「飲んでみるか?」
スネイプは、出来上がった魔法薬の瓶をヴェルに差し出した。
「え、いいの……」
夏休みにしろ、学期中にしろ、スネイプはもっぱら魔法薬の研究に明け暮れていることがほとんどだった。
スネイプは始め、ヴェルに実験中は研究室に入らないように言いつけて寄せ付けなかった。しかしそのうちに、ヴェルもスネイプの仕事に興味を持ち、そばで見たいと願い出ると、見ているだけで絶対にいたずらをしないという約束のもと、ヴェルは研究室に出入りさせてもらえるようになった。
ヴェルはその約束の通り、ただスネイプの手先の作業を見るだけで、一度たりとも手を出すことはなかった。それだけでも十分楽しく、何時間でも調合実験を見ていられた。
もちろんヴェルは、実験で扱う材料や器具が一体何なのか気になって仕方がなかった。しかし、それをいちいち聞いては煩いと怒られるに違いなかったので、ずっと黙って見続けていた。
そんなヴェルに、最初に話しかけたのはスネイプの方だった。いつも研究机の端に頬杖をついて、何も言わずに目だけキョロキョロさせているヴェルに、いつしか懐柔されたのだろう。教鞭を執っている者のさだめだろうか。スネイプは、ヴェルが何も聞かずとも、作業中、彼女に説明を欠かさなくなった。
そしてヴェルが成長するとともに、簡単な手伝いをも許すようになり、(ブラックジャックとピノコみたいな)助手のような関係になっていった。
そんな中、ふと、スネイプの中に出来心が湧いた。ヴェルに魔法薬を飲ませてみるとどうなるか。まあ、きっと何も起こりはしないだろうが。もしかしたら何か反応があるかもしれないと思ったのかもしれない。
スネイプは、試しに、完璧にできた「髪を逆立てる薬」を手渡してみた。これはホグワーツ生でも2年生に履修する薬だ。飲ませてみて、万が一反応が起きても大したことにはならない。
「……ほんとに、大丈夫?」
手渡された薬を凝視して、安心しきれない顔をするヴェル。
しかし、黙って見守っているスネイプを横目に見ながら、恐る恐る液体を口に含んで、飲み込んでみた。
「……」
何も起こらなかった。
ヴェルはその結果に、バツが悪いような、苦々しい表情を浮かべた。
だが一方のスネイプは、その様子を見て、目を細めていた。
「やはり、何も起きないか」
「うん」
ヴェルはそのとき、薬の効果が現れなくてスネイプの機嫌を損ねたのではと思い、彼を見た。しかし、逆だった。スネイプが何やら満足げな様子で片づけを始めたのを、ヴェルは不思議そうに見つめた。
「味はあったか?」
「味は……あった。変な、苦い味」
「他には?」
「うーん、ザラザラする感じがした……」
スネイプはその後もヴェルに、薬の効能以外についての感想をいくつか聞いた。
ヴェルは淡々と答えながら、どうしてそんなことを聞くのか、せっかく作った薬が効かなかったのに何故むしろスネイプは上機嫌なのか、疑問を心の中で抱いた。
以降も、スネイプは調合するたびに色々な薬をヴェルに試させた。はじめは効果も軽度で調合も簡単なものから。そして次第に高度な魔法薬までも手を伸ばしていった。
何も反応が起きないことは分かり切っているのに、スネイプは飽きもせず魔法薬を勧めてきた。それにヴェルは付き合わされていたわけだが、実際には、薬はそれぞれ味も口当たりも違いがあり、飲み比べるのは退屈ではなかった。甘くて美味しいものから、口に含めただけでとても飲み込めないほど不味いものもあった。それらの感想をスネイプはヴェルに必ず詳しく聞いた。聞き取ったことは、全てではないが、時たまメモに書きつけているようだった。スネイプはその情報が欲しいのだとヴェルは途中から勘付いた。
どれだけ強力な魔法薬を与えたとしても、何事もなくケロッとしているヴェルを見て、スネイプは何度かこう言うことがあった。
「お前が魔法薬を学んでも自分への使い道がなくて詰まらんだろうな」
ヴェルは、詰まらないということはない、と答えた。
しかし、確かに、実際効果が現れてみたとき自分がどんな感じになるのか、それは当然気になったことはあった。「生ける屍の水薬」とか「膨れ薬」とかは勘弁だが、「ポリジュース薬」(クソまずいが)や「元気爆発薬」なんかは体験したいと思うところはある。
(余談だが、ヴェルが風邪を引くと、スネイプはもちろんマダム・ポンフリーも「元気爆発薬」が使えないことに内心ではイライラした。)
とはいえ、ヴェルにとっての魔法薬学の楽しさは調合が大半を占めているわけで、自分に使えないからといって全く無味乾燥ではない。むしろ、他人への使い道を考えれば面白さは底なしだ。この点はもしかしたら、スネイプも同じ感性かもしれないが……。
そんな中、ヴェルに運命ともいえる出会いが訪れる。
スネイプが「真実薬」を飲ませたときのことである。貴重なものゆえ無駄遣いは許されなかったが、数滴だけ、スプーンに垂らして舐めてみた。
すると、ヴェルの目の色が変わった。
「……」
「どうかしたか?」
スネイプが尋ねるが速いか、ヴェルは持っていたスプーンを差し出してきた。
そして、「もっと頂戴」と言ったのを聞いて、スネイプは呆気にとられてしまった。
ヴェルが魔法薬の追加をせがむのはこれが初めてだった。いつも再度試すか聞いても、嫌がることの方が多かった。
しかし今度は違う。ヴェルはスネイプに、どうしても、とおかわりを執拗にねだってきた。
「真実薬」は、ヴェルにとって信じられないほどの美味だった。たった数滴だけでも、身体に電流が奔ったような衝撃に打たれたのである。まるで阿片でも入っているかのようだった。
それを知ったスネイプは、もちろんそれ以上追加でヴェルに与えることはしなかった。ヴェルは最後まで、あともう一杯だけと懇願してきたが、とうとうそれが叶えられることはなかった。
そして、ヴェルに魔法薬を試すのはもうそれっきりになった……。
*
「真実薬」の件があって、スネイプはダンブルドアに事の次第を報告した。そのとき、ヴェルに魔法薬を飲ませる実験を繰り返してきたことも当然ダンブルドアに露見し、大いに呆れられたのだった。
入学前 短編① 魔法薬 完
スネイプに魔法薬をひたすら飲まされるヴェル。そして、真実薬に病みつきになることに。
魔法が効かないといっても、魔法薬は魔法界のゲテモノを煮詰めたヤバイ物体には変わりないから、きっとしょっちゅう服用したらおなか壊すでしょうね……。