るだけ教えないでおくのが良いでしょうか」

 

 マクゴナガルが投げかけた。

 

「そうじゃな~」

 

 ダンブルドアはしばらく考えた。

 

「いや、あまり頑なに何も教えないというのもよろしく無いじゃろうな。

 本来、ホグワーツ入学前に魔法を使うのは禁止じゃが、何せあの子は異例続きじゃ。この城にいる限りは魔法の使用を許してもよいじゃろう。

 知らないところで勝手に使って、惨事になる方が困る。何より、かわいそうな子じゃからな、ヴェルは」

 

 「教えてくれと乞われたら正しい知識を教えておやりなさい」とのことだった。

 とはいえ、教師陣には「あの年端で魔法の一体何を理解できるだろうか」とも思えた。簡単な呪文もあると言っても、十一歳の一年生ですら、習得に苦労する子は苦労する。

 

(魔法薬学など、ありえんな)

 

 スネイプは内心ふっと笑った。

 

(……まあ、ただ、ヴェルの開心術には用心しておくか……)

 

 

 大体ヴェルの教育計画が煮詰まった頃、ダンブルドアが言った。

「今日はこの辺にするかの。決まったことは他の先生方にもわしから伝えておく。ああ、あと新学期以降のことについてはまた後で話し合うとしよう」

 

 こうして会議はおひらきになった。時刻は昼頃だった。

 

 

 会議のあと、ヴェルはまだ帰っては来ないだろうと分かっていたので、スネイプは自室に戻った。

 

 紅茶を淹れ、一息つこうとソファに腰掛けると、机の上にある、この夏休みにやるつもりだった魔法薬研究の計画メモが目に入った。

 そうだ、本当なら、今だってホグワーツではなくスピナーズエンドでこうしているはずだったのだ。

 あの時、ヴェルを拾ってしまったことで全てが狂った──いや、ほとんどダンブルドアのせいだった。

 

『......何故、我輩に?』

『──君の為じゃ』

 

 スネイプは初めから勘付いていた。

 

(……本当は自分の為だろうにあの狸爺……)

 

 ダンブルドアは、ヴェルの開心術の才能に早いうちから気づいたのだろう。

 そして閉心術に長けたスネイプに、その面倒を押し付けた。

 開心術師と日々過ごすとなると、普通の魔法使いにとっては大きな苦痛になるからだ。それはスネイプもよくわかる。

 

 ダンブルドアも、多少はスネイプの、ハリーを護るという重荷を考慮し、迷ったはずだが、やはり他に当てはなかったらしい。

 

 まあ、二重苦になるとしても、それはハリーが入学してからのことであるから、それまでにヴェルを手のかからない子に育てて己の負担を減らすしかない。

 

 ただ、心配なのはヴェルを見ていると、昔のことが思い出されそうで時折ヒヤッとすることだった。

 あの緑眼のせいには違いなかったが、昔を思い出すことよりもむしろ、それがヴェルに悟られうるということが、一番の問題だった。スネイプのリリーとの思い出ならまだ可愛いもので、最悪なのは、ヴェルの両親の死について悟られることだ。

 これだけは最期まで秘密のまま守らねばならない。

 

 閉心術を常時保つのは慣れたものだが、これからはさらに一層気が抜けなくなる。

 

 だがこれも、「あのお方」が復活するまでの下積みの修行だと思えば、やすいだろうか……。

 

 軽く昼食をとり、少し眠ろうとスネイプは横になった。

 

 

 

 *

 

 

 

 スネイプが目を覚ますと時刻はもう夕方で、空は紅がかっていた。

 

 外に出ると、湖の方から、ヴェルのキャッキャと笑う声が聞こえた。

 

 城を見て回ったあと、ヴェルはハグリッドと外を散歩し、湖のほとりで駆け回って遊んだ。

 時々ハグリッドに肩車してもらったり、木登りしたり、ハグリッドに高い高いしてもらったりと、今までになく楽しんでいた。

 

 迎えに行くかと、スネイプは湖へ向かい、ヴェルたちのところへ歩いていった。

 

 

 スネイプが近づくと、気づいたヴェルは突進する勢いでスネイプに駆け寄った。

 

「せんせい!おかえりなさい!あのね、ハグリッドと一緒にね、いっぱいいろんなひとと会ったわ!もうとっても楽しかった!」

 

「そうか、それは何よりだ」

 

 無邪気なヴェルに、スネイプは覚えず表情が綻んだ。

 

「ああスネイプ先生……とても良い子でしたよ、ヴェルは。

 まあ、ちょいとゴーストに脅かされたりしましたがね、慣れちまえば、全然どおってことないみたいでさあ」

 

 ハグリッドはスネイプにそう言い、禁じられた森の小屋に帰っていった。

 

「じゃあな、ヴェル。また遊びにこいや」

 

「うん。きょうはありがとうハグリッド」

 

 

 二人になると、スネイプは「暗くなる前に戻るぞ」と、ヴェルと共にゆっくりと城へ向かった。

 

 歩きながら、ヴェルはスネイプに今日あったことを全部話した。

 

 普段は、生徒との長い会話は好かないスネイプだが、何故だかヴェルの話を聞くのは嫌にならなかった。

 無愛想なスネイプの相槌にも嬉々とするし、口調になんの毒も嫌味もない。このヴェルの無邪気さのせいだろうか。

 

 束の間とは分かりつつも、スネイプはこの平穏な時間に慰められる気がした。

 

「せんせいは今日なにしてたの?」

 

 ヴェルはスネイプに訊いた。

 

「お前の勉強のことを話していた。これからはお前も忙しくなるぞ。ホグワーツに来たからといって、遊んでばかりもいられないからな」

 

「べんきょう……」

 

 スネイプはふと、ロンドンへの移動中にヴェルと話したことを思い出した。

 

「字が書けるようになりたいのだろう?」

 

 スネイプの言葉に、ヴェルはピンときた。

 

「ええ、あたし書けるようになりたいし、もっと色んな本も読みたいわ」

 

「ここには本もいっぱいある?」とヴェルがまた訊いた。

 

「ああ、あるとも。だが勝手に読んではいけない本も多くあるから、今度図書館の使い方も教えてやる」

 

 

 そんなやり取りをしているうちに、日暮れが迫ってきた。

 

 すると、ヴェルの金髪は夕日に照らされ、燃えるように赤く輝いた。

 その姿は、言うまでもない、かつてスネイプが焦がれた少女そのものとして現れた。

 

 それに気づくと、スネイプは思わず立ち止まってしまった。

 ヴェルも慌てて歩みを止め、スネイプを振り返る。

 

 そのままスネイプは、しばらくの間考え込むようにヴェルを黙ったまま見つめていた。

 

 しかし、いよいよ夕日が地平線に隠れ、光加減が変わり、ヴェルの髪が元の色に戻ってくると、スネイプはヴェルの頭の上に手を添えて撫で、また歩きはじめた……。

 

 

 




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