セブルス・スネイプの養女に魔法はかからない   作:秋峰霧女

3 / 12
ヴェルの入学から始まります。ハリーと邂逅してからは原作沿いです。

※クィレル先生の経歴を勘違いしていたので改稿しました。


第3話 入学の儀式

ヴェル・ゼノン:本名「ヴェリアリス・ゼノン」

11歳。ノウル(魔法がかからない種族)の魔女。(詳しくは第一、二話参照につき。)

才能に溢れ、明るく社交的で、誰に対しても分け隔てなく接する魅力的な少女。しかし、幼少期の壮絶な経験と、絶対的な血族の(さが)が根底にあり、それらが後の思想に影響しうる。

 

シリーズ第3話 入学の儀式

第一巻 賢者の石①(冒頭以降原作沿い)

 

 

 11歳になった年の9月1日、ヴェルはホグワーツ特急に乗り込んだ。ここはホグズミード駅のホーム。本来なら今日の終着駅になるはずの場所だ。普通の生徒にとっては。

 

 ヴェルはこれからロンドンのキングスクロス駅に行く。列車は長く車両を連ね、ピカピカに磨いてあるが、いま乗せる乗客はヴェルただ一人だ。

 

 城から今いる駅のホームまでの湖は、一部の先生たちも一緒にボートで渡ってきてくれた。スネイプ先生とマクゴナガル先生だ。自分の門出を、二人が見送ってくれる。ヴェルはこんなに嬉しいことはなかった。

 

「いいですか。キングスクロス駅についたら、そのまま今日入学してくる生徒たちに紛れてもう一度折り返しの同じ列車に乗り、ホグワーツに戻ってくるのですよ」

 

 これはヴェルがずっと前から言われていたことだった。が、最後にもう一度、とマクゴナガルは念を押した。

 コンパートメントに荷物とともに腰を落ち着けたヴェルは、列車の窓越しにマクゴナガルに返答した。

 

「分かってる。途中でどっかに行ったりやしないわ。

 少し面倒だけど、私もみんなと一緒がいいもの。やっぱり」

 

 ヴェルにとってはホグワーツが我が家だ。入学してくる同胞をホグワーツで待ち受け、そこで合流するということもできた。しかし、やはり初年度くらいは、すべての生徒が通る道であるホグワーツ特急での入校というのをやるべきだ。けじめとして。ヴェルも、先生たちもそう思い、決めたのだった。

 

 ホグワーツを出、ロンドンに行き、また戻る。

 この一見無駄な往復だが、ヴェルがこの日を境に、他の一般生徒と同様に入学し、学校生活を送り始めるということをしめす、儀式なのであった。

 

「まあ、荷物までは流石に往復する意味ないから、だいぶ他の子より少ないけどね。でも、新しいローブは着替えるために持ったし、ランチもあるし、『セーラ』も一緒だし……。うん。上手くやるわ。きっと」

 

 ヴェルは、コンパートメントの向かいの席に乗っているセーラ──もうすっかり友達の栗色のフクロウを見た。

 

「ダンブルドア校長や、他の先生も見送りに来たがっていました」

 

「十分よ。忙しいのに。みんなによろしく言っておいて。

 ……なーんて言っても、また今夜には会えるのが、なんか変な感じ」

 

「今夜戻ってきたら、もう吾輩たちはお前の親代わりではないからな。ただの教師と生徒だ」

 

 スネイプも念押しを言った。

 

「それも分かって…あ、えーと、心得てますぅ」

 

「言動には十分気を付けることだな」

 

「お互いにね。

 大丈夫よ。呼び方は今までも『先生』だったし。そうね、『はい』って返事をしないといけないことぐらいね。『うん』じゃなくて。あと敬語ね。敬語」

 

 見送られるのが照れくさいのか、ヴェルは普段より口数多く、まくしたてていた。

 

「寮は、スリザリンにしたのだろう?」

 

 スネイプが訊いた。

 

「うん。組み分け帽子にはまだ言ってないけどね。儀式のときに伝えるから大丈夫」

 

 ヴェルはそして、スネイプとマクゴナガルを見、そして湖の向こうにあるホグワーツ城を見た。

 

 あの城が、ヴェルの巣立ちの場所であり、やはり帰るところでもある。

 こうしてしみじみと見ると、かけがえのない居場所であることを思い知らされた。

 

 その時、汽笛の音が聞こえた。

 

「時間だな」

 

 スネイプが言った。

 ヴェルはそれに振り返ると、思い出したように「あっ」と言って、カバンを探り始めた。そしてひとつ、手紙を取り出し、スネイプに渡した。

 

「行ってきます。先生」

 

 スネイプが手紙を窓越しに受け取ると、同時に列車が動き出した。

 

 二人の姿が遠ざかる。ヴェルはこちらを見守ってくれている二人が見えなくなるまで手を振った。マクゴナガル先生が手を振り続けてくれた。

 

 

 列車が森の陰に見えなくなった頃、スネイプは手紙に目を落とした。

 開くと、羊皮紙にこう書かれていた。

 

『今まで育ててくれて、ありがとう。

 ホグワーツに居させてくれて、ありがとう。

 先生にも、良い一年になりますように。

                  ヴェルより』

 

「良い一年、か……」

 

 スネイプは手紙を元通りに畳んで懐にしまうと、ボートに向かてホームを降りて行くマクゴナガルに続いた。

 しかしすぐに足を止め、もう一度汽車の消えていった線路の先を振り返った。

 

 ……夜には、あの列車に乗って、あのハリー・ポッターがやってくる。リリーの息子がやってくる。

 ヴェルも他人の子に還る……。

 

 闘いが、始まる……

 

 そう告げる風が、ホグワーツ城の映る湖面を揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 ロンドンにつくまでの時間、ヴェルは窓から景色を眺めながら、これまでのホグワーツでの暮らしを思い返した──

 

 今日この日まで、ヴェルはホグワーツで5年を過ごした。秘密の存在として。

 

 11歳未満の子供であるということに加え、魔法がかからない「ノウル」の生まれというその特性から、ホグワーツにヴェルが住んでいることを知られてはいけなかった。ホグワーツでヴェルを知るのは教師陣と、人ならざる住人だけだ。

 生徒が里帰りしている夏休みなどは気ままに羽を伸ばせるが、生徒が授業を受ける学期中は、彼らに見つからないように気を付けて過ごす。それがヴェルの日常だった。

 

 ヴェルのしていたことは、もっぱら遊ぶか、勉強だ。親代わりの先生たちに教わりながら、入学前に必要な勉強を身に付けた。始めは読み書きから。そしてマグルでも習う初等教養。魔法界の常識。有り余る時間で、たくさん本も読んだ。

 学習が進んでくると、当然、難しい内容を勉強できるようになる。ヴェルの学力はみるみるうちに伸び、これは秘密だが、入学の夏前には、ホグワーツの1年半か2年生の内容は予習が済んでいるくらいになっていた。というのも、はじめは教師たちも、入学前に魔法を本格的に教えるのを躊躇していたのだが、いつしか底なしのヴェルの意欲に負け、二つ返事で知識を与えるようになっていたのである。

 

 暮らし方で言うと、はじめのころ、ヴェルは実は、開心術のせいで生徒たちの心の声を拾ってしまい、彼らの集まる場所を自ら避けていた。それまで孤独な生い立ちだったこともあって、長時間喧騒の中にいると、ヴェルは気分が悪くなり、始めの1年の学期中はほぼほぼ体調不良だったのだ。

 しかしそれは、慣れたのか、だんだんと改善されていった。それと引き換えにだろう。開心術の力は弱まってしまったのだが、必要な時には使えるし、ヴェルにとっては良い結果だった。

 

 落ち着いてきた後も、基本的に大人しく、生徒たちの前に出ないよう城の指定された区域にいたヴェルであったが、やはり子供の好奇心は侮れない。

 元気になって本来の活動的な性格になると、いつもどうしても、ホグワーツ生の学生生活が気になって仕方だなかった。先生たちやフィルチの目を盗んで、こっそり教室の窓を覗いたり、広間の石壁の隙間から覗いたりした。彼らはとても楽しそうで、羨ましかった。授業を受けるのはもちろん、箒に乗ったり、魔法動物を飼育したり、薬草を育てたり、クィディッチをしたり。(唯一、試験というイベントは絶対に楽しくないと思ったが。)友達同士で笑いあったり、喧嘩しているところさえ、何度混ざりたいと思ったことか。

 

 そのため興味津々のヴェルは、たまにうっかり生徒に見つかってしまうこともあった。

 そういう時は大抵、スネイプ先生などが忘却魔法で丸く収めたあと、たっぷり説教を食らう羽目になった。

 

 そんな中で唯一、ウィーズリーの双子、フレッドとジョージに見つかったときは違う展開になった。

 彼らと最初に見つかってしまったときにはいつも通り、忘却魔法でもみ消しに。しかし、彼らは以降何回もヴェルを見つけ出しては記憶を消され、また見つける…というのを何十回も繰り返した。いたちごっこに限界を感じた教師陣は、とうとう双子にヴェルのことを明かし、絶対に他の生徒には秘密にするよう約束をさせた。

 それから、双子はヴェルの唯一のホグワーツ生の友達になった。友達であると同時に、兄のような存在だ。知っての通り、いたずら好きな彼らは他の生徒が寄り付かない秘密の場所をいくつか知っており、そこでよく遊び相手をしてくれた。

 

 他にも、多くの思い出を作った。たまにホグワーツの外に出かけることもあったし、季節のイベント事も、生徒に交じれないながらも、先生たちと楽しむことができた。

 

 ヴェルは自分が世間には極秘の存在であることを自覚しながらも、ホグワーツという家のおかげで、寂しさを感じることはほとんどなかった。

 

 ただ、自分に本当の両親がいないことを、たまに思い出すことがあった。ダンブルドアに言うと、彼はヴェルの両親のことを知っている限り教えてくれた。母がノウルの血筋であること。歌手だったこと。父は純血魔法族のスクイブだったこと。お金持ちだったこと。そして、爆発事故に遭い、死んでしまったこと。その後自分はあの里親の下に預けられたこと。

 そしてロンドンで預かっているという遺品の一部をスネイプが持ってきてくれた時は、とても嬉しかった。物心つく前の、遠い遠い記憶が蘇ってくるようだった。

 

 そうして月日は流れ、来年にはホグワーツに正式に、1年生として入学できる年。とうとうあの「ハリー・ポッター」と「例のあの人」のことを聞いた。生徒たちが、「いよいよもうすぐ彼が入学してくる」と、頻繁に口にする用になったのが気になったからだ。ダンブルドアから、かつての闇の日々、ハリーに起きたこと、彼がなぜ有名なのかを話してもらった。

 「例のあの人」がまだ完全には死んでおらず、彼の仲間も、また復活する可能性がある。それを聞き、ヴェルの存在が彼らに知られれば危険なことになるかもしれないと説明されたとき、ヴェルは自分が秘密の存在に徹しなければならない理由に、改めて納得できた。

 ハリーも、彼らに存在が知られなければ、狙われて不幸に遭うこともなかったのかもしれないと、気の毒に思えた。

 ヴェルは自分の特殊さを分かった上で、有名になりたいなどとは思ったことがない。むしろ、自分の特異性質では逆に除け者にされないか、という不安の方がある。ハリーのような「英雄」としての「有名」なら分からないが、それでもヴェルはもしも自分なら望まないだろうと思った。母、ダイアナも歌手として芸能活動をしていたそうだったが、ヴェルにはその世界が想像もつかなかった。

 

 とはいえヴェルは、境遇が似ているようでまるで真逆な少年、「ハリー・ポッター」と会うのがとても楽しみだった。

 

 それから入学の準備のために、あれやこれやとやっていると、意外とあっという間に夏が過ぎていった。入学許可の手紙をダンブルドアから直接受け取り、ダイアゴン横町で買い物をし、入る寮を決めて……

 

 

 

 そして今日という日──いや、もう窓を見れば、そこにはロンドンの景色が広がっていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ホグワーツ行きの蒸気機関車の煤煙と、期待に胸を膨らませた生徒たちの喧騒の中に、ヴェルは立っていた。5年前、スネイプに腕を引っ張られながら裏道を通ったときのことが懐かしい。

 

 駅に着いたとき、ホームには既に列車の到着を待っていた生徒や家族がいた。ヴェルは列車にそのまま乗って来たことがバレないように、乗り込んでくる彼らの雑踏に紛れながら、車掌用の扉からうまく列車を降りた。

 そして折を見てまた乗り込もうと、待ち人を装ってホームで人々の様子を眺めた。

 

 生徒のほとんどは、見送りの家族と一緒に来ていた。家族水入らずで、皆しばしの別れの挨拶をしている。

 ヴェルは、「先ほどまで」家族だった先生たちのことを思った。

 

 これから学期中は、ただの一人の生徒として、ホグワーツで生きていくことになる。ヴェルの親代わりを演じる大人はもう、ホグワーツにはいない。

 

 先生たちと交わした約束は、努めて守らなければならない。

 ノウルの生まれの事は努めて秘密。ホグワーツで暮らしていたことも秘密。先生たちと知り合いなことも秘密。開心術は制御し、使わないこと。

 これらを耳にタコができるほど言い聞かされた。

 

 一方で、「困ったら我々を頼りなさい」と、先生たちは言ってくれた。

 

 ヴェルは寂しさを覚えながらも、分かっていた。

 やるべきことはただ、一般生徒を演じることだと。先生たちとの絆は変わらないのだ。彼らはヴェルをちゃんと見守っていてくれる。ヴェルの家族でいてくれる。

 それに、新しい家族もできるのだ。寮に入って、きっと友達がたくさんできる。

 

 そう思うと、いつの間にか勇気が湧いてきて、温かい気持ちになっていた……。

 

 

・・・

 

 

 そろそろ列車に乗ろう。生徒がぞくぞく乗り込み、コンパートメントが埋まり始めていた。

 

 ヴェルは人混みと荷物、猫やフクロウを避けながら、列車に乗り込んだ。

 話し声や物がぶつかる音など騒がしかったが、途中、ヒキガエルがどうたらとかいう男の子の声や、遠くの方の人垣から上がった悲鳴などを聞いた。

 

 列車の中も人でごった返しており、かき分けながら空いているコンパートメントを探した。ほとんどの生徒は2年生以上なため、ヴェルはだいたいの顔を見たことがあった。空のコンパートメントでなくても、できれば自分と同じ新入生が乗っている席を見つけたい。しかし、乗り込んだ車両が悪かったらしく、列車が出発してしまった後も、丁度よい席がなかなか見つからなかった。

 

 荷物を持ったまま、かなり後ろの車両まで移動したときだった。

 

「あれ!」

 

「ヴェルじゃないか!」

 

 ヴェルはドキッとした。聞き慣れた声を振り返ると、案の定、フレッドとジョージだった。

 

 もちろん、ホグワーツの一般生徒で、唯一ヴェルを知るこの双子には、ダンブルドアからヴェルの秘密を守るよう重々言ってあった。そのため、他の生徒もいる今は、初対面のふりをするべきだと知っているはずだった。

それなのに……

 

「てっきりホグワーツで待ってるんだと思ったよ」

 

「わざわざロンドンまで来たのかい?」

 

 普通に知り合いとして話しかけてきた双子にヴェルは狼狽えた。

 

「ちょっと、二人とも、私たちは今日初めて会うことになってるでしょ!忘れたの!」

 

 小声でそう言うも、二人は知らん顔だった。

 

「大丈夫でしょ」

 

「誰も気にしやしないよ」

 

 こんな調子である。

 

 仕方ない、と小さくため息をついたヴェルの抱えている荷物を見て、二人は言った。

 

「席がないのかい?」

 

「うん」

 

「だったら、最終尾の車両に行くと良いよ」

 

「すいてるの?」

 

 ヴェルの問いに、双子は揃ってニヤリとした。

 

「ハリー・ポッターがいるのさ」

 

「あ!あの?!」

 

「ああ、さっき荷物乗せるの手伝ったんだ。連れて行ってやろうか」

 

「うん!」

 

 フレッドとジョージはヴェルを一番後ろの車両の、ハリーがいるコンパートメントに案内した。部屋の前に着くと、双子は弟のロンも一緒にいるのを発見して、扉を開けた。

 

「おい、ロン」

 

「この子も、席探してるみたいでさ、入れてあげててくれないか?ハリーもいいかい?」

 

 ヴェルは双子に促されてコンパートメントの中に顔を見せた。

 

「うん」

 

「も、もちろんだよ!」

 

 ハリーとロンが言ってくれた。(後ろから双子が「「もちのロン~(笑)」」と言った。)

 

「ありがとう」

 

 ヴェルはハリーたちに礼を言って席に着いた。そして双子にも「ご親切にありがとうございました」と先輩に対する言い方寄りに言い加えた。

 

「「どういたしまして~」」

 

「なあ、おれたち、真ん中の車両あたりまで行くぜ……リー・ジョーダンがでっかいタランチュラを持ってるんだ」

 

「わかった」

 

 ロンはもごもご言った。

 

「ハリー」

 

「自己紹介したっけ?おれたち、フレッドとジョージ・ウィーズリーだ。こいつは弟のロン」

 

 双子は言いながら、ハリーだけでなくヴェルの方も見て、自己紹介(のフリ)をした。

 

「そうだ、君の名前は?」

 

 ヴェルはハッとした。

 

「ヴェル……。ヴェル・ゼノン、です」

 

 ヴェルは双子に答えながらも、ハリーとロンにも目を合わせた。

「よろしく」

 

 ハリーとロンが返してくれた。

「じゃ、またあとでな」

 

 双子はそう言うとコンパートメントの扉を閉めて去って行った。

 

 立ち去り際、フレッドの方がヴェルにウインクをした。

 二人の抜け目のなさに、正直ヴェルは舌を巻いた。流石普段からいたずらの隠ぺい工作をしているだけはある。

 

(名役者……)

 

 とはいえ、この席に導いて立ち回ってくれたことには純粋に感謝した。

 

 そんなことを考えながら、ヴェルはハリーとロンとに顔を向けた。

 

 ハリーは、瘦せていて、細面の顔に、真っ黒な髪、明るい緑色の目をしていた。ヴェルは、彼のかけている丸メガネの向こうにあるその目に、どこか見覚えを感じた。

 

(あれ……この目、どこかで……)

 

 その時、思い当たった。鏡を見て映る自分の瞳の色もそういえば緑だった。だからかもしれないと、このときはそう思った。

 ハリーも実は同じようなことを思った。

 

 一方、ロンはというと、ザ・ウィーズリーといった見た目だった。燃えるような赤毛に、そばかすだらけで、鼻が高かった。そしてその鼻の先に、今は何か汚れがついていた。

 

 ハリーとロンも、同じくヴェルのたっぷりの金髪や、緑の瞳、真っ白な肌といった特徴を観察していた。

(読者の皆さんはヴェルの容姿を、『思い出のマーニー』の、マーニーの瞳が緑色になった女の子をご想像してくれれば正解です)

 

 三人は互いを見ていたが、ロンが目をハリーに向けると、彼が最初に口を開いた。

 

「それで……君、ほんとにハリー・ポッターなの?」

 

 ハリーはこっくりうなづいた。

 

 ヴェルは目を瞬かせた。

 

「ふーん……そう。僕、フレッドとジョージがまたふざけてるんだと思った。じゃ、本当にあるの……ほら……」

 

 ロンはハリーの額を指さした。

 

 ハリーは前髪をかき上げて稲妻の傷跡を見せた。ヴェルとロンはじっと見た。

 

「それじゃ、これが『例のあの人』の……?」

 

 ヴェルが言った。

 

「うん、でもなんにも覚えていないんだ」

 

「なんにも?」

 

 ロンが熱心に聞いた。

 

「そうだな……緑色の光がいっぱいだったのを覚えているけど、それだけ」

 

「うわーっ」

 

 ロンとヴェルはじっと座ったまま、しばらくハリーを見つめていたが、ロンはハッと我に返ったように一度ヴェルを見て、また、あわてて窓の外に目をやった。

 ヴェルはロンの動きを何かと思い、ロンを見、ハリーと目を合わせた。

 

 ハリーは、ロンの気持ちがなんとなくわかった。ヴェルは約束を守り開心術を使わないでいたので、気づいていなかったが、ロンはヴェルが扉から顔を出したときから明らかにドギマギしだした。

 

 ヴェルが可愛い子だったからだ。ハリーとしても、初めて見るような可愛い女の子だった。

 

「君たちの家族はみんな魔法使いなの?」

 

 今度はハリーから聞いてみた。

 

「あぁ、うん、そうだと思う」

 

 ロンから答えた。

 

「ママのはとこだけが会計士だけど、僕たちその人のことを話題にしないことにしてるし」

 

「じゃ、君なんか、もう魔法をいっぱい知ってるんだろうな」

 

 ハリーは、ダイアゴン横町で出会った青白い男の子が話していたことを思い返していた。ウィーズリー家が、由緒正しい「魔法使いの旧家」の一つであると確信していた。

 

「ヴェルの方は?」

 

 ヴェルは答えた。あらかじめダンブルドアと打ち合わせしておいた、自分の生い立ちの説明を。

 

「……パパの家は代々、魔法使いだけの厳しい家だったらしいけど、パパは魔法が使えない体質だったの。それで家を追い出されて、マグルのママと結婚したの。

 

 でも、二人とも私が小さい時に死んじゃって、だから私、マグルの他所の家に預けられたわ」

 

「そうだったんだ……。

 そうだ、君も、マグルと暮らしてたって聞いたよ」

 

 ロンがハリーに言った。

 

「どんな感じなんだい?」ロンは二人に聞いた。

 

「ひどいもんさ……あ、ヴェルの方は、たぶん違うだろうけど……みんながそうだってわけじゃないけど。おじさん、おばさん、僕のいとこはそうだった」

 

「私も、ひどかったわ。親戚がいなくて、まったくの他人の家だったし……」

 

「そう……僕たちにも、身近に魔法使いがいればね……兄弟が三人もいれば、どんなにか」

 

「五人だよ」ロンの顔がなぜか曇った。

 

「ホグワーツに入学するのは僕が六人目なんだ。期待に沿うのは大変だよ。ビルとチャーリーはもう卒業したけど……」

 

 ロンが話し出すと、ヴェルにとって懐かしい名前が出てきて、嬉しくなった。

 

 ビルとチャーリーは、ヴェルがホグワーツに引き取られた六歳のとき、それぞれ六年生と四年生だった。二人とも優秀で活躍していたから先生たちもよく話していたし、ヴェルもそのことをよく覚えている。他のウィーズリー家の兄たちも(双子も成績は)優秀と言って申し分ない。

 

 そんな兄たちに囲まれているのが、ロンはプレッシャーに感じて仕方がないようだった。

 

 ロンの話は続いていた。

 

「……それに、五人も上にいるもんだから、なんにも新しいものがもらえないんだ。僕のローブはビルのお古だし、杖はチャーリーのだし、ペットだってパーシーのお下がりのねずみをもらったんだよ」

 

 確かに、ロンにはどこか馴染みのあるようなアイテムが揃っていた。お古と言っていたローブを、これをあのビルが着てたのね、と思ったとき、ヴェルは思わずロンの嘆きにこう返していた。

 

「いいじゃない。優秀なお兄さんのなんでしょ?羨ましいわ」

 

 ロンはヴェルを見て、目を見開いた。

 

 ヴェルはその反応を見て、もしかしたらお節介だったかも、と思った。

 しかし、「いやあ、そ、そうかな」と、思ったよりロンは機嫌を良くした。

 ホッとしたヴェルは、ふとハリーと目を合わせた。

 

 ハリーが言った。

 

「ねずみ、見せてみて」

 

「あ、うん」

 

 ロンは上着のポケットに手を突っ込んで太ったねずみを引っ張り出した。ねずみはぐっすり眠っている。

 

「スキャバーズって名前なんだけど、役立たずなんだ。寝てばっかいるし、パーシーは監督生になったから、パパにフクロウを買ってもらった。だけど、僕んちはそれ以上の余裕が……だから、僕にはお下がりのスキャバーズさ」

 

 ロンは耳元を赤らめた。またヴェルを見た。そしてしゃべりすぎたと思ったらしく、最終的に窓の外に目を移した。

 

「フクロウを買えなくったって、なにも恥ずかしいことないよ。僕だって、一月前まで一文無しだったんだから」

 それからもダドリー家で受けた仕打ちをいくつか話し、ハリーもヴェル同様、ロンを励ました。

 

「──それに、ハグリッドが教えてくれるまで、僕、自分が魔法使いだなんて知らなかったし。

 あ、もしかしてだけど、君もそうなの?ヴェル」

 

 ハリーはヴェルもマグルに預けられたことを思い出して言った。

 

 ヴェルは一瞬出てきた「ハグリッド」の単語に気を取られたが、すぐに返事をした。

 

「あ、えーと、六歳まではね。実は、途中で里親が変わって、魔法族の家に移ったの。魔女だってことはそこで知ったわ」

 

 ヴェルは答えた。ホグワーツに引き取られたことは言えないが、ほぼほぼ間違ってはいない。

 

「……そうだったんだ」

 

 ハリーはヴェルの境遇が、自分の両親が死に、里子になった点が一緒だと思い、気分が上がった。(それはヴェルもだったが。)自分だけがこの魔法の世界に置いてけぼりを食らってばかりではないかもしれない、と思った。

 

 しかし、完璧には自分と同じ状況ではないと分かって、少しがっかりした。

 

「やっぱり、僕……一番遅れてるよ。両親のことも、ヴォルデモートのことを知ったのだって、ついこの間だったし……」

 

 ロンが息をのんだ。ヴェルも、すこし眉をあげた。

 

「どうしたの?」ハリーが聞いた。

 

「君、『例のあの人』の名前を言った!」

 

 ロンは驚きと感嘆の声を上げた。

 

 ヴェルはそのロンの反応に、やはりあの名前を口にすると、みんなはこういう反応になるのか、と思い知った。ダンブルドアから、みんな例の名前を言わないと聞いてはいたが、実際に言うとこうなるのだと分かった。

 

「僕、名前を口にすることで、勇敢なところを見せつけようってつもりじゃないんだ。名前を言っちゃいけないなんて知らなかっただけなんだ。わかる?」

 

 ヴェルは頷いた。

 

「僕、学ばなけりゃならないことばっかりなんだ──

 きっと、僕、クラスでビリだよ」

 

「そんなことはないさ」

 

 ロンが励ました。

 

「そうよ。マグルっ出身の子はたくさんいるし、そういう子でもちゃんとやってるわよ」

 

 ヴェルも励ました。

 

・・・

 

 話しているうちに、汽車はどんどん進んでいった。窓の景色が、ヴェルが朝乗って眺めた景色と逆方向に流れていく。

 

 十二時ごろ。車内販売がやってきた。

 ハリーは勢いよく立ち上がって気前よく買い始めたが、ロンは自分のがあると言ってサンドイッチを見せた。ヴェルもホグワーツの厨房の屋敷しもべ妖精が持たせてくれた軽食があったが、せっかくなのでいくつかお菓子を買うことにした。

 ハリーは両腕いっぱいに買い物をして戻って来た。

 色々な種類のお菓子を買ったようだったが、魔法界にしかないお菓子はどれも知らなかったようなので、ロンとヴェルで説明しながら、ときどき三人お互いの持っていた食べ物を交換しあったりして一緒に食べた。蛙チョコレートに、百味ビーンズ……どれも、ヴェルはダイアゴン横町などに行った際に買ってもらったことがあった。

 

 わいわいと楽しく食べながらいると、車窓の景色の緑色が濃くなってきた頃、コンパートメントをノックして、丸顔の男の子が半泣きの顔で入ってきた。

 

「ごめんね。僕のヒキガエルを見なかった?」

 

 三人が首を横に振ると、男の子はめそめそ泣きだした。

 

「いなくなっちゃった。僕から逃げてばかりいるんだ!」

 

「きっと出てくるわよ」ヴェルが言った。

 

「うん。もし見かけたら……」

 

 男の子はしょげかえってそういうと出て行った。 

 

「どうしてそんなこと気にするのかなあ。僕がヒキガエルなんか持ってたら、なるべく早くなくしちゃいたいけどな。もっとも、僕だってスキャバーズを持ってきたんだから、人の子とは言えないけどね」

 

 ねずみはロンの膝の上でグウグウと眠り続けている。

 

「死んでたって、きっと見分けがつかないよ。

 昨日、少しはおもしろくしてやろうと思って、黄色に変えようとしたんだ。でも呪文が効かなかった。やって見せようか──見てて……」

 

 ロンが最後こちらを見て言ったので、ヴェルは思わず頷いた。

 

 ロンはトランクをガサゴソ引っかき回して、くたびれたような杖を取り出した。先から白くきらきら光るものがのぞいている。

 

「ユニコーンのたてがみがはみ出してるけど、まあいいか……」

 

 杖を振り上げたとき、またコンパートメントの扉が開いた。蛙に逃げられた子が、今度は女の子を連れて現れた。少女はもう新調のローブに着替えている。

 

「誰かヒキガエルを見なかった?ネビルのがいなくなったの」

 

 なんとなく威張った話し方をする女の子だ。栗毛の髪がフサフサして、前歯がちょっと大きかった。

 

「見なかったって、さっきそう言ったよ」

 ロンの答えなど少女は聞いてもいない。むしろ杖に気を取られていた。

 

「あら、魔法をかけるの?それじゃ、見せてもらうわ」と少女がヴェルの席に前に座り込み、ロンはたじろいだ。

 

「あー……いいよ」

 

 またヴェルと目が合うと、ロンは咳払いをした。

 

「おひさま、雛菊、とろけたバター。デブでのろまなねずみを黄色に変えよ」

 

 ロンは杖を振った。でもなにも起こらない。スキャバーズは相変わらずでぐっすり眠っている。

 

「???」ヴェルはロンが何がしたかったのかまるで分からなかった。

 

「その呪文、まちがってない?」

 

 少女が堰を切ったように喋り出した。

 

「まあ、あんまりうまくいかなかったわね。私も練習のつもりで簡単な呪文を試してみたことがあるけど、みんなうまくいったわ。私の家族に魔法族は誰もいないの。だから、手紙をもらったとき、すごく驚いた。でももちろんうれしかったわ。だって、最高の魔法学校だって聞いてるもの……教科書はもちろん、全部暗記したわ。それだけで足りるといいんだけど……私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなたたちは?」

 

 ハーマイオニーは一気に言った。

 

 ハリーはロンの顔を見てホッとした。ロンも、教科書の暗記なんてしていないらしく、唖然としていた。ヴェルはと言うと、ハーマイオニーを見つめる表情は普通の顔とあまり変わっていなかったので、よくわからなかった。

 

「ヴェル・ゼノンよ」

 

 ヴェルはハーマイオニーの舌に圧倒されかけたものの、一応、やっと来てくれた「女の子」だったので、笑顔で名前を言った。

 

「僕、ロン・ウィーズリー」ロンはもごもご言った。

 

「ハリー・ポッター」

 

「えっ?ほんとに?私、もちろんあなたのこと全部知ってるわ。──参考書を二、三冊読んだの。あなたのこと、『近代魔法史』『闇の魔術の興亡』『二十世紀の魔法大事件』なんかに出てるわ」

 

「僕が?」ハリーは呆然としていた。

 

「まあ、知らなかったの。私があなただったら、できるだけ全部調べるけど」

 

 ここに来てロンは、ハーマイオニーの、何でも知っているという自信が先ほどから癪に障って仕方がなかった。何か彼女の絶対に知らないことを、自分は知っていないだろうか。あれこれと考えていた。

 

 そして思いついた。

 

「君、つまりは、物知りなんだね。ホグワーツのことについても具体的に知ってる?」

 

「ええ、もちろん。『ホグワーツの歴史』や『ホグワーツの仕掛け大全』あたりなんかでよければ全部網羅してるわ」

 

 ロンはかかった、と思った。

 

「じゃあじゃあ、ホグワーツに住み着いてる謎の女の子がいるって話、知っているかい」

 

 ヴェルは心臓が止まりそうになった。自分のことだとすぐに分かったのだ。

 

「そうね……ゴーストで、いるのを知ってるわ」

 

「違うよ。生きてる女の子だよ。人間の」

 

 ヴェルはとまらないドキドキを、ここにいる三人に悟られないよう必死になった。

 

「何よそれ。初めて聞いたわ」

 

「……」

 

「やっぱり知らないか。さすがの君でもね。ふふ。

 僕の兄さんたちが言ってたんだ。そういう噂があるって。なんでもそれが『ノウルの血』の子どもらしいんだ」

 

「ノウルですって?」

 

 ハーマイオニーが叫んだ。

 

 ヴェルも叫びそうだった。(やっぱりあの双子ぉ!!!)

 

「何だい、ノウルって」

 

 ハリーが聞いた。

 

「魔法が『かからない』種族の人間のことよ。『障らぬ血』とも言うみたいだけど。魔法が使えないマグルみたいな。実際ノウルもマグルに過ぎないわ」

 

「でもほら、数年前に話題になったじゃないか。ノウルでもって、魔法にかからないのに、魔法が使える子どもがいるんじゃないかって」

 

「あんなの都市伝説でしょ。私、その当時は魔法界のことなんて知らなかったから、この魔法史の予習ついでにちゃんと調べたわ。興味深かったから。

 でもね、がっかりしたわ。あれは完全にデマよ。デマ!」

 

「でも……」

 

 ロンは唸った。せっかくハーマイオニーに一本を取れたと思ったのに、論破されて撃沈してしまった。

 

 一方、ヴェルは密かに胸を撫で下ろした。完全否定してくれたハーマイオニーに、心の底から感謝した。

 

「そんなことより、三人とも、どの寮に入るかわかってる?私、色々な人に聞いてしらべたけど、グリフィンドールに入りたいわ。絶対に一番いいみたい。ダンブルドアもそこ出身だって聞いたわ。でもレイブンクローも悪くないかもね……とにかく、もう行くわ。ネビルのヒキガエルを探さなきゃ。三人とも、着替えた方が良いわ。もうすぐ着くはずだから」

 

 ハーマイオニーはネビルと去って行った。

 

「どの寮でもいいけど、あの子のいないとこがいいな」

 

 杖をしまいながら、ロンが言った。

 

(でもウィーズリー家はグリフィンドール一択らしいからなあ……)

 

 ヴェルはもしハーマイオニーがグリフィンドールに選ばれたら、ロンには彼女を回避する逃げ道がないことを悟った。

 

「へぼ呪文め……ジョージから習ったんだ。ダメ呪文だって、あいつは知ってたに違いない」

 

 

「君の兄さんたちってどこの寮なの?」ハリーが訊いた。

 

「グリフィンドール……」

 

(そうよね……)

 

「ママもパパもそうだった。もし僕がそうじゃなかったら、なんて言われるか」

 

(いいえ、絶対大丈夫よ)

 

 ヴェルは言葉を飲み込んだ。ロンは続けた。

 

「レイブンクローだったらそれほど悪くないかもしれないけど、スリザリンなんかに入れられたら、それこそ最悪だ」

 

「……」

 

 ヴェルは少し寂しい気持ちになった。散々悩んで、そこに入ろうと決めていたからだった。でも、グリフィンドールとスリザリンが対立していることは百も承知していたし、ましてやウィーズリー家の子にそう言われるのは当然だと思った。一部の生徒(特にグリフィンドール)には、良く思われないだろうと分かっていたので、嫌な気持ちもしないし、怒りも湧かないけど、ただただ寂しい気持ちになった。

 

 

「ヴェルはどう?」

 

 話が振られたヴェルは、淡々と言った。

 

「さっきの……死んだパパが追い出された家の血筋が、スリザリンに近かったから、きっとスリザリンに入ることになるって、思ってるわ。でも、別に私自身はスリザリンにはこだわってはなくて、どの寮もみんな良い寮だと思うし……」

 

 ヴェルは濁した言い方をしてしまったが、実際それは本心だった。

 

 ヴェルは組み分け帽子の開心術が効かないため、あらかじめ入る寮を自分で決めておくことになっていた。

 ヴェルはホグワーツの生徒たちを見てきて、どの寮にもいいところがあるのを良く知っていたし、みんな好きな点があったため、自分で選ぶのは大変悩ましかった。ダンブルドアの計らいで、帽子と相談しながら、考えていたのだ。

 

『穏やかで、かつ明るく社交的。誰に対しても分け隔てなく接する性格は、ハッフルパフ。

 勉強も純粋に好きで、要領も良いところは、レイブンクローで申し分ない。

 善行を好むし、行動力と発想力も(フレッドとジョージのおかげで磨きがかかったのもあって)備わっているから、グリフィンドールも良いだろう……』

 

 でも、決定的だったのは、父親の血筋に隠された秘密だった。

 帽子が言ったのだ。

 

『……しかしな、君にゼノン家の血が入っているのであるならば、やはりスリザリンだろうなあ』

 

『え……?ゼノン家……?』

 

 ヴェルは、父親が純血魔法族で、スクイブのため破門されたことまでしか、そのとき知らなかった。ゼノン家がどんな一族かも、考えたこともなかった。

 

 ヴェルが知らなかったことを知ると、帽子はゼノン家についてのことを語った。

 

『ゼノン家はな、厳格な純血一族で、血の穢れを忌み嫌い、スクイブも容赦なく切り捨て、スリザリンを狂信していた……。ここ数世紀は名前を聞かなかったので、血が濃くなりすぎて、根絶していたと思っておったがな……』

 

 それはヴェルにとって衝撃の事実だった。

 すぐさまダンブルドアにも確認したところ、裏が取れた。

 その際、ダンブルドアも、血筋を理由に、ヴェルはスリザリンに入るのが本来は相応しいと分かっていたことを告げられた。

 だが、ヴェル自身の性格や人間性を鑑みると、必ずしも進路はスリザリンに限定的ではない。それはダンブルドアも知るところだったので、自分で選ぶのが一番良いと、ヴェルに言ってくれた。

 

 ヴェルは、悩みに悩んで、結局スリザリンに決めたた。

 

 元々、スリザリン生の家族愛のような固い団結力や、気高い雰囲気にも憧れがあったが、自分に入れる素質がないのではと思っていた。しかし、自分の由縁を知って、踏ん切りがついた。

 

(それに、スネイプ先生もいるし……)

 

 当然だがヴェルにとって、五年間ともに暮らしたスネイプが寮監なのは、かなり心強かった。

 (実際、スネイプの方もゼノン家の事情を知っていた。そのため、入学以降ヴェルの養育から解放される予定にしても、随分と前からヴェルを自分の寮で預かる覚悟はしていたのだった。というか、スリザリンに来るに決まっているだろうとしか思っていなかった。)

 

 しかしヴェルがその結論に至るまでは、本当に、長い時間が必要だった。昨日の今日で、ようやく決心がついたのだから。

 

 

「……でも、きっとスリザリンなんだと思う」

 

 ヴェルが静かにそう言うと、ロンは一度ひどく失望した目になった。

 

「……そっか……そうなんだ。ごめん」

 

 しかし、すぐにただの落胆表情に変わり、「最悪だ」と言ったことを気にしてくれたようだった。

 

「いえ、いいのよ。だって、スリザリンは……」

 

 ヴェルはそこまで言って、黙ってしまった。しかし、ハリーが継いだ。

 

「……あ、そこって、ヴォル……つまり、『例のあの人』がいたところ?」

 

「ええ……。良くない印象を持ってる人も、当然いるのはわかってるわ」

 

 ヴェルが言った。

 

 ロンはというと、がっくりと席に座り込んだ。

 

 

 暗い空気になってしまったので、ハリーはロンが寮のことを考えないように別のこと(ロンの兄たちのこと)を話しかけた。ロンはそれに上の空で答えていった。

 

 ロンの頭の中では、ヴェルがスリザリンに入ってしまうことでいっぱいだった。

 ハリーも、スリザリンの印象が良くないように思ってきた矢先、スリザリンらしさの欠片もないように見えるヴェルがそちらに入るだろうと分かって、やはり残念に思った。が、ロンほどの落ち込みようではなかっただろう。

 

「……そうなのね、一番目のお兄さんはグリンゴッツで働いてるのね……」

 

 会話の中でヴェルが相槌に言った言葉に、ロンはようやく我に返った。大事なことを思い出したのだ。

 

「グリンゴッツのこと、聞いた?『日刊預言者新聞』にベタベタ出てるよ。あ、でも、ハリーの……マグルの方には配達されないね……」

 

「だれかが、特別警戒の金庫を荒そうとしたらしいってやつでしょ。私も読んだわ」

 

 ヴェルは先日読んだ新聞と、ホグワーツ内でも先生たちが少しざわついていたことを思い出していた。

 

 ハリーは目を丸くした。

 

「ほんと?それで、どうなったの?」

 

 ロンが答えた。

 

「なーんにも。だから大ニュースなのさ。捕まらなかったんだよ。グリンゴッツに忍び込むなんて、きっと強力な闇の魔法使いだろうって、パパが言うんだ。でも、なんにも盗ってなかった。そこが変なんだよな。当然、こんなことが起きると、陰に『例のあの人』がいるんじゃないかって、みんな怖がるんだ」

 

 ハリーはまた聞いた『例のあの人』という言葉に、怯えた表情を見せた。

 

 ヴェルはこの話で、そういえば七月の末にハグリッドがハリーに会いに行くとウキウキしていたときのことを思い出した。

 

(ついでにグリンゴッツがなんとかって言ってなかったっけ……)

 

 でもハグリッドは最後まで言わなかったので、結局分からなかった。きっとあの時の用事はハリーの預金関係だろう、と思った。

 

 

「君たち、クィディッチはどこのチームのファン?」

 

 ロンがたずねた。ヴェルはハリーが知らないのではと思い、言った。

 

「ハリー、クィディッチのこと知ってる?」

 

「僕、どこのチームも知らない」

 

 ハリーはヴェルのおかげで白状できた。

 

「ひえー!」

 

 ロンはものも言えないほど驚いた。

 それからヴェルはロンと一緒にクィディッチの説明をして盛り上がった。

 

・・・

 

 すると、またコンパートメントの扉が開いた。ネビルでもハーマイオニーでもなかった。

 少年が三人入ってきた。

 ハリーは真ん中の一人が誰であるか分かったようだった。

 

 実はヴェルも、もしかしたら、と思いあたったことがあった。寮決めで悩んでいる頃、スネイプがマルフォイ家のことを話してくれたのだ。

 スネイプはホグワーツいる間も、かつての先輩であるルシウス・マルフォイに会うため時々出かけていた。その際、ルシウスの息子、ドラコ・マルフォイとも交流があったのだろう。それまではヴェルにそのことを隠していたのだが、入学が近くなると、スリザリンに入るであろう彼のことを、話だけヴェルに聞かせた。そのときにドラコの容姿などを聞いていたので、ヴェルはプラチナブロンドの髪に青白い顔を見たとき、ピンときた。

 でも、スネイプはヴェルのことを向こうにも紹介してあるとは言わなかったので、彼はヴェルを知らないだろうと思った。情報の管理には徹底的なスネイプが、いくら親しいとはいえ最高機密のヴェルのことを言いはしないだろうと悟ったのだ。

 

 実際その通りだったらしい。青白い男の子は、ハリーだけを見ていた。

 

「ほんとかい?このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、汽車の中じゃその話で持ちきりなんだけど。それじゃ、君なのか?」

 

「そうだよ」とハリーが言う。

 

 ヴェルもハリーも、あとの二人に目をやった。

 

「ああ、こいつはクラッブで、こっちがゴイルさ」

 

 真ん中の子は無造作に言った。

 

「そして、僕はマルフォイだ。ドラコ・マルフォイ」

 

 ロンだけが、クスクスと笑いをごまかすように軽く咳払いをした。マルフォイが目ざとくそれを見咎めた。ヴェルもそれに気づいた。

 

「僕の名前が変だとでもいうのかい?君が誰かは聞く必要もないね。パパが言ってたよ。ウィーズリー家はみんな赤毛で、そばかすで、育てきれないほどたくさん子供がいるってね」

 

 ロンはムッとした。

 

 マルフォイはそしてヴェルに目を向けた。

 

「おや、君の方は、まるでちがうみたいだね。ウィーズリーなんかとは。

 お名前を聞いても?ミス」

 

 ヴェルを見て、何か思ったらしい。マルフォイは笑って、妙に丁寧になった。

 

「ヴェル・ゼノン」

 

 ヴェルは努めて普通な口調で言った。その名前を聞いて、マルフォイはあれ?という顔になった。

 どうやら、ヴェルが上等な家の生まれに見えたため、自分の知っているであろう魔法族の名家の名前が来ると思ったようだ。(実際、ヴェルは(いたずらのとき以外は)身なりも所作も完璧な良家のそれだった。マクゴナガルの躾の賜物である。)

 

「ゼノン……聞かないな。マグル生まれかい?」

 

「……うーん、いいえ」

 

 ヴェルは一瞬深く悩んだが、そう答えた。半純血とでも思ってくれることを期待した。実際そうであるし。

 

「そうか、だと思ったよ」

 

 マルフォイは笑顔に戻った。ヴェルの思惑通り、半純血と納得したらしい。

 

 その間ロンはマルフォイの態度が癇に障って仕方がなかった。それはハリーもだった。

 

「ポッター君。そのうち家柄のいい魔法族と、そうでないのがわかってくるよ。間違ったのとは付き合わないことだね。そのへんは僕が教えてあげよう」

 

 マルフォイはハリーに手を差し伸べて握手を求めたが、ハリーは応じなかった。

 

「まちがいかどうか、見分けるのは自分でもできると思うよ。どうもご親切さま」

 

 ハリーは冷たく言った。ヴェルもさすがにハリーに同情したが、言い方については別の話に思った。

 

 マルフォイは上気した。

 

「ポッター君。僕ならもう少し気を付けるがね」

 

 絡みつくような言い方だった。

 

「もう少し礼儀を心得ないと、君の両親と同じ道を辿ることになるぞ。君の両親も、なにが自分の身のためになるかを知らなかったようだからね。ウィーズリー家や、ハグリッドみたいな下等な連中と一緒にいると、君も同類になるだろうよ」

 

 ハリーとロンが立ち上がった。

 

 

 そして、ヴェルも立ち上がったのを見て、マルフォイは驚いたようだった。ハリーもロンも、ヴェルを見た。

 マルフォイは、まるで「君は違うよ?」と言った顔をしていた。

 

 ヴェルは、マルフォイがハリーの亡くなった両親のことを言ったこと。それに、ウィーズリー家、ハグリッドのことも言ったことが許せなかった。

 

 気付けばヴェルは、凄まじい顔でマルフォイを睨んで、叫んでいた。

 

親を失ったことがないくせに!もういっぺん言ってみなさいよ!!!」

 

 ヴェルは自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。

 

 マルフォイたちは当然、ビクッとなって後ずさった。

 ハリーとロンも毒を抜かれたようになっている。

 

 男の子たちはみなシンとして、ヴェルを恐々見ていた。美人が怒るとそれはそれは恐ろしいのだ。

 

 そのうち、ロンが好機と見て乗っかった。

 

「そ、そうだ!もういっぺん言ってみろ!」

 

 しかし、それはもうあまり必要なかったようだった。

 マルフォイも、他の二人も、戦意を喪失していた。マルフォイは、困惑した顔をヴェルに向けた。

 

 ヴェルはそれを見ているうちに、我に返った。

 「マルフォイはスリザリンに入る」と言ったスネイプの言葉を思い出したからだ。一緒の寮になるであろう子と、入学前に確執を作ってしまったかもしれないと思った。

 しかし状況は、もう後の祭りだ。それに、今更弁解するような、そんな義理もないように感じた。

 

 そしてヴェルはひと呼吸置き、今度は打って変わって静かに、独り言のように言った。

 

「私も親が死んでいるのよ……。だから、自分も言われているみたいで気分が悪いから、やめてちょうだい」

 

 言われてマルフォイは理解し、たじろいだ。

 

「そ、そうかよ……」

 

 ヴェルは今は怒りを失くし、心底哀しい目でマルフォイを見た。

 それにハリーとロンも、マルフォイを睨み付けていたので、バツの悪くなったマルフォイは退散するほかなかった。

 

 そして三人とも足早に消えて行った後、ヴェルたちは席に戻った。

 

「……ごめん。つい、怒鳴っちゃった。でも、あんなに大きな声を出したのは私、初めて」

 

 謝るヴェルに、ハリーとロンはお互い目を見合わせながら首を振った。

 

「でも、見ず知らずの人に、死んだパパとママのことを貶されるなんて、耐えられないでしょ?

 私もそうだから、つい……ほんとはハリーが言い返したかったでしょ?」

 

 ヴェルはハリーにとっては余計なお世話だったかもしれないと思って、ハリーを見た。

 

「いや……僕だったら、できたか分からないよ。ありがとう、ヴェル」

 

 ハリーは微笑んだ。ヴェルはそれを見て、少し照れくさくなった。

 

 

「マルフォイに会ったことあるの?」ロンがハリーに聞いた。

 

 ハリーはダイアゴン横町での出会いを話した。

 

「僕、あの家族のことを聞いたことがある」

 

 ロンが暗い顔をした。

 

「『例のあの人』が消えたとき、真っ先にこっち側に戻ってきた家族の一つだ。魔法をかけられてたって主張したんだって。パパは信じないって言ってた。マルフォイの父親なら、闇の陣営に味方するのに特別な口実はいらなかっただろうって」

 

 ヴェルはスネイプから、マルフォイ家の「名前」しか聞いていなかった。ましてや、闇の陣営との関係なんて。

(ロンはかなり疑っているど、スネイプ先生は……うーん、そんな感じだったかな。学生の頃から親しいと言っていたし……でも、さっきのマルフォイの話し方は……)

 

 ヴェルは考え込んでしまった。すると、コンパートメントはとても暗い雰囲気になってしまっていたのに気づいた。

 そしてヴェルはちょっと、思いついたことを口にしてみた。

 

「どおりで、『謝り方も教えてくれないお家』なわけね……」

 

 ヴェルはぽつりと言って、二人の反応を覗った。

 二人は、顔を見合わせたあと、ゆっくりと笑顔になった。ヴェルも微笑んだ。

 

 その時、ハーマイオニーが顔を出した。

 

 ロンももちろんそれに気づいたが、あえて話を続けた。

 

「……ははっ、最高……!君、やっぱりスリザリンじゃなくて──」

 

 しかし、ヴェルがハーマイオニーを見て、目配せするので、ロンは口をつぐんで振り返った。

 

「何かご用?今イイとこなんだけど」

 

 いかにも鬱陶しいという感じだった。

 

「『イイとこ』ぉ???」

 

 ハーマイオニーは一度怪訝な顔をした。

 

「三人とも、急いだ方が良いわ。ローブを着て。私、前の車両に行って運転士に聞いてきたんだけど、もうまもなく着くって。そこの男子二人、ヴェルをいじめてたんじゃないでしょうね?この子の怒鳴り声が聞こえたわよ」

 

 ヴェルはハーマイオニーに見られて、顔を赤くした。

 

「ちがうよ!!」

 

 ロンが慌てて否定した。ハリーもブンブンと首を振る。

 

 ハーマイオニーはまだ疑っているので、ヴェルもちゃんと否定した。

 

「違うわ。全然違う。別の子が来たのよ」

 

 ハーマイオニーはそれを聞くと、「そう」と言った。

 

「よろしければ、着替えるから出て行ってくれないかな?」

 

 ロンが、ハーマイオニーを、睨みながら強く言った。

 

 ロンの言葉を聞いて、女子の自分も出なくてはと、ハッとしたヴェルは、「ごめんなさい」と言って慌ててローブを持って立ち上がった。

 ヴェルの動きに、あ、となったロンが何やら慌てだした。

 

「あ、いや君に言ったんじゃ……」

 

 とたん、ハーマイオニーがやけに大きい声で、「え?」と言った。

 今にも、「女の子と着替える気?まさか!変態!信じらんない!」と言わんばかりだった。その前にどうにか取り持ちたかったロンは、舌を高速回転させた。

 

「え、あ、いや君も、そう、外にお願いしたいけど、えっと、さっきのは……」

 

 舌は間に合ったかもしれないが、頭が付いていかなかったようだった。

 

 言っている間に、ハーマイオニーがヴェルを外に出して扉をピシャリと閉めてしまった。

 

 ハリーは、扉の前で立ち尽くすロンの哀愁漂う背中を眺めていた……。

 

 

 

 *

 

 

 

 着替えが済むと間もなく、ホグズミード駅に着いた。辺りはもうすっかり暗くなっていた。

 

 ヴェルは、早朝出発したこの駅に再び戻ってきたことを実感した。しかし、朝ヴェルと先生二人の三人だけだったホームは、今は生徒でごった返しているので、全く違う場所のようにも思えた。 

 

「イッチ年生!イッチ年生はこっち!」

 

 近くで、ハグリッドの声がした。昨日ぶりだが。

 

 ヴェルが振り返ると目が合った。

 

「お!ヴェr……」

 

 ハグリッドは言いそうになったが、ヴェルが密かに、小さく首を振るのを見て、なんとか言いとどまった。

 ヒヤリとしたが、直後に、ハリーを見つけたのでそちらに声をかけて取り繕った。

 

「おう、ハリー、元気か?」

 

「うん、ハグリッド!」ハリーが答えた。

 

 なんとかハリーにも、誰にも気づかれなかったらしい。

 

 「イッチ年生はこっちだ!」とハグリッドは誘導していった。

 

 

 それに続こうとしたとき、背後から、ヴェルを呼ぶ声がした。

 

 フレッドとジョージだった。

 

「ヴェル、ローブにフクロウの羽、ついてるぞ」

 

「あ。ありがとう……ございます」

 

 ジョージが言い、ヴェルのローブの背中からフクロウの羽を取ってくれた(ように見えた)。

 

「組み分けの儀式でついてたら恥ずかしいぞ~」

 

「ヴェル、ABC順だと最後かもしれないからな。目立つぞ、きっと」

 

「もう」

 

 双子は笑った。

 

「その時はおれたちが教えてやるさ」

 

「じゃ、あとでな」

 

 ヴェルと双子は手を振って分かれた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ボートで湖を渡り、城に着いた。

 

 城の扉をハグリッドが叩いて、パッと開いた時、マクゴナガル先生が現れた。

 

 ヴェルは感動した。今朝にも会ったし、五年間母のように親しんだはずのマクゴナガル先生が、このときも変わらない姿なはずなのに、今はまるで違って見えたからだった。

 ようやく、正式な生徒として、仲間として、ホグワーツに入れた。それをヴェルは実感した。

 

 マクゴナガル先生が、ハグリッドをとやり取りをしている刹那、ちらとヴェルを見てくれたような気がした。

 

 一年生は先生に従って、石畳のホールを横切り、広間の喧騒を横目に、脇にある小さな空き部屋に入った。そこで、マクゴナガル先生が色々と説明をして、準備ができるまで待つように言うと、部屋を出て行った。

 みんなほどんどが、ドキドキ、そわそわしているのが伝わってきた。ざわめきの中、ヴェルはその場でみんなの顔を見回していた。

 そのとき、ハリーが飛び上がったのを見た。まわりの生徒が息をのむ。後ろの壁から、ゴーストが二十人くらい出てきたのだ。

 みな1年生の方にはほとんどめもくれず、互いに話をしながらするすると部屋を横切っている。

 

 ヴェルにとっては馴染みの彼らだったので、特に驚かなかった。

 しかし、ハッとした。

(ダンブルドアはゴーストたちにも私の事情を言い聞かせてあるのかしら……!)

 今ここで、ゴーストたちがヴェルにだけ顔見知りのように話しかけたりしたらおしまいだ!「なんで?」と大騒ぎになるに決まってる。

 そう思ったヴェルは、慌てて俯き、靴ひもを直すように見せかけて、ゴーストの目を逃れようとした。

 

 そうこうしていると、マクゴナガル先生が意外と早く戻ってきてくれて、ヴェルはホッとした。

 

「さあ、一列になって、ついてきてください」

 

 それに従って、一年生は広間に入って行った。

 

 広間の長テーブルには既に上級生たちが着席し、たくさんの皿とゴブレットが置いてある。奥の上座には教師陣用の長テーブルがあって、見知った顔が座っていた。変化があるとすれば、1年振りに帰ってきたクィレル先生が、ターバンを巻いていて、科目が変わったといったくらいだ。

 上座のテーブルのところまで来て、振り返ると、一年生を見つめる何百という顔に対面した。

 ヴェルは、入学の歓迎会を今まではこっそり物陰から見たりしていたが、とうとう今夜、広間の中心に堂々と立って、主役の一人をしていることに、感激した。

 

 マクゴナガル先生が椅子を置いて、その上に組み分け帽子をのせた。数日前までヴェルとお喋りを散々していた、あの帽子だ。

 みなが帽子を見て、広間が水を打ったように静まると、帽子はピクピク動き出した。ヴェルは思わず口角が上がった。

 

 帽子は歌い出した。ヴェルが広間で聞くのは六回目の、あのちょっぴりへんてこりんな歌だ。お気に入りの歌の一つで、この間帽子に頼まれて練習に付き合ったりもした。なので、つい一緒に口ずさんでしまいそうになったが我慢した。

 

 歌が終わると広間にいた全員が拍手をした。それが鎮まる頃、マクゴナガル先生が長い羊皮紙をもって前に進み出た。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組み分けを受けてください」

 

 

 そして組み分けが始まった。生徒がひとりずつ、帽子を被っては寮を宣言され、その寮の拍手喝采を浴びながら席に着く。毎年お馴染みの光景だ。

 次々と生徒の名前が呼ばる。

 ハーマイオニーがグリフィンドールに決まった時、ロンがうめいたのが聞こえた気がした。あのヒキガエルのネビルも、椅子に着くまでにすっ転んだがグリフィンドールだった。マルフォイは…光の速さでスリザリンになった。

 

(……うぅ)

 

「ポッター、ハリー!」

 

 ハリーは呼ばれると、突然広間中にシーというささやきが波のように広がった。みな口々にハリーの名前をひそひそ言った。

 ハリーの組み分けを、帽子は割と長く悩んでいたようだった。しかし最後にはグリフィンドールに決まった。そのとたん、他の生徒と比べ物にならないほどの、割れるような歓声がグリフィンドールの席から巻き起こった。ウィーズリーの双子が飛び跳ねて喜び、監督生のパーシーとハリーが握手しているのが見えた。

 

 ロンが呼ばれた。グリフィンドールだ。もちロン。

 

 ヴェルは少し、「あーあ」と思った。列車の中で仲良くなれたハリーとロン、それにハーマイオニーもグリフィンドールに行ってしまった。(おまけにマルフォイはしっかりスリザリンときた。)まあ、彼らのスリザリンを快く思っていない思想を、帽子は尊重するだろうということは、薄々分かっていたことだった。

(やっぱり、離れ離れになっちゃった……)

 しかしヴェルは、この土壇場で、先生たちに宣言していた決断が揺らぐことこそないにしても、一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。

 

 とうとうヴェルの他にはあと一人。さあ、どちらが「トリ」か。最後は流石に緊張するので、できれば避けたいとヴェルは思った。

(この子の苗字がどうか、私のZ-eより後ろでありますように。例えば、ゾンビ Z-ombie とか?)

 

「ザビニ、ブレーズ」

 

(うっ……)

 案の定、ヴェルは「トリ」に決定した。

 ザビニはすぐにスリザリンに決まった。

 

 

 

「ゼノン、ヴェリアリス」

 

 マクゴナガル先生が、ヴェルの正式名を初めて言った。というよりかは、自分でも名乗ったことのない言葉なので、違和感がああるなーと、突然、急激に押し寄せてきた緊張のせいで、場違いな考えが湧いてきていた。

 

 ヴェルはハリーたちとの別れが惜しかったが、決めていた通り、スリザリンに入る気でいた。

 

(大丈夫。そっと小声でつぶやけば帽子が叫んでくれる。みんなと同じように、帽子が私の頭を覗いて寮を選んだように見せかけてくれる……)

 

 ここで演出に失敗すれば、ヴェルが魔法がかからないことが、バレる可能性がある。変な動きを見せれば、帽子の開心術が効かない!あれは「ノウルだ」!と誰かが気づくかもしれない。もしそうなったら……。

 

 ヴェルは考えないように、自然体でいるように、心を鎮めようとしたが、かえって様々なことが頭を巡った。

 

 ヴェルは、椅子に座って生徒側を見た。やはり最後なだけあってみんなが注目していた。

 

 ヴェルの緊張はピークに達していた。

 

 そのときだった。突然フレッドとジョージが目を惹く動きをした。何やら慌てたように、ヴェルに腕と口を動かして必死に何かを伝えようとしている。

 

 ヴェルは当然、何事かと思った。

 

(このとき、ダンブルドアは即座に開心術を使って双子の意図を真っ先に読み取り、密かにほくそ笑んでいた。

 スネイプも勘付いたのか、双子をこの場で公開処刑にせんと席を立ちかけたところ、ダンブルドアによって制止を食らった)

 

 一方ヴェルはというと、開心術を使おうにも広間の心中の雑音が多くて、ここではフレッドとジョージの意識に集中できない。そもそも禁止されているし。先生たちも真後ろにいるし。

 

 ヴェルは、『駅で双子とした会話』が、現実になってしまったのではと思った。

 

 

 そして、ヴェルの頭に帽子が被せられた。が、ヴェルの頭が小さくてズッポリいってしまい、あっという間に視界が真っ暗になる。ヴェルは「それどころじゃない!」と、慌てて帽子を調整して目を出し、前を見た。

 

 みながヴェルを見ていた。やはり双子は、まだジェスチャーを送り続けている。

 この緊張と恥ずかしさで倒れそうな状況の中で、さらに何かの指摘をされていることに耐えられず、ヴェルは焦りに焦った。双子の意図に早く気づきたいのに思いつかない。

 

 組み分け帽子が「うーん」とか唸りながら、悩んでるふりをしてくれている。

 

 その間、ヴェルは自分のローブに、さっきみたいにフクロウの羽がついているのかと思ったり、寝癖がついているのかと思ったりして、それとなく確かめたが、双子が言いたいのはどれも違うらしい。

 お手上げだと、先生たちを振り返ってみるも、分からない。わざとらしく目を逸らした先生もいたが、目すら合わせてくれない先生もいた。ダンブルドアが前者で、スネイプが後者だった。(スネイプはひたすらに、双子を視線で射殺そうとしていた。)

 

 ヴェルはもう時間がないと、再びフレッドとジョージをよく見た。

 

 そのとき、フレッドが両手を筒状に口にあてて強調していた。口パクをして何か単語を伝えようとしている。

(ヴェルは後に、それをシカトしてとっとと『スリザリン』と言えばよかったと語る……)

 

 ド緊張状態のヴェルは、双子に導かれるまま、その口元を追った。

 

Gry……ffin……dor……

 

「ユリ、ヒン、ドール……?」

(??????)

 

 ヴェルは推測できた単語を、小声でつぶやいた。

 無意識の、ほんの小声だったが、それを聞き逃さなかった帽子が、そのとき、叫んでしまった。

 

「グリフィンドール!!」

「ええっ!!」

 

 

「っっっっっぅしゃあああああ!!!!」

「フゥーーーーーーーー!!!!!」

 

 グリフィンドールから生徒たちの「普通のボリューム」の歓声と拍手が上がる。

 

 しかしそれを突き抜けて、すさまじい雄叫びが広間に轟いた。

 

 言わずもがな、フレッドとジョージ……。

 二人は叫びながら椅子に乗りテーブルに足をかけ、大手を振ってガッツポーズをし、二人で抱き合って飛び跳ねていた。

 

 ハリーが呼ばれたときでもここまで興奮した生徒はいなかっただけに、「なぜあの子で?」と、周りはグリフィンドール生ですらもドン引きしていた。その視線は当然ヴェルにも向けられたので、今後の生活で自分が噂の種になってしまわないか、いや絶対になる……と最悪な予感がした。

 

 ヴェルは狂ったように喜ぶ双子の、自分に向けられたにやけ顔を見たとき、ようやく分かった。やつらに嵌められたのだ……。

『その時はおれたちが教えてやるさ』

 駅での会話。あの時のフクロウの羽から、すでに彼らの計画は始まっていたのだった。

 

 それに思い当って、ヴェルはなんだか拍子抜けしてしまった。

 ちょうど帽子を持ち上げたマクゴナガル先生を見上げると、目が合った。なぜかちょっと、先生の厳格な顔が綻んでいるように見えた。

(その心笑ってるね!!!)

 

 結局、ヴェルはその場の空気に抗えぬまま、ふらふらとグリフィンドールの席についた。不思議な心境だったが、一応笑顔で、嬉しそうな顔をしてハリーたちの輪に加わる。

 しかし彼らの心からの歓迎に包まれると、ヴェルの作り笑いはすぐに、「本物」に取って代わった。

 予想通り、すぐに双子がすっ飛んできて、騒ぎ出した。

 

 彼らの勝ち誇った喜びようを見て、ヴェルはいつの間にか自分が大笑いしているのに気が付いた。なんだかもう、笑えて笑えて仕方がなかった。笑いすぎて、ちょっと涙も出た。

 

 

 ダンブルドアはパチパチと拍手をしながら、その様子を微笑ましく眺めていた。

 

 一方で、身の毛もよだつような恐ろしい表情で双子を睨みつけながら、テーブルに置いた拳をわなわなと震わせている男がいた。スネイプだ。

 隣のターバンの教師クィレルも、スネイプのその様子を見てさらにびくびくと震えていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 その後、ダンブルドアが新入生への挨拶をし、食事に移った。

 

 ヴェルはドキドキが収まりきっていなかったが、双子によってハリーとロン、ネビルなんかがいる席に連れられ、ねじ込まれ、さらに双子自らの身体も既に埋まっている席に無理矢理ねじ込んで収まった。

 そこでフレッドに料理をうんと盛られ、さらにはジョージに「あーん」もする?と冗談を言われたが、ヴェルは返す言葉が見つからなかった。緊張が解けた後の、どっと疲れた溜め息しか出なかった。

 おなかは空いていたので、双子を無視して食べることにした。ハリーたちもモリモリ食べ始めていたが、当然ヴェルと双子の方ばかり気になると言った視線をひしひしと感じた。

 

 ほとんど首なしにックなどのゴーストがやってきて生徒の話に加わったりしながら周りの子と他愛無いお喋りをし、食事はあっという間にデザートも終わった。ダンブルドアが注意事項を言って(今年は四階の廊下がどうとかの話が加わっていた)、校歌を歌うと、歓迎の会はおひらきになった……。

 

・・・

 

 広間を出ると、やはり双子のウィーズリーはスネイプにとっ捕まった。

 

 スネイプは他の生徒の視線を浴びながらも、「儀式での騒ぎ方が酷すぎた」という理由を付け、双子を連行した。ヴェルもおまけで連れて行かれたとき、ハリーたちからは訝しげな眼を向けられることになった……。

 

「おい、スネイプのやつ、ヴェルも持って行っちまった!」

 

 ロンがハリーに言った。

 

「もしかしたら、スリザリンに入れ直しに行ったんじゃないか!?」

 

 ロンの顔がしわくちゃになって泣きそうになる。「止めに行こう!」と二人でスネイプたちを追おうと雑踏の波を引き返しかけたとき、案の定マクゴナガルに足止めを食らってしまい、寮に直行になったのだった……。

 

 

・・・

 

 

 三人はスネイプによって城の地下へと拉致られた。そしてスネイプの研究室に放り込まれたのである。

 

 スネイプは階段を降りるにも、扉を開けるのにも、その動作の節々に怒りがにじみ出ていた。しかし部屋に入って、ヴェルを暖炉の前の(いつもの)椅子に座らせ、(その隣に座ろうとした)双子のウィーズリーの首根っこを鷲掴みにし、自分の前に足を揃えて並んで立たせるまで、口を開かなかった。

 

 スネイプは並んだ双子を前にしても、しばらく黙ったまま二人の顔を舐るように睨み続けていた。これにようやく、ウィーズリーも浮かれた顔に影が差し、恐怖が現れ始めた。ヴェルも恐る恐るその地獄のような様を見ていた。

 

「さきほどの歓迎会は実に盛り上がりましたなあ」

 

 スネイプはようやく口を利いた。

 

「わざわざ盛り上げ役を買って出てくれるとは。さすがグリフィンドール。頼んでもいない余計な心遣いを我々に提供してくれる。ウィーズリー諸君は将来、それは素晴らしい『道化師』にでもなるのでしょうなあ」

 

「「」」

 

 双子は白目をむきそうだった。

 

 この時のスネイプのネチネチようといったら、近年で最高傑作なほどだった。その後も散々嫌味を垂れながら、スネイプはヴェルの組み分けの妨害をしたことを、鬼のような剣幕で怒った。

 

 ヴェルはそこまでしなくていいと、割って入ろうとずっと戸惑っていたが、あの双子がスネイプに言い返せないほどに、まるでスキが無かった。

 

 そしてスネイプは二人の仕打ちを如何にせんと言う話に移った。

 

「……妥当な罰としてはそうですな、今から貴様らの記憶を改ざんするといったところですかな?ヴェルの入学が済んだ今、貴様らが秘密を保持しているメリットはどこにもない。そうではないかね?え?」

 

 スネイプが言った。

 それの言葉を理解した時、双子は真っ青になった。

 

「ええっ!!!」

 

 しかしもっと衝撃を受けたのはヴェルだった。雷に打たれたように叫ぶと同時に椅子から立ち上がった。

 

「そんな!やめて!!!そこまでしないで……!!!」

 

 ウィーズリーとスネイプに駆け寄り、縋り付くように言った。今にも泣きだしそうな声だった。

 

 スネイプは、双子と共有しているヴェルについての機密を、関わる全ての記憶もろとも消してしまうと言ったのだった。三人の友人としての関係をも無に還そうと。そうなれば、入学前に遊んだかけがえのない記憶も全てなくなってしまう。

 

 しかし、これによって一番残酷な思いをするのはヴェルの方だった。ヴェルに忘却術は当然効かない。フレッドとジョージが自分との思い出を忘れてなお、ヴェルには彼らとの記憶が残り続ける。自分は覚えているのに二人にとっては他人──もとい、新しい知人になる。そんなことは耐えられない。切なすぎる……。

 

 ヴェルは、彼らが何十回も自分を見つけ出してはそのたびに記憶を消され、また会っては自分に名前を尋ねてくる……というあの日々を思い出して、頭がぐらぐらしてきた。

 

 

 スネイプはヴェルのその様子に、我に返ったようだったが──

 

「セブルス」

 

 その時、ダンブルドアの穏やかな声が聞こえた。

 ダンブルドアはマクゴナガルも部屋に連れてきたらしく、彼女が駆けつけて、ふらつきかけたヴェルを肩を支えた。

 

「『忘却とは、』じゃよ、セブルス。そこまで酷なことはせんでいい。落ち着くのじゃ」

 

 スネイプはダンブルドアの言葉に固まった。

 

「いやはや、ここまでお主が血迷うほど取り乱すとは……。まずは落ち着きなさい。

 それ、『忘却とは、』……?おや、おぬしは異国の文学作品には疎かったかの……?」

 

 スネイプはダンブルドアに「なぜ?」という眼差しを向けた。

 だが、「ほれ」と先を促す老人の目を見て、一呼吸置くと口を開いた。

 

「『忘却とは、忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ。』……」

 

「よろしい。

 ……左様、『忘れたくとも忘れることのできないとことほど、辛く、悲しいことはない……』。のう?ヴェルよ」

 

 ダンブルドアは満足し、そう言ってヴェルを見た。

 

 そしてスネイプに向き直り、続けた。

 

「まったく、真っ先に自分の砦に連れ込みおって。こういう時は校長室じゃろうが……。

 それで?二人からなぜこんなことをしたのかわけを聞いたのかね?」

 

 スネイプは黙っていたが、双子とヴェルが代わりに首を横に振った。

 

「どれ、わけを聞かせてくれるかの?」

 

 ダンブルドアとマクゴナガルがヴェルたちに椅子に掛けるよう促した。

 ようやく取集がついて落ち着くと、双子は事の次第を話した。

 

 双子は前々から、ヴェルをグリフィンドールに誘っていたが、きっとスリザリンに入ってしまうだろうと勘付いていた。それに加え、今日、汽車で弟のロンや(結果としてグリフィンドールに入った)ハリーと仲良くなったヴェルを鑑みて、絶対にグリフィンドールに入って欲しいと思ったため、計画を実行した、と話した。

 

「まあ、そんなことじゃろうと思った」

 

 ダンブルドアが言った。

 

「あなた方の気持ちは我々も解らないではありません。しかしながら、あのやり方は目に余るものがありましたよ、ウィーズリー。

 ヴェルの気持ちをお考えなさい」

 

 マクゴナガル先生が窘めた。

 

「ヴェルはスリザリンに入ると自分で決めていたのですよ?それを、あんな土壇場の緊張する場面で罠を仕掛けるようなマネをして、それは動揺するに決まっているでしょう」

 

 言われて双子は肩を落とした。「確かにそうだ」と思ったのだろう。申し訳なさそうに、ヴェルを見て謝った。

 ヴェルはそれを黙って受け入れた。気にすることはないと伝えたかったが、まあ、冷や冷やさせられたことを勘定に加えて、双子の肩を持つような発言は今はしなかった。

 

「それに、我々にもお詫びさない。セブルスも寮監としてこの子の受け入れの準備をしていたのを徒労にされたのですから。私たちもそのつもりで動いていたのを、あなた方にひっくり返されてしまったのですよ」

 

 マクゴナガルがはっきり言い、双子は教員三人にも謝った。(ウィーズリーが頭を垂れても、スネイプは相変わらず腹が煮えくり返って仕方がないといった様子だった。今にも二人の脳天に唾でも吹きかけそうだった。)

 

「さて、ではヴェルについてじゃがの、」

 

 双子が反省の色を見せると、ダンブルドアが言った。

 

「全校生徒の前で決まったことを、今さら寮の変更などはできまいよ。そうじゃろう、セブルス」

 

 ダンブルドアはヴェルに目をやった。

 

「ヴェル、グリフィンドールでも、大丈夫かね。わしは、君は上手くやっていけると思っておるよ」

 

 尋ねられたヴェルは、ちらとスネイプを見たあと、少し考えて、答えた。

 

「大丈夫よ。グリフィンドールで、やってみる」

 

「よい子じゃ。

 ではミネルバ、ヴェルをよろしくたのむ」

 

「もちろんです。アルバス」

 

 マクゴナガル先生が頷いた。

 

 その時双子がおずおずと言った。

 

「……あの、おれたち」

 

「できれば、受けたくないんですけど。罰則とか……」

 

 今ここでよくそんなことをのたまえる……。ウィーズリーの図太さに、ダンブルドアとマクゴナガルは一周まわって呆れかけた。

 

 今度ばかりはスネイプが怒鳴った。

 

「この期に及んでまだそのようなこと抜かすか」

 

 双子は威勢を削がれつつも、引き下がらなかった。

 

「まあ、罰則は受けるにしても……」

 

「……あんまり酷かったらヴェルのこと校内にバラしますよ?」

 

 忘却術が却下になったことで、ヴェルの秘密を逆手に、自分たちの武器に使えると思い直ったのだろう。

 

 スネイプの苛立ちの狭間から、静かな笑いが起こってきた。

 

「話にならんな。それをやったら退学だぞ」

 

「退学しても外で言いふらしまーす」

「日刊預言者新聞にタレコミまーす」

 

 スネイプは頭の血管がはち切れそうになっていた。そこに、見かねてマクゴナガルが口を開く。

 

「お黙りなさい。あなた方がどうこう言えたことではありません。

 

 グリフィンドールの寮監として私から、直々にあなた方に罰則を下します」

 

 マクゴナガル先生の「観念なさい」という鋭い視線に射抜かれ、ようやく双子は負けを認めたようだった。

 

 

 一連のやり取りをヴェルは見守った。そして話も尽き、マクゴナガル先生に付き添われて生徒三人はグリフィンドールの寮に戻ることになった。

 

 

・・・

 

 

 立ち去るとき、ヴェルは部屋に残るスネイプとダンブルドアを一度振り返った。

 

 ダンブルドアは、笑うではなく目を細めてヴェルを見ていた。その細めた目も、キラキラとした光を称えていた。

 

 ヴェルはあることを思い出して言った。

 

「あ、ダンブルドア先生」

 

「なにかね」

 

 ダンブルドアは眉を上げた。

 

「……その、ゴーストとか、肖像画とか、屋敷しもべ妖精とか……にも、私の事情は言ってあるのよね?」

 

 ヴェルは、彼らによって自分がずっとホグワーツで育ってきたことが露見しないか、危ぶんでいた。それを悟ってダンブルドアは答えた。

 

「もちろんだとも。きつく言ってある。だから、安心しなさい」

 

 そして「そうじゃ」と付け加えた。

 

「組み分けの儀式での君の頑張りを労っていなかった。

 ヴェルよ、よく頑張った。よく乗り切ったの。これからも、このまま『名女優』で頼む」

 

 ダンブルドアはパチリとウインクをした。

 ヴェルは照れくさくなった。

 

 そしてヴェルはスネイプの方も見た。スネイプもヴェルを見ていた。何も言わなかったが、哀しそうな、責めるような、目だった。そしてどこか後悔の色が滲んでいる気がした。

 ヴェルも一言二言、言いたいような気がしたが、結局言葉に出ず、マクゴナガルに促されるまま部屋をあとにした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 スネイプとダンブルドアは地下の研究室に残った。

 

「君には……残念じゃったな」

 

 ダンブルドアは言った。

 スネイプはダンブルドアを見た。

 

「……なぜ吾輩をお止めになったのですか。あの時」

 

 儀式のとき、ウィーズリーの悪巧みを食い止めようとしたスネイプを、ダンブルドアは制止した。あの時に動いていれば、番狂わせなどなかったというのに。

 

「そりゃあ、『儀式』じゃったからな」

 

 ダンブルドアは事も無げに言った。

 

(すっとぼけやがって)

 

 スネイプは内心で悪態をついた。

 

「まあ、よいではないか。

 大勢の生徒たちを前に、ヴェルの素性が露呈しなかっただけでも、十分儲けものじゃ。

 あの子はよく頑張った。それだけでもグリフィンドールに事足りる。見たじゃろう?壇上でのあの緊張ぶりを」

 

 これにはスネイプも異論があるわけではなかった。

 

 名前を呼ばれてからのヴェルは、誰がどう見ても、カチコチに緊張しているのがわかるほど、気が動転していた様子だった。顔は見たことがないほど強張り、椅子に座るときに伸ばした腕はブルブルと震えていた。

 そんな状況で、ヴェルはたしかによくやったと思う。ウィーズリーのせいで、生徒から懐疑的な視線を浴びたにしても、酷くは取り乱さず、大事にはならなかったのだから。

 

(にしても、ウィーズリー……)

 

 恨みがあるとすれば奴らだった。とんだ誤算だ。

 

 

「それに、ヴェルも満更でもなかったではないか。

 同じくグリフィンドールに組み分けされたあのハリーと、列車の中で仲良くなったという……」

 

 ダンブルドアは言った。

 

「そう言えは、ハリーは見たかね?」

 

 もちろんスネイプは広間でハリーを見た。

 

 ああ、まさしくリリーの目だったとも。瞳の緑色も、目の形も眼差しも、『目元の印象は』彼女のままだった。他の全てはあの眼鏡野郎なのが少々……いや、大きな問題だがな!

 今まで見てきたヴェルは、瞳の色こそ同じだったが、目の形や眉にかけての造りがダイアナのそれで、同じ美人にしてもやはり、リリーとは似て非なるものだった。それをハリーを目の当たりにして思い至った。

 

「ジェームズとリリーにほんとによく似ておったのお……」

 

「……」

 

 白々しく言うダンブルドアにスネイプは返事をする気が起きなかった。

 

 ハリーを護れと命じ、「ハリーは『リリー』によく似ている」と散々言ってきたこの狸爺。いざ蓋を開けてみれば、あの憎きジェームズ・ポッターそのものではないか!!似ているのは目だけだろうが!!

 ……という始末だったので、スネイプはこの上なく落胆し、かつての嫌な記憶が彷彿として苛立った。それに追い打ちをかけるように、ヴェルも憎きグリフィンドールに入ってしまったのである。

 

(それに……)

 

「『よりにもよってヴェルはなぜハリーとつるんでいるんだ』と思っておるのじゃろ?」

 

 ダンブルドアが言った。

 

 スネイプはハッとして振り返った。

 

「何を慌ておって。

 疲 れ て お る の か ?

 開心術など使わずともそのくらい分かるわ。

 ハリーは確かにジェームズの方にそっくりじゃ。お主は気に食わんだろう。当然じゃ」

 

 そのときのダンブルドアの表情は「じゃが、お主の使命は変わらんけどね?」といわんばかりの顔だった。

 

「……セブルス、ハリーとヴェルはほとんど同じ境遇じゃろうが。そりゃあ放っておいても当人たちが出会えば打ち解けるに決まっとるよ。お互いを思いやれるのだから」

 

「……そうでしょうとも」

 

 スネイプがやっとの思いで絞り出せたのはこの程度だった。スネイプ自身も、心のどこかでそれは解っていたのだから。

 

 

 言わずもがな、スネイプの気分は大変よろしくなかった。今直ぐ目の前の老人にはお帰り願いたかったが、まだダンブルドアに部屋を出ていく気配はない。

 

 そこでスネイプは懸念を一つ投げかけた。

 

「そんなことよりも、あれ(ヴェル)の、ゼノンの血族の件はお忘れになったのですか?

 それがあったからこそ、できればスリザリンにと言っていたではありませんか」

 

 ダンブルドアは穏やかに返した。

 

「大丈夫じゃよ。問題ない。

 ヴェルのことは安心してこのわしと、ミネルバに任せなさい」

 

 そう言われると、スネイプはそれ以上言うことはなかった。

 

 「さて、わしもお暇するかの」とダンブルドアはようやく出口に向かった。研究室の扉までゆっくりと歩いていく。

 

 そして部屋を出、その扉を閉める直前、ダンブルドアは以下のことを言い残した。

 

「そうじゃ、クィレルじゃが……前話した通りに頼む。あれはヴェルの件も知ってしまっておるからの。

 じゃ、おやすみの。セブ☆ 良い夢を見るのじゃよ~」

 

 

 ダンブルドアが出ていくと、スネイプは研究椅子にうなだれた。

 

 ひどい疲れだった。

 

「『忘却とは、』……か」

 

(ああ、リリー……僕も……)

 

 

 忘れてしまえば──

 

 

 

賢者の石②へ続く……

 




ちなみに、「忘却とは」のくだりは、解剖実習中、まさしくダンブルドアのような教授が、私の班に来るなり言い去って行ったときの衝撃を思い出したので入れました。

コメントお待ちしてます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。